あまねのにっきずぶろぐ

1981年生42歳引き篭り独身女物書き
愛と悪 第九十九章からWes(Westley Allan Dodd)の物語へ

Harboring A Mother

2017-05-18 14:04:36 | 想いで
お母さんに会いたい・・・・・・。
「透明なゆりかご②」の逆子を出産した母親の箇所を読んで、急に涙と共にそう溢れてきたのだった。
わたしは逆子でひどい難産で、母は早朝に分娩室へ入ったのになかなか生まれてこず、また部屋へ戻ってはまた分娩室へ入ってを何度と繰り返し、ようやく産まれたときにはもう日が暮れかけていたようだ。
臍の緒が首に巻き付いて頭はいがんでて片目はつぶってて見るもぶさいくな赤ん坊だったらしいが、それでも無事生まれ出たことに母はホッとしたことだろう。
出産とは命懸けだから、母子共に助かったことはなんという奇跡であろう。
母はわたしを妊娠しているとき、ほんとうに幸せそうだったと十六歳上の姉が話してくれた。
母はわたしが二歳のときに乳がんが見つかり、わたしが4歳と9ヶ月の5月11日に死んでしまった。
わたしは母が入院している病院で、母の前で「ちゅるりらちゅるりら~♪」と当時よくテレビで流れていた松田聖子の「野ばらのエチュード」という曲を、紐を巻いて作ったマイクで歌ってみせていたという。
わたしはその曲を憶えている。でも母の記憶は一切ないということが、なんとさびしいことだろう。
お母さんはそのときどんな顔でわたしを見つめていたのだろう。
わたしを見てどんな風に微笑み、またわたしが母を見ていない時にさみしげな不安な顔でわたしを見つめていただろう。
わたしは母の表情の奥に、きっと死への不安と悲しみを感じ取っていたのではないだろうか。
まだ乳離れもろくにできていない頃に母と離され、自我の生まれる前の自分と母の分離さえまだできていない頃に、母の不安を自分の不安として感じていた末に、母はもう戻っては来ないんだと知ったとき、わたしは母の記憶を自ら封じ込めたのではないだろうか。
そうでないなら、何故わたしは「ちゅるりらちゅるりら」は憶えていて母との想い出のなにひとつをも憶えていないのか。
わたしは母のことを、憶えていたかった。
しかし幼いわたしは母との一切の想い出を封じることでなんとか耐えて生きてきたかも知れず。
母の存在を、最初からいなかった存在とすることでわたしは母のいないこの世を生きてゆこうと決意したのか。
わたしは母を知っている。母の胎内にいたときから、わたしは母を知っていた。
お母さんの喜び、お母さんの悲しみ、わたしを置いて死ななくてはならない無念さを、わたしは知っていた。
わたしは母のすべてを、わたしの記憶の外に追い遣り、そこでわたしは死んだ母を育てることにした。
母はまだ生まれていない。
わたしのお腹のなかにいるの。
そう、わたしは念願の、いま妊娠をしている。
わたしは彼(わたしの天使)に恋をし、部屋の中でもいつもマタニティドレスを着ている。
わたしは彼を生んだ。わたしと母との間に。わたしと父(もう一人の母)との間に。
この子宮のなかに、まだ知らない母の魂を宿している。
母はまだちいさなちいさな男の子。
わたしはお腹をさすりながら手を当てて、子宮のなかにいる胎児の母に向かって「мум(マム)」と呼びかけた。
小さな男の子、わたしの母親は、今わたしの子宮のなかで静かに眠っている。

わたしが悲しみをもっとも愛するのは、あなたの悲しみがほんとうに美しかったから。

お母さん、あなたは憶えていますか?
あなたはわたしを置いて、死んでしまったのです。
あなたがどうしても必要だったわたしを置いて。

今度は、わたしの番です。

愛する母よ。














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