『異邦人(いりびと)』原田マハ 著 2019.7.23読了
短期間で読んでしまった。原田マハさんの小説は読み入ってしまう。
タイトルと表紙挿絵で外国に残留等した人の話かと想像した。本屋でも何度か手に取り躊躇った本である。
確か以前、図書館でも借りたはずだが、字が細かくて2週間で読みきらなくて断念した記憶がある。ここでは関係しないが、延長できるとはいえ2週間での返却は早すぎる。
結局手に入れた本を読んだ。読んでみれば、マハさんの得意分野なのであろう。私設美術館を開いている富豪と、それと関係の深いギャラリー経営者、東日本大震災の原子力事故問題、富豪の娘の出生の秘密、などなど。
富豪の娘と結婚したギャラリーの息子のお話や、富豪婦人との情愛の駆引き、ギャラリーの経営状態や日頃の情景、私設美術館とギャラリーの立ち位置、身重のために東日本大震災で京都に避難した富豪の娘が出会う様々な人々…。
語り尽くせないほど書き込まれた場面に唸らされた。
道沿いのギャラリーは、私も興味がある。
入ったら出る時に気まずそうなので未だに入れない。
一ヶ所、仲の良い友人と四間道近くの喫茶店併設のギャラリーを覗いてみたが、好みの表現でないので無言になってしまう。
立っているスタッフにも愛想を言えないくらいの状態はなかなか見る方もつらいものがある。
富豪の娘は私設美術館の経営難であるにも関わらず高額な絵画を買い漁る。
漁るといっても、慧眼の持ち主なので周囲が気づかない良さを見抜く力はあるのだが。
才能による慧眼は、周囲には理解できないだろう。
『あ、これ…』と思うのだ。
自分だけが知っているが周囲の評価はまだのとき、売れた場合の歓びはひとしおだ。
富豪の娘・菜穂は、デビューもしていない女性画家の作品を選んだ。
慧眼も恐ろしいが、この娘の潔さと意思の強さ、自分で打開する人生の凄さには本当におどろかされた。業の強い人間は他人に失礼な所作を遠慮することなど持ち合わせないのかもしれない。自分の意思のままが当たり前。それで誰が不幸になっても関係がないのである。
読み進むに連つれ、富豪の娘の真実が明かされていく。彼女はいつからそれを知っていたのだろうという感慨も読者に持たせ、事態がハラハラするうちに進んでいく。
夫も人として善行ではない駆引きもしているが、ビジネスとは綺麗事ではないと感じさせられる。それでも妻を大事にしようとしているのに、妻は離婚を望んだ。誠意ってなんだろうと思わされる。生まれた子供にすら会わせてもらえない。
私にもそういう冷たい気持ちがある。
私の気持ちに添わない事象に対しては冷酷な気持ちが湧いてしまう。自分でもどうしようもない。冷酷に対処することしか自分が許さないのだ。お前は私にそぐわない、そう相手に心で言ってしまう。
本当の声で言ったら相手は震え上がる言葉を平気で言える。後悔もしない。自分が決めたことに対して誰も踏み入れる場所はないのだ。
菜穂は東京の育ての親も微塵の同情もなく斬り捨てる。育ての親はそもそも必要がないのに自分の娘として存分に慈しんだのに、だ。
菜穂は酷い女だ。けれどそれが正当化される不思議。
菜穂を取り巻く京都の人々はどう菜穂を捉えたのだろうか。
書きすぎると面白くない。
サスペンスほどゾクゾク感はないが、ある感慨に耽る内容だと思う。
読んでみて欲しい。