「本当はいい子なんだよ」
校長先生は、トットちゃんを見かけると、いつも、いった。
「君は、本当は、いい子なんだよ!」
そのたびにトットちゃんは、ニッコリして、とびはねながら答えた。
「そうです、私は、いい子です!」
そして自分でもいい子だと思っていた。
たしかにトットちゃんはいい子のところもたくさんあった。
(中略)
でも同時に、珍しいものや、興味のある事をみつけたときには、その自分の好奇心を満
たすために、先生たちが、びっくりするような事件を、いくつも起こしていた。
(中略)
でも校長先生は、そういう事件が起きた時に、絶対に、パパやママを呼び出すことは
なかった。他の生徒でも同じことだった。いつも、それは、校長先生と、生徒の間
で解決した。初めて学校に来た日に、トットちゃんの話を、四時間も聞いてくれたよう
に、校長先生は、事件を起こした、どの生徒の話も、聞いてくれた。その上、
「いいわけ」だって、聞いてくれた。そして、本当に、「その子のした事が悪い」
とき、そして「その子が自分で悪い」と納得したとき、「あやまりなさい」
といった。でも、おそらく、トットちゃんに関しては、苦情や心配の声が、生徒の父兄
や、他の先生たちから校長先生の耳にとどいているに違いなかった。だから校長先生は
トットちゃんに、機会あるごとに、
「君は、本当は、いい子なんだよ」
といった。その言葉を、もし、よく気をつけて大人がきけば、この「本当は」
に、とても大きな意味があるのに、気がついたはずだった。
「いい子じゃないけど、君の「本当」の性格は悪くなくて、いいところがあって、校長
先生にはそれがよくわかっているんだよ」
校長の小林先生は、こう、トットちゃんに伝えたかったに違いなかった。残念だけど
トットちゃんが、この意味が分かったのは、何十年も、たってからのことだった。
でも、本当の意味はわからなくても、トットちゃんの心の中に、「私は、いい子なんだ
という自信をつけてくれたのは事実だった。
(中略)
そしてトットちゃんの一生を決定したのかも知れないくらい、大切な、この言葉を
トットちゃんがトモエにいる間じゅう、小林先生は、言い続けてくれたのだった。
「トットちゃん、君は、本当は、いい子なんだよ」って
「窓際のトットちゃんより・・・黒柳徹子著」
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これは第二次世界大戦が終わるちょっと前まで、実際に東京に合った小学校と、そこに
通っていた女の子・・トットちゃん(黒柳徹子さん)の実話です。
黒柳さん、(トットちゃん)は、小学校で入学早々、退学になってしまいます。
それで親御さんが見つけた「トモエ学園」に通うことになり、その日々が綴られています。
私の祖父(母方)も小学校の校長先生でした。
「教師は何事があっても現場から離れてはいけない。つねに現場にいるべし」
・・これが口癖だったと聞きました。
祖父は、第二次世界大戦が終わってすぐ、職を辞し、百姓になりました。
教師として、思うところがきっとあったのだと思いますが、誰にもその理由を
語らなかったそうです。
幼稚園の頃、病弱だったので病院に行ってから、幼稚園に顔を出す日々。
でも、なぜか付添は母ではなく、祖父でした。
祖父はとやかく言わない、多くは語らない人でした。
でも、神経質な母に比べ、無言でも微笑んで寄り添ってただ見守ってくれている
「祖父がいる安心感」は確かに伝わっていました。
それで怖い痛い病院でも我慢しよう、と思えたのだと、今になって感じています。
そのときだけは、「おりこうさん」に変身できたのだから。
子供には「見守られている安心感」特に小さい頃は大事なのではないかな、と感じます
小林先生は、いつも「校長室」ではなく手があいたら、「現場」にいたのだろうとおもいます。そして生徒を「見守って」いたのだろうと。
刊行当時、まだまだ子供だったけど、この本は大好きでした。
教育現場で色々言われている今、あらためて読み返してみたい本です。