蝸牛の歩み

「お話」を作ってみたくなりました。理由はそれだけです。やってみたら結構面白く、「やりたいこと」の一つになっています。

PAZ

2015-12-21 16:53:44 | 日記
 土曜日、徒歩圏内にある図書館に予約していた本が届いたというメールが入ったので、歩いていく。急な坂を少し上がって、ガードレールに守られた歩道を歩く。安全第一。
 交差点で右折、少し広い場所に出る。電信柱の下にしゃがみ込んで、じっと何ものかを見ている人がいた。インカの人たちがかぶっているような毛糸の帽子をかぶり、かなり古びたスタジアムジャンパーを着、マフラーをしている。
 何をしているんだろう。何を見ているんだろう。近づくと、ぶつぶつつぶやく声が聞こえた。
 「動いてる。動いてる」と言っている。
 どうせヒマだし、私も座り込むことにした。何が動いているんだろう。
 カマキリの姿が見えた。カマキリの上に何か乗っている。小さな小さなヒトが乗っている。カマキリに手綱をつけたような格好で動きをコントロールしている。銀色の甲冑を身につけている。槍を持っている。
 しばらく見ていると、何をしているのかが分かってきた。
 前方においてある白いものに対して突撃をしているのだ。槍をふるって、その白いものを少しづつ削っていっている。あの白いものはなんなんだろう?
 「なんですかね?」と訊ねると、そのおじさんは、「大根じゃねぇかな」と答えてくれた。なるほど大根だ。もちろん、一本丸ごとのダイコンではなく、スーパーで売っているような、カットしたやつだ。太さは結構あるけれど、厚さは5cmちょっとといったところか。
 騎士はカマキリから降りて、腰の剣を抜いた。槍で大まかな形を作り、剣で仕上げるつもりか。皮の部分を残して何か文字のようなものを作ろうとしている。
 気がついたら、人だかりができている。
 「何かいるんですか?」と訊ねられた。「カマキリと・・・」と言おうとして呑み込んだ。見える人と見えない人とがいるみたいだ。黙っていたら、その人は去って行った。私とおじさんを含めて5人ほどが残った。
 コリコリと細かい作業をしていた騎士は、PAZという字を彫り出した。
 「PAZ」ってなんですかね?とおじさんに訊ねると、俺に訊くなよ、という顔をしている。茶髪で、両方の耳に3個づつピアスをしている兄ちゃんが、「スペイン語で「平和」って意味なんすよ」と教えてくれた。「すごいね」というと、ちょっと照れたようにして、「ヨーロッパを貧乏旅行してたことがあるんすよ」と言った。
 騎士は、再びカマキリに乗って大根の上に移動した。そして、何か喋りはじめた。全然わからない。みんなが兄ちゃんの方を見た。「どこかに置いてくれないか、静かな、かといって、人が全然来ないようなところでは困る」と言ってます、と通訳してくれた。
 静かで、ある程度人が来るところ・・・。
 「あそこなんかいいんじゃないですか」と紺のスーツを着てアタッシュケースを持ったサラリーマン風の男が指さした。「あっ、いいかも」とペッタンコのカバンを持った女子高生が言った。あれ、まだ昼間だぞ、授業はどうしたと言おうと思ったが、やめた。騎士が見えてるだけで私と同類だ。
 「あそこ」と指差されたところには、小さな神社というか、祠があった。あそこなら静かだし、時々人は来る。私も前を通ったらお賽銭をあげている。
 衆議一決。おじさんが大切そうに運んで行った。お賽銭箱の横に置いた。何かまた喋り出した。
 「ありがとう、君たちの人生がこれからも幸せでありますように」と言ってます、と兄ちゃんが通訳してくれた。
 四日後に行って見たら、騎士も大根の台座もきれいなブロンズになっていた。前に、一円玉やら五円玉が並べてある。ああ、見える人って結構いるんだ