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パンセ(みたいなものを目指して)

好きなものはモーツァルト、ブルックナーとポール・マッカートニー、ヘッセ、サッカー。あとは面倒くさいことを考えること

まとまりのない話をあれこれ考えること

2024年01月12日 09時33分47秒 | まとまらない話

音楽は繰り返し聴くのに、本は繰り返し読まないのは何故だろう
要する時間が全く違うのは大きな理由の一つと思われるが
簡単に読める詩歌などでもめったに繰り返し読むことはない(自分は)

詩歌は短いものは覚えてしまって本を開くまではないこともあるが
覚えている、覚えていないはあまり関係無いような気がする
音楽は覚えているが、それでも聴くという場合が大半だからだ

すると、脳の快感を感じるところが音楽と読書は違うのかもしれない
音楽を繰り返し聴きたいと思うのは、普段は出番のない感情をゆり動かされるとか
音楽に刺激されてあれこれ思い浮かべるとか、単に心地よいためだと思われる

自分に限っては音楽は言葉がない方が面倒くさくなくて良い
歌とかオペラとか宗教音楽は歌詞があるし、ロックやポップスも
歌詞が大きなウエイトを占めるが、自分はいつもそうしたものを無視して
音楽だけを聴いて満足することが多い

音楽に身を任せて感じること、連想だけでなくフト気づく音楽の構成とか
ちょっとしたアイデアとか、楽器間同士の対話とか、そうしたものが
妙に心地よい
(長い交響曲ではこのフレーズは主題の変形なのかと不意に気づくことがあり
 それが満足感を感じることがある)

音楽は、音楽で考えるとか感じるということが面倒くさくなくてい良い
というのが自分の音楽に対する向かい方

この自分の傾向は、世の中にはいくらかの割合で存在するらしい
数年前読んだブルデューの「ディスタンクシオン」では
学歴、所得、就業形態、社会的地位など属性と趣味(好み)の傾向を
膨大なアンケートをとって調べた結果が記されていたが
そこでは音楽が「くるみ割り人形」を好む層と「春の祭典」を好む層
具象的な肖像画を好む層と抽象画を好む層
映画でもストーリーを楽しむ層と俳優さんの演技を楽しむ層に
分かれていることが明らかにされた
それらは接する機会の多い少ないが好みに影響している
と結論づけられている

しかし、周りの環境ばかりではないような気もする
田舎に住む自分は音楽的に恵まれた環境ではなかった
ただある時、特別な体験をしたことがきっかけだったに過ぎない

この体験はいつか記すとして、話を今度は読書に変えると
読書している時の快感、何度でも読書しようとする理由はいったいなんだろう

読書はあちらから世界がやってこない
文字情報から自分の頭で想像の世界を作り上げねばならない
その想像の世界は個人だけが作り上げている世界で、
その世界のほうが映画などに実写化された世界より良いと思う人は多い

結局のところ、音楽も読書も頭の中で起こっていることの楽しみに過ぎない

と、ここまで来て関西ではオチがない!と文句を言われそうな状態になってしまった
もう少し考えてから取り組むべきだったこの問題
昨日寝床でいろいろ考えていたが、消化不良で始めたからこんなになってしまった

確か齋藤孝さんだったと思うが、難しい本は何故難しいか?(ヘーゲルの本のようなものは)
との答えに、著者も書いている時に迷って、考えがまとまっていないので
それが難しくしているとの解説があった

全部が分かってスッキリ発表できることに越したことはないが
そうはできないのが凡人
つい最近何回も改訂を繰り返したブルックナーの交響曲の初稿版の
4番を聴いたが、まとまっていないな、、、と第一印象
この迷いの多いブルックナーに親近感を覚えてしまう

ホントまとまらない話!




 

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断片的記憶(断片的印象)

2023年06月26日 09時47分44秒 | まとまらない話

残念ながら記憶や知識は断片的なものにとどまることが多い
全体像はつかめないが、ここ最近気になった概念や言葉がいくつかある

「権威主義の誘惑」からは
「イデオロギーよりもアイデンティティ」
「ネポティズム」

「ショック・ドクトリン」からは
「コーポラティズム」

これらは最近の世の中を象徴している言葉で
「イデオロギーよりもアイデンティティ」は
日本人に生まれているだけで幸福として
移民とか多様な文化を積極的には認めない人たちを思い起こさせる

「ネポティズム」は日本語では縁故主義
物事の正しさよりも、地縁・血縁などの縁の縁故者の方を優先する考え方
地縁血縁をもう少し拡大解釈をすると友達もその中に入りそうだ
(思い浮かぶのはあのK 学園のこと)

「コーポラティズム」とは、新自由主義の考え方では
政府はできるだけ競争原理の働く民間に任せるほうが良いとしているが
その落ち着く実態は、多国籍企業が政府と結びつく事によって
株主が経営陣を動かすように、自分たちに都合の良い政策を次々と
導入させて利益を拡大して、反対者を弾圧するシステムのこと

これに関係するのが「帝国主義」で、かつては自分は間違った理解をしていた
言葉からはスター・ウォーズに出てくるような植民地を思わせるような
支配が「帝国主義」だと思っていたが、実は決済機能としての銀行が
預金が増えてしまうと、身軽なお金というものはその使い道を有効に
(更に増やすように)時と場所を選ばずに侵略していくというものが
帝国主義という概念らしい

この帝国主義は最初は武力ではなく金融から支配を始め
徐々に情報統制から力によるコントロールに繋がっていくようだ
これは世界の情勢を見ていくとこのようなステップを踏んで行くところが多いらしい
そして「コーポラティズム」に行き着く(?)

話は飛んで、マイナンバーカードについては「結局これか!」
と思ったことがある
紐づけで云々の前に、カード普及のためにマイナポイントをサービスする
販促案が実施された時のことだが、5,000円分得するために申請を行ったところ
このマイナポイントが使える企業をチェックしてみると
大手流通業とか全国展開している飲食店等だった
意地悪な考え方をすると、マイナポイントで売上が上がる可能性があったのは
地元の商店ではなく大手に限られていた

縁故主義とまでは言わないにしても、実態が少数者の利益になるように
世の中は進んでいるかもしれない、、と思えたのだった

数年前読んだ「国家はなぜ衰退するか」の結論としては、少数者の収奪が
国家の繁栄を阻むものだとされている
少数者の収奪は「ネポティズム」とか「コーポラティズム」に
言葉を変えていろんな識者が指摘し危険性を訴えている

ということで、よくわからない現実が少しづつ気分を重くしている
気がついた人は何かをしなければいけないが
さて何をしたら良いのだろう

得意のまとまらない話

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