蝸牛の歩み

「お話」を作ってみたくなりました。理由はそれだけです。やってみたら結構面白く、「やりたいこと」の一つになっています。

センター試験の思い出

2015-12-05 14:15:47 | 日記
 センター試験の当日は、うららかな日和だった。思えばこれがあの「事件」の伏線だったのだろうか。
 一旦集合させられて、点呼が終わり、いくつかの注意を受け、私たちは教室へと案内された。暖房が入っていた。会場となった大学側の配慮であったことはわかる。理解できる。
 試験が開始されるまで数分の余裕があった。幸か不幸か私は最前列であり、数mの距離に試験監督の先生が座っていた。先生の顔を見たときに何か違和感を感じた。何だろう・・。そうだ、鼻毛が伸びているのだ。向かって右の鼻の穴から鼻毛が出ている。
 試験が始まった。国語の試験に集中しなければならないのだが、私の悪い癖で、気になったことが頭から離れなくなる。
 もう一度見た。
 動いている・・・。今度は左の鼻の穴から鼻毛が出ている。あれは見間違いだったのだろうか。
 問題文は、一度読んだことがある遠藤周作の『沈黙』だった。確かラストシーンに近いところだったと記憶している。遠藤は自分の作品が何かのテストに使用されて、「この人物はなぜこんなことを言ったのでしょう」という問いに、答えを書き、模範解答と見比べてみたら不正解であったという人物なのに、センターも大胆な事をするものだ。
 あー、気になる・・。あれっ、今度は右の穴から出ている。何分かおきに、場所が変わっているようだ。かわった瞬間を見てみたい・・。
 私の後ろに座っていた受験生が手を挙げた。監督していた先生が、そばに行く。
 「暑すぎるので、暖房を切ってもらえませんか。それから、換気のために窓を少し開けてほしいんですが」
 後ろで監督していた先生がやってきて、二人で話が始まり、片方が出て行った。鼻毛の先生だったので、ちょっと残念だが、集中は出来そうだ。
 少し経って、先生は帰ってきた。
 「換気のために少しだけ窓を開けます」と言って、受験生に直接風があたらないような一番前の窓を鼻毛ではない方の先生が少しだけ開けた。
 うららかな日和ではあったのだが、思いのほか風が強かったらしく、小さく開けた窓から風が吹き込んできた。そこで我々受験生は、集中力がすべて吹っ飛ぶような光景を目にした。窓を開けた先生のズラが飛んだのである。まるで水族館のクラゲのような、あるいは、アダムスキー型のUFOのように「それ」は宙を飛び、最前列の女生徒の頭に見事着陸した。
 あんなに笑ったことは本当に久しぶりだった。何分間ぐらい笑っていたんだろう。
 ズラを回収した先生は、鼻毛の先生と短く話した後、教室を出て行った。
 しばらくして、別の先生がやってきた。
 「予期せぬ事態のために」
 ここまでその先生が喋った時にまたみんなが笑った。思えば僕たちは笑いに飢えていたのかもしれない。
 「試験が中断してしまったことをお詫びいたします」少し静かになった。それでも数人はひきつったように笑い、しゃっくりに移行している者もいた。
 「さて、特別の措置として、時間を延長させていただきます。」シーンとなった。
 「いまから30分間延長せさて頂き、その後の事はまた連絡させていただきます」
 結局、我々の教室だけは他の受験生から隔離された状態となり、使用できるトイレも昼食をとるスペースも短時間のうちに変更されて、周知徹底された。
 その日は、ツィッターに2チャンネルにと、この話題が投稿された。しかし、残念なことに動画はなかった。だが、絵心のある奴はいるもので、その決定的瞬間をイラストで投稿したやつが出てきたと思うと、二日後にはなんと、アニメ調の動画が投稿され人気をさらった。
 「おれ、あの教室にいたんやで」という自慢ができる。いい経験ができた。