久しぶりに哲学。19、20歳頃には「哲学入門」の類や、「カント」などをけっこう一生懸命読んでいた時期もあったのですが、それ以来でしょうか?
すぐに閉じるかな、、と思いながら読み始めたのですが、段々と心地よいというか、けっこう楽しんで読み進めたのでした(面倒そうなページは早送りしたり、飛ばしたりですが)。
「思索する生活」に少々うらやましさを覚えたりしながら、「時の流れ」の章に。
「多分、人間の言葉は、時間を語るのに適していないのだろう。
空間の長さなら正確に分かるが、時間の長さ、といった瞬間に得体の知れないものになる。
現象の経過、と言えば良く分かるが、時間の経過は皆目わからない。しかもわからないままに、とにかく何かを理解してしまうことが一番わからない」
これを読みながら、分かったような分からないような、、、、と、、ミヒャエル・エンデの「モモ」が頭に浮かんできました。エンデも好きな作家の一人です。
RやTが小学生、中学生の頃に読むよう勧めたことがありますが、読んだのかな?映画「ネバー・エンディング・ストーリー」を皆で見たのは覚えているのですが、、、。
「灰色の男たちにより、人間から時間が盗まれて行き、人々の心から余裕が無くなっていく。
しかし不思議な力を持つ少女モモが冒険の中で奪われた時間を取り戻す」
読んだ当時は文字どうり、「時間(余裕)を失いつつある人々への注意を促す話」と思っていたのですが、後に「エンデ本人が訴えたかったのは、この「時間」は「お金」のことで、利子が利子を生む現代の経済システムへの疑問」と言うことでした。
なるほど、時間をお金に置き換えると、分かり易いですね。そういえば「モモ」の映画もテレビで見たのですが、、もう数十年前だったかな?