(永井 隆著「この子を残して」より)
博士は、学者として冷静に自分の体を実験台にした。同時に戦争の無力さや悲惨さも著作の中で訴えている。
「戦争が長びくうちには、はじめ戦争をやり出したときの名分なんかどこかに消えてしまい、戦争がすんだころには、勝ったほうも負けたほうも、なんの目的でこんな大騒ぎをしたのかわからぬことさえある。そうして、生き残った人びとはむごたらしい戦場の跡を眺め、口をそろえて、――戦争はもうこりごりだ。これっきり戦争を永久にやめることにしよう! そう叫んでおきながら、何年かたつうちに、いつしか心が変わり、なんとなくもやもやと戦争がしたくなってくるのである。どうして人間は、こうも愚かなものであろうか?」
「しかし理屈はなんとでもつき、世論はどちらへでもなびくものである。日本をめぐる国際情勢次第では、日本人の中から憲法を改めて、戦争放棄の条項を削れ、と叫ぶ声が出ないとも限らない。そしてその叫びがいかにも、もっともらしい理屈をつけて、世論を日本再武装に引きつけるかもしれない。」
「もしも日本が再武装するような事態になったら、そのときこそ…誠一(まこと)よ、カヤノよ、たとい最後の二人となっても、どんな罵りや暴力を受けても、きっぱりと〝戦争絶対反対〟を叫び続け、叫び通しておくれ! たとい卑怯者とさげすまされ、裏切り者とたたかれても〝戦争絶対反対〟の叫びを守っておくれ!」
「いとし子よ。敵も愛しなさい。愛し愛し愛しぬいて、こちらを憎むすきがないほど愛しなさい。愛すれば愛される。愛されたら、滅ぼされない。愛の世界に敵はない。敵がなければ戦争も起らないのだよ。」(長崎の鐘より)
1945年8月、広島・長崎への原爆投下後、日本は降伏し、戦争は終結した。戦争が終わってわずか数年であるにもかかわらず、永井博士は、日本の再武装を危惧している。人間とは、かくも愚かな生き物か。永久に戦争を放棄しようと誓ったではないか。また戦争を起こそうとするのか。永井博士の危惧は、皮肉にも的中してしまった。戦後61年を経たこの日本で、日本の核保有論がまさに議論されようとしているのだ。
唯一の被爆国である日本。この国が進むべき道は、決まっている。平和の道をひたすら歩み続けることである。永井博士は、敵を愛せよ、と説いている。自分さえも自国さえも愛せない現代の私たちに、敵を愛するという恐らく一番困難な課題を克服することができるのだろうか。
博士の言葉は、原爆という核兵器の恐ろしさを身をもって知り、命の炎燃え尽きるまで、人間としての尊厳を失わなかった博士自身の魂の言葉である。怒りは怒りの連鎖を作る。戦争をなくすのは、博士が言うように唯一愛、それも与え続ける「愛」なのかも知れない。