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はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

赤壁に龍は踊る・改 四章 その2 魯粛の乗船

2025年02月12日 10時11分29秒 | 赤壁に龍は踊る・改 四章
わけがわからず、苛立っているようすの魯粛だったが、やがて、ふう、と小さくため息をついて、口を開いた。
「こう言うのも妙なものだが、安心してくれ。
都督には、稲わらだの人形だのの話は伝えていない」
魯粛の告白の意味がつかめず、孔明が戸惑っていると、魯粛は待機している船頭らのほうに目をやりつつ、さらにつづける。
「あんたの作戦を聞いた船頭どもが、ほんとうに荊州から来た軍師の言うことを聞いて、大丈夫なのかと問い合わせてきたのさ。
おれはあくまで江東の人間だ。本来なら、あんたのやろうとしていることを都督に報告しなくちゃならないところだろうが」
と、魯粛はここで言葉を切り、孔明のほうを向く。
「わかるだろう。あんたに都合のよいようにしたのだぜ」


要するに、孔明のこれからしようとする作戦の詳細は、魯粛の胸の内にとどめて、周瑜には報告しなかった、というわけである。
「なにからなにまで、気を遣わせてしまったようですね」
孔明が申し訳なさそうに言うと、魯粛は憮然として言った。
「あんたを助けたかったのもあるが、おれはあんたの構想でもある、天下三分の計を守りたかったんだよ。
それに、今回の都督のやり方には、おれとしても賛成しかねるところがある。
さらに言えば、だいたいあんたを江東に連れてきたのは、おれだからな。こうして窮地に立たされているあんたを見て、黙っているのも不人情かと思ったわけだ」
「で、わざわざ見送りに来てくれた、というわけですか。ありがとうございます。
都督には、孔明は意気揚々と鳥林《うりん》に出かけたと伝えてください」


孔明と趙雲が、言葉通り、意気揚々と船に乗り込もうとするのを見て、魯粛があわてて声をかけてくる。
「待った! おれはただ見送りに来たのではない。
少しでもあんたの助けになろうとおもってきたのだ。鳥林まで、おれも同道する」
桟橋の中ほどまで進んでいた孔明は、怪訝そうに、うすくかかった霧の中にいる魯粛にたずねた。
「先ほどあなた自身が言われた通り、わたしが、あなたを人質にして、曹操に降ろうとするかもしれないということは、考えないのですか?」
孔明のいささか挑発的なことばに、魯粛は眉をしかめつつ答える。
「見てきてわかったが、あんたはそういう卑怯な真似ができるやつじゃない。
そっちの子龍どのにしても同じだ。そこは疑っていないよ。
だが水兵たちは怯えているぜ。あんたはまだここじゃあ、よそ者で、水兵たちにしてみれば、何を考えているのかわからんやつだ。
なにかの拍子に問題が起これば、すぐに連中は、あんたの所為《せい》だといいたてて、下手をすれば水上で反乱を起こすかもしれない。
そうなったとき、悪いがあんたと、子龍どのだけでは、対処のしようがないはずだ」
「なるほど、たしかに。そのために、あなたがわたしたちの代わりに水兵らをまとめてくださるというわけですね」
「そのとおり。水上での戦にかけては、すくなくともあんたより、おれのほうが経験があるし、こいつらとも顔見知りで、いくらか信頼がある。どうだ」
悪い話ではないだろう、と魯粛は言外にうながしてくる。
たしかに筋は通っている。
「わかりました、では、同道をお願いいたしましょう」


「別の船に乗り込んでもらったほうが、都合がよいのではないか」
趙雲が言うのを、孔明は首を横に振って応える。
「いや、旗艦さえしっかりしていれば大丈夫だ。これほど調練された水兵たちならば、そうそう行動を乱すことはなかろう。そうでしょう、子敬どの」
「今宵の大将はあんただ。あんたに従おう」
そう言って、魯粛もまた、孔明と同じ船に乗り込んだ。

つづく


※ 非常に悪質な風邪をひきました。みなさまもお気をつけて……

赤壁に龍は踊る・改 四章 その1 霧のなか

2025年01月30日 10時12分16秒 | 赤壁に龍は踊る・改 四章
周瑜の手配してくれた船は、どれも立派で、水上でも軽快な動きをすることのできる『蒙衝《もうしょう》』という型の船であった。
調練に使っていたものの一部をまわしてきたものである。
船にはそれぞれ、周瑜の派遣してきた水兵もついていた。


「見るがいい、周都督の力のすべてが、この船でわかるな」
感心したように言う孔明のあとを、趙雲が、数歩離れてついてくる。
趙雲もまた、孔明の得体のしれない作戦を知らされても、動じることなく、てきぱきと動く水兵たちと、よく整備された蒙衝に、感心しているようである。
孔明は満足して、何度もうなずいた。
「わたしなどは船に関してはまったくの素人だけれど、これはわかる。
どの船を見ても、どれも見事に整備されていて、文句のつけようがないではないか。
そして兵卒たちの、見事なまでの働きぶりを見よ。雑兵であろうと、手を抜こうとしておらぬ。
人も船も、これほどに調練してしまうとは、たいしたものだな。
だからこそ、みなは江東の勝利を確信できるのだ」
「こうなると、鳥林《うりん》のほうが気になるな」
「まったくだ。熟練兵を多くかかえる江東と、数だけは多いが、未熟な技術しか持たない兵の多い曹操の水軍。
こういってはなんだが、面白くなってきた」


河面に霧が出たなら出航である。
まずまちがいなかろうと思いつつ、日暮れとともに立ちのぼる霧を待つ。
しばらくすると、水の上に、ゆるやかに白い霧が立ち上りはじめた。
その様子は天女が羽衣をなびかせているかのような幽玄さに満ちていて、迷信深い水兵たちのなかには、このなかを出航することに、あきらかに渋面を見せる者さえいた。
孔明は、そんなかれらを励ますように言う。
「この霧を恐れることはない。霧が濃ければ濃いほどに、これから為す作戦が成功する可能性が高まるのだ。
この霧は天恵なのである。さあ、鳥林へ向けて出航するのだ!」


水兵たちは、まだ納得しかねる、というふうであったが、孔明の自信に満ちた命令に押されるかたちで出港準備をはじめる。
すると、霧の中を大きくかきわけるようにして、ぬうっと大男がやってくるのが見えた。
魯粛である。


孔明は相好を崩して魯粛に礼を取る。
「子敬どの、要望通りの藁人形と筵《むしろ》の数々、どうもありがとうございました」
「礼を言われると困るな。船の武装のほとんどをはずさせ、その代わりに、よくわからん藁人形を詰め込む。
これじゃあ、水兵どもも怯えるのは無理はない。
作戦の概要は聞いているが、やはり無茶が過ぎるのではないか」


藁人形は、陸上の調練場で、敵兵の代わりに槍を受ける役目のものを拝借してきたのだ。
それらを丁寧に武装させたうえに、船室を取り囲むようにずらりとならべさせている。
筵と稲わらの束も隙間を埋めるように置かれていて、船のうえは、まるで収穫を終えた稲田のように香ばしいにおいさえしていた。


「無茶ですかねえ」
孔明が冗談めかして問うと、魯粛は大きくうなずいた。
「ああ、無茶だ。おれはあんたたちが、このまま曹操の元へ逃げ込むのではとすら疑っているよ」
真剣な顔をして、こちらの顔色を探ろうとする魯粛に、孔明は明るく笑い飛ばした。
「わたしたちが、あの曹操の元へ逃げ込むなど、悪い冗談ですな」
「ほんとうか。では、ほんとうに作戦を実行すると?」
「烏林に行けばわかります」
「子龍どの、あんたもわかっているのか」
水を向けられた趙雲は、無言のまま肩をすくめた。


孔明は周瑜に手紙を送ったあと、すぐに趙雲に作戦の内容をつぶさに教えたのだが、慎重な趙雲もまた、
「そんなにうまくいくかな」
と半信半疑の様子であった。
だが孔明には確信がある。
上手くいくときには、脳髄から鼻にかけて、すうっと空気がとおるような感覚で、勘が冴えているのがわかるのだ。
大丈夫だ、この道でまちがいないとささやく声もまた、頭の中でしていて、それが孔明の自信満々の態度にあらわれている。


つづく


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