おうどうもん(Oudoumon People of Hakata)

福岡周辺における祭りや四季の移ろいを・・・・・・

久山町上久原かかし祭りⅠ(おはようと元気が通る)

2014年10月31日 06時30分18秒 | 日記

 

 

粕屋郡久山町は、福岡市に隣接した 人口1万人をわずかに下回る町である。

福岡市都市圏を構成している割には、開発が進んでいない。

小早川町長時代に開発を抑制する政策がとられ、このために乱開発から守られてきた。

確かに、軌道系等のアクセスがない分、車の移動に頼らなければならないこともあるが。

適度な居住環境と田園風景が広がるエリアでもある。

 

東区より直方に向かう県道21号を、深江交差点を過ぎ10分ほど走ると

右手田んぼの中に可愛い案山子が目につく

 

近くにいた人に尋ねると、去年あたりから案山子が作られ始めたという。

赤いランドセルを背負った女の子が「みんなおはようー」と

元気いっぱいに、駈け出して行くようなそんな気配がする。 

 

 

 

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邪馬台国への扉(吉野ヶ里歴史公園)

2014年10月29日 06時30分18秒 | 日記

 

吉野ヶ里遺跡の西上方に日の隈山、帯隈山、早稲隈山またのその西には西隈がある。

北部九州には、当時の汀線と思われるあたりに隈のつく地名が多く存在する。

伊都国といわれた糸島市、奴国だろうといわれている福岡市周辺から北部九州へと

最古の水稲耕作跡のひとつといわれている板付遺跡

その付近にも、月隈、金隈、雑餉隈等々エリアを広げればさらに次から次へと

 

このことは、折に触れ紹介されていることだが

隈には、奥まったところ、川がまがったところという意味もあるらしい。

隈の地名を地図にプロットしていけば、なるほどと思える。

 

これが、福岡より東海岸行橋方面に向けては、頭に伊がつく地名も多い

伊賀、伊規須、伊田等々

 

吉野ヶ里歴史公園には、柵を巡らせた環濠集落が復元されている。

首がない人骨も展示されている。

定住し始めた人々は、やがて領土拡張と領土保全のために戦い始めた

人の侵入を拒むように、張り巡らされた先のとがった杭でできた塀が物語っている。

このような環濠集落は、こつ然とある時期に消滅している。

消え去った歴史は、まるでミステリー小説、奥が深く面白い。

 

 初めて行ったけど、国立海ノ中道海浜公園同様にだだっ広い。

歴史公園だから仕方がないが、弥生時代風メイドがいてコーヒー飲めたらよかった。

ゲートボールや子供向けの遊具施設等場違いな施設も

里山を復元して、シカやタヌキ、野鳥の観察ができたほうがまだましのような

公園屋は、芝生公園が好きななのか・・・・・

 

 

 

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モンキチョウの残された恋の時間

2014年10月28日 06時30分02秒 | 日記

 

赤いそばの花の周りを、黄色いチョウが数匹固まって飛んでいた。

子供の頃は、モンシロチョウの黄色バージョンを

キモンシロと言っていたような

キャベツ畑に沸くようにいた、モンシロチョウよりは少く珍しかった。

 

花にとまったモンキチョウの周りを

みた目、羽先が黒めのチョウがせわしげに飛び回っている。

折り重なるように、数匹が入り乱れている光景がある

求愛行動なのか、縄張り争いなのかはわからない。

 

朝の光を浴びて、花についた水滴が光る。

モンキチョウも恋を急がなければならない。

もうしばらくすると赤いそばの花も色褪せ、やがて自分の子孫を残すべく実をつける。

来週には、西の空に色とりどりのバルーンが上がる

「それまでには、恋を結実させるは、きっと」と

彼女も言ってるだろう、いや彼のほうか。

 

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忙しい忙しいホソヒラタアブ

2014年10月27日 06時30分13秒 | 日記

 

赤いそばの花の周りはハチやチョウが、忙しげに飛び回っている。

活動できる残された時間が、少なくなってきている彼ら

ブーンという羽音が、輪をかけて唸るような音で迫ってくる

 

そばの花にかなり接近して、近づいてくるハナアブを待った。

腕がだるくなってきた頃に、突撃をするようにホソヒラタアブがやってきた。

「ホラー来るよー、今だよ、シャッターチャンス」と

一言声をかけてくれると、楽なんだが

 

「こちらは、時間がないの、朝夕冷え込むから実働時間も短いし

ところで、あんたはどうなの、こんなところで、俺にレンズなんか向けて大丈夫なの」と

言っているような、言ってないような

 

 

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赤いそば畑が黎明期の時代へ誘う(吉野ヶ里歴史公園)

2014年10月26日 06時30分44秒 | 日記

 

脊振山地の南側は、有明海に向かってなだらか丘陵地帯が続く

佐賀県神崎郡に広大な吉野ヶ里遺跡群がある。

縄文後期から弥生時代までの歴史の黎明期に栄えた国である。

 

いわゆる魏志倭人伝でいうとこのどの国を指しているのかわからないが

日本一の干満差である有明海と大河筑後川が足もとにある。

日当たり良好、職住近接、食糧豊富と、暮らすには最適なとこだったのではないか

この公園で、赤いそばの花が満開である。

白いそばの花もあるようだが、赤い花に誘われて祭りの広場へ

広場へ入ると花の香りが満ち溢れ、弥生時代の人々と同じような

光景を見ているのかと思うと、ちょとだけ歴史マニアになったような気分に

 

 

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