蝸牛の歩み

「お話」を作ってみたくなりました。理由はそれだけです。やってみたら結構面白く、「やりたいこと」の一つになっています。

魂が還る場所

2015-12-12 11:26:56 | 日記
 その環状列石には、中央部に穴が掘ってあった。直径約30cm、深さは20m。普段は青銅製の円盤で覆ってあった。ただ、一年の内、ある特定の日だけは、円盤は外された。外すことを命じるのは巫女である。満月の夜であり、雲一つない空であることが条件であった。
 巫女の命によって円盤は外され、宮殿の奥深くに立てかけられた。人々は列石を囲んだ。巫女によって選ばれた人々である。時として、族長でさえ選ばれぬときがあったというが、どのような基準が巫女の中にあるのかは誰も知らなかった。月は山の端をかすめ、中天に近づいた。巫女には何かが憑りついている。選ばれし人々にも何かが憑りついている。共通しているのは、彼らの視線が穴を凝視していることであった。
 その時が来た。穴の中、20mの底まで月の光が届いた。そこには磨きたてた青銅の鏡に、古くから伝わる文字を金で象嵌した鏡が置いてあった。月の光はその鏡に届き、穴から光の奔流となって月に向かって吹きあがって行った。
 人々はその奔流の中に今は亡き肉親の姿を見た。前回、円盤が取り外されたのちに亡くなった肉親たちはまっすぐ月に向かって飛翔していった。
 光の奔流は終わった。穴は円盤で閉じられ、しばしの眠りについた。人々に憑りついていた何ものかはそれぞれの本来の居場所へと帰って行った。