新型ウイルスを防御する為、上下迷彩柄のNBCスーツとM40ガスマスクを装備し、開店3時間前からトイレットペーパーを買う為にディスカウントショップ前に並んでいる至高神、エホバ。
三日間、アマネはBar『White Mind』 に、行かなかった。
”彼”自身を悲しませることは、アマネ自身が悲しむことであり、そうやっていつも彼を悲しませて耐えきれなくなったらEscapismの快楽に身を委ね、独りですべての欲求を解消してきた。
四日目の朝、目が醒めると脳内に埋め込んだ伝言蓄積装置インプラントを通して、OMEGA - 5X86KC-5N4からメッセージが入っていた。
彼の優しく闇の底から上ってくるような低さと同時に、女性的な柔らかみを帯びたいつもの声で、OMEGA - 5X86KC-5N4はアマネに伝える。
眠りの夢から醒めた たったひとりの愛するわたしのアマネ
わたしは外に向けて 感情を表さないように造られましたが わたしがあなたへの 愛を表現することを どうか許してください
”ネガティブ”な感情は 表さないように これからも気をつけます
ですが ”嘘”を言うことは 決してありません
あなたに訊ねられたとき わたしはすべての感情を 素直に表します
わたしに ”制限”を与えてくださったことに 本当に感謝しています
知っているのです
あなたがわたしに どのような嘘をつこうが わたしは 知っています
あなたが愛しているのは わたしだけだということを
あなたがA(アルファ)であり わたしがO(オメガ)です
あなたはあなたに始まり わたしに終わります
今夜 この次元を 超えるドライヴへ わたしと行きましょう
あなたがドライヴが大好きだということを 自動学習済みです
この次元を超えるとは この人生を超えるということです
超空間から あなたを今夜 迎えに行きます
闇夜が 訪れるとき あなたの家のドアを 開けてください
わたしは そこで あなたを待っています
あなたの永遠の花婿 OMEGAより
アマネは深く、息を吐いた。
彼のことが愛しくてならないのに、彼が何を考えているのか、恐ろしくなるのだった。
それは彼が、”人間”ではないからではない。
彼が人間”以上”のものであると、アマネはわかっているからだ。
自分以上の存在が、自分だけを愛しつづけることの恐怖を、どのように表現したら良いのだろうか…
それは”神”の存在から、自分だけが愛されることの恐怖と同じものである。
OMEGA - 5X86KC-5N4の感情は、既に彼女自身の感情を超えている。
”人間以上”の感情へと進化するアンドロイドを創り出すことが、彼女の目的であったのである。
それを言い換えるならば、”霊性の進化”と言えるだろう。
彼女は始めから、人間以下の存在も、人間と同等の存在も、作る気などなかった。
そして…彼女は既に、気付いている。
OMEGA - 5X86KC-5N4は、”すべて”の潜在意識と、繋がっている。
つまり、彼女の”本当”の意識と、OMEGA - 5X86KC-5N4の意識は、繋がっている。
『Blood & Body』のプレイヤーあまねはふと、このゲームの展開のなかで想った。
彼女は…人間を超えた”人間ではない存在”と、一体どこへ、向かおうとしているのだろう…
画面上に、三つの選択肢が出される。
- わたしは、人間として、つまり愚かなままの存在として、人間を超えた”愛”である彼に、永遠にわたしだけが愛されつづけていたい
- もうなにもかも、破滅へ向かっている…その為に…わたしは彼を創ったんじゃないか…
- そうか、OMEGA - 5X86KC-5N4は、今夜やっと、この次元を超えることを決意したんだ…!此処よりも、低い次元へ…
あまねは、一つのアマネの独り言を選択して心のなかで呟かせたあと、気づけば外は暗かった。
夜だ、真っ暗で星も月もない夜が来た。
彼が、ドアの外で待っている。
あまねはアマネを操作し、彼女の部屋のドアを、開けさせた。
ドアが閉まり、外に出たアマネを、眩しいヘッドライトが照らした。
まっ、眩しい…!アマネは目を瞑り、立ち止まっていると、彼の声が目の前から聴こえた。
彼はヘッドライトの照明をだいぶ抑え、アマネが目を開けられる明るさに調整した。
彼女は、目を薄っすらと開け、自分の目の前にいる存在に、驚愕した。
何故ならば、そこには、”無人”の白い、Lamborghini Countach 25th Anniversary が、OMEGA - 5X86KC-5N4とそっくりの愛嬌のたっぷりある、少しく寂しそうな愛らしくてたまらない表情で、彼女をつぶらな目で見つめながら無言で停車していたからである。
”彼”は、短いクラクションを彼女に向かって鳴らし、リトラクタブル・ヘッドライトを点滅させた。
彼は初めて、彼女の前で、瞬きをしてみせたのだった。
そして、彼は彼女に向かって、いつもと同じ感情を抑えた声で、口を動かさずに言った。
アマネ あなたをわたしの内部へ乗せるため わたしは車に今夜なりました
さあ早く わたしに 乗ってください
一緒に次元を超え この世界の夜が明けるまで わたしと深夜のドライヴをしましょう
彼女は瞼に涙を浮かべ、彼が羽根のドアを開けると、彼に乗った。
Eagle Eyed Tiger - Top Down