アカリノートノート

アカリノートのいわゆるひとつのノート的なアレ。

かたくなライブミュージシャン、あらわるの巻

2020-05-12 21:27:36 | 日常の
おこーん






最近
なくなったのは

『5月のライブ』

でおなじみ

アカリノートです



Pokkari







緊急事態宣言の延長で
5月ちゅうの
ライブも
すべて中止となりました


中止になったんですが
そこでお店側から
やりたかったらどうですか と
お誘いいただいたのが

『配信ライブ』




どこのお店も
少しずつですが
無観客で 一組ずつ の形で
投げ銭や有料の配信ライブを おこなって
少しでも 収益化しようと
がんばってらっしゃいますし
多くのミュージシャンのかたがたが
自分の歌を届けたい
と参加されたり自宅から配信されたり
しているようです




ただ
わたし個人としては
能動的な配信ライブは やらない


つねづね決めておりましたので
お店での配信ライブも
任意ということでしたので
お断りさせていただきました




なぜならば

配信ライブが
私が思う音楽との関わり方とは
ちょいと形が違う

からです◎














この10年くらいで
ライブをするうえで
本当に大切になってきたことに
『聴いてくださる方の目を見て歌うこと』
というのがありまして


もともと人前が苦手であがり症で
自分に自信がなく
消えてなくなっちゃいたいタイプのわたしが

唯一
人と真正面から向き合える為のツールが
音楽だと気がついてから
(気づくまでは、目もつむって自分の世界に浸って
歌っていた時期もありました◎)

以来ずっと私にとってライブは

人と目を見て思いを伝えて
相手の目から発信されるものを受け取って
またこちらからも発信する

そんな心のコミュニケーションでありました


その心のコミュニケーションのお陰さまで
少しずつですが
自分や相手を知ることも、大切にすることも
ちゃんと律することも、正直でいることも
多少出来るようになってきた
ように思います
(わたしは『心の成長』と呼んでいます)





つまるところ音楽はわたしに心の成長を
与えてくれた恩人のようなもので


だから
わたしにとって

歌うことによる
音楽への敬意(恩義への感謝)の表し方は

『聴いてくださる方の御顔(目)がみえる
ライブでしかありえない』んです



(↑かなり回りくどいですが
要するに『相手の顔が見えない&目を見ないと
本当に届けるべきわたしの歌は歌えない』
ってことです◎)












配信は もちろん 便利だし
こんなときだからこそ
音楽が必要だ! なんとかして届けよう!
という
思いにはもちろん賛同しますし

ライブハウスを守るために
生活を守るためにどんな形でも
発信し続けなきゃいけない方が
いらっしゃるのも理解しておりますので
そんなミュージシャンやお店のかたがたを
私は心から応援しております






その上で

わたしは
配信ライブはやりません


上記のとおり
それがわたしの
至極個人的な音楽への敬意だし
信念に基づいた
どうしても譲れない拘りだからです◎




どれくらい譲れない拘り
かといえば

もしも今後
配信ライブしかできない
世の中が来るのだとしたら
たぶん
ライブ自体
辞めちゃうんだと思います

…というくらいです

極論として◎

(↑そんな世界が来ないとも言い切れないし
いつ来るかなんてわかりませんので
だからこそ今まで毎回のライブを
『これが最後になってもいい』ように
心いっぱい一所懸命全力で臨んできました)










ミュージシャンが
こんな話するのは

なんだか
変な感じがするかもしれませんが

そんな歌うたいが
居てもいいと私は思います◎




それがわたしであります





わたしがそんな偏屈な奴だってことは
関わってくださっている
だいたいの方は御存知か…(笑)





いつも
お付き合い有り難うございます◎












ですから
代わりにといったら変ですが

私は
わたしにとっての
いまできることを
できる範囲で最大限やっております


それはこうして
手の届く範囲の方々に
日々の無事を伝え続けることです



筆無精のわたしが
こうして毎日記事を書くことは
本当に容易ではありません(笑)
(↑配信ライブよりむつかしいかも…((爆)))


でも
家族や大切な方々を
毎日思い浮かべて
無事を伝え続けることが

きっと 今の私にとっての

心のコミュニケーション=音楽

だと信じています





いつも
御拝読本当に有り難うございます◎













あともうひとつ

わたしの
音楽上の信念に
こんなものもあります





それは

『休符も音楽だ』

というやつです








ジョン・ケージの
『4分33秒』(1952)
(↑一切演奏しない休符だけの曲)
の発想に深く 感銘を受けたり


アカリバンドの面々が
ライブ中に
『これ弾かない方が面白いかも』と
楽器を置いたり客席に座ったり(笑)







『音を鳴らさない』

っていう選択も


きっと
音楽のなかの
ひとつの要素であって

それは 音楽に
必要不可欠な概念だとも
思っています








なので

いま
わたしの音楽は
『休符』なのであります


音のない アカリノートを
ぜひ 存分に楽しんでください(笑)


もし
そんなアカリノートがつまらなくて
誰か彼か離れてゆくなら
いままでのわたしが
それだけの音楽家だった というだけの
話でありますが

わたしは
いままでのわたしの音楽を信じていますし
どんな変化が起きても
どんな結果になっても
これからのわたしの音楽に絶望しません








きっとまた

愉しく 酒のみながら
ワイワイと

みなさまの前で

みなさまの御顔を目を観て

歌を歌わせていただけるその日が

来ることを信じて

心待ちにしております◎






その日まで

ぜひ

心身
穏やかに
おしごしくださいませ◎









ほな





PS

世間ではたくさんの
ミュージシャンのみなさまが
日夜素晴らしい配信ライブを
行ってらっしゃいます!

ぜひ、探して観て聴いて
おうち時間楽しんでくださいませ!
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