アカリノートノート

アカリノートのいわゆるひとつのノート的なアレ。

個人的な話

2006-03-31 14:10:41 | 日常の
さんざん
みんなで
さわいだ
あげく
ふらふらに
よっぱらいながら

ひとりで
ちゃりにのる
帰り道





わたしは
ほんとうに

ひとりに
なってた



ぜんぶぜんぶ
うそだったみたいに


ぜんぶぜんぶ
うそだったみたいに




あさのかぜの
つめたいの
だけが
ほんとうで

あさが
ひがしから
せまってくるのが
きりきり

こわかった





今日

くること


昨日を
おえること




それが

こんなに
こわいことは


いままで
なかった







ある友人が

大切な場所から
立ち去ることは
いちど
死ぬ
ってことだ


いってたのを


おもいだす






わたしは


昨日


しんだのかも

しれない




だれにもきづかれないように
だれにもしられないように
ただ
しずかに

あさに
のみこまれて

しんだのだ











わたしは


また
どこかで
いきることが

できるだろうか



いまは
ひとりぼっちの
今日


ゆっくりと

こえもなく

すすんでゆく
のを

みおくるしか
できずにいる








ただ
おもうことは



なんど
たおれても

なんど
ひとりぼっち
になっても



わたしは



昨日
いた場所を






ぜったいに

わすれない







いうことだ



なんど
しんだって
なんどでも

おもいだしてやる









そんな


素敵で

クレイジーな
場所に


わたしは

いた







ありがとう

みんな



ありがとう



またな






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でかすぎる君

2006-03-29 22:53:51 | 日常の
卒業するために

いっしょ
けんめいに
先日
描いた


卒業制作

っていう

巨大な

絵(160×130)



研究室から
もってかえらないと
教授に
ヨー○ルトを
なげつけられかねないので



学校からうちまで
しぶしぶ
はこんだ



かわいいくらいに
こぶとりの
後輩に
てつだいを
おねがいして
はこんだ




おもったより
でかくて

風をうけて

凧のように

とびそうに
なったりもした




家に
ついて

かざって(おいて)
みると

また
これまた

でかかった



油くさくも
ある




でもしかし





絵は

いい





まどのそとに

もうひとつ
世界が
あるかんじ


もうひとつ
じかんが
ながれている
かんじ








いい






いや
しかし





でかすぎる






ぱたん

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プロボウラへの道

2006-03-28 11:21:26 | 日常の
会員に
なると
会員登録時の
名前を
つねに
つかわないといけない


らしいので


彼は
今後つねに



『おつゆ君』





玉を
放るそうです








ちなみに



わたしは



『あれ牛乳て』


です






そう

つっこまれましても‥



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はるやすみ。というかなにもない日々

2006-03-26 22:46:07 | 日常の
後輩らと
おしゃべりを


ハンバーグを


ビリヤードを

モヨおした




ビリヤード場の


受付ガールと

にこやか
トークを


かわした


もう学生でない
わたしを

卒業祝いに




学生料金に
してくれた




世間には

いいひとが


いるものだ


すてたもんじゃねえ


つよしも
だてに
鹿児島出身じゃあない

(あっ
ろくなもんじゃねぇ
か…)




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超絶明理脳斗音楽略歴!

2006-03-25 18:17:52 | 日常の
ほほを
かすめる
かぜにも
はるの
においが
梱包トネント
されてきましたね

日常





きょうは
なんとなく
クリスタル
なので

アカリさんの
音楽歴
について
つらづら

かきつらねて
みようかと
おもいます


はい







我が家では
父が高校教諭をしていて吹奏楽部の
顧問だった関係で
姉二人とも私が
うまれた時には
すでに楽器をふいていた
それ以前にも母のヘタッピだが愛のある子守歌やピアノ教室に通ったりしていたことによる
姉たちの影響をうけ
わたしも何の不思議もなくヤマハ音楽教室に行き演奏会にいき母のヘタッピな歌をききそして小学校三年生のときには吹奏楽部にはいった

選らんだのはパーカッションいわゆる打楽器だった

なんてことはない
ただ単に見た目簡単そうだったからだ
そうしてなんとなく吹奏楽をつづけきづけは中学生になっていた。
中学生一年生のときには全国大会まででた
そして吹奏楽をやりつつ二年生のときにまたなんとなくギターをかってもらいなんとなく弾いていた。
三年生のときには自分で作った歌が学級歌になり県の音楽祭みたいなのの舞台でギター伴奏をした。
歌手になりたい
なんてゆめみたいなものもあったが声が低かったのでなんとなくあきらめていた。
そんなこんなで
きがつけば高校生になっていた。かなり勉強しないとはいれない高校だったが私は勉強をひとつもせずに作文とパーカッションの推薦ではいった。当然ながら
またなんとなく吹奏楽をやっていた。そこでなんとなく恋をして恋の歌をギターでつくって歌った。駅のちかくで歌ったり朝の学校とかで歌ったりして歌がどんどん好きになった。歌手になりたいなんて夢がすこしまた大きくなりかけたが好きな人がいたのでなんとなくあきらめた。

このころバンドもつくった。パーカッションでつちかったドラムをかわれいくつかのバンドでドラムをたたいた。でもどのバンドもボーカルがヘタッピだったので結局自分でドラムたたきながら歌うことにしてそのバンドでなんとなく文化祭にでた。

大学をきめるとき音楽を選ぼうと決めていた。推薦の話などもあった。がしかし、なんとなく音楽と離れたところで自分の人生を考えてみたくなったので
音楽でなくて美術で大学に進学した

大学に入ってから少しの間音楽から離れていたがあるサークルのある人が歌っている姿をなんとなく目にし耳にしてその弾き語りサークルにはいりそこで歌についてもう一度いちからかんがえることになる。あわせてドラムをつづけるためにバンドのサークルにもはいる。
そしてひとつ恋がおわり歌しかなくなる時期が来る。歌手になる夢をすこしだけ思いだし今度はあきらめることよりも
いままでの自分ではけしてしなかった挑戦をやってみようかと考える。
そして人前でオリジナルを歌うようになる。そして初ライブ。初音源制作。いまにいたる。
















ようするに
私の音楽ってのは
何かと意外に

なんとなく

だということかもしれないですね

いまでさえ音楽というジャンルにきちんと首をつっこもうとしているのに
いまだに感覚的にしか音楽をとらえられていない
じつになんとなくな
かんじなのす



ただ
いまはこのなんとなくが自分にはぴったりきているように感じている
ヤッキになってガムシャラでいると見えるはずのものが見えなかったり見えていたはずのものが見えなくなったりするものだから

だから
わたしは音楽とこれからもなんとなく付き合っていきたいとおもっているのでした

それは昔っからの友達みたいに
出会い方も別れ方もわすれてただただそこにいる存在なのだす






なーんてな

なーんてな












ちなみに
わたしの音楽をこれまで構成してきたミュージシャンに関して簡単にかくと

小学校五年
→中島みゆき(なぜか
はじめて買ったCD。ただいまだにわたしの音楽に大きな影響を及ぼしている偉大な人。ビブラートなどの歌の技術は彼女に由来するのが多い気がする。はじめていったライブも中島みゆき。)
小学校六年→スピッツ(そのころ流行っていたミスチル・スピッツ。どちらかを買わねば何かに乗り遅れるとおもいはじめミスチルを買いにいったが無くて、かわりにスピッツがあったので買った。多分おおきな音楽の分かれ道。)
中学校三年→椎名林檎(ちょっとしたセンセーションだった。売れる前からタワレコとかで視聴しててビクビクしてたらほんとに売れてしまった。いまではほんとうに雲の上の人。この人のセンスはもはや表現者としては逸脱してるきがする。ミュージシャンとして好きというより、いまだにひとつの目標。)
高校一年→ナンバーガール(椎名林檎つながりできいてみてかなりはまってしまったバンド。なんというかパワーとかワールドとかいろんなもんを感じて、しかもそれらが思春期をがっしりつかんではなさなかった。よく夜更けに無二のともとナンバガ大声で歌いながらチャリはしらせたっけ。解散したいまでもボーカルだった向井氏の音楽への姿勢はみならいつづけていきたい。ちなみにアカリノートさんのエムシーは向井氏にすこしだけ由来する)
大学二年→ハナレグミ(この人の存在は私を大きく変えた気がする。アカリノートに息を吹き込んだというか、自分のスタイルをやっとさがしあてたときにこの人が羅針盤になってくれた。歌がどんなものなのか、なんなのか、わたしはたぶんその問いかけをこの人と(住む世界がちがくても)ずっとつづけていけるんじゃないかとおもう。おこがましいけれど、音楽をとおして一番みぢかに感じているミュージシャン)
大学三年→アカリノート(自分だけれど自分じゃない。この人はわたしにいろんな自分をみせてくれている。ときには同調してときには語り合ってどんどん新しい自分をしることができている。いまはただなんとなくその作業が痛快なんだ)





けっこう
めちゃくちゃ
かいてしまったけれども
これから音楽のなかで
くらしていかなきゃならない自分を
もういちどみつめてみるつもりで
かいてみました





つまるところ







3月も

おわってまうー











いうことです



おさんぽ
したひ

な~む



コメント (3)
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