蝸牛の歩み

「お話」を作ってみたくなりました。理由はそれだけです。やってみたら結構面白く、「やりたいこと」の一つになっています。

猫のお寺

2015-12-23 14:13:54 | 日記
 NHKの旅番組はよく見る。しかし、実際に行って見ると、ガッカリすることが多い。入念な下調べと絶妙なカメラワーク、風景の切り取り方で、修正を施した見合い写真のような出来栄えになる。
 奈良にある寺に行ったとき、番組では紹介されていなかったいきものと逢えた。三匹のネコである。毛並みも悪く、目やにもたまり、一匹は皮膚病を患っている。これでは被写体になりにくいだろう。ただ、寺の方たちは、三匹を大切に飼っているようだった。
 皮膚病のネコを膝に抱きながら入場券を売っているお坊さんがいた。
 「可愛いですね」とお世辞をいうと、
 「本当はそう思っていないでしょう」という返答が帰ってきた。意地悪ないい方ではない。私の心にズバッと斬りこんでくるような、それでいて柔らかな言い方だった。
 おもわず、「そうですね」と言ってしまい、取り繕うために、「うちにも三匹いるんです」と言った。
 「でも、こんな仔はいないでしょう」とさらに斬りこんでくる。
 「うちの仔は三匹とも野良ですが、こんな病気には幸いかかっていませんね」と言い、「病院に行くとか治療はしてやらないんですか?」と言わずもがなのことを言ってしまった。
 「あいにくお金がなくて。ごらんの通りの貧乏寺ですから」と言った後で、「あなた、連れて行ってくれませんか」と言われてしまった。
 引っ込みがつかなくなるとはこの事で、「この近くに病院があるんですか?」と訊ねると、「門を出て、右の方に50mほど行くと病院があります」と言いながら、ネコを渡されてしまった。その時、私は白い麻のジャケットを着ていたのだが、受け取った途端に、血と膿がべっとりついてしまった。苦しくて弱っているのか、静かに抱かれている。
 門を出て50m、確かに獣医はあった。玄関を開けて、「お願いします」と呼んだが返事がない。「すみません!」と二度大きな声で呼ぶと、かなり年代物の医師が出てきた。
 「この仔なんですが」というと、診察台の上に横たわらせて、まず体全体を拭き、薬を塗ってくれた。
 「塗り薬と化膿止めの飲み薬とを入れて置いた」と言われて、5000円とられた。
 「塗り薬と化膿止めの薬をもらってきた」というと、坊さんは「良いことをされましたね」と言った。
 水道を借りて、ハンカチを濡らしてジャケットについた血と膿とを拭き取った。家に帰ってからも、妙に気になる。結局、二カ月ほどたってまた行って見た。
 門をくぐって券を売っている坊さんのところへ行くと、皮膚病に罹ったネコを抱いている。
 思わず、「塗り薬と飲み薬は」ときつい口調で言ってしまった。
 坊さんはにっこりしながら、奥の方を指さした。ご本尊様の膝に猫が寝ている。
 「お世話になったネコです。よくなりました」と坊さんは言った。
 「また行ってもらえませんか」と言われた。差し出されているわけだから、受け取らざるを得ない。何のためにクリーニングに出したのかわからない。麻のジャケットは前回と同じことになった。
 また5000円を支払った。
 それから1か月、あの寺が夕方のニュースの中で紹介されていた。
 アナウンサーが、御本尊の膝の上で寝ている猫を、「可愛いですね」とほめると、「ええ、菩薩様のような方がいらっしゃいまして」と坊さんが答えていた。1000円で菩薩になれるのなら安いもんだ。
 カメラを持った中高年、若者たちが境内をうろうろしているようだ。「心を癒すネコのお寺」とタイトルはなっていた。
 気がつくと、うちの三匹がテレビの画面を見ていた。そろそろ夕飯の時間だ。