四谷三丁目すし処のがみ・毎日のおしながき

新子・新イカ大きくなってきました。生すじこ粒がまだ小さいですが入ってきました。イクラは生しか扱いません。秋と冬だけです。

Oさん

2007-04-11 16:59:00 | 04 どんこ・しいたけ

「こちらでデータとか見えるんですけど」

食べ終わったOさんが言った。

「予定通り、本当に予定通り行ってますね、いやほんと

 素晴らしいなって思って、この場所でね。

 …がんばってるなーって」

「お借りしてるんですから当たり前ですよ。…でも

 こんなこと言ったらあれですけど、やっぱり

 返していくのは大変ですね」

板場に立つ主人が言った。

Oさんにお茶を差し替え窓の外に目をやった。

街路樹の葉が育ち始めている。

ゆっくりと歩くサラリーマンの人たちが目に入った。

五月十一日。

三年、というか千九十五日という日々が過ぎた日の

ことだった。




それから数ヶ月が経ったある日、ランチの看板を出した

直後にOさんがやってきた。

「あ、そうだ奥さんこれ」

手渡された手提げを覗くと、金融機関Aの名が印刷された

小箱サイズの洗剤やティッシュ、ラップなどが入っていた。

「もうそこらへんにあるものバンバン入れてきました。

 よかったら使ってください」

必ず年に一度持ってきてくださるその景品がいっぱい詰まった

紙袋を有難く受け取りながら、はて今日は何だろう、

生ものが苦手なOさんがわざわざ寿司を食べに来て

くださるのはどうして、と思っていると

「転勤になったので。今日はご挨拶に来ました」

とOさんは言った。

主人は茹でた海老やタコ、玉子焼き、穴子、かっぱ巻など

なるべく火の入ったものを入れながら一人前のにぎりを

握った。

その職性上、同じポジションに永年留まることはないと

頭では理解していたけれどショックだった。

主人も私もその気持ちは隠しながらなるべく明るく振る舞い

融資をお願いに行ったあの時の思い出話などをした。

「異動するんでね、野上さんだから言っちゃいますと」

Oさんは言った。

「はじめ書類通らなくて。でも“若い二人でこの地域でどうしても

 頑張りたいって言うんだから”って粘って粘って。で、最終的には

 自分が責任取るからっていうことで。自分としても着任したての

 最初の案件が野上さんのだったっていうこともあって、その後の

 ことがずっと気になっていたっていうのはあるんですよ。もう

 “ガンバレよ~、ガンバレよ~”って」

「・・・あの時たしか、会議が長引いて結果が出るのが遅くなったって

 仰ってましたよね?」

大妻通りから一本うらの道で、融資OKのメールをもらったことを

思い出していた。

「おそらく野上さんの案件だけで会議が遅くなったわけじゃなかったと

 思いますけどね。でもやる気のある人を応援したいじゃないですか。

 なんとかしてあげたいって。頑張ってくださいよ、転勤してもいつも

 見てますから」

手まり麩が入ったお吸い物をOさんの右脇に置いた。

主人はイカとカツオのにぎりは大丈夫ですかと訊いて握った。

Oさんはおいしい、おいしい、と言って食べてくれた。