以下、この本の中から抜粋して↓
ドラマや、音楽に「起・承・転・結」があるように人の一生にも起承転結があります。心身の老いの兆しが表れるのが「転」。若くあり続けたいとどんなに願っても「転」は必ずやってきます。
そして「結」の時代に、どんな結論を生きるか。それによって、いままで演じてきたドラマの意味がまるで違ってくるように思います。
人生の「結」でジタバタしても始まらない。飛行機の着陸体勢にたとえて書かれている部分が面白く納得させられる。
「間もなく着陸ですから、ベルトをかたくお締めください」ベルトをかたく締めろとは、もうジタバタするなということでしょう。親切に「ベルトを・・・」と注意していると思うのは大間違いです。「覚悟しなさいよ」
機内が暗くなるのは「静まれ、動揺するな。あとのことは、もう飛行機にまかせなさいよ」ということなのです。(続いて書かれている文章に大笑い!)
そしてやっと着陸 緊張のあとホッとしている。これが別れの感覚です。
老いることはすばらしい
「老」という文字には、二つの意味があるようです。
ひとつは年をとるということ。老化、老衰という意味です。
もうひとつは「経験をつんだ」とか「優れた」、「尊敬すべき」「身分が高い」という意味です。江戸時代には、政治の責任者を大老とか中老と呼びましたがこれは二番目の意味の方です。老目といえば老化で視力の衰えた目のことだと思っていましたが、経験をつんだ素晴らしい見識のことも老目というそうです。
老人も「年をとった人」だけではありません。長老、つまり人々を教え導く優れた、尊敬すべき人物のことです。
ですから電車で特別席が用意されているでしょう。その席に若者がふんぞり返っているなどもってのほかです。
「控えおろう」と水戸黄門の助さんのように老いの印籠を振りかざして「こちらをどなたと心得る。尊敬すべきご老人であらせられるぞ」・・・と面白、可笑しく、その中になるほどそうやった!と頷き、考えさせられる早川先生の本でした。
人生の「結」を少しでもよいので周りの人たちから尊敬されるような生き方を死に方を、もう間に合わないなどと言わずに努力しなければと思ったことです。9年前に出版された本ですが手元に置いて忘れないよう度々読み返さねば・・・。