ケルベロスの基地

三本脚で立つ~思考の経路

BABYMETAL探究(20160919 ”RED NIGHT” 参戦記③)

2016-09-27 18:03:35 | babymetal
メタルダンスユニット”。
(今のところ)世界で唯一無二の、空前絶後の、この名を負うユニット。
それがBABYMETALだ。

その「凄み」をあらためて見せつけたのが、東京ドーム1日目の『赤い夜』だった。

もちろん、そのハイライトは「Tales of Destinies」の世界初演だ。

参戦前から、この曲を2DAYSのどこかでやるに違いないことは、すでに皆の了解事項だった(雑誌のインタビューでも、どこかで「演」奏することは予告めかしていた)し、9月19日18時20分過ぎ、『赤い夜』の冒頭のKOBAMETALの宣言によって「今日か、明日かのどちらかで、「Tales of Destinies」はやる!しかも、どちらかの日にしかやらない!」ことが確定した。

『赤い夜』の、「Road of Resistance」ではじまる冒頭から激走するライヴ、に身も心も揺さぶられながら、「来い!来い!」と心のどこかで叫び続けていた。
この日(のみ)の参加の皆さんの多くが、同じ思いだったはずだ。

参戦前にここに書いたが、『METAL RESISTANCE』完全再現を期待して、僕は『赤い夜』に臨んだのだが、冒頭のKOBAMETALの宣言で、さすがにそれはないのだな、ということはわかった(例によって「予想の斜め上」の趣向が今回も凝らされていた)し、3曲目の「いいね!」降臨によって『赤い夜』のセットリストも、疑いなく1stと2ndとの混合であることが具現化された。
そして、例えば、事前の予想セットリストからは外れていた「4の歌」など、たいへんたいへんたいへん嬉しい「誤算」だった(また書きたい)りしたのだが、それでも、「Tales of Destinies」は(「追加公演」の明日ではなく)今日やるのだ!ということ、これは、ライヴ中、ずっとまったく疑っていなかった。

このへんは、参戦する前に、あれこれと予想(妄想)をこらしたことによって(見事に裏切られた!という快感、ええっそう来るの?という驚きも含めて)何ともエキサイティングなライヴ体験になった、ということなのだが、そんな中、ライヴ終盤、ついに、荘厳な紙芝居がはじまった。

・・・実は、どんな内容だったのか、記憶は朦ろなのだが、このタイミングで、まったく観たことのない紙芝居が登場するというのは、「Tales of Destinies」にもう決まっているし、「運命」「物語」という単語も散りばめられていたし、・・・ 
遂に、本当に、キター!!!!
その瞬間は、もちろん全身が総毛立った。涙腺を崩しながら、咆哮・絶叫していた。

さあ、そして、その「演」奏が実際にはじまった。

これは、BABYMETALのどの舞踊もそうだが、実際の踊りを観てしまうと、それが「必然」である、「これしかない」と思わせる納得性の高いものだった。
もちろん、単に「曲に合っている」というレベルではない。

3人の舞踊は、(単なる)ダンスではなく、楽曲の「演」奏である。

このことはここで執拗に繰り返しているが、「Tales of Destinies」もそうであった。
・・・というか、この曲に合わせてダンスする、ということはナンセンスだろう。

DREAM THEATER に合わせて、踊ろうぜ!

ではなく、

3人の超絶的な(ある意味、奇天烈な)舞踊によって、DREAM THEATER ばりのプログレ・メタルを視覚的・体動的に「演」奏する
のだ。

もちろん、実際に目の当たりにするまでは、それがどんなものか思い描くことはできないが、実際に、あの日あの場所で、目にしながら「ああ、これが「Tales of Destinies」なのだ」と腑に落ちた、のである。

これが、世界で唯一無二の、空前絶後の、メタルダンスユニット、BABYMETALの「演」奏なのだ。

「3,2,1,0」の振りは、一度観てすぐに覚え、アリーナA席で必死に振りコピをしていたが、どの動き、ポーズ、表情も、楽曲と有機的に融合し(時にはあえて相反し)、楽曲・楽器演奏・歌・歌詞世界を、立体的に奏でるものだ

それこそ、『Scenes From A Memory』で挟み込まれるジャジーなピアノ・ソロにも似たあのピアノのブレイク(?)の箇所。
音盤だけだと「わ、モロDTやん」とニヤリとするに留まっていた(初聴時には、ここまでプログレってるのか!と感動したのだった)が、あのパートがYUI・MOAのあの、まさに小悪魔あるいは天使の仕草、ブリブリのキレキレのカワイイ「演」奏として視覚化なされることで、この楽曲は、Dream Theater ではない、BABYMETAL独自の「kawaii Progressive Metal」へと昇華したのだ。

・・・凄い体験だった。世界中のここでしか体験できない、それを僕たちは、あの日東京ドームで体験したのだ。

*********

午後2時過ぎに東京ドームに到着し、小雨の中、物販購入を30分ほどで終えることができたのだが、雨がだんだん本格的になってきたので、濡れないように「Nagashima GATE」から階段をのぼり、2階のテラス(?)へ行き、空いていた壁際の地べたに娘と2人で並んで座り、開場までの時間をつぶすことにした。

「横アリの完全版、観る?」と訊くと、(新幹線の中では宿題や2週間後に迫ったテスト勉強をしていた)娘も「うん」と言う。
パソコンでBDを再生、イヤフォンは娘が両耳に嵌めて、僕は、画面だけをぼーっと眺めていた。

まったく飽きないのだ。楽しいのだ。ライヴの躍動が、伝わってくるのだ。

わざわざ音を消して映像だけを眺めるなんてことはしたことがなかった(当たり前)ので、これはたいへん新鮮な・貴重な体験だった。

何曲か、身体をゆすりながら真剣に観入っていた娘が、ふと僕の方に顔を向けて「わかる?」と訊いたのだが、そう、「わかる」のだ。

もちろん、何度も何度も観たから、振りを覚えているということも大きいのだが、それ以前に、BABYMETALの3人の舞踊が視覚的体感的な「演」奏なのである
だから、音を消して、映像だけを観ていても曲の展開が、起伏が、目に見えて感じられるのだ。

頭では理解していたつもりのことだったが、改めて実際に身をもって実感した・腑に落ちたのだった。


*********

そして、「シンコペーション」!!!!
『赤い夜』で僕は虜になった。

娘は、高校で軽音に入り、バンドでJ-Rockのコピー等をやっているので、この曲は大のお気に入りで、行きの新幹線の車中でも
「シンコペーション、めっちゃ格好いいなあ。今日やるかな?」なんて言っていたのだ。
「やる、よ」(『METAL RESISTANCE』完全再現、と信じ込んでいる僕の返事)。
「やってほしいなあ」

そんな娘の期待ほどは、僕はこの曲への期待値はそれほど高くはなかったのだ。
『METAL RESISTANCE』というアルバムの中では、やや過剰で、少し浮いているかな、とさえ思っていたのだ。
もちろん、カッコイイ曲ではあるのだが、BABYMETALのレパートリーとしての必然性にはやや疑問があったのである。
EU版の「From Dusk Till Dawn」の方を好んで聴いていたのである。

ところが、あの日あの時あの場所で、焦らすようなギターのメロディックなリフの反復から、爆発的に楽曲がはじまり、そして3人のあのくるくるくるくるのユニゾン手巻き舞踊を目にした瞬間、もう心を天空に持って行かれたのだ。
「神曲」だろ、これ!!!

何なのだろう。
とりわけ、高度なアクロバティックな動きというわけでもない。
コンテンポラリーダンスとして、完成度が高い、なんてことはまったくないはずだ。
なのに、なぜ、こんなにも心を奪われるのだろう。

高速テンポ、キレ、ユニゾン。そして歌詞・楽曲世界を妖しく象徴する、くるくるくるくるの動き。

泣いてしまっていた。何なのだろう。

メタルダンスユニットって、こんなに凄いのだ。奥底の知れない高み・深み・凄みがあるのだ。

2日目の「META メタ太郎!」(僕は生では体験していないが)もそうだが、どの曲もライヴで「神曲」になる(可能性がある)というこの「高み・凄み」は、僕たち人類がこれまで経験したことのないものだ。

音楽・演劇・祝祭等、あらゆるエッセンスの、最高度での融合・爆発的表現が、BABYMETALの「演」奏なのだ。

似たものはいくらでもあるのだろうけれど、BABYMETALのこれはまったく異なるものだ。
BABYMETALの、原点であり核心。
メタルダンスユニットである、ということ。
その「高み」「凄み」。

この探究はこれからも続く。
深い深い「謎」だ。

(参戦記 つづく)




1 コメント

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初めてコメントします (H.H)
2016-10-13 11:13:20
>ところが、あの日あの時あの場所で、焦らすようなギターのメロディックなリフの反復から、爆発的に楽曲がはじまり、そして3人のあのくるくるくるくるのユニゾン手巻き舞踊を目にした瞬間、もう心を天空に持って行かれたのだ。

そう、まさにコレです。激しく同意です。
僕も同じようにその場で泣きました。凄すぎるぞ!!って。
BABYMETALには毎日のように心をかき乱されています。

あと気になったので申し上げますが、「Tales〜」のタイトルを間違えてらっしゃいます。ご確認くださいませ。
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