四谷三丁目すし処のがみ・毎日のおしながき

新子はコハダに、スミイカの子供=新(しん)イカは一パイで二貫とれる大きさに、イクラは皮が軟らかく粒が大きくなってきました

盛込みの色いろ

2007-04-22 01:28:00 | 04 どんこ・しいたけ

出前のすし。

ふたつの大皿ににぎりを並べ始めている主人を見て

「何か並べる順番に法則みたいなのはあるの?」と

訊いてみた。

「赤の隣りには白、白の隣りには黄色、または青。あと

 黒いものは天地・・かな」

「どーゆーこと、どーゆーこと?」

私の問いに主人は答えた。

「赤はほら、見れば判るでしょ。マグロの赤身、トロ、海老、

 赤貝なんかね」

トロと赤身のにぎりは主人の手によって大皿に配置された

けれど、まな板にはまだこれから運ばれるのを待っている

車海老、赤貝、イカ、コハダ、サバ・・など沢山のにぎりが

四カンから六カンずつ、間を空けずびっしりと並んでいた。

「白はイカとかヒラメとか?」

「そうそう、あとミル貝もそうだね」

「青はヒカリモノのこと?」

「そうね、サバ、コハダ、サヨリ、アジなんかね」

「あと何色だっけ」

「黄色。玉子焼き、あと数の子とか。黒はトリ貝、それとのり巻。

 この五つの色のバランスを考えて盛り込んでいく」

「あ―――――!」

「なにっ?なに?どうした」

「・・・たしか載ってた」

「何に?」

「アレに」

店の本棚から≪すし技術教科書江戸前編≫を出して

バラバラとめくった。

「やっぱりあった!『盛込みのポイント、配色よく盛込むこと。

 すしのタネには大きくわけて青、黄、赤、白、黒の五つの

 系統の色がある。これが“青(しょう)、黄(おう)、赤(しゃく)

 白(びゃく)、黒(こく)”といわれるすしの五色である』だって。

 この字の並び、どっかで見たことあると思ったんだよなぁー。

 そっかぁ、そういうことだったんだなぁ~」

「なんじゃそりゃ」

「え?」

「聞いたことない。オレ、そんな風に習わなかったし」

「あ、そうなの?」

「初めて聞いたよ、何、しょうおう・・?」

「しゃくびゃくこく」

「ふーん」

主人はまな板の上のにぎりはすべて並べ終え、なるべく

海苔がしなる時間が少ないほうが良いイクラやウニの軍艦

巻きを作り出した。

「音だけ聞くとさー、なんか北斗の拳に出てきそうだよね。

 “あーたたたた――!!しょうおうしゃくびゃっこく!!

 ひでぶ~!“あ・・べ・・し・・・!”みたいな」

主人は私の言葉を聞くことなくひたすら手を動かしていた。

「あと天地っていうのは・・何?」

「のり巻は黒で締まる印象があるから上とか下に持っていく。ほら

 最初に巻き物をいれて、それから赤いものを並べたでしょ」

「なるほど」

「今日のはおめでたい席用だから赤とか白を多くしたね」

米寿のお祝いにと特別に頼まれたおすしだった。

中央上部に並んだ海老の赤と白の縞模様が眩しい。

「お祝いは華やかに。でも御通夜とかお葬式の席に頼まれた

 おすしは地味めに」

「地味ってどういうふうにするの」

「白・青・黒を多めにする。赤と黄は少なく。まあ赤はせいぜい

 赤身を入れるくらいだね」

「なるほど」

「あー・・御通夜って言えば子供の頃失敗したことがあってね。

 実家の近所で御通夜があって出前が入ったのよ。その頃オレ

 出前っていうと必ず板前さんにくっついていって“お待ちどうさまー”

 って言うのが楽しみで楽しみで。とにかく元気に大声でやれって

 いつも言われてたから、御通夜の家の玄関先でも大きな声で

 “お待ちどうさま――!!”って叫んだら“バカっ!こういう時は

 小声で言うもんだ”って叱られて」

ふと盛込んだすしを見ると穴子が冷たいままで握られていた。

「あれ、穴子炙らないの?煮詰めも塗らないの?」

「んー、炙っても食べる前に冷めちゃうからね。あとツメも隣りの

 にぎりにくっついちゃうとよくないから塗らない。そのかわり

 ワサビを入れて握る。はいラップして」

主人は甘酢を絞ったガリをギュッとのせた。

仕上がったところに鶴と亀に切った笹を飾った。

「笹もね、昔は笹切り屋さんがいて、出前に行く家の家紋を

 切ったりしてたらしいよ。あとにぎりとにぎりの間に挟む剣笹

 なんかはおめでたい時には立てて、御通夜やお葬式の時は

 寝せて上から置くだけにするとか聞いたことがあるよ。

 五色も大事だけどこの笹の緑色があることですごくすしが

 生き生きとすると思うのねオレは」

慎重にラップをしながら

「しょう・おう・しゃく・びゃく・こく、プラスみどり」

と呟いた。