「憧れの仲買いさんがあるんだよ」と聞かされたのは
ずいぶん昔の話で、自ら寿司屋を興すなどとは
まだ考えていなかった時期のことだったと思う。
その店は“アオシロの最高峰のものばかり”を扱う
ところだと主人は力説していた。
アオシロというのは白身の魚でも皮の部分が青光り
しているようなもの、たとえばブリ・カンパチ・ヒラマサ、
シマアジもこの部類に入るという。
アオシロに対してシロシロはタイやスズキ、ヒラメ、カレイなど。
有名な寿司屋はアオシロをそこから仕入れるのだと、
ぜひ一度行ってみたいと熱く語っていた。
店を始めてもうすぐ一年という頃のことだった。
私が店に到着するなり主人が言った。
「今日のカツオ、どこのか分かる?」
半身におろされたカツオを持ち上げている主人を見ながら
「○○さんじゃないの」 と、いつもお世話になっている
仲買いさんの名を挙げた。
「ちがいます」
「じゃあ分かんないよ」
「絶対分かるって!ぜったい!」
「・・・私の知ってるとこ?」
「多分知ってると思う」
「カツオでしょ・・」
「そう」
「えー、あとどこ」
「ほら、あそこだよ」
「あそこってどこよ」
「あそこだよ、あそこ!!」
「あーそーこーぉ・・?そう言われてもなー・・」
「今まで入ったことは無かったけどね」
「・・・・入ったことが無い?」
「店始まって落ち着いてからは毎日その店の前を通って
ずーっと念を送ってたというか敷居が高いから毎日
店の前を見るだけで何も出来なかったんだけど、今日
そこの親父さんに“何かお探しですか”って声掛けてもらって」
「まさか!」
「そう!」
「あの?あの憧れの・・?」
「ついに、やりました――っ!!」
「マジで――?あの仲買いさんのとこ行ったの?やったじゃん!
よかったね!・・でもさ、カツオって“アオシロ”?」
「いや、赤身だね。そこはメジとかカツオもいいのを置いてるのよ。
しかもさー、そんなスゴイ店なのに半身とか、大きいものなんか
四分一とか八分の一とかで売ってくれるんだぜ。うちみたいな
小さい店には本当に有難いよ」
「仲買いさんのところって基本的には紹介なの?」
「・・そんなこともないけどね。飛び込みで入ってみたりもするよ。
ただ、やっぱり紹介してもらった方が話は早いよね」
「紹介無しで頑張ったんだー」
「まぁ、そうね」
「やったね!」
「おぅ」
「モノもやっぱりいいんだ」
「・・・・そうね、いいね」
お客様にお出しするのが楽しみだ、と言いながら
カツオをしみじみと眺め冷蔵庫に仕舞った。