はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

おまけのおばか企画 生まれ出る心に・三連プリン 後編

2018年10月27日 09時45分58秒 | 生まれ出る心に
「私闘の原因はなんだ?」
趙雲が尋ねると、とたんに陳到は、情けなくも泣きそうに顔を崩して、偉度を指をさす。
「こやつが、うちの娘をいじめたのでございます」
「いじめた? まことか、偉度?」
じろり、と趙雲は鋭く偉度を睨みつける。
「いじめたというか、ちょっとした行き違い、と申しましょうか。いじめた、というのは言葉が強すぎます」
偉度がそういう間にも、陳到はじっとりと、ナメクジのような目で偉度を涙目で睨みつけている。
趙雲は、やれやれとため息をついて、陳到に言う。
「叔至よ、おまえはなぜか最近、偉度に突っかかっているようだが、本当の原因はなんだ?」
問われて、陳到は、偉度をひと睨みしたあと、下唇を噛みしめ、震える声で言った。
「プ、プリンが…」
「プリン?」
「銀が菓子作りのうまいことを将軍もご存知でしょう。わたくしも、銀の作ります菓子を、晩餐の楽しみにしていたのでございます。ところが、いつものように銀のプリンを冷蔵庫から取ろうとしたところ、銀がこう言うのでございますよ!
『パパ、それは偉度っち用のプリンだからダメ! パパは外で自分でプリンを買って食べて』と。わたしの楽しみが、ねじり鉢巻きもたじろぐほどの根性曲がりのために、失われてしまったのでございます。
しかもあろうことか、そのねじり鉢巻きめは、ミョーに格好つけて、そんな健気な娘を傷つけ、泣かせおったのです!」
そういって、しくしくと、いかにも悲しげに陳到は泣く。
「なんだかよくわからぬが、お前が悪い」
趙雲に言われるまでもなく、偉度はすっかりうろたえ、言った。
「す、スミマセン…」
「声が小さい! それじゃあ、誠意が1ミクロンも感じられない! 趙将軍、叔至めに代わりまして、説教将軍の底力を、いまこそ、こやつに見せ付けてくださいませ!」
「お前までもが説教将軍と言うな! まったく、大の男がプリン、プリンと情けない。それほどにプリンを食したければ、ほら」
と、趙雲は、がさごそと、自分の提げていたビニール袋より、三連パックのプリンを取り出した。
「お珍しいですな、趙将軍が、甘いものなど」
偉度が言うと、そうか、と言うふうに趙雲は首を軽くかしげる。
「疲れているときには、たまに食べるとよいぞ。それに、安かったからな。一パック77円」
「安!」
「スプーンももらってきた。とりあえず、これを食って仲直りをするがよい。まったく、おまえらがまともにぶつかれば、どちらか一方は只では済むまい。その計算すらできなくなっていたのか?」
ぺりぺりとビニールを破り、趙雲は言って、慣れたふうに資源ごみたるプラスティックゴミとして、仕分けてスーパーの袋に戻していく。
このひとは奥が深いな、と思いつつ、偉度はプリンをひとつ貰って、鼻をすすっている陳到と肩を並べてプリンを食べ始めた。

「やっぱりプリンは、ぷっちんして食べないと、本当じゃないよな」
と、泣いた烏がなんとやら、陳到はそんなことを言いながら、残ったカラメルをいかに掬って食べるかに苦心していた。
三人の男たちは、柿の実のようにあざやかな朱色に染まる空のした、もくもくと肩を並べてプリンを食べていた。
「まったく、たまに早く帰って、特売に当たって、これは幸運だと思っていたら、結局これか」
趙雲はめずらしく愚痴を言いながら、育ちの良いところを見せて、器用に綺麗にプリンを食べていく。
食べ方の良し悪しで、育ちというものは判るものだ。親がどれだけ、子供に手をかけて育てたのかの度合いも判ってしまう。
「しかし、天下の趙子龍ともあろうお方が、お一人でスーパーで買い物をして帰る、というのも、なにやら物悲しいものがございますな」
「おまえとて独り身であろうが」
「まさか、ご自分で厨房に立たれることもある?」
「たまにな」
「想像がつきませぬ」
「だから、早くに妻女を娶られよと、わたしは申しておりますのに」
陳到はカラメルを、とうとう直接すすりはじめた。偉度はすかさず反撃する。
「趙将軍の隣に女人が並ぶことは、もっと想像つきませぬ」
「なぜだ。思い切り想像つくではないか。趙将軍がその気になれば、成都中の娘や寡婦が名乗りを挙げようぞ。わたしは、将軍の第一子の字をつける役目を授かるのが夢なのだ」

さて、趙雲はどう思っているのかな、と、偉度は横目でちらりと趙雲を見るが、いつのまにか趙雲はプリンを食べ終わり、陳到のぼやきを右から左へ流していた。
どうやら、陳到の『結婚のススメ』にはすっかり慣れてしまっているようだ。よしよし。

「俺の世話なんぞより、偉度の世話をしてやれ。こやつのほうが、まだ望みはあろう」
なんだ、いきなり。
「ご冗談を。偉度はその気になれませぬ」
「おさすがですな、趙将軍、なるほど、そうすれば、こやつが、うちの銀にちょっかいを出すこともなくなると、いうわけで」
「ちょっかいなんて、出してない。順序がおかしいでしょう、年からいえば、趙将軍が先、偉度は、趙将軍がご結婚なされたら、それに倣います」
「莫迦、俺に倣うやつがあるか。お前が妻女を娶りたがらぬ理由は、怖いからではないか」
「怖い? このわたしが? 女を恐れていると?」
思わず鼻息を荒くすると、趙雲はそうではない、と冷静に言う。
「誰かに跳ね除けられることを怖がっているのだ。ちがうか」
「あいかわらず、ずばりはっきり仰ってくださいますな」
「図星だろう。お前は、たとえ誰を選ぶにしろ、俺と違って結婚をして、普通に家庭を持ったほうが良い。お前のためだ」

俺と違って、ね。

と、偉度はまたもちらりと趙雲を盗み見た。
やっぱり、ナンダカンダと、自覚がある、ということか。
もう一方は、いつもいつもうまくとぼけて、いまひとつ真意がわからないのだけれど。
さても判りにくいことよ、と嘆く偉度であったが、その隣で、陳到がなにやら思案しているのに、迂闊にも気づかなかった。


翌日、左将軍府に出仕すると、なぜか自分の机に、やたらと人が集まっている。
何事かと思えば、山のような写真が積まれていたのであった。
それをなぜだか、孔明をはじめとする左将軍府の面々が、へえ、だの、ほお、だの言いながら、めくっているのだった。
「なんでございますか、それは」
尋ねると、許靖と、真剣に話し合いをしていた孔明が顔をあげた。
「なんだもなにも、おまえの見合い写真だ。叔至が今朝やってきて、おまえの机に置いていったのだよ」
あの親父、と偉度は思ったものの、乱暴に机の上から写真の山を跳ね除けて、いつものように仕事を始めようとする。
すると、みなの前であるにも関わらず、孔明はすかさず偉度にゲンコツを落とした。
「たわけ、人様からの大事な預かり物を、斯様に扱うでない! 罰として、偉度はこの中より、よき娘を選び、見合いをするように」
「はあ?」
「はあ、ではない! 実によい機会ぞ。ついでに、その捻り飴のごとき性根も直すがよい」
「貴方様がそれをおっしゃいますか。なれば、軍師将軍も、いいかげん、ふつうの奥方を持たれたらよろしいのでは?」
「わたしのことは、わたしが面倒を見る。わたしと違って、お前は所帯を持つべきぞ。うむ、叔至め、味な真似をするではないか。散らかした写真は、全部きちんと目を通すように」
「『わたしと違って』、ですか」
「なんだ」
「また、おとぼけか…まあ、見合いくらいならば、いくらでもこなして差し上げましょう。でも、結婚はしませぬぞ」
「見合いの席で、ふざけた真似をしたなら、ゲンコツひとつで済まぬぞ」
実は孔明のゲンコツなんぞ、痛くも痒くもないのであるから、何発喰らおうが平気な偉度であったが、まあ、親父さんの顔を立ててやるか、と思い、へいへい、と、どうでも良さげに返事をする。
孔明はちろりと睨んできたが、偉度は頓着しなかった。

そうして思った。
こうなりゃ、毎日プリンを食べに行ってやる、と。

おしまい

※「生まれ出る心に」はこれでほんとうにおしまいです。御読了ありがとうございました!
次回、10月31日水曜日より、実験小説「塔」のデータ移行をいたします。
変化球ばかりで申し訳ない……くわしくは、また後日! 
おたのしみにー!


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