蝸牛の歩み

「お話」を作ってみたくなりました。理由はそれだけです。やってみたら結構面白く、「やりたいこと」の一つになっています。

民意

2015-12-06 17:44:09 | 日記
 ある小さな島国があった。その国では、原子力発電所が、過疎地中心に建てられ、かなりの額の補助金が交付された。「原発で食っている人たち」の数も多く、その人たちにとっては、その島国のいたるところを走っている活断層も、近づきつつあると言われている大地震とそれに伴う大津波も、「どうせ大したことがない」程度のものであった。金の力というものは恐ろしいもので、現実からも、確実に起こると予測されている物事からも眼をそらさせるという効能があるようだ。
 数年前に起こった大事故の事も忘れさせる効能もあった。
 予測されていたことが起き、「ありえない」「おこりえない」とされていた事態が起きた。建屋は破壊され、「厳しい安全基準を満たした」原子炉も損傷した。大量の放射能が漏れ出した。あたり一帯が「立ち入り禁止区域」となり、隣接する県にも被害は及んだ。
 当然のことながら、自治体職員を中心として避難活動が始まった。少し前に「軍」に昇格した組織も投入された。
 しかし、想定されていなかった事態が起きた。
 お年寄りを中心に、動きたくない、避難をしたくないという人たちが出てきたのだ。
 「ご先祖さまから託されたこの土地を動きたくない」
 「原発がまた運転されるという時になんにも言わなかった。反対もしなかった」
 「どうせ、放射能をたっぷり浴びてしまったからいまさら避難しても遅い」 
 避難活動にあたっていた人々は、必死に説得したが、彼らは頑として聞き入れようとしなかった。手足をバタバタさせて「やめてくれ」「ここにいたいんじゃ」という人たちは防護服に身を固めた屈強な「軍」の若者たちに無理やりヘリコプターに乗せられた。
 しかし、すぐにその人たちの意志の固さが表に出てきた。いったいどういうツテを頼ったのか、その人たちは、また自分の家に帰っていた。半壊、全壊した家は多かったが、何とか雨露をしのげる建物も残っていた。そこにかなりの数のお年寄りが避難先から戻って行ったことが明らかになった。
 犬や猫もそこに集まって行った。スーパー、コンビニなどには、散乱はしていたもののキャットフードもドッグフードもあり、カセット式のガスコンロもあったからだ。缶詰も、インスタント食品もあった。
 彼らの行動を、政府に対する告発ととらえる声もあった。しかし、また「自己責任」というカビの生えたような一部の人たちに都合のいい言葉もあふれた。言葉があふれかえる中で、お年寄りたちやネコや犬も次々と死んでいった。
 国営放送のアナウンサーは、「この問題については様々な意見がありますが、国民みんなで考えなければならない問題であることは確かです」と毒にも薬にもならない原稿を読み上げた。
 陽は昇り,陽は沈んだ。
 
 この小さな島国の人たちが「民意」を示す国政選挙が近づいていた。