忘れ人の独り言

明治生まれの両親がさりげなく生きていた姿が今,私に語りかけてくる。

「鉛筆書きの魂」木津川 計さんから

2012-01-29 | 生き方を学ぶ

「日本人の忘れもの」という記事に今朝は木津川 計さんの文が載っていた。

ワープロの時代も過ぎ、パソコンも使わずにずっと原稿は鉛筆で書いてこられたという。なぜ、鉛筆書きを崩さないのかというと原稿をきれいに仕上げたいからだと書かれている。

又、電動鉛筆削り器は先が丸く削られるのがいやで、カッターナイフで鋭角に削る。

手書きの優れた文は一目見ただけで長年の勘のようなもので「空飛ぶカーペットのように宙に浮く。匂い立つ香りがある。」と表現されている。

メールやパソコンは読まなければよしあしがわからないし漢字の心も伝わらないとも。

こんなことを或る人に言うと、その人が「鉛筆書きするとは我が身を削って人の為に尽くし、やわらかく見えても1本芯が通っているかどうかが試されているということです」と言われ木津川さんはその言葉に兜を脱ぎつつこの原稿を書いたとあった。

あまりにも自分の書いた字がみっともないと常々思っていた私はワープロやパソコンをこれは便利と使っては来たが、文字を書くことに対するこのような感じ方があったのだということを深く知らされた。

小学校に上がった頃 電動鉛筆削り器など無論なかったが、父が毎晩私の鉛筆を小刀でそれはきれいに削ってくれていたことを思い出した。六角に山をそろえて先はピンと尖らしていてくれた。

 

 

 

コメント

お習字(法句経)を書く・・・

2012-01-27 | 生き方を学ぶ

1ケ月に1回のお習字 なかなか上達はしないけれどもう5年ほど続いている。

それにしても やり始めた頃に比べて集中力、持久力が随分落ちてきた。

以前は10時から12時まで根気よく書いて練習出来ていたのに・・・この頃では40分~1時間で もうしんどくなってくる。これは他の仲間も同じようで、1時間経つとそろそろしまいにかかる人もいる。

「あかんなあ・・・集中力がなくなってきたわあ・・・」と。

私は好きな法句経の言葉を先生に書いてもらったお手本をもとに練習しているがやはり4,5枚書いたらしんどくなってきた。それに膝が痛く正座出来ないのがつらい。

でもこれで何回書いただろうか 上手にかけたら部屋にはっていつも心に留めておけるようにしたいと思っている。

「ものごとは こころにもとづき こころを主とし こころよりなる

汚れたこころで語り行うなら  苦しみは その人につき従う

轍が車輪につき従うように」  法句経 第1句

 

「ものごとは こころにもとづき こころを主とし こころよりなる

清らかなこころで語り行うなら 幸せはその人につき従う

影が体から離れないように」  法句経 第2句

 法句経 第2句

コメント

新春のつどいに参加

2012-01-24 | 日々の業

年金者組合の新春のつどいに行ってきました。瀬田からの参加者は送迎のマイクロバスで来られ、にぎやかな集まりでした。

乾杯!今年もいっぱい遊んでそして学んでガンバロウ!

これ私なんです。手を握り合って感激のご対面じゃないのですよ。コイン送りのゲームをしている所。

他のチームの人たちの中に自分が次の人に送ったら手を閉じておかないといけないのに、すっかり忘れて開けてしまい、誰の手にあるかわかってしまって・・・・大笑い   

食事の後はカラオケやグランドゴルフとおもいおもいのところに行って遊びました。

このリバーヒル大石には孫が小さかった頃、休養をかねて皆で泊まりに来たことがあります。

近すぎて朝、ゴミ出しに帰って又戻って皆に笑われてしまいました。

コメント

周利槃特(しゅり・はんどく)と掃除

2012-01-22 | 生き方を学ぶ

毎日の家の掃除はきりがない。少しサボってしまうともううっすらと埃がたまり、毛があちこちに落ちている。白内障の手術をするまでは、あまり気にならなかったのになあ・・・と思う。

仕事に出ているときはバタバタと朝出ていってなかなか掃除もできずにいたが、それもあまり気にする余裕すらなかったようだ。

掃除をする時 時々 思い出すのはお釈迦様の弟子の周利槃特(しゅり・はんどく)の話だ。

物覚えの悪い周利槃特が自分の愚かさを嘆いてもう仏弟子でいることをやめようかと思っていたところ、お釈迦さまが1本の箒を渡されて「掃除をしながら「「塵を払い、垢を拭わん」」と唱え続けなさい」と言われた。

来る日も来る日もお釈迦様の言われた言葉を唱えながら掃除をした周利槃特は何十年とたってやっと阿羅漢の覚りを得ることが出来たという話。

塵とは何だろう?垢とは何だろう?と考え続けた結果自分の心の中にある「三毒だと気付いたのですが、

掃除をしながら「そうやなあ・・・頑張って掃除しなければ心の中にもどんどん汚い垢や埃がたまっていくのやなあ・・・

しんどい言うてんとやろう!と励ましつつ重い腰を上げる私です。

  三毒・・・貪(トン)むさぼり・瞋(シン)いかり・痴(チ)おろかさ

 それともう一つ思い出すのは近所におられた方がある日私に「Mさん家はいつも綺麗にしときなさいよ。汚くしてたら貧乏神が入ってくるから」と言われた。

そういえば福の神と貧乏神というお話ありましたね。

コメント

大津の市長選挙は脱原発で

2012-01-19 | 日々の業

大津市長選挙が日曜日にある。所属している新婦人や年金者組合は脱原発を掲げているひがし昌子さんを推薦している。私も脱原発は絶対しなければいけないと思うので賛成。

ひがし昌子さんは膳所地域にある診療所の医師として25年間0歳から100歳までの方たちの診療にあたり地域の方たちとの密接な関係を築いてこられたと聞く。

東日本大震災の時は医療ボランティアとして現地に行かれ、「死んでしまいたい」と訴える被災地の方にむかい心でどんなに寄り添っても限界がある。ここで行政がもっともっと力になって親身に助けなければ本当に助けたことにならないと感じられ、自分の無力さを思った。そんな思いから今回の市長選に候補者としてたたれたということだ。

この話を聞いて本当にこの先生ならやってくれはると確信した人も多数おられた。

といことで私もここ数日選挙事務所に少し手伝いに行ったり、演説会に知人を誘って行ったりしました。

  

選挙事務所は支援の人達でいっぱいでした。

地域の個人演説会にも結構沢山の人が来られていました。

コメント

春を待つ山茶花

2012-01-12 | 写真

今年一番の寒気が襲い、北日本は大雪に見舞われている。仮設住宅の暖房対策が急ピッチで行われていると聞くが何とか間にあいますようにと願うばかり。

重たい雪を真っ白にかぶったサザンカが必死で受け止めているようで健気にうつった。

こちらのサザンカは雪に負けずにシャンと咲いている。とても対照的。

どちらもやがてやってくる春まで寒さに負けず頑張って咲こう、生きようよと呼びかけているようだ。

コメント

マザーテレサの言葉

2012-01-10 | 生き方を学ぶ

 友人のブログにマザーテレサのことが書かれていました。

  親切で慎み深くありなさい
 あなたに出会った人がだれでも
 前よりももっと気持ちよく
 明るくなって帰れるようになさい」

 その友人も誰にでも親切で会えば明るく心地よく帰っていけます。

 私にはなかなか出来ないくらいやさしくゆったりと友を包み込める人なのです。

 この様に生きていけたら素晴らしいなあ・・と心で尊敬している知人が私の周りに何人かおら  れて、私はそれだけでも随分 幸せ者だと感じています。

 人生の生き方をその人達から学ばせてもらうことができるのですものね。

     


 

コメント (1)

放射線から身を守るには(肥田先生の話)

2012-01-08 | 日々の業

肥田舜太郎医師は放射線から身を守るには特別な方法はないと言われている。

誰にどんな影響がでるかわからないからこそ 生まれつき持っている免疫力を弱めないようにして健康に生きるしかないと話されている。

そのためには

    早寝・早起き(先祖から引き継いできた免疫力を維持する上で大切)

   食べ物をしっかり噛んで食べること。   

    (口の中で唾液中の酵素ジアスターゼと米が充分交わらないと腸がうまく吸収できない)

     これは免疫力を保持する上でとても大事なこと。

   日本の伝統食品である発酵食品(味噌や梅干し他)を食べる。

          

 

コメント

「内部被曝の脅威」の本から

2012-01-08 | 生き方を学ぶ

「私たちは唯一の被ばく国といわれる日本に住んでいながら、放射線や放射能が人間にどのような影響を及ぼすのか、実は教えられてもいなければ理解してもいない。・・・」

「たとえ原爆は使用されなくても、無数の被ばく者を日々新たにこの世界に生み出す現実が進行している。私たち自身の被ばくに関する無知や無関心を今こそ問い直す時ではないだろうか。

2005年に出されたこの本は広島で自身も被爆し、被爆者の治療にあたってこられた肥田舜太郎医師と社会派ジャーナリストの鎌仲ひとみさん両著によるもので、初めの部分に書かれているこの文を読み、福島での原発事故のことが重なった。

60年にわたり内部被曝の研究をされてきた肥田先生の言葉のもつ意味は重い。   

年間何ミリシーベルト以下だから大丈夫です」というのは大きな嘘  年間何ミリシーベルトと言っているのは外部被曝の場合で内部被曝というのは放射性物質を体内に取り込んでしまい、1日24時間ずっと被曝し続けるということです。

その影響は個人差によるので誰にもわからないが、病気や死亡する可能性が上がることだけははっきりしている。

資本主義経済という枠組みの中では功利主義的な考えに基づき、「地球上の50億の人間が幸せになるためであれば、1億人がその犠牲になっても仕方がない」という考えから原子力発電による放射能汚染にも目をつぶってきた。その結果、世界中で被ばく者が増えている。これが現状だと思いますと本のなかで語っている

以下の動画では全日本民医連顧問として活動されている94歳の肥田先生が、「原発なしで暮らしたい100万人アクションin広島」で話された時のものです。是非 ご覧ください。

 http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=3p73GY19ZrY#!

コメント

脱原発で電力契約を東電から切り替えた信金

2012-01-06 | 世の中のこと

「企業には、金もうけだけでなく公共的な使命がある社会を良い方向に変えていくのが信用金庫の在り方」と言われる理事長さん。

このような考えの方が大企業の中にも沢山おられたら少しは世の中変わっていくのに・・・。

コメント

米朝ばなし・上方落語地図

2012-01-05 | 日々の業

軒づけ日記という面白いブログを書いておられる方が紹介されていた「米朝はなし 上方落語地図」 図書館で借りてきて読んでいるが、これは絶対 貴重な本だと思ってとうとうアマゾンで注文した。

歴史に大きく残る人達と違いその時代に生きた市井の人々の姿が生き生きと描かれ、語られているのが私は大好きだ。大阪や京都、滋賀のさまざまな土地や場所が出てきて「ふーん大阪って昔はこんなとこやったんか~」と興味がそそられる。まして京都の所では清水や衣棚・柳馬場など出てくると面白さが増してくる。

そういえば昔、新京極に花月があって父と落語や漫才を聞きにいったことがあった。その時は確か露の五郎さんがでてはった。ついでに「かねよ」でウナギを食べたことや、寺町のスター食堂にもよく連れて行ってもらった事など次々と思い出した。

米朝はんも随分 年とらはってなあ・・と先日テレビをみてびっくりした。

コメント (1)

龍のお話し三話

2012-01-03 | 昔語り

30年以上前になってしまったけれど保育園に勤めていたころ子供達に龍の絵本や紙芝居をよくした。

どの話も子どもたちはとても興味をもって聞いてくれた。なかでも「エルマーと16ぴきのりゅう」は毎日少しずつの読み聞かせで子どもたちはすっかり物語に入り込んで卒園時の記念製作でちぎり絵で大きな龍を皆で作ったりした。

定価680円になっている。1974年第15刷

「りゅうのめのなみだ」は、浜田廣介の文でいわさきちひろの絵。

人に嫌われにくしみを受けていた竜が子どもが語りかける屈託のないやさしい言葉によって固まった心がほぐれていき、世の中の子どものためになろうとするファンタジックな物語。

何かしらほっとするやさしさを感じる絵本だった。

国際アンデルセン賞優良賞受賞作品 松谷みよ子・文

この紙芝居を何度も何度も読みました。「おっかさーん」と湖にむかって叫ぶ龍の子太郎。龍になって北の湖に住むおっかさんをたずねて長く苦しい旅にでる龍の子太郎が龍になった母親に再会し、貧しい農民たちのために田畑に水をひくよう懇願し体当たりでその作業にあたるところは圧巻だったなあと思い出しました。

 

 

コメント

清水寺で岩手のしだれ桜が

2012-01-01 | 写真

京都に住んでいた頃は新年は決まって父と成田さんや八幡神社に初詣でに出かけた。半分いやいやで心の中で「こんな大勢の人にもまれて拝んでも神さん聞いてくれはらへんのになあ・・・」などと不遜なことを思ったりしていたものだ。

今日は昨年と打って変り、陽がさして暖かくなってきた。思いきってお参りに行くことにした。

最初に報恩講にも参詣できなかった本願寺さんへ行き、身体の具合と時間を見ながら行きたかった清水さんへと満員バスに乗り込んだ。

 

清水寺の門(仁王門)がこんな朱色だったんですね。

阿弥陀堂が修復とかで後ろの緑のシートがちょっと・・・・参拝するのもすごい行列でした。

ここからの眺めがやはり一番!ゆっくり参拝も出来ず大黒さんの頭をさすって拝んできました。

音羽の滝も数珠つなぎ。

釘を1本も使わずに建てられた欅の柱とヒノキの舞台。

境内にこの様な碑を見つけて読んでみるとーーー

遠い歴史の中で起こったことが書かれていてその中に岩手県水沢市という文字がありました。

岩手県水沢市から送られた、しだれさくらのようです。東北の人達がこの桜を見られたらどのように感じられることでしょう。そんなことなど考えながら春にもう一度このしだれ桜を見に来ようと思いました。

3年前に来た時から私にとって清水寺は何かしら心が落ち着く(人が大勢でも)所なのです。

清水寺のH.Pを読んでいたらまだまだ知らない所が多く、歴史あるこのお寺をもっとじっくりと見て感じたいと思いました。

    http://www.kiyomizudera.or.jp/

コメント

2012年1月1日

2012-01-01 | 写真

   新しい年になりました。

 いろいろご心配をかけましたが新年からぼちぼちと気負わずに書いていこうかと思っています。

    どうぞよろしくお願いします。

コメント