パンセ(みたいなものを目指して)

好きなものはモーツァルト、ブルックナーとポール・マッカートニー、ヘッセ、サッカー。あとは面倒くさいことを考えること

忘れてしまっても、平気!

2006年04月28日 21時39分24秒 | Weblog
趣味は読書、と言える程、本を読む方ではないけれど
それでも活字は結構好きで、毎日何らかの本をながめている。
(老眼と、左右の目の視力が違いすぎるせいで
やたらと疲れてしまうのが残念ではあるけれど)

本好きな人と話をして改めて気がつくことがある。
それは、自分が自慢じゃないが内容を全然覚えてないということ。

面白かった、興味深かった、心揺さぶられた、おおいに啓蒙された、
インスパイアーされたなどという感覚は覚えていても
何故だか内容については、からっきし覚えてなくて
人にあらましとか要約を伝えようとすると、
部分的な羅列になったりして、うまくいかないことが度々だ。

しかし、ホントはこのことについては、自分が全然気にしていないから
この傾向に拍車がかかるのかもしれない。

いい加減が好きな自分?は
人生なんて、そんなもんだ。
いちいち何もかも覚えていられる訳じゃない。
ひとつでも印象に残っているものがあれば、
充分、元は取れているに違いない。
そんな訳で、忘れても平気でまた新しい本を探している。

最近読んだ本で面白かったのは(新刊という意味ではなく)
「国家の品格」「web進化論」「人を見下す若者たち」
のベストセラーに
「暴走する文明」
少し前では
「下山事件」が興味深かった。

しかし、ひとつでも覚えていれば儲け物みたいな本は
やはり若い時読んだものが多い。
「シッダールタ」「デミアン」(ヘッセ)
「カラマーゾフの兄弟」「罪と罰」(ドストエフスキー)
「夏の砦」「背教者ユリアヌス」(辻邦生)
「幽霊」「楡家の人々」(北杜夫)
「草の花」「海市」(福永武彦)
「自然界における右と左」
「精神分析入門」(フロイト)
「創造的進化」(ベルクソン)
「アウトサイダー」(コリン ウィルソン)

こんな風に書き出してみると自分も捨てたもんじゃないかな
なんて気になってきた

誰も、何にも言ってくれないから
自分で自分を褒めてしまったりして
(有森裕子みたい?)

懐古に走るのは、やっぱり歳かな?
コメント
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