輝ちゃんつれづれに 

最近はインスタ・LINE、スレッズを始めました。楽しかったこと、残しておきたいことを自分の言葉で書き込みます。

東京オリンピックの10月10日

2013年10月11日 01時22分07秒 | マツンのおもい

俺も来年で働いて50年という節目を迎える。

 

 都立小金井工業高等学校を卒業して勇んで働きに出た。 ㈱仁丹テルモ 生産第四課というところに配属された。 渋谷区幡ヶ谷に工場があった。

 何をやっていたか、プラスチックの射出成型だ。

何を作っていた、体温計のプラスチックケースだ。

 当然、以前はガラス製だった。

どんな勤務、2交代勤務。当然夜勤もある。

テルモは輸出用で、ディスポーザル注射器を作っていた。

日本はまだガラスの注射器でアルコール消毒して注射器を使っていた。

アメリカという国のスケールの大きさにびっくりした。 「使い捨て」という考え方だ。

仁丹体温計は日本一番だったが、水銀問題を抱えていた。

そんなことよりも日々が悩みもがきの連続だった。 仕事が、職場が嫌だった。結局8ヶ月しかもたなかった。

総務部長に言われたことば、「退職者は敗者だ」。忘れられない。

もう一つ忘れられない思い出が一つある。 悪友、岡住と小池だ。私はスポーツをやっていたから煙草は吸わなかった。

東京オリンピックの49年前の今日ブルーインパルスが五輪のマークを青空に描いていた。

悪友二人が煙草を勧める。「オリンピア」という記念煙草を買っていたので一服した。

悪友が吸い込めというので吸いこんだらぶっ倒れそうに眩暈がした。五輪のマークが楕円になっていた。

そんな思い出の写真が一枚もない。でも、定期券(バス・電車)と千葉県銚子に遊びに行った時の切符があった。

 

 

優しさとは情緒ではなく人を変える力である。

「一つのいのちが成り立つためには、他の無数のいのちがそれを支えているのだということ、わがいのちも、また、他のいのちを支えているのだという思想が、人間の誠実さを生み、優しさをつくる」

灰谷健次郎

「学んだことのたった一つの証は変わることである」

林竹二 教育者

 

マツンのフェイスブック LEOクンのこと

   

雨が降ってきました。(12時少し前の調布)
LEO君とくまざわ整形外科クリニックにきています。
混んでいるようで、車の中で待機。昨日元気なかったので心配したが、大丈夫なようです。
気候の変化も関係あるのでしょうか。
LEOクンが元気ないと家族みんなショボン。
杉並の松庵三浦屋へ買い物。いつものはいポーズ。
LEOクンは行く手を阻みます。このポーズです。

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