おかみノート
主人の実家はお寿司屋さん。私はなんにも知らないドシロウト。今まで見たり聞いたり体験した 寿司屋のいろんなことを書いておきたいと思います。
『 キッカケ 』
先輩がやっている寿司屋を主人が手伝ったお礼にと夫婦でご招待いただき、いろんな牡蠣を五種類も食べさせてもらい、さてそろそろにぎりにいきましょうかというタイミングだった。
「・・それでなに、奥さんは仕事を辞めて手伝わないの」
「いやー、そういうわけじゃないんですけど、あまりにもリスクがあるっていうか」
「だって野上君、店やりたいって言ってんでしょ」
「うーん、いずれはやりたいんですけど、なかなか踏み切れないっていうか」
「・・・・・・・」
気まずい沈黙が続いた。
「寿司屋を自分で立ち上げたい」という気持ちを主人が強く持ち始めた時、私はまだ何もかも捨ててそこに賭けようという決意が出来ていなかった。『すしの雑誌』という業界誌をパラパラめくっていた時、開業の苦労話を書いたおかみさんの投書が載っていた。
“開店から三年は主人と私の下着の買い替えだけはしましたがあとは一切何も買わず、ひたすら運転資金に回しました”と書いてあり、かなりひるんだ。
開業資金はあればあるだけいいのかも・・・。でもどのくらいあればいいのだろう。漠然とした不安な思いだけが胸いっぱいになっていた。具体的に考えたいのだけれど、どう踏み出していいのかわからない。何かの理由をつけて店の問題はただ、先延ばしにしたかった。
「あのさ」
ご主人が金箸をバチンと置いた。
「・・それじゃあ、あまりにも野上君がかわいそうだろうがッ!!!」
あまりの剣幕に少し呆気に取られた。
「えっ?なんなんだアンタ!?せっかく野上君がやる気になってんだろうが、それを奥さんであるアンタが手伝ってやんなくてどうすんだよッ?」
「・・・・・」
「“いや~、え~、でもぉ、できな~い”とか言ってよ?えっ?ちがうか?そうやってたら一生店なんかできねぇじゃねぇか。いいか?野上君が店を出せなかったらな、アンタが野上君の夢を潰したってことになるんだぞ!!!!」
「・・・はい」
「だろ?応援してやらなくてどうするんだよ」
「・・・はい、そうですね」
そのあとは普通のやりとりをしたつもりだった。
でも、何を食べて何を飲んだか喋ったか、完全に飛んだ。
JR駅の券売機で切符を買い、振り返りながら私は言った。
「あのさ」
「ん?」
「店、すぐやろう」
「・・・・・」
「だってさ」
涙が出てきた。
「あたしがどれだけ店のこと考えてるか知らないのに、なんであんなことまで言われなくちゃなんないわけっ!?」
「・・・・・」
「それにさ、初めて会った人に“アンタ”なんて、それに、“アンタのせいだぞ”なんて、そこまで言われる筋合いはない・・!!!」
悔し涙が両頬を同じ速度でつたい、顎で一緒になって落ちた。斜め前のみどりの窓口を睨みつけていた。
「・・・ぜったいやってやる」
主人は私の分の傘も一緒に持ち、黙っていた。
「あそこまでコケにされて冗談じゃないよ。やってやるよ絶対に何も言えないくらいの店立ち上げてやる。あー、かえってガツンて言われてよかったよ。やろう、家に帰ってすぐ企画書、書こう。すぐ動こうよもう」
なかなか重い腰を上げず、なるべくラクをしようという私の背中を押すのには、このくらいの荒療治でなくてはダメだ。
それに、やっぱり主人が一生店を出せずに終わってしまったらそれは私がブレーキをかけたからということになる。
危険を冒さずに、やっとけばよかったという気持ちで一生を終えるより、たとえ失敗したとしても「でも、思いっきり自分がやりたいと思える店をやってみてよかったね」と後に語り合える関係になりたいと思った。
結果的にあの先輩には感謝している。
『 カウントダウン 』
「お話があるんですけど、お時間もらえますか」
お正月明け、事業所全体の朝礼が終わってエレベーターや階段を使ってそれぞれのフロアーに人が戻り始めた時を見計らって課長に声を掛けた。
「・・ほな朝礼が終わったらでええか?」
「はい」
縦長に並べられたデスクの先端が課長席、その両脇に七~八人ずつが並び連絡事項を聞いている。来年の展示会のことや来月の発注会のことを話している声がなんとなく聞こえていた。手帳は開いてはいたけれどシャーペンを走らせる気にもならず、じっと立っていた。
「・・で、辞めてどうすんの」
ブースで向かい合った課長は、私の目を見て言った。
「いずれは主人と寿司屋をやる予定ですがまだまだなので、私は夜中から早朝まで築地で帳簿付けか販売のアルバイトをなんとかして見つけて、夕方から夜は大きい寿司屋かホテルの和食の仲居さんをやって女将修行をしようと思います」
OLとしてやりたいことをたくさんやらせてもらった会社にひたすら感謝するばかりだ。
そして、いずれ主人が出す寿司屋を手伝うんだ。
・・・二、三年、いや五年くらい先になるのだろうか。
ホテル海洋の寿司屋『有明』を辞めて次の勤め先を探し始めたのは私が会社を辞めることを上司に打ち明けたすぐあとのことだった。
求人誌に載っていた某有名寿司店の面接を受けに行った主人は帰ってくるなり私に言った。
「俺、もう自分で店やるわ。決めたから」
そこの店主が望む人材は主人ではなかったそうだ。十代後半のまだ色の付いていない若い子か、あるいは二十代後半から三十代前半のお客さんをごっそりその店に引っ張れる実力のある板前かどちらかだということだった。
「こちらのお店は客単価どれくらいなんですか」と主人が訊いたら「酒抜きで二万~三万」と返ってきたそうだ。
合否の連絡は後日ということで帰ってきた主人だったがもう腹は決めていたらしい。そんな高い値段を取る位なら自分で納得のいくものを仕入れて、自分がしたいと思う仕込みをやって、なんとか店を続けていけるくらいの値段設定にして、それでやっていければ一番いい、だから俺はやると私に向かって一気に喋った。
「えっ、今すぐなんて出来ないんじゃないの」
「大丈夫だよ、なんとかなるって。そうだ親父に電話するわ」
「え!もうするの?」
「親父は息子の店の立ち上げをを手伝うのが夢だったんだ。病院にも先に話をしておいて一時的にでも退院の手続きをとってからじゃないと応援に来れないから、こういうことは早いほうがいいんだって」
受話器を取ろうとしたら電話が鳴った。
「はい、もしもし・・・あ、はい私ですが・・・そうですか。はい、はい、あー・・もう自分で店やりますんで、結構です。はい、失礼します」
「誰?」
「今日面接してきたところ。自分の店では要らないけど、知り合いの店で人を探してるからどうだって言うから、“自分でやる”って言ってやったよ。なんか面食らってたよ、ははは。そうだ、親父に電話」
亥年の主人の暴走を止められるわけもなくただ呆然と電話で報告しているところを見ていた。
『 ハードル 』
三度目の都庁は行き慣れたものだった。
午後有休を取ってすぐ新宿へ向かう。バスターミナルの地下にある“新宿の目”で主人と待ち合わせをし、動く歩道を歩きながら今日のスケジュールを打ち合わせた。
「書類の審査のOKをもらって、信用保証協会に行って、時間が間に合えば不動産屋さんに行って物件を見る、と」
なんとか保証人無しで借りられる公的融資機関はないかと探して見つけたのが東京都の創業支援融資制度だった。物件も絞り込んであり、あとは資金が調達できるかどうかだけなのだが・・
信頼できる内装業者さんのスケジュールを考えると、今日どうしても信用保証協会に行かねばならないタイミングだった。でもその前にここでお墨付きをもらわなければ。書類を出しているこの課でOKが出たら保証協会へ、というようなことがパンフレットだかチラシだかに書いてあったような記憶があったからだ。
エレベーターでいつものフロアーへ行き、経済企画課の窓口で順番を待つ。
布張りのベンチシートに腰掛けて、クリアファイルに入れた事業計画書をもう一度ざっと読み直してみる。完璧だ・・。出来ることは全てやった。
この二週間、仕事の引き継ぎや送別会のスケジュールの合間を縫ってウンウン唸りながら解らない書類の欄をひとつずつ埋めてきた。
「はい、次どうぞ」
窓口担当の六十代らしき男性は前回に引き続き同じ人だった。
「うーん・・この補足事項の動機の欄が弱いかなー・・」
「具体的にどう弱いんでしょうか」
「・・・まぁなんと言ったらいいのかなぁ。あとね、この設備ね。見積もりと実際にかかった金額の差があると問題だけど大丈夫?」
「大丈夫だと思いますけど」
「あ、そう。・・売上高・・・・。うーん、この通りに売り上げいくのかなぁ」
「あの、前回も同じことを言われたので、わからないなりにランチと、夜と、それぞれの売り上げを積み上げて出した数字なんですけど」
「だからこれだけコンスタントにいくのかわかんないでしょ?」
「・・はぁ、まぁそう言われればそうですけど」
「ほら、わかんないじゃない。じゃダメだ」
私はキレた。
「これはあくまでも予想ですよ。しかも低めに売上設定してるじゃないですか。坪数から客席数割り出して、回転率も出して、計算しましたよ。それにですね、創業なんだからしょうがないじゃないですか。既に営業していて内装費が足りないとかで借りるんなら売上実績ってもんが出せるんでしょうけど初めてなんだから想像でやるしかないじゃないですか。それにここはそういうわかんない人のために相談窓口やってるんじゃないんですか?」
「・・・だから、この書類のままじゃ信用保証協会からOKが下りるかどうかわかりませんよって私は言ってるんです」
しばらく睨み合っていた。すると主人が言った。
「どうもありがとうございました。失礼します」
開いていた書類をカバンに入れ始めた。
担当の人は憮然として何やらどこかに行ってしまった。
私は小声で訊ねた。
「え?ここでOKもらわなくていいの」
「ここはあくまでも相談だけだから。もう埒が明かないから信用保証協会に直接持って行こう。不備があったらそこで訊いた方が早いよ。今から行こう」
数分間が長く感じられた。
都庁から興奮を引きずったまま有楽町の保証協会で自分たちの店に対する想いを熱く語った。あとは結果を待つだけだ。担当の人は「十分くらいください」
と言って奥に引っ込んでしまった。私は独り言のように言った。
「まぁ、今回ダメでも再挑戦しようよ。どこがネックだったか訊いてさ」
書類を提出しては否定される、ということを繰り返したためにどうも後ろ向きな思考グセがついてしまい、なかなか抜けなかった。
まだ五分くらいしか経っていないのに担当の人が小走りで戻ってきた。
「あのー・・ですね。保証協会としましては、野上さんのご希望額全額OKということで金融機関に書類をお出しします」
「うぇぇぇえぇ?OK・・・なんですか!!」
とてもじゃないけれど信じられなかった。
「はい。あ、ただ、ですね、これ売り上げシミュレーションとか、仕入れ原価とかの細か過ぎる数字は必要ないですね。もっと大まかなものでいいんですよ。だから借り入れご希望額も・・・ふっ、真面目なんですねぇ、何千円単位まで書かれてますけど、普通の人は何百万単位、せいぜい何十万単位ですよ。でも借りられると思うと必要もないのに多めに借り過ぎてしまうものなんです。せっかく野上さんは細かく必要なだけの数字を出しているわけだから・・・まぁ何万円単位のところまでに直しておきましょう」
都庁の人のアドバイスが結果的に好印象に繋がったようだった。このことは感謝しておこう。
「あ、でもですね、あくまでもうちが出来るのは “野上啓三さんはこの額なら借りてもきちんと返せる人ですよ” と後ろ盾をするだけで、直接融資をするのは銀行とか信用金庫なんかの金融関係ですから」
OKが出た書類を持って今度はどこからお金を借りたらいいのか、それがわからなかった。
『 アタック 』
金融機関Aの中に入るのは初めてだった。
一度も口座を作ったことのない人間にお金を貸してくれるとは思えない。
入口まで来たものの、門前払いされる自分たちを想像して一歩を踏み出せなかった。
「どうする?頼んでも断られるよねきっと」
「だよな。やっぱりBの方にするか」
金融機関Bは今までずっと使っていた口座があるところで、貸してくれるかどうかは判らないけれど門前払いの可能性は薄く、行きやすいといえば行きやすかった。
「でもさ、Aが第一希望なんだからダメもとで行かないと」
「だよな」
Aは中小企業に優しいのだと聞いていた。行かずして諦めるのはいやだ。
道路際、二人してぐずぐずしているとセンサーが反応し、自動ドアが開いてしまった。
覚悟を決めた私たちは二階の融資相談窓口に乗り込んで行った。
黒い革張りのソファーは沈み込むタイプで気を許すと偉そうな座り方になってしまうので、かなり浅めに腰掛けて背筋を伸ばしていた。
「こちらでの実績がその・・全然ないんですよね?」
「はい」
「一度も通帳を作ったことがない、と」
「はい」
担当の人の表情は、お金を貸す貸さないの判断で悩んでいるというよりは100%貸せないけれどそのことを私たちにどう説明しようか思案している、そんな感じに見えた。
「やろうとなさっていることは分りました。で、お返事はですね。おそらく無理だと思っていてください。その・・いきなりいらっしゃって“貸して下さい” “はい、どうぞ”と、そういうわけにはいきませんのでね。それは解って頂けますよね?」
「はい。でもあの、可能性はゼロではない、ということですか?」
私が訊こうとする前に主人が言った。
「えー、まぁ、そうですね。今度の金曜日に融資対象の懸案事項を話し合う会議があるので、そこで野上さんのお話を出そうと思います。この書類一式は私の方でお預かりしておきますので。・・でも、多分、いやほとんど可能性がないと、そのくらいに思って、ほんと、あまり期待しないでくださいね」
担当の人が言い終えて、ガラスのテーブルに広げたいくつもの書類をまとめようと手を伸ばした時、主人が言った。
「これだけは言わせて下さい!やる前からこんなこと言っていいのか判りませんがもし融資をして頂いて万が一店が潰れたとしても、夫婦別々に働いて、必ず期日通りにきっちり返していきます。マグロ漁船に一年間乗ってくる覚悟でいます。・・それと、今回のお返事がダメだったとして別のところから融資をして頂いたとしても、末永くAさんとお付き合いをさせて頂きたいので、今後とも宜しくお願いしますッ!!」
深々と頭を下げた。こんな勢いで話す主人は見たことがなく本気で店をやりたいんだと思い泣きそうになった。
「・・・わかりました。では、会議の結果は二週間くらい後になりますので」
「え!二週間ですか!」
私は思わず顔を上げて叫んだ。不動産、内装関係、ともに二週間後に返事をしなければならず、ノーの場合は間に合わない。わがままを承知で訊ねた。
「もうちょっと早くなりませんか」
「無理ですね。審査がありますので急いでも・・・十日後かな」
沈黙してしまった。すると担当の人が言った。
「あの、もし会議でOKが出たとしても全額じゃないかもしれません。余計なことかもしれませんが、この自己資金の欄に書いてあるBさんにはもう行かれたんですか?」
「いえ!行ってません。こちらでどうしてもお願いしたいので」
「ああ、そうですか。・・んー・・なんと言ったらいいか・・・Bさんに行った方がいいと思うんですよ。私はお二人とこうしてお話をさせてもらったので、会議で出来る限り推してみようと思ってますけど、複数の人間で決めますのでね・・今この書類をコピーして原紙をお返ししますから、ぜひこのままBさんに行かれた方が絶対いいです」
・・・やっぱりミラクルなことは起こらない。
大型クリップで留まった書類の束を持って、少し悲しい気持ちになりながら、でも気持ちを切り替えてBに向かった。
『 トライ 』
三月の福島はまだ寒いと主人から電話があった。
金融機関Bに行った翌日「しばらく実家に帰る」と言って主人は新幹線に乗って帰省してしまった。
入院している義父のお見舞いと、出店準備の進行状況を説明しに行ったのだ。こういうタイミングを見つけないと職業柄なかなか
ゆっくり実家に帰ることができない。
Bからの返事は【預金額と同額までは即融資可】だった。ただし他の金融機関からの借り入れが無い状態で、というものだった。
預金額と同額では足りない。主人の決断は、Aから全額借りられなければ出店しない、だった。
私はなんとかして店を出したかった。主人の父は息子の独立話を喜び、一時退院に向けて日々の苦しい食事療法に励んでいるとのことだった。
「いつまでも雇われてねぇでテメェでやっちまえ」と、義父はいつも言い続けていた。
やる気になった気持ちの波を逃すと、今度はいつ店を立ち上げる話になるのか。お互いが別々に勤め始めたら、数年先になるのはわかっていた。
だったら無理をしてでも店を出して、ダメだったらその時また考えて・・と思っていた。
主人の実家の辺りでも “啓三が店を出すそうだ” と話題になっていたし、私も職場で聞かれれば “辞めるのは主人の店を手伝うため”と答えていた。
今までは言葉に出して自分を追い込んでいくことをなんとも思っていなかった。しかしだんだん話が拡がっていき、自分が考えてもみないところから期待の声がかかるようになってくると “やっぱりダメでした” とは言い出しにくくなってくる。
途中まで力添えをしてきてくれた沢山の人に迷惑がかかると思うと、どんどん落ち込んで、悪い方に悪い方に考えがいってしまう。
Aからの返事に全てをかけたやり方が果たしてあっているのか、それすら不安になってきていた。
金曜日の朝、総務課の人に声を掛けられた。
今度の月曜日、朝礼でする退社の挨拶を考えておいてくれと言われた。四月一日付の転勤者と一緒にやるから全員が揃う三月最後の月曜に、ということだった。私はまだ辞める理由が“寿司店をやるから辞める”なのか、“一身上の都合で辞める”なのか決まっていなかった。
その日の夜は本社から出張に来ていた人を交えて数人で食事をした。
ホテルに泊まる本社の人と帰り道が同じ方向だったので、市ヶ谷で降りて麹町に向かって歩きながら出店準備の状況を話した。
今日の夜がAの融資OKか否かの返事のタイムリミットだということ、この時間で福島から自宅に戻ってきているであろう主人から何の連絡もないということはやっぱりダメで、四月から新しく様々なバイトを探す生活になるかもしれないということ。酔っていたのも手伝って、ものすごく饒舌になっていた。
「・・・ちょっと、野上さん、野上さん!なんか鳴ってますよ」
一緒に歩いていたその二つ年上で社歴が後輩の男性が言った。興奮してカバンの中のPHSが鳴っていたことに気が付いていなかった。
急いで見ると “Pメールガトドキマシタ” とある。主人からだ。 そして
“A ハ ユウシOK!!” と画面に出た。
「・・・ギャーッ!やったぁぁぁぁぁっ」
その男性との挨拶もそこそこに、大妻通りから一本うらの急な坂道を一気に駆け下りて行った。
帰ると玄関に主人が立っていた。
「全額?ほんと?ほんとにOK?
主人はうんうんと頷いた。
「会議が長引いて返事が今になっちゃったんだって」
「やったね!やったね!!私たち、・・・ほんとにやったね」
飛び跳ねながら、Pメールのメッセージはずっと消去しないでおこうと思った。
火曜日の午前中、半日有休をもらってBの相談窓口に行った。
二週間ほど前、名刺を貰った担当の人は私たちを見るなり爽やかな笑顔で迎えてくれた。非常に気まずかった。電話でお断りの返事をしようかとも考えた。でも、自分たちがもし逆の立場だったら・・。借りるお願いの時だけ直接来てしかも返事を保留にしておいて、他の金融機関が貸してくれると決まったから電話でお手軽にキャンセル・・というのは、あまり気分のいいものではない。
もしイヤミのひとつでも言われたとしてもそれは自分たちのした結果なのだからちゃんと受けようと思った。
「先日の件ですよね。すぐにでもお話を詰めましょうか、さっ、こちらにどうぞ」
私たちより四~五歳若そうな紺のスーツに白いワイシャツが似合う担当の人は、しっかりと向き合い、万全の準備ですといった感じになった。主人が言った。
「あの、実はAさんで融資が決まりまして、今日はお断りのご挨拶に来ました。申し訳ありません!」
二人で深々と頭を下げた。すると担当の人は少し驚いたようで、でもすぐに
「あー・・そうですかー・・・あ、でもそれはよかったなぁ。いや実はですね、あのあともう一度書類をじっくり見させて頂きましたらね、預金額まではすぐ出るんですけど、そのあとお店だといろいろ修繕だとか、リフォームだとかで途中でまたお借り入れ・・ってことになる場合があるんですね。そうなると私どもですとなかなか対応出来ないんで、もし、野上さんがAさんでお借りになることが可能だったら、その方がいいんじゃないのかなぁー・・と、思っとったところなんですよ。いや、正直ホッと致しました」
と言ってくれた。そして
「そんな、Aさんに決まったんならお電話でもよかったのに、そんなわざわざ来て頂いて・・・」
と私たちの目をじっと見ながら話してくれた。腹を割って話して本当によかったと思った。今回はご縁がなかったけれどまたいつか助けてもらうかもしれない。
すっきりした気持ちでBをあとにした。
一月から動き始めて約三ヶ月。
不動産屋さん、金融関係の方・・・一体どのくらいたくさんの方々と出逢ってこの話を聞いてもらってきたのだろう。
でもまだスタートラインに立てたばかり。これからもっと知らない人と知り合い、新しい世界が拡がるのだ。もう後戻りは出来ない。
前へ進むのだ――――――!!!!!!