パンセ(みたいなものを目指して)

好きなものはモーツァルト、ブルックナーとポール・マッカートニー、ヘッセ、サッカー。あとは面倒くさいことを考えること

ワールドカップ以後、強くなる為には

2010年07月01日 20時36分15秒 | サッカー
日本のワールドカップも終了
今日は代表が帰国して、いつもの「感動をありがとう」の
出迎えと賛辞のオンパレード

しかし、待てよ!
今大会の反省点、今後問題視する点は見つかったのか?

日本代表の試合中はどうすれが勝てるか?
を考えながら見てしまう
そして次にすべき練習等を考えながら、、、

くどいようだけれど、チームが一体化していたから
よいゲームができたのは認めるけれど
それが決して日本だけの特徴でもないし
それで全てが解決するようなものでもない

なのに「サッカーはチームプレー」の分かりやすいワンセンテンスで
一番大切なのは皆が心を合わせる事みたいに
日本では偏った見方だけが突出してしまう

今後強くなる為には
端的に言ってしまえば個の力、そして攻撃力
それをアップする以外にない

そんなことは分かっている
と言われるかもしれない
しかし、何故いつまで経ってもこの言葉が言い続けられるのか?

確かに日本A代表時点では、個人の能力のアップは難しいかもしれない
(だからチームプレーで頑張るのは現実的なのは理解できない事もないが)
ならばもっと若い時点、ユース、ジュニア、その辺りから徹底的に
たくましい闘う男を作るべきではないのか?

だが何年来、この問題がいっこうに解決しないので
話はとうとう社会状況、国民性までさかのぼってしまう

つまり個が目立つとたたかれるような、、、

しかし、個が目立つとか言う以前に
自分で考えるという事が少ないのではないか?
本田はビッグマウス等と言われるが自分の言葉で
自分を語る事ができる

日本人、言われた事はくそ真面目に実行する
しかし融通性がない

言われた事をする方が楽だから?
自分で考えた事を実行するのは
自分が責任を持たなければならない
そんなのは面倒!

こんなだから岡田ジャパンなどと
監督指揮下のチームみたいなことになってしまい
その事に対して多くの人は、なんら違和感を感じない

岡田監督の、よくついてきてくれた、、、
もっと闘わせてあげたかった、、、
この表現は結局チームは監督のものを現している

サッカーにおける監督の役割は20パーセントくらいと言われる
なのに、、、

批判ばかりではなく自分の理想を上げれば
一人一人が責任を持った、闘う精神を持ち
その場その場で最適な事を自分で考える知恵とスキルをもつ
これはある意味本能的なものを開花させる事かもしれない

どうもここまで書いていたら
カッカしてしまった

ただ言える事は
安易にチームプレーこそが全て!
みたいに決めつけられてほしくないこと

一体化することは最低限の前提ではないのか?

この問題については、いずれまた



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