あまねのにっきずぶろぐ

1981年生42歳引き篭り独身女物書き
愛と悪 第九十九章からWes(Westley Allan Dodd)の物語へ

白い原点

2018-10-14 08:27:55 | 随筆(小説)
此処何年、神々しき夢を覚えていない。
どれも空しく、暗い夢が殆どだ。
アホらしく、厭になる夢ばかりだ。
此れは人間の堕落を表しているように想う。
以前は、水面に反射する光のそのきらめきは、この世のものではないほどに美しく清らかであった。
色とりどりの宝石が其処らかしこに散りばめられて眩しかった。
神のしもべが、わたしの友であった。
下劣な夢に、何の感傷も起きない。
わたしはただただ自己を喪いし湯葉のように、てろてろな感じでぬめぬめと溝の底でホラを吹いて鰡を釣っていた。
在るときは、ぼくは夜の教室にいた。
いや、此処は夜しかない世界で現実にない。
誰かの硝子瓶が机から落ちた。
其処から白い光が、この空間内部の一面に飛び散った瞬間、時間は戻されるのだ。
子どもたちは怯え、ひそひそと秘密話に騒ぎ、まるで重たい幕のように黒いカーテンは外の世界で星も見えない。
ホワイトセージ先生がこの教室に入ってくるまで此処には秩序が蜘蛛の巣のようにただ天井付近にある。
主はそこに、いないようだ。
ぼくは想いだしていた。兎の後ろ姿の丸い背中のフォルムを。
なんというフォルムだらう!
そこには毛の塊という神聖なる秩序がある。
丸い温かいそれは呼吸して時に話している。
それに手を伸ばすことは許されない。
手を伸ばせば、それはぴんと、二つの羽根ペンを付きだし、その二つの羽根ペンでこの宇宙の相対理論を延々と紡ぎ出して誰もとめられなくなってしまうのだ。
すべては相対化し、神は床の庭で横になって居眠りをこくだらう!
ぼくたちは急がなくちゃならない。
時計の針は今何時?
此処にはインダとガラメと、そしてベンジャミンがいて、ぼくがいる。
みんな同じ十の年だ。
とても子どもだ。子どもたちのぼくらが、天のみ使いに教えられたこととは、たとえばこういうこと。
ぼくはあの日、起きたことを話す。
白い兎がこの学校の飼育小屋で飼われていた。
ぼくは特にそいつが気に入っていて絵を描く時間、ぼくはそいつをモデルにして寝そべっているフォルムを正確に写生したことがある。
子ども心にぼくはそれが完全で美しいフォルムだってことをわかった。
黒や白の混じり合う兎たちのなかで、彼一羽だけが白かった。
なぜ彼だけが白かったのだろうと想う。
遠くからでも、彼の姿を確認できるように?
誰かが言ったんだ。真っ白な奴はとても危険なんだって。
彼の存在はとても目立つ。でも彼の天敵が此処にいるようには想えない。
それにこの檻は、鍵を開けないとなかに入られないんだ。
馬鹿だな。地下だよ。地下から遣ってくるんだ。
誰が?
君の愛おしい存在の天敵さ。
ぼくは飼育小屋の床を見つめた。
固い石の床だ。
その上に藁を敷いてやっている。
彼はそこで、気持ち良さそうに日向ぼっこをして真ん丸黒の目でぼくを見上げて寝そべっていた。
ぼくは心配だったけれど、寄宿舎に連れて帰る許可を先生から貰えなかった為、その晩、彼をいつもの小屋に残して帰った。
次の朝、ぼくが急いで学校の飼育小屋の前に行くと何故か人だかりができて騒いでいた。
「どうしたの?」と訊ねると一人の生徒が言った。
「白い兎の姿が消えてしまったんだ。」
ぼくは想った。嗚呼これは悪い夢を見ているんだ。
そして青ざめた顔で教室にのそのそ歩いていって椅子に座り、頭を抱えた。
頼む、早く夢から醒めてくれ。
気付くと先生が教室に来ててみんなの前で言った。
「今からみんなでいなくなった白い兎を探しに行くぞ。大丈夫だ。頑張って探せば、きっと見つかる。」
ぼくは椅子から立ち上がらなかった。
するとインダとガラメと、そしてベンジャミンがぼくのところに遣ってきて口々にこう言った。
「こんなことを言うのもあれだけど...やっぱり、レプティリアンが連れ去ったのかな...」
「元気出せよ。まだ死んだって決まったわけじゃないんだからさ。」
「...一緒に、さ、探そうよ。」
ぼくは深い溜め息をついて探しに行く為に重い腰を上げた。
インダは学校の周り、ガラメは飼育小屋の床にレプティリアン専用の地下通路の出入り口がないか探し、ベンジャミンとぼくはとにかく学校内の兎が隠れていそうな場所を隈無く探していった。
朝からずっと探して、昼の給食を摂ってまたすぐみんなで探し回った。
飼育小屋の鍵は掛かっていたのに、何故いなくなってしまったのだろう?
誰かが彼を盗んでまた鍵を閉めたのか...?
白兎行方不明事件は、まだ微かな望みがあった。
彼が生きている可能性だ。
もしそうなら、何処かへ逃げて隅の暗い処で今も震えてぼくらに見つけられるのを待っているかもしれない。
早く、早く探し出さないと...
兎の天敵は普通に考えると野良犬や野良猫だ。
時間はもう夕方に差し掛かっていた。
ぼくはそのとき、何故かある一角が気になってならなくなった。
体育館の下の暗い隙間だ。
ぼくは一人でひんやりとしたその影の隙間を這っていって中を探した。
すると目の前に、白い毛の塊が、ぼろ雑巾のような姿と成り果てて、そこに静かにいた。
秩序が音もなく崩壊する瞬間だ。
なんという弱さだろう?
ぼくらの願いとは...
ぼくらの願いは全く届かなかったんだ。
ぼくらはなんという弱い世界だろう?
こんなに弱っちいから、騙されて、動物の死体だって食べさせられて来たんだ。
ぼくらの愛しいぼくらと寸分違わない弱い動物を殺したその死体を、味わって生きなくてはならないほど、あまりに弱い世界だった。
すべて喪った魂で生きていける者などいないのに。
すべてが喪ったものでできているこの白い兎の亡骸で、生きていける人間などいないのに...!
生きていることを、無意味に憎むなら、死ねばいいじゃないか...
生きていることを、無意味に悲しむなら。
彼の死が、ぼくを此処に呼んだのは確かだ。
聖霊たちが、教えてくれたんだ。
彼の死が、此処に在ることを。
そして彼の白い死は、ぼくを呼んだ。
『ぼくは此処だ。』
『ぼくは此処だ。』
『ぼくの原点は、此処だ。』




















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