猿山を取り囲むように造れている水を張った浅い壕の中に、長靴を履いた彼は一歩足を踏み入れた。
目ざとくそれを見た猿山のサルたちが、一斉に彼の到達点目指して先回りして寄ってくる。
バケツの中から卵を取り出すと、一匹一匹の顔を確認しながら手を出すサルに渡していく。
卵の数は限りがあるので、全員にいきわたるわけでもない。
卵を持った猿に対して力の強いボスサルや、序列の高いサルが卵を奪うことはしない。
フサオマキザルは、アマゾン川流域に暮らす霊長類広鼻猿で群れを成して生活している。
サルの中でも特に豊かな感情を持ち、社会的に寛容で弱者に自分の食べ物を差し出す共感性があるサルといわれている。
フサオマキザルに食事を渡していた彼に尋ねてみた。卵はどのよう基準で渡すのかと。
「体が弱ったサルや、高齢のサルに渡しています」と答えが返ってきた。
ここのフサオマキザルは、一匹一匹に名前がついていて性格なども紹介されている。
彼は一匹一匹のサルの顔を見て、サルの表情を読み卵を配るサルを見極めていたにちがいない。
やはりそれぞれのサルを識別できているのだと感心てしまった。オレにはどれも一括りに猿にしか見えないのだが。