小澤征爾さんが亡くなった
小澤征爾さんの生の指揮を聴いたのは2回
いずれも名古屋で、一つはマーラーの6番の交響曲
もう一つは、アルバン・ベルクのオペラの「ヴォツェック」を
演奏会形式で行われたもの
残念なことにあまり覚えていない
覚えていることといえば、ベルクの音楽が思いの外良いな!
と思ったくらい
どこか気味悪いのも効果的と思ったことくらい
youtubeで見る(聴く)彼の音楽は推進力のあるハキハキした演奏で
この人はこういう音楽を志向しているのか、、と思える
モーツァルトのK136などは若々しくてとても良い
一方、マタイ受難曲などは、このリズムでは歌い手さんが歌いにくそう
と勝手に思ってしまった
手持ちのCDは武満徹さんの「弦楽のためのレクイエム」と
「ノヴェンバー・ステップス」が収められたもの
前者は緊張感のある武満トーンといわれる音が印象的
後者は、、、わからん、、といったところ
つまりは、彼の賛美者ではなかったが
それでも、音楽会の第一人者がいなくなるのは寂しい
世間評価が高い曲が好きってことはない
ビートルズでは「ストロベリーフィーズ フォー エバー」とか
「イン・マイ・ライフ」が傑作の評価が高いが
自分は好きではないとうより関心がない
もしかしたら、それらの曲は歌詞が意味深なのかもしれないが
歌詞にはあまり気にせずに音楽だけを聴いているので
そんなに心動かされない
そのかわり変なところが気になる
例えば、「フール・オン・ザ・ヒル」のリコーダーのメロディ
歌のメロディを奏でるところではなくて、全く別のメロディで伴奏するところ
それがとても美しくてうっとりしてしまう
他にも「ガール」の二番目のヴァースから始まるギター伴奏
この伴奏と歌との絡み合いはとても音楽的な充実感を覚える
そしてもう少し後半になると別のギターが同じ音を2回奏でて
リズミと音程を少し変えて、絡むように曲が進行するところも良い
有名なモーツアルトの「きらきら星変奏曲」は「ドドソソララソソ ファファミミレレド」
と単純なメロディだが同じ音を2回使っている
これを1回にして「ドーソーラーソー」とやってみると、全く陳腐な感じがしてしまうし
音楽に活気が無い
「ガール」の伴奏音形(同じ音を2回演奏するところ)はこれを思い出す
「カム・トゥゲザー」は冒頭のベースが印象的で、それにリンゴのドラムスが
音階的に絡むのが完成度が高く思われるが、ベースの音色については
ポールの弾くのが最適だと思う(聞き慣れているせいもあるが)
ジョン・レノンがライブで「カム・トゥゲザー」を歌っているCDがあるが
その演奏のベース奏者は音程とかメロディが同じだけで、音色が違う
ただ低音部をカバーしているだけに過ぎない、、と違和感を感じてしまう
音楽は音色も必要要素なのだと感じる次第
今では少し自慢話になるがポールマッカートニーのアルバム「ラム」は
発売された当時から自分は凄いアルバムだと思っていた
ビートルズが解散してポールがソロ・アルバムとして「マッカートニー1」のあと
出した本当に音楽的に盛りだくさんのアルバムで、夢中になって聴いた
しかし世間評価は全く肯定的ではなかった
ビートルズが解散した原因をポールと決めつけ、音楽は軽薄のものと判断し
彼を批判することが「通」のような雰囲気さえあった
しかし、それから随分時間がたった今は、再評価されて彼のベストアルバムとして
大ぴらに宣言する人も出てきやすくなっている
(桑田佳祐氏もラムが大好きと言っているようだ)
自分はずっと支持していたので「それ見ろ!」と低評価してきた人々に復讐したい気分
土曜の朝だからお気楽にもう一つ
自分はビートルズの音楽はアルバムで聴いて、ベスト盤で聞くことはなかった
つまり赤盤・青盤で聴くことはなかった
それが今回赤盤・青盤のレコードを購入してみて、不思議な感覚を覚えたことがあった
「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」が青盤に入っているが
この曲はアルバム「サージェント・ペパーズ」の最後の曲で
カラフルな熱気に満ちた架空のライブのおしまいに歌われる曲として登場する
アルバムのように、曲の前の賑やかさがあってこそここの曲の味わいは深くなる
それが、なんの必然性もなく曲が並べられているだけの状態は、、
なにかとても変な気分だ
同じく青盤に収められた「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」も
ホワイト・アルバムではこの曲が終わったあと「ハッピネス・イズ・ア・ウォーム・ガン」が
静かに歌われ、そのコントラストが良いのだが、
このような単なる曲の羅列はなんだか変な気分になってしまう
ということで、土曜の朝、気の滅入ることの多い中
お気楽に好き勝手に吠えてみた
早寝早起きが日課になっているので、大晦日でもいつもと同じように早く寝る
布団の中で新年の聴き始めの曲を色々考えた
選曲はいつも慎重に考える
験担ぎではないが、新年も良い音楽体験ができるようにと慎重になる
元旦用のクリスマス・オラトリオのバッハが良いかな、、
それともモーツアルトが良いかな
(一度、フルート四重奏曲を選んだことがあった)
ベートーヴェンはちょっと違うし、、
しばらく迷った後、ジュピターが良いかもしれないと思いついた
ジュピターと言っても平原綾香のそれではなく
モーツァルトのK551番 ハ長調の交響曲だ
ハ長調の堂々としたところ、よく聴くと完璧なところに驚いたりするが
聞き流しても楽しめる
演奏は定評のあるワルターの指揮のレコードで行こう
そう決めたら安心して眠りにつけた
昨日の高校サッカー名古屋高校対北海高校
今度は最初から見た
似たようなチームで、力はイーブンの感じ
個々の競り合いは名古屋のほうが勝っている
でも点が入るイメージはない
後半に試合は動いた
ショートカウンターでボールを運んだ左サイドの選手からのパスを
右サイドの選手が一旦トラップしてキーパーを交わし丁寧にシュート
この落ち着きが素晴らしかった
2点目もショートカウンターからでFWが3人並走して
より条件の良い選手にシュートを打たせる選択は見事だった
2点リードのサッカーの試合は勝ちきるのは苦労する
自分らも何度か痛い目も、嬉しい思いもしたことがある
とにかく一点返されると、それいけどんどんの流れで試合を
コントロールするのは難しくなる
昨日はそんなところまでは感じなかったが
2点入れられたところから北海高校の活気が目に見えてきた
ここで気になったのは、名古屋高校の守備の際に低い位置からは
あまり繋ぐことはせずに、サイドや相手陣内に大きく蹴ることが多かった点だ
安全第一の気持ちはわかるが、これを繰り返すと
まるでコート半分の攻撃の練習のようなもので、相手にリズムを与えてしまう
守りのための下に重心がいって、一旦名古屋高校のボールになっても相手の人数が多く
ルーズボーツが拾われてちょいと危ない流れになった
名古屋高校はキーパーがいい選手だなと実感するスーパーなプレイが2回ほど続いた
残り時間がすくなってきた時の北海高校の選手の体内時間は
とんでもなく速く感じたろうし、勝ち試合を見守る名古屋のベンチは
恐ろしく遅い時間経過を実感しただろう
最後のチコーナーキックのチャンスは北海高校のキーパーまで攻撃に参加して
一点を取りに行った
しかし残酷なことに名古屋高校の選手に渡ったボールは、
守る人の少ないところを突破され、誰もいないゴールに流し込まれた
仕方ない、、これは覚悟の上の選択だ
北海高校の選手達の気持ちを慮った
こうしてこれをアップしている間に、真空管アンプは温まってきた
これで音楽が聴ける状態になった
さて今から予定通りにジュピターを聴くことにするか
音楽について、根拠はないが自分ではそう思ったということをいくつか
Quoraというネット上の意見交換の場所に
「各国のクラシック音楽のオーケストラでは固有のサウンドというものは
なくなりつつあるのでしょうか?」という問が出された
そもそもオーケストラに固有の音があるのか?
に疑問を持つ人はあるかもしれないが、実感と記憶の中では
それらは確かにあると思う
一時期、朝の通勤時間帯にFMから流れるオーケストラ曲を途中から聴いて
このオーケストラはどの国に所属しているのか?
指揮者は若いか年配者か?
などを想像したことがあった
オーケストラの音はなんとなく固有の音があると感じていたから
自分を信じて出した結果は案外当たっていた
数年前にウィーンフィルとベルリン・フィルでブルックナーの8番を
短い期間のうちに名古屋で聴いたことがあったが
ブルックナーが実際に聴いていただろうウィーンフィルの輝かしい音
自然を彷彿とさせる音はウィーンフィル独自の音と思えた
ベルリン・フィルは腰の重い感じでウィーンフィルとは間違いなく違っていた
だがベルリン・フィルは音色よりも合奏力の凄さを感じたものだった
オーケストラの音で今でも覚えているのがパリ管の音
バレンボイム指揮で名古屋で行った演奏会だったが
曲が始まるその前には儀式のようにチューンングが行われる
この時の音が今まで聴いていた音と随分違うように思えたのだった
なにか色彩的で明るくて、、、とにかく何かが違うと感じた
オーケストラの音に限らずレコードの音質も
フルトヴェングラーの演奏のフランス盤の音質は
イギリス盤・ドイツ盤では少し音色が違う
フランス盤は少しやかましいと感じるようなキンキンした音が目立つ
フランス人の耳とドイツ人の耳は好みが違うんのだろうか?
と思ったりしたものだった
ここまではクラシック音楽の話題
ここからはビートルズの話題で
アビーロードのA面最期の曲「I want you」(She’s So Heavy)は
何故あんなに長いのか?についても思いついたこと
この曲はジョン・レノンの曲で一般受けする曲ではないが
演奏経験のある人やこの手の音楽が好きな人には欠かせない一曲だ
曲は「I want you」と「She’s So Heavy」の部分から成り立って
後者の部分はベースが盛り上げて、それが何度も繰り返して
徐々に熱気をはらんだものになっていく
曲の後ろ半分は同じことの繰り返しでいつ終わるのか?
とさえ思う(この繰り返しは自分は結構好きだが)
いつ終わるかと思っていると曲は突然切れる
一番最初聴いたときはレコードがおかしいのか?と思ったものだった
この突然の終わりの効果はビートルズらしい才気走ったものだ
音楽の必然性はあるとしても「She’s So Heavy」と
同じことを延々と繰り返しているのは
不意に「ヘイ・ジュード」の影響ではないかと思いついた
「ヘイ・ジュード」も曲の半分以上は「NA NA NA NANANANA-」の繰り返しだ
二人の才人ジョン・レノンはポール・マッカートニーの影響を受け
ポール・マッカートニーはジョン・レノンの影響を受けていたから
そのアイデア拝借、、といった形でジョンは自分らしい仕方で繰り返しの音楽を
収録したように思える
これは根拠はない
ただそう思っただけ
そう思っただけにはもう一つあって
ポールの「バンド・オン・ザ・ラン」はジョンの「ハッピネス・イズ・ア・ウォーム・ガン」の
3部構成を真似ているように思える
両曲とも始まりの音楽と真ん中の音楽とはテイストが違う
そして3番めが中心となる音楽で盛り上がる
意図的かどうかは分からないが、こうして互いに影響を与え受けていたのだと思う
それにしても、頭に浮かぶことはお気楽な話
意図的に難しい話題は避けているのか
それともこちらの話は必然なのか
一体どうなんだろう
またもやビートルズ絡みの話
赤盤・青盤を聴いてつくづく感じるのは録音された音楽の完成度の高さ
どんな曲もそのところが好き!という部分はあるもので
すぐに思い浮かぶのは赤盤の「Girl」と「And I love Her」と
青盤の「Fool On The Hill」の主となるメロディ以外のところ
「Girl」では曲の後半からギターの雄弁なフレーズが
メインの声とまとわりつくように絡む
この部分を聴いていると、声よりもギターの音の方に気が行ってしまう
このギターの対旋律はこの他に、これと同じ音を2回演奏する部分もあって
それとの兼ね合いも面白い(下の動画の1分30秒あたりからと2分くらいからのところ)
Girl (2023 Mix)
「And I love Her」のお気に入りの部分は、
分散和音で繊細にアコースティックギターが絡むところ
この音色のなんとチャーミングなことだろう
And I Love Her (2023 Mix)
そして「Fool On The Hill」はリコーダーのメロディが好きだ
主旋律を奏でるところではなくて、全く伴奏となっているところ
まるでモーツァルトの20番のピアノ協奏曲20番の
シンコペーションの特徴的なフレーズが流れる中
バイオリンが新しい旋律で奏されるところとよく似た感じで
才能のある人は同じようなことをするものだ、、と思ったりする
The Fool On The Hill (Remastered 2009)
ということで、のんびりした土曜日のお気楽な好きな部分の紹介
ビートルズの有名な「アビー・ロード」のジャケット写真
でも何か変!何かが違う
まずは向かっている方向が違う
本物は左から右へ歩いているが、これはその反対だ
列もなんだか寸詰まり気味でバランスが悪い
これはジャケット写真を撮影時にいくつか撮ったものの1つ
つまりは完成品ではなく、途中段階の写真だ
これは「アビー・ロード」50周年記念として発売された
3枚組LPのうちの2枚が収納されたジャケットだ
この写真の中に収納されていた2枚のレコードの楽曲は
これもまた完成品ではなくて、途中の段階の音楽だ
それがこちら
セッションズと書かれた下には、途中段階の使用されなかったテイクが入っている
この使用されなかったテイクがなかなか面白い
完成品が出来上がる過程を垣間見ることができる
それはベートーヴェンの訂正がいくつも入っている自筆楽譜のようでもある
使われなかったとはいえ部分的には完成品よりも熱気があるものもある
(I want youなど)
最近、赤盤・青盤を聴いているから、これも気になって久しぶりに聴いてみた
自分にとって「アビー・ロード」といえばB面のメドレーが圧倒的に好きなのだが
ここではそれがside fourに「ザ・ロング・ワン」として収録されている
「you never give me your money」から「the end」まで続くメドレー
完成品と一番違うのは「Her Majesty」の挿入箇所
完成品はビートルズの最後のメッセージ「the love you take is equal to the love you make」
で終わったかと思いきや、予定調和的に終わらないのが彼らの才気走ったところで
回っているレコードは数秒間の沈黙の後「ジャーン」と音を発し思い出したように歌が入る
それが鼻歌のような「Her Majesty」で
初めて聴いたときは、なんでこんなのが最後の曲なんだろう?と思ったものだ
ところがそれに慣れてしまっているので、このテイクのように
Her Majestyが真ん中辺りの別の場所に入っていると
完成品のほうが圧倒的に良いな、、と思えたりする
他に気づいたのは「you never give me your money」のこのテイクでは
コーラスがきれいに入っているのだが、完成品はそんなにコーラスのイメージがない
音は何でも入れれば良いというわけではなさそうだ
ということで、最近はレコードでビートルズを聴くことが多い
ところで青いレコードを入れるところを黒いレコードで送ってしまったショップからは
昨日メールが届いて、急いで対応に当たっているとあった
でも、我慢しきれずに針を降ろしてしまったから自分は交換は諦めるしかない
(仕方ない)
それにしても、途中の段階を見られる(聴ける)というのは
なかなか面白いものだ
日曜日の朝、ちょいと軽めのお話
高校時代に習った音楽で好きなのは「平城山」だった
最初のピアノの伴奏から魅せられた
まるで琴のようで、歌はうちに秘めている思いが徐々にたかまって
だが決して解決することなく余韻を残して終わる
このやりきれなさに無性に惹かれた
この歌は鮫島有美子さが歌うものを所有しているが
Youtubeで山崎ハコさんが歌うのを見つけて
これがなかなか良くて、時々聴いている
同じ歌をポップス歌手とオペラ歌手が歌うと、どのように違うか?
を便利なYoutubeで比較したりするが、平城山はこんなふうに違う
山崎ハコさん「平城山(ならやま)」
平城山 (歌詞つき) 鮫島有美子
感情に訴えるのと、楽器としての声を磨き抜いて表現するのと
それぞれの世界観はどちらも捨てがたい(優劣はない)
これと同じようにプッチーニの「トスカ」の中の「歌に生き、愛に生き」も
ポップス歌手とオペラ歌手の比較ができる
(この歌も大好きでフィギアスケートで時々使われている)
それはフィリッパ・ジョルダーノとマリア・カラスが歌ったものので
これも優劣つけがたい
Vissi d'arte (From "Tosca")
プッチーニ 《トスカ》 「歌に生き恋に生き」 マリア・カラス
再現芸術としての音楽、表現者としての演奏家(歌手)
ここ数日、ビートルズの音楽に触れているので、
ついそんな答えのないことを考えてしまった
予定通り昨日ビートルズの赤盤と青盤のレコードが届いた
聴く気満々でオーディオは早くから電源を入れて
コンディションを整えておいた
(真空管アンプは調子が出てくるまで少し時間がかかるので)
段ボールにはステッカーとポスターが2つ入っていた
それはありがたいが何よりも音楽を聴くことが優先だ
時間軸に沿って、まずは初期の作品の並ぶ赤盤を聴くことにした
フィルムを破ってレコードを取り出すと
あれっ!と不思議な感覚を覚えた
なんと、レコードが赤くない
自分はそれぞれのカラーのレコードを注文したつもりだったので
なぜなんだろう?と思ったが、聴きたい気持ちが先走って針を落とした
昨日は赤盤だけ聴いて床についたが、寝床でメールチェックすると
注文先のビートルズ・ストアからメールが来ていて
配達した青盤には本来なら青のカラーのレコードが入っているはずだが
手違いで黒いレコードが入っている!とあった
そして、これには順次交換に応じる旨のことが書かれていた
青盤だけでなく赤盤も違ったものが入っているぞ!
針を通してしまった赤盤は交換してもらえるのか?
と問い合わせフォームにアクセスして、不満を記入しようとした
でも、念のため自分が注文した商品を確認してみると
カラーのレコードを頼んだつもりなのは勘違いだった
赤盤の方は限定プレスだが普通の黒で
青盤の方だけカラーレコードを注文したことになっていた
どうやら赤盤のレコードの商品は早い時点で売り切れになって
青盤の方だけ間に合ったようだ(あとから考えてみると)
慌てて問い合わせフォームに送信しなくて良かった
せっかちな自分はバタバタしてしまった
とりあえず青盤の方だけの交換時期を尋ね
仮にこのままの黒いレコードで良しとするなら
多少の割引があるのか?と図々しく聞いてみた
青いレコードは記念品の意味で面白いかもしれないが、それだけのことだ
自分はどうしても、、という気分ではなく、面白いな!くらいの感覚で
黒でも少し重量のあるレコードであることにありがたみを感じている
これは返事待ちしかない
今日は祝日だから返事は明日以降なのだろうか?
さてここからが聴いた印象
我々は既にビートルズがどのようなグループだったかとか
どのような作品を作り続けていたかを知っている
つまり答えを知っていて、それを復習するような聴き方をしてしまう
だがこれらの初期の曲をリアルタイムで体験した人たちは
いったいどう感じたのか?と考えてしまった
自分もリアルタイムにはちょいと乗り遅れた感じだが
姉が「イエスタデイが良い」と言ってたのは覚えている
あと部分的な記憶としてザ・ピーナツがでていたテレビ番組で
「ガール」がカバーで歌われたのと
「プリーズ・プリーズ・ミー」の「カモン、カモン」のところだけは
覚えている
音楽以外には彼らに対する若い女性の熱狂ぶり、それが頭に浮かぶ
その熱狂はこうして音楽を聴くとわかる気がする
確かに爆発する熱気とか勢いとか、そうしたものを感じ取ることができる
「シー・ラブズ・ユー」とか「キャント・バイ・ミー・ラブ」などは勢いそのものだ
ジョンの作った「ハードデイズナイト」「抱きしめたい」もエネルギーに満ちている
これは演奏の力なのか、それとも曲のおかげなのか?
改めて聞くと音楽自体は勢いだけでなりたっていない
思いのほかリンゴのドラムスが迫力の下支えをしているのに気がついた
そして熱狂の曲の多い中に挿入されるバラード
「イエスタデイ」とか「アンド・アイ・ラブ・ハー」はその美しさが際立つ
そしてその美しさは、ちょっと次元の違った美しさだ
レコードの三枚目にはチャック・ベリーの曲をカバーしたものがあるが
これも勢いがあって彼らが影響を受けたのはわかるが
彼らのほうがもっと多様な世界を作り上げる能力があったのだと実感する
ビートルズの音楽は彼らの演奏の力が魅力的なのか
それとも作曲能力が素晴らしいのか、、
を考えると、前者はもちろんだが、やはり作曲能力が群を抜いている気がする
レノン・マッカートニーとクレジットにはあっても
どちらが作ったのかは何となく分かる
わかりやすいのは歌っているのがどちらかで判断できる
二人で一緒に作ったと思われるのは「ハードデイズナイト」で
最初はジョン 途中の伸びやかな歌はポール
そして元に戻ってジョン作だと思うが、この最初の部分に戻るところが好きだ
もう一つ二人で作ったと思えるのが「We Can Work It Out」
この中間部の「Life is very short」の部分は間違いなくジョンだと思われる
少なくとも歌詞はジョンの作だ
でも音楽はどうなのだろう
音楽も二人で作ったものを足し算したのか
それとも歌詞だけジョンのを使って音楽はポールの作なのだろうか?
(このようにあれこれ想像することが楽しい)
一気に3枚を聴き通したが、その他にもいろいろ気づくところが多くて
彼らが変化し続ける特異な音楽家であったことは改めて実感する
他に気づいたことは、またの機会に!
youtubeに時々とても面白いものを発見する
今回見つけたのが桑田佳祐がビートルズの「アビーロード」をパクったもの
これがメチャ面白い
歌詞は日本語だが、英語と似ているところもあれば、勢いで済ませているのもある
これはテレビで放送されたのかどうか分からないが
放送したとすれば誰かさんは怒りそうな作品だ
その動画は↓↓↓
アベーロード (桑田佳祐) The Beatles (Abbey Road) 空耳
ところで桑田佳祐は昔、松任谷由実と「メリークリスマスショー」というタイトルで
クリスマスイブの日に、その頃の旬の音楽家とやりたい放題の音楽あそびをしていた
その1つが鈴木雅之とアルフィーの桜井懸と二人でやった「ブラックマジックウーマン」と
歌謡曲の「別れても好きな人」を無理やりくっつけたこの音楽
MERRY X'MAS SHOW 1986 BLACK MAGIC WOMAN 別れても好きな人 SANTA☆NA
これはホント笑ってしまった
と同時に、自然に結びつける音楽性に驚いた
(今のなんとか48にこの音楽性を期待できるだろうか?)
この前年にはストーンズの「ジャンピング ・ジャック・フラッシュ」をCharで
米米クラブがの歌謡曲の「星降る街角」を驚きのくっつけ音楽をしている
JUMPIN' JACK FLASH &星降る街角 / Merry X'mas Show 1987 ~Char & 米米クラブ
本当に凄い
今、これらができるのだろうか
ドイツ・オーストリアの有名な作曲家を表す3Bという言葉がある
バッハ、ベートーヴェン、そして一般的にはブラームスが挙げられるが
個人的には最後のひとりはブラームスではなくてブルックナーだと思う
ブルックナーに触れたのは高校時代
レコード店でブルックナーの9番の交響曲とマーラーの一番(巨人)の
レコードのどちらかを購入しようと試聴したのが最初だった
お互い数分だけ聴いたのだが、すぐにブルックナーの響きに魅せられてしまった
このカラヤン指揮、ベルリン・フィルの9番の交響曲を
知人にもこんなにすごい曲があるのだと、、紹介したこともあった
(自分ほど感激しないのが大半だった)
世間で一番嫌いな作曲家のアンケートをすると、ブルックナーは何年も連続で
トップを独走しているそうだ
ブルックナー好きには信じられないことだが、なんとなくその気持もわかる
情緒的な表現があまりなくて、感情に訴えなかったり
何がしたいのか分からず途方にくれる気持ちになるのは想像できる
でも良いんだな、、ブルックナー
古今東西の交響曲で一番聴いているのがブルックナーの8番
これはオタクの世界の入り口くらいにいる
レコードとCDでは
フルトヴェングラー指揮 ベルリン・フィル交響楽団1949年録音
フルトヴェングラー指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団1944年録音
カラヤン指揮 ベルリン・フィル交響楽団 1967年録音
カラヤン指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 1988年録音
クナッパーツブッシュ指揮 ミュンヘンフィル交響楽団
シューリヒト指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
ジュリーニ指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
ヨッフム指揮 ドレスデン交響楽団
テンシュテット指揮 ロンドン交響楽団
バレンボイム指揮 シカゴ交響楽団
クレンペラー指揮 ニューフィルハーモニア交響楽団
朝比奈隆指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団
チェルビダッケ指揮 ミュンヘンフィルハーモニー管弦楽団
ハイティンク指揮 コンセルトヘボウ管弦楽団
シモーネ・ヤング指揮 ハンブルク交響楽団
エリアフ・インバル指揮 フランクフルト放送交響楽団
ブーレーズ指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
ラファエル・クーベリック指揮 バイエルン放送交響楽団
ギュンター・ヴァント指揮 北ドイツ放送交響楽団
ギュンター・ヴァント指揮 ベルリン・フィル交響楽団
ミヒャエル・ギーレン指揮 バーデンバーデンシンフォニーオーケストラ
思いついただけで20種類ほどある
この他にピアノ二重奏に編曲したものがあり
オルガンに編曲したものもある
実演では
ギュンター・ヴァント指揮 北ドイツ放送交響楽団
ズービン・メータ指揮 イスラエル交響楽団
朝比奈隆指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団
ティーレマン指揮 ウィーン・フィルハーモニー交響楽団
ズービン・メータ指揮 ベルリン・フィル交響楽団
この曲をなぜこんなに聴き比べているのかといえば
まずは聴き比べをしてしまう第3楽章のせいだ
この楽章は本当に大好きで、一楽章だけで25分くらいの曲
この音楽がなっている時の時間の経過は、早いんだか
長いんだか、、途中で時間感覚が変になってしまう
哲学的な思索とか、時の流れを一部切り取ったかのようであったり
草花が咲き乱れる自然を思い浮かべたり、寂寥感を覚えたり
楽章が終わるとフッと我に返るような気持ちになる
これらの多くの演奏を印象として全部を語ることはできない
でもお気に入りは
実演では圧倒的にヴァントの北ドイツ放送交響楽団のが良かった
いつも聴ける録音媒体では現時点では
フルトヴェングラー指揮の1949年 ベルリン・フィル管弦楽団
ギュンター・ヴァント指揮のベルリン・フィル管弦楽団が好き
それにしても、なんでこの曲がそんなに好きなのだろう?
(好きには理由が必要ないかもしれないが)