蝸牛の歩み

「お話」を作ってみたくなりました。理由はそれだけです。やってみたら結構面白く、「やりたいこと」の一つになっています。

象に踏まれた

2015-10-31 09:26:09 | 日記
 象に手を踏まれたことがある。

 なんのことはない、「〇〇動物園の象は、世界で唯一卵を産むらしい」という噂を信じて夜陰に紛れて動物園に忍び込み、象舎の鍵を盗み出して入り込んだまではよかったのだが、母象が、子象の危機と思ったのだろう私に向かって突進してきたのだ。

 私は、ひらりと体をかわした…つもりだったのだが、最近の運動不足がたたって手をついてしまった。そこを踏まれたわけだ。

 もう、「痛い」という言葉では表現できない。激痛に耐えながらなんとか家にたどり着いたまでは覚えている。ドアを開けてそこに倒れこんでしまった。妻が驚いて、起きてきて、なんとか布団に寝かせてくれたらしい。

 ただ、妻も人には言えないような日常を送っているため、医者に行くという発想は出てこなかったようだ。そこから足がつくことは分っている。

 「どうしました?」

 「いえ、ちょっと象に手を踏まれまして」

 なんて言えるわけがない。すぐにお縄になるに決まっている。

 ただ、ナントカの道はナントカという奴で、妻の実家は、医者をやっている。看板は挙げていない。ある特定の人たちを顧客としている。で、こういう時のためのノウハウも蓄積されている。

 妻は私の手の状態と、出かける前に交わした会話からすべてを読み取り、父に電話をし、ある薬を手に入れてくれた。

 一月ほど寝込むことになったが、痛みは引いた。

 ただ、困ったことに、形は戻らなくなった。右手の掌が、団扇みたいになってそのままなのだ。骨も粉々、肉もミンチ状になってそのまままーるく固まってしまっている。

 妻は、対策を考えると言った。そして買い物に出かけた。帰ってきたのを見ると、スプレーと何色かのペンキの缶を持っている。

 新聞紙を敷いて、「ちょっと手をおいて」と言うから手をおいたら、表と裏に白いスプレーをかけられた。少し乾くのを待ってから、表の方に、「祭」と赤いペンキを使って勘亭流で書いてくれた。裏は、「氷」と言う字だ。

 「秋になったらまた違うの描こか」

 妻が明るい性格でよかったと思う。


質問

2015-10-30 16:23:38 | 日記
 定期考査の時、あるクラスで監督をしていた。

 そのテストの担当の教師が入ってきた。で、一言。

 「質問は許さない!」

 私は唖然とした。いやいや、普通は、「何か質問はあるか?」じゃないのか?それが、「質問は許さない!」って・・・。

 さらに驚いた。生徒たちは何の反応も示していない。淡々とテストに向かっている。

 わからなくなってきた・・・。

茶を喫する

2015-10-29 17:13:10 | 日記
 その日、電車はすいていた。時間帯もあったのだろうが、車両全体で乗客は十人ほどだった。

 停車した。

 一人の若い男性が乗り込んできた。右手に風呂敷包みを持っている。

 彼は席に座ることなく、その場に正座して、風呂敷包みをほどいた。木の箱が見えた。箱の中から緋毛氈を取りだし、次に茶碗、棗、茶筅、茶杓と流れるような動作で取出し、最後に、魔法瓶を取り出した。

 茶を点てるつもりらしい。

 ゆっくりとした、併し無駄のない動作が終了して、彼は茶を喫した。

 そして、まるでフィルムを逆回転させているかのように、すべての道具を木の箱の中に入れ、風呂敷で包みなおした。

 立ち上がった時、次の駅に着き、彼は何事もなかったかのように降りて行った。

等価交換

2015-10-28 15:41:44 | 日記
 ガード下のちっぽけな屋台を通り過ぎようとした時に、かなり歳のおばあさんが声をかけてきた。

 「お兄さん、カレンダー買わないかね」

 60過ぎて、「お兄さん」もないのだが、おばあさんの歳から考えれば「お兄さん」なんだろう。

 丁度、暇を持て余していたこともあって、ふらっと立ち寄った。

 「いくら?」

 「払えるだけでいいよ」

 現物を見せてくれた。何の変哲もないカレンダーなんだが、どこかおかしい。白い紙に桝が区切ってあり、その一つ一つに、「月」「日」と書いてある。

 「変なカレンダーだね」

 「自分で書きこむのさ」

 「自分で書きこむ?」

 「そうだよ、自分で書きこむ」

 「今日は、10月30日だけど、10月30日って自分で書くわけ?」

 「そう、自分で書く」

 「最初から書いてあるよね、カレンダーって」

 「そうだよ。だから、これは、自分で書きこむカレンダーなんだよ」

 「面倒くさいなぁ」

 「でも、やってみると案外面白いかもしれないよ」

 「そうかなぁ」

 「買ってきなよ。これしかないんだから」

 「これしかない」とか、「セール」とか、「ポイント5倍」とか言う言葉に弱い。自分でもわかっている。

 「じゃ,買うよ。いくら?」

 「いくらでもいいんだよ」

 「そういわれてもなぁ」

 ポケットの中にはあぶく銭が少々入っていた。

 「じゃ、これで」と万札をだした。ちょっとした人助けの気持ちが俺にもあったようだ。

 「ありがとさん。大切に使いなよ」とおばあさんは言った。

 10mほど歩いて、何か聞き忘れたような気がして振り返ったら、屋台もおばあさんも消えていた。

 家に帰った。真っ白い紙が12枚綴じてある。桝目があって、月と日。

 手元にあった黒のマジックで、左端のところに、10月25日と書いた。書いた途端に、変な感覚に襲われた。身体が一瞬、ふわっと浮くような。
しかし、もっとすごいことが起きていた。朝になっていた。ドアを開けて街に出てみた。コンビニに入って新聞を買った。10月25日と言う日付の新聞が売り場に並んでいた。わけがわからなくなった。

 落ち着け、と自分に言い聞かせているうちに、あることに気がついた。

「レースだ!」

 手持ちの金を全部バッグに入れて、駅を降りてすぐの場外馬券売り場に行った。あの日は運が悪かった。ほぼすってんてんになり、5kmほどの道を歩いて帰り、カップヌードルをすすったんだ。結果はほぼ覚えている。よし、今日が10月25日なら、この馬が来るはずだ。たしか、万馬券だった。1万円入れたら、リターンは億だ。

 的中した。現金を受け取った。途端にぞくっとしてきた。

 やめよう、話がうますぎる。これは絶対におかしい。何か裏がある。

 伊達にこれまで何度も修羅場をくぐってきてはいない。塀のなかにも入ったことがある。そこで培われた勘が、「やばいぞ」と言うサインを出してくれている。家に帰った。夕方になるのを見計らって、昨日の場所に行ってみた。おばあさんと屋台はそこにあった。

 「これ、返すわ」と言って、昨日買ったカレンダーを差し出した。おばあさんは、しばらく身体をふるわせながら笑っていた。皺が揺れている。涙が出ているようだ。

「あんたは賢いね」

「どうも」

「なぜ返しに来たんだい」

「話がうますぎる。こいつをつかえば、いくらでも金がもうかる。だけど、その代わりに何かを取られる。おれは、何度かそういう目にあってきたし、人をそういう目にあわせてきた。経験知ってやつだよ」

「あんたはホントに賢いね。その通りだよ。等価交換ってやつさ」

「等価交換?」

「あんたは一回やってみただけで気がついた。でもね、そうじゃない奴もいるってことさ。こんなふうにね」

 おばあさんは、後ろの方においてあった箱を私の前におき、ふたを開けた。そこには、身長が5cmほどの人形が入っていた。…いや、人形じゃない。人間だ。例外なく、かっと眼を見開き、苦悶の表情を浮かべている。

「もういいだろう」と独り言のように言って、おばあさんは蓋を閉めた。

 気になることを訊ねた。

「俺の場合、等価交換はどうなってる?」

「あんたの場合かい」と言っておばあさんは鏡を取り出して私に渡してくれた。髪の毛が無くなっていた。

「これぐらいで済んだんだから、いいじゃないか」

「金を返してもどうにもならないのか?」

「その金で、カツラを買えばいいじゃないか。1億出せばいいのがあるだろうよ」

 1億のカツラか・・・それも洒落てんな。

 明日の行き先が決まった。おばあさんには、ポケットの中に入れていた金をすべて差し出した。小銭もすべて。

「あったかいものでも食べてよ」

 心なしか、数本生えてきたような気がする。


昔々

2015-10-27 19:31:18 | 日記
 高校時代、倫理の時間だったと思う。私の隣に座っていた奴が質問をした。

 「先生、ソクラテスとプラトンの間には、イデアについての違いがあったと思うのですが、どんな違いだったのですか?」

 先生は困ったような顔をして答えた。

 「うーん、専門的に調べたわけじゃないのでわからんなぁ」

 質問したやつが言った。

 「あ、そうですか、では私がこたえましょう」

 一同唖然とする中、そいつは教壇に向かい、「ソクラテスとプラトンのイデア論の違い」について語り始め、5分ほどして、「何か質問はありますか?」
と言った。質問のないことを確認して席に着いた。それからあとも授業は続いたのだろうが、記憶がない。

 教師になってからそんな奴に出逢ったことがないから、よほど変わっていたと言っていいのかもしれない。