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ハッチがいた日常

夫は病死、仕事も辞めて被災猫ハッチと暮らしたけれど、10年で終わってしまった。これからは本当の一人暮らしの日々。

あと2回のみ!

2010年11月14日 19時19分06秒 | 日常

 夫の放射線治療は、明日明後日の2回だけになりました。よくがんばって30回の連続治療を受けられたと感心します。

 それも、だんだんと副作用が顕著になってきた抗がん剤治療を受けながらです。先週が私の遅番勤務だったこともあり、頻繁に病院に迎えに行って一緒に自宅で過ごしてから放射線治療の別の病院に行って入院先に帰るということを繰返していました。そして、昨日今日は土日で放射線はないからと、外出許可をもらって帰宅していましたが、前日の抗がん剤の点滴で、夜が眠られなくなり体調がよくなかったようです。それでもこだわりの料理(執着といったほうがいいのかも)をして、結局疲れて自分は食べずに、私がむいた梨をおいしいと喜んで食べてくれました。つらいときは、無理しないのが一番だと思うのですが・・・。一人で帰るといっていましたが相当辛そうだったので、車で病院まで送りました。

 放射線治療は火曜日で終わりますが、抗がん剤治療は、今回が4クール目、あと2クールあるのです。そのあと、少しはゆっくりできるのでしょうけれど、そのときの体調がどうなっているのか、心配です。今日もつらくなってきたので、病院に着いたらほっとしていたようでした。

 それにしても、病院というところは、病人のためにあるはずなのに、今日は日曜日ということも会って子どもたちが走り回り、これでは私だってイライラしてしまいます。病人がいるところに子どもは連れて行くなと思います。何のために?勘ぐって悪いけれど、遺産がほしいためしか考えられないですよ。周りの患者が迷惑します。どうか、静かに療養させてください。形式的な「見舞い」なんて、誰もがお断りのはず。

 そんな話から、葬式の話にもなりました。何のためにするのだろうかって。それは、死んだ人ではなく、残された人たちのためにするものでしかないのでは?本人はいないのですから。何もするなというのなら、何もしないほうがいいのでしょう。まあ、法律で火葬することが決められているからそれだけはするけれど・・・。

 命は生まれて死んでいく。永遠のサイクルのほんの一瞬の人生のはずなのに、思い入れや思い込み、執着や欲望ばかり残してしまう。人間とはどこまで強欲でわがままなのでしょうか。うちは、子どもがいないから血をつなげることはできなかったけれど、まあ、私がせっせと献血してきたから許してもらおう。このDNAは、そんなたいしたものじゃないし。そう、みんな一人一人はたいしたものじゃないのに、どうしてみな、自分だけが特別と思い込んでしまうのでしょうか。ゲームのやりすぎか?

 さて、オヤジ猫に夕ご飯をあげましょう。昨夜は深夜11時まで夫がご飯あげなかったのです、かわいそうでした(遅番だったもので)。

 


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