Tさんから「はっけん号カンパ」が届いた。
1993年、この船が進水した年に、彼は私のところで琵琶湖に関する卒論を書いた。
「覚えていないと思いますが、、、」
彼の手紙は、こう始まっていた。
あれから22年がたつ。
彼も40歳を超え、会社では中間管理職なのだろうか。
今更に、月日が経つのは早いものだと思う。
やんちゃなTさんは、小さなトラブルをいくつか起こした。
困った子だな、と思いながらもどこか憎めない青年だった。
今思えば、感受性の強い人だったのかもしれない。
いやいやながら就職していったのだが、まだ同じ会社にいるようだ。
時々琵琶湖に来ています、記されてあった。
きっと、魚釣りなのだろう。
あの頃、はっけん号は出来立ての淑女で、全てがキラキラしていた。
今、なぜか廃船にされかかっているのを、私たちが引き取ることにした。
続々とカンパの申し込みが届いている。
四半世紀が経って使い込まれ、今や堂々とした貴婦人の風格がある。
こんなに贅沢な船はないだろう。
基本設計を行う前に、2年かかってカナダ・アメリカ・オーストラリア・日本の各地を回って集めた情報が凝縮されている。
そして、その時々に、多くの学生さんたちがこの船を使って研究論文を書いた。
立派な社会人になった彼らが、こうしてカンパを送ってきてくれる。
こんなに嬉しいことはない。
教師冥利に尽きるというものだ。
最近、はっけん号のことを、老朽船だと悪口を言う人がいる。
一体何を根拠に言うのだろうか。
自分の目で確かめたのだろうか。
琵琶湖には、この種の不確かな情報が飛び交う。
この船は、あと10年は立派に動く。
嘘だと思ったら、加納船長に聞いてみればいい。
デマを撒き散らす人は、自分を貶めているだけだ。
琵琶湖であまりにも嘘の情報が多いので、検証の意味を込めて「琵琶湖は呼吸する」という本を書いた。
この本には、私たちの真心がこもっている。
売れ行きは順調のようだ。
あとは、何とかはっけん号に命を吹き込むだけだ。
生まれたものは、寿命が来るまで、大切に使いたい。
はっけん号も、そして自分の体も。
感謝に始まり、感謝に終わる。
ありがとうTさん。