台湾有事が起きた場合、日本はどのような状態になるのか。元外交官で同志社大学特別客員教授の兼原信克さんは「台湾有事が起きた場合、高い確率で与那国島や宮古島に中国兵が上陸してくる可能性がある。実質的には“日本有事”であると想定して準備を進めるべきだ」という――。(第1回/全2回)
※本稿は、兼原信克『日本の対中大戦略』(PHP新書)の一部を再編集したものです。
沖縄よりも台湾に近い先島諸島
台湾有事は抑止せねばならない。なぜなら、台湾有事は高い確率で日本有事となる可能性があるからである。
まず先島諸島がある。与那国、尖閣、石垣、西表、宮古などの美しい島々からなる先島諸島は、沖縄本島から300キロ以上離れた群島であり、むしろ台湾島に近い。最西端の与那国は台湾島までわずか100キロ余りの距離である。東京と熱海の距離である。私が与那国に行ったときには小雨模様で見えなかったが、天気晴朗であれば水平線の向こうに巨大な台湾島がくっきりと姿を現す。
台湾有事は、朝鮮有事とは次元が異なる。朝鮮半島には、人口5000万、ロシア並みのGDPで、日本並みの軍事費を抱え、60万の軍勢を構え、米陸空軍が常時駐留し、米国の核の傘の下にある大国、韓国がある。北朝鮮がおいそれと勝てる相手ではない。
仮に有事になっても、北朝鮮が日本に及ぼす脅威はミサイルだけである。だから日本は1990年代から高価なミサイル防衛に注力してきた。台湾有事はそうはいかない。中国軍の巨軀(きょく)が台湾海峡を渡り始めれば、その作り出す巨浪は津波となって直近にある南西諸島を呑み込むことになる。
最悪の場合、日本に中国兵が上陸してくる可能性も
中国は、流行りのハイブリッド戦争を台湾に仕掛けてくるであろう。特殊兵による要人暗殺、海底ケーブルの切断と西側との情報遮断、その後にサイバー空間を通じた猛烈なフェイクニュースの洪水が来る。EMP(電磁パルス)攻撃やサイバー攻撃による政府・軍の指揮命令系統の破壊・乗っ取りが行われ、親中勢力を担いで傀儡(かいらい)政権が樹立され、中国政府に軍事支援の要請が出される。
中国軍は、海上封鎖をかけて外国勢力の介入を阻止した上で、傀儡政府からの内乱鎮圧要請を名目に上陸し、戦わずして台湾軍を屈服させようとするであろう。
しかし、そう上手くいく保証はない。台湾が反撃すれば本格的な中台戦争になる。現代戦の戦域は広い。台湾有事が始まれば圧倒的に数で優勢な人民解放軍が台湾島を封鎖し、海路、空路の連絡を遮断して、広大な戦闘区域を指定するであろう。現代の戦闘機は時速数千キロである。中国軍が日本の先島諸島の領空、領海を外して戦闘してくれると考えるのは軍事的に非合理である。先島諸島は中国の戦闘区域に含まれる可能性がある。
先島諸島の与那国、石垣、宮古の各島には陸上自衛隊が基地を開いている。中国が、米国と同盟している日本の自衛隊基地を予(あらかじ)め無力化したいと考えることはあり得る。最悪の場合、中国兵が上陸してくることもあり得るであろう。
有事には機動装甲車が緊急展開することになっているが、今、どんどん廃棄している戦車を先島に持ってきておくべきではないだろうか。後に述べるが、先島住民の保護や避難についても真剣に考え、練習しておくことが必要である。
日米安保体制は韓国やフィリピンまで射程に入っている
また、日本は、日米安保条約第6条に基づいて、米軍が米軍基地を用いて日本周辺の地域を守ることを認めている。どういうことか。
岸信介総理が命の危険さえ覚悟して改定した日米安保体制は、日本の米軍基地を中核にして旧大日本帝国領だった韓国と台湾及び旧米国植民地だったフィリピンの安全を守ることを射程に入れたものである。
太平洋戦争終結時、大日本帝国は爆縮を起こし、周囲は力の真空となった。ソ連、中国、北朝鮮という巨大な共産圏軍事ブロックが立ち上がり、朝鮮半島では北朝鮮軍が無防備だった韓国に躍りかかり、米軍が応戦し、中国が参戦して朝鮮戦争の戦火が噴き出した。米国は、日本の後方支援基地としての戦略的価値を再確認していた。
日本にとっても日本列島の外殻ともいうべき韓国、台湾、フィリピンが防衛されることは、日本自身の安全保障にとって肝要であった。日米の戦略的利益が合致した。
韓台比と日本の関係は、中国人がよく比喩で用いる「唇と歯」の関係なのである。日本を拠点にして、米国が周辺の韓国、台湾、フィリピンを守る。それが日本の安全保障に貢献する。これが日米安保体制第6条の地域安全保障構想なのである。
したがって、台湾有事に米国が台湾支援に踏み切るとき、米軍は日本の米軍基地を使うことになる。中国がどう反応するかは分からない。
中国の防衛費は日本の4倍以上
台湾に全力を集中せねばならないときに、日米同盟を正面から敵に回し、東京や大阪を爆撃して日本を全面的に台湾紛争に巻き込むことは外交的にも戦略的にも決して上策ではない。米国も日米同盟に従ってフルに参戦する。米国議会も国民も黙っていないであろう。
しかし、中国軍が、沖縄、九州、さらには本土の米軍基地、自衛隊基地を一気に叩いてこないという保証はない。山本五十六連合艦隊司令長官のように、どうせやるなら持久戦、消耗戦でなく、最初の一撃で思い切り敵の頭や鳩尾を叩きたいと考える中国軍人が出てこない保証はないのである。
習近平が台湾を侵攻するかどうかという意図の問題から議論するのは誤りである。まずは人民解放軍の能力を見なくてはならない。安全保障の分析は、相手の能力評価から始まる。中国自身の国力の急増を反映して、人民解放軍の予算も能力も急激に上昇している。もはや米軍以外にサシで中国軍に対応できる軍隊は存在しない。我が自衛隊もサシの戦いなら負ける。
自衛隊の能力構築には巨額の予算と時間がかかる。第二次安倍政権登場まで、中国の大軍拡を横目に見ながら、日本政府は無責任にも防衛費を削減し続けていた。第二次安倍政権が立ち上がったとき、防衛費はわずか4兆7000億円だった。安倍政権が終わった後、防衛費は5兆3500億円のレベルにまで戻した。しかし、その時すでに中国の軍事費は25兆円弱で、さらに2桁で伸びようとしている。地域の軍事バランスは、急激に中国に有利に傾きつつある。
経済規模が3分の1の韓国にも防衛費で抜かれそう
習近平は政権のリスクを冒してまで戦争しないとか、日本の防衛装備充実が中国を刺激するという議論があるが、中国の大軍拡を前にして、浮世離れした話である。習近平のような独裁者の判断を予め知ることは不可能である。ある日突然戦争が始まることはよくある。
そもそも普通は開戦の直前まで開戦の意図は明らかにしない。奇襲は戦争の常道である。プーチン露大統領のクリミア併合の日を誰が予測しただろうか。ヒトラーの独ソ戦開戦の日を誰が予測しただろうか。
習近平は台湾併合が歴史的任務であると公言している。習近平のような独裁者の心が読める人などいない。中国に圧倒的に有利な軍事的状況で、いくら習近平が開戦しないなどと議論しても、危険を招くだけである。弱いほうから挑発するのは愚の骨頂であるが、相手が「やれる」と思いそうなときに、「やっぱりやれない」という客観的軍事状況にしておくことが大切なのである。それが抑止である。
抑止のためには能力構築が必要である。太平の世に慣れすぎた日本の努力はまだまだ足りない。恥ずかしいことに日本の3割程度の経済規模の韓国にもうすぐ防衛費で抜かれそうな勢いである。もちろん、老いた日本だけでは中国に軍事的に対峙(たいじ)できない。日米同盟の強化が要る。習近平は、自由とか愛とか言っても理解しないが、権力闘争の猛者として力の論理は理解できる。だからきちんとした準備が要るのである。
装備は一流だが統合運用がほとんど進んでいない自衛隊
日米同盟の統合運用は、実は脆弱(ぜいじゃく)である。海洋同盟の色彩の濃い日米同盟は、大陸の陸上戦闘が主体となる米韓同盟やNATO軍のように指揮権が一元化されていない。それは実際の有事に及んで自衛隊と米軍の統合計画が日頃から練れていないということである。統合計画がなければ、そのための演習もない。
自衛隊の装備は一流ではあるが、何をどう統合的に運用するかというところが、そもそも自衛隊の中で詰まっていない。海兵隊に相当する旅団規模の水陸機動団も立ち上がったが、どのようにして戦場に投入するのか。有事に及んで、海上自衛隊、航空自衛隊と陸上自衛隊、水陸機動団がどう連携するのか。
制度的にも、自衛隊の統合運用が始まったのはつい最近のことである。自衛隊統合幕僚監部(統幕)が立ち上がったのは2006年に過ぎない。小さく生んで大きく育てると言いながら、陸海空自衛隊の抵抗にあって、いまだに小さい体のままだ。
内局も統幕による自衛隊の掌握権が強くなることに内心怯えている。陸上自衛隊に至っては、かつての参謀総長に匹敵する陸上総隊司令官が設置されたのが何と2018年である。それまでは北方、東北、東部、中部、西部の方面総監が同格であり、5つのプチ陸上自衛隊が併存している有様であった。
リーダーシップを発揮できるのは総理と防衛大臣だけ
このような実態であるから、日本の自衛隊の中でさえ、どのようにして統合戦略を立てるのかという議論が、実は希薄なのである。
陸海空自衛隊に対して強力なリーダーシップを発揮できるのは、政治指導者だけである。自衛隊の指揮権を持つ総理大臣と防衛大臣だけである。自衛隊の育成と装備の充実には、長い時間と巨額の予算が要る。一朝一夕にできるものではない。安定した政権と強力な指導力が要るのである。
こういう話は最高指揮官の総理大臣が、強い問題意識を持って軍サイドを指導する必要がある。陸海空軍はどこの国でも仲が良くない。統率する最高指揮官が軍の統合運用に強い問題意識と責任感を持つ必要があるのである。
石油の埋蔵が報告されてから尖閣諸島問題が始まった
台湾有事が日本有事であるのには、もう一つ理由がある。中国は、尖閣諸島を台湾の一部と主張している。日米同盟が台湾に注力することを避け、その注意をそらし、勢力を割くために、台湾有事と同時に尖閣奪取を試みることは十分あり得る話である。台湾有事には台湾のみならず尖閣も同時に侵略される恐れがある。そうなれば直ちに日本有事になる。
尖閣諸島は、1969年に国連機関が周辺海域に石油が埋蔵されていると報告書に書いてからがぜん注目を集め始めた。その頃から台湾と中国が領有権を主張し始めた。油が出るから問題になり始めたのである。
中国、台湾のいずれも、それ以前には尖閣など名前も場所も知らなかったであろう。実際、1960年代までの中国人民解放軍海軍作成の地図にも、日本領として「尖閣諸島」がはっきり書き込まれている。その一冊が虎ノ門にある内閣府の領土主権展示館に展示してある。
サンフランシスコ講和会議には中国も台湾も呼ばれなかったが、そこで尖閣は台湾の一部ではなく沖縄の一部と明瞭に認識され、日本独立後は沖縄の一部として沖縄駐留米軍の施政下に入った。サンフランシスコ講和会議後、中国も、台湾も、長い間、このような尖閣の扱いについて、全く文句を言わなかった。尖閣を日本領と考えていたからである。
尖閣諸島が問題となった時点の中国は惨めだった。毛沢東の大躍進と文化大革命で数千万人を死に追いやった中国の経済は極度に疲弊し、また毛沢東はソ連とのダマンスキー島での軍事衝突でブレジネフを怒らせて震え上がっていた。
1970年代前半の日中国交正常化の折、周恩来首相は訪中した田中角栄総理に対して、兎に角「一気呵成(かせい)」に国交を正常化したいと述べて、尖閣など油が出て急に問題になった、油が出なければ誰も気に留めないのに、などと率直に話していたのである。日本は、この外交文書を全て公開している。
尖閣諸島の周辺に漁船団を送り込み、「領土問題」を作り出した
毛沢東の死んだ1970年代後半には、鄧小平が実権を握っていた。超絶した独裁者であった毛沢東と異なり、小粒な鄧小平は李鵬等のごりごりの保守派と自らが重用した胡耀邦や趙紫陽といった改革開放派のバランスを取らねばならない調整型のリーダーだった。
鄧小平は、毛沢東を代弁した周恩来のように「油が出たから問題になっているだけだ。尖閣の話はしない」と公に言い切る力はなかった。保守派にも秋波を送らざるを得ない鄧小平は、福田総理との会談後の記者会見で、「尖閣問題の解決は次の世代に棚上げの合意をした」と嘘をつかざるを得なかった。福田総理は、鄧小平が尖閣の話をしたくないというのを聞き流しただけである。
日本政府の立場は一貫して「尖閣を巡る領土問題は存在しない」というものである。突然「油が出る島は自分の島だ」と中国に言われても困る。尖閣は、以前に一度も中国が領有を主張したことのない島である。存在しない領土問題を棚上げすることはできない。業を煮やした鄧小平は、日中平和友好条約締結直前に、尖閣周辺海域に数百隻の漁船団を送り込んだ。
おそらく民兵だったのであろう。物理的に「領土紛争」を作り出そうとしたのではないだろうか。
---------- 兼原 信克(かねはら・のぶかつ) 同志社大学特別客員教授 1959年生まれ。山口県出身。1981年、東京大学法学部卒業。同年外務省入省。在アメリカ合衆国日本国大使館公使、外務省国際法局長、内閣官房副長官補兼国家安全保障局次長などを経て、2019年退官。20年より現職。18年フランス政府よりレジオン・ドヌール勲章受勲。著書に『戦略外交原論』『安全保障戦略』(ともに日本経済新聞出版)、『歴史の教訓』(新潮新書)などがある。 ----------
以上、プレジデント オンライン
以上の解説だと、自衛隊も不十分であり、アメリカ軍が戦わないと日本はやられてしまう?
軍事費を削減し、韓国に抜かれそうな現状になっているという現実に唖然としてします。
沖縄県人も反日反基地運動してきたツケで痛い目に遭うことでしょう。