夏の名残

 もうずいぶん涼しいのに、裏の庭のほうから、季節外れの蝉の声が聞こえてきた。おそらく一匹で鳴いているのだろうけれど、暑い夏らしい大きな声で、それまで鳴いていたこおろぎなど秋の虫の小さな声はかき消されてしまった。まだ暑さが残っている頃からもう蝉の声は止んでしばらく経つけれど、遅れて羽化してきたのだろう。やっとのことで地上に出てきたと思ったら、もう誰も仲間はいないなんて、秋空に響く一匹だけの蝉の声は切ない感じがした。
 季節外れといえば、きょうすいかを買った。下の子と一緒にスーパーへ行ったら、入ってすぐの青果売り場の冷蔵の棚にすいかを見つけて、「かー!」(すいかのこと)と言って飛んでいった。季節に関係なく、次男はすいかが好きなのである。売り場の真ん中には、なしやりんごやぶどうなど、秋の旬の果物がにぎやかに並んでいたけれど、数少なくなって隅っこに追いやられた夏のすいかは寂しい感じがした。私はすいかがあまり好きでなく、自分からは買わないので、夏に食べ足りなかったかもしれないと思って次男に買ってやった。
 子供の頃はすいかが苦手だった。幼稚園の就園前に通っていた幼児教室のおやつにすいかが出て、母が迎えに行ったとき、見るからに嫌そうな顔をして、でも食べないといけないから、渋々食べていたらしい。そのときの情景は、すいかの種が散らばった、夢の中のように曖昧な映像として思い出されるけれど、本当に自分の見た場面なのか、あとから聞いて作り上げた記憶の風景なのか、はっきりしない。
 私に似てすいか嫌いだと思った長男も、今年からはすいかを食べるようになって、この夏、私以外の家族が、身体の大きさに合わせて大小に切ったすいかを並んで食べる食卓の様子を、夏らしい風情を感じながら眺めた。
 しばらくすると、表のほうからも蝉の声がしてきたので、おや、ほかにも蝉がいるのかしらと思ったけれど、さっきの蝉が、表に飛んでいっただけなのかもしれない。
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