出前のすし。
ふたつの大皿ににぎりを並べ始めている主人を見て
「何か並べる順番に法則みたいなのはあるの?」と
訊いてみた。
「赤の隣りには白、白の隣りには黄色、または青。あと
黒いものは天地・・かな」
「どーゆーこと、どーゆーこと?」
私の問いに主人は答えた。
「赤はほら、見れば判るでしょ。マグロの赤身、トロ、海老、
赤貝なんかね」
トロと赤身のにぎりは主人の手によって大皿に配置された
けれど、まな板にはまだこれから運ばれるのを待っている
車海老、赤貝、イカ、コハダ、サバ・・など沢山のにぎりが
四カンから六カンずつ、間を空けずびっしりと並んでいた。
「白はイカとかヒラメとか?」
「そうそう、あとミル貝もそうだね」
「青はヒカリモノのこと?」
「そうね、サバ、コハダ、サヨリ、アジなんかね」
「あと何色だっけ」
「黄色。玉子焼き、あと数の子とか。黒はトリ貝、それとのり巻。
この五つの色のバランスを考えて盛り込んでいく」
「あ―――――!」
「なにっ?なに?どうした」
「・・・たしか載ってた」
「何に?」
「アレに」
店の本棚から≪すし技術教科書江戸前編≫を出して
バラバラとめくった。
「やっぱりあった!『盛込みのポイント、配色よく盛込むこと。
すしのタネには大きくわけて青、黄、赤、白、黒の五つの
系統の色がある。これが“青(しょう)、黄(おう)、赤(しゃく)
白(びゃく)、黒(こく)”といわれるすしの五色である』だって。
この字の並び、どっかで見たことあると思ったんだよなぁー。
そっかぁ、そういうことだったんだなぁ~」
「なんじゃそりゃ」
「え?」
「聞いたことない。オレ、そんな風に習わなかったし」
「あ、そうなの?」
「初めて聞いたよ、何、しょうおう・・?」
「しゃくびゃくこく」
「ふーん」
主人はまな板の上のにぎりはすべて並べ終え、なるべく
海苔がしなる時間が少ないほうが良いイクラやウニの軍艦
巻きを作り出した。
「音だけ聞くとさー、なんか北斗の拳に出てきそうだよね。
“あーたたたた――!!しょうおうしゃくびゃっこく!!
ひでぶ~!“あ・・べ・・し・・・!”みたいな」
主人は私の言葉を聞くことなくひたすら手を動かしていた。
「あと天地っていうのは・・何?」
「のり巻は黒で締まる印象があるから上とか下に持っていく。ほら
最初に巻き物をいれて、それから赤いものを並べたでしょ」
「なるほど」
「今日のはおめでたい席用だから赤とか白を多くしたね」
米寿のお祝いにと特別に頼まれたおすしだった。
中央上部に並んだ海老の赤と白の縞模様が眩しい。
「お祝いは華やかに。でも御通夜とかお葬式の席に頼まれた
おすしは地味めに」
「地味ってどういうふうにするの」
「白・青・黒を多めにする。赤と黄は少なく。まあ赤はせいぜい
赤身を入れるくらいだね」
「なるほど」
「あー・・御通夜って言えば子供の頃失敗したことがあってね。
実家の近所で御通夜があって出前が入ったのよ。その頃オレ
出前っていうと必ず板前さんにくっついていって“お待ちどうさまー”
って言うのが楽しみで楽しみで。とにかく元気に大声でやれって
いつも言われてたから、御通夜の家の玄関先でも大きな声で
“お待ちどうさま――!!”って叫んだら“バカっ!こういう時は
小声で言うもんだ”って叱られて」
ふと盛込んだすしを見ると穴子が冷たいままで握られていた。
「あれ、穴子炙らないの?煮詰めも塗らないの?」
「んー、炙っても食べる前に冷めちゃうからね。あとツメも隣りの
にぎりにくっついちゃうとよくないから塗らない。そのかわり
ワサビを入れて握る。はいラップして」
主人は甘酢を絞ったガリをギュッとのせた。
仕上がったところに鶴と亀に切った笹を飾った。
「笹もね、昔は笹切り屋さんがいて、出前に行く家の家紋を
切ったりしてたらしいよ。あとにぎりとにぎりの間に挟む剣笹
なんかはおめでたい時には立てて、御通夜やお葬式の時は
寝せて上から置くだけにするとか聞いたことがあるよ。
五色も大事だけどこの笹の緑色があることですごくすしが
生き生きとすると思うのねオレは」
慎重にラップをしながら
「しょう・おう・しゃく・びゃく・こく、プラスみどり」
と呟いた。