忘れ人の独り言

明治生まれの両親がさりげなく生きていた姿が今,私に語りかけてくる。

トマトの生長

2012-06-28 | 日々の業

1ケ月以上前に生協で買ったトマトの苗木。プランターに植えてから今日まで小さく実をつけ始めてだんだん大きくなってきた。こんなプランターや植木鉢でよく育ってくれたものだ。

友人にネットで調べた「わき芽」がわからず聞いて摘んだり、「あまり水やりすぎたらあかんよ」と教えてもらったり。この間の台風の時は添え木をしたりとずぼらな私も何とかここまでしてきた。

茎も太くなっていくつも実をつけ始めると何とも嬉しい。

「トマトって可愛い名前だね。上から読んでもトマト、下から読んでもトマト

トマトって・・・・・・・?・小さいときには青い服  大きくなったら赤い服」などと保育園で歌っていた歌を口ずさんでいる。

赤くなるまでしっかり育ってねと心の中で言いつつ過ごしている。

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古い写真を好きな曲でスライドショー

2012-06-21 | 日々の業

古い写真をまたまた出してきてデジカメに撮りそれをいろんなスタイルのスライドショーにし、好きな音楽を入れる作業をして楽しんでいる。

これまでは写真屋さんにもっていき520円でDVDに焼いてもらっていたがそれもずいぶん沢山になった。

そこでちょっと自分で作ることに挑戦してみようと思い立った。

好きな曲は中嶋みゆきの「糸」や「ヘッドライトテールライト」他、ジプシーキングの「インスピレーション」これはテレビでお馴染みの 鬼平犯科帳の主題曲そしてチャングムの誓いの中から数曲

何回もやり直しやり直しして出来た!

好きな曲に合わせて自分の小さかった頃からの写真が次々と映し出されてくる。

幼い私 少女の私 学生の私 勤めだした頃の私 結婚した時の私 子供が生まれた時 う~ん書くのも嫌になるくらい長いねえ・・・年取った私はまだ省いてある  これからこらから・・・

数枚DVDが出来上がった。

娘 曰く「お母さんこれ貴女が亡くなった時に皆に見てもらうようにやなあ・・・」

そうですとも ちょっとは覚えておいて欲しいからかなあ まあ どっちでもいいけど こんな人間がいたというしるしかなあ

ところでDVDのタイトルは「旅の途中」にした。

えっ!まだまだ生きるってこと?

勿論それもあるかもしれないけどこれはわからへん。本当は心がまだ道半ばという意味。

 

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義姉さん本当にありがとう

2012-06-09 | 生き方を学ぶ

義姉さん貴女が逝ってから今日で17日が過ぎました。もう、あちらでお父さん、お母さん、お兄さん そして弟の私の夫に逢われましたか?「そんなん 未だや~いっぱい逢わんならん人がやはるし・・・忙しいわ  とうちゃんや、かあちゃんは一番最後にとっとくにゃ」っていって笑って応えるでしょうか?それとも歌を歌いながらもうご対面?

「私が死んだら白や黄色の菊の花はいらんしな その代わりヒマワリの花を飾ってって言ってるね」と話されていたのは旅立つ10日前でしたね。その言葉とおりお別れの会では600人は超えたであろう人々がヒマワリの花を持ち、所属されていた合唱団の方達の歌声が響く中を次々と献花し最後の別れをされました。      

亡夫が逝ってからの長い年月 義姉といっても私にとっては夫の代わりのような存在でもあり、本当の姉と思い何事も相談しその都度適格な答えをしてもらい物心両面での援助をしてもらってきた。そのスケールの大きい皆を包み込むような温かさに多くの人がどんなにか救われたことだろう。

誰にもやさしくそして不正には厳しく向かっていった義姉もちょっと抜けたようなところがあって周囲を唖然とさせ、笑わせることも度々でそれが又 皆にとっては親しみを増すことにもなっていたようだ。

義姉さんのようには生きられないけれど、少しは真似できるよう残された人生を歩もうと思っている。

義姉さんとこんなに近い縁で結ばれたことを今、私はとても嬉しく誇りに思う。義姉さんほんとうにありがとう!

                       

 

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消費税増税反対と天保一揆

2012-06-05 | 世の中のこと

3日に膳所公園で開かれた「こんな時に消費税10%とんでもない!」の県民集会に参加した。

集会の呼びかけ人の一人として挨拶された滋賀県保険医協会の理事長さんが話されたことが印象に残った。

滋賀の野洲近くで江戸時代(今から160年余前)に天保一揆が起こり農民たちが起ちあがって悪役人を追い出し年貢増収を10万日日延べさせることに成功したという話だ。

滋賀の地で一揆が起こったことは知っていたし、近くの大石という所にも義民碑があるが、成功した話は初めて聞くことだった。

江戸時代末期に幕府が財政立て直しの為 日本有数の米どころ近江の農民たちから厳しい年貢の取り立てを企み勘定奉行に地検を命じた。しかしこの地検は小藩や旗本には厳しく、大藩には手をつけず賄賂や不正が横行した。

この地検に反対し甲賀郡はじめ野洲・栗太の農民百姓1万余人(数千人から4万人とも)が起ちあがり検地の延期を願い出たが受け入れられず大きな一揆となった。

地検役・市野茂三郎は三上山の岩穴に逃れ、農民たちは検地の「十万日日延べ」証文を勝ち取り、農民側の勝利に終わった。

農民の犠牲はあったが奇跡的に一揆は成功し、明治31年には三上山麓と野洲川畔に天保義民の碑が建立された。

このように今も昔も苦しめられるのは力の弱いものばかりだが、それでも弱い者が団結すれば大きな力になるという話だ。

「滋賀の地から増税反対ののろしを全国へと広げよう!」と保険医協会の理事長さんの話に会場は大きな拍手と「そうだ!」の声に包まれた。

 

(写真提供は年金者組合のYさん)

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