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ひまわりさんの日々の信仰日記と再臨信仰のエッセンスについてご紹介しています

福音の道しるべ 6

2013年05月27日 | 日記

    

 福音の道しるべ 6 もう一つの使命が示される

Ⅰ.聖所とわれわれの使命

 1844年、キリストの再臨を宣布し、大宗教リバイバルを呼び起こした再臨信徒たちは、信心深い人々であった。「使徒時代以来のすべての大宗教運動の中で、1844年秋の運動ほど、人間の不完全さとサタンの策略に妨げられなかったものはない」と当時をよく知る人は語っている。彼らは、自らの心を吟味しへりくだらせ、世への愛着を捨てた。そして、神に是認されているという確証を第一に求めた。毎朝、神から認められているとの確証が得られるまでは、食べ物を口にしなかった。主をお迎えし、死を味わわずして天に移される用意ができていた民がかつていたとしたら、それは彼らであった。にもかかわらず、次のような興味深い引用文がある。

しかし、人々は、まだ主に会う準備ができていなかった。まだ、彼らのためになされねばならぬ準備の働きがあった。彼らは、まず光を受けて、天にある神の宮に心を向けねばならなかった。そして彼らが、そこで奉仕しておられる彼らの大祭司に、信仰によって従っていくときに、新しい義務が示されるのであった。もう一つの警告と教えの使命が、教会に与えられるのであった。

 もう罪を犯してはいけない 42

    エピローグ 

すなわち、主ご自身が天使のかしらの声と神のラッパの鳴り響くうちに、合図の声で、天から下ってこられる。その時、キリストにあって死んだ人々が、まず最初によみがえり、それから生き残っている私たちが、彼らと共に雲に包まれて引き上げられ、空中で主に会い、こうして、いつも主と共にいるであろう(テサロニケ人への第1の手紙4章16,17節) 

やがてイエス様が再降臨なさって、罪に勝利し、主に忠誠を尽くした人々を天の故郷に連れて行かれる。贖われた人々が天の宮殿に受け入れられ、歓喜の声が高く空中に満ちる時、救われた聖徒の前に、感激的な光景が広がるだろう。それは、イエス様とアダムが再会する場面だ。 

 「アダムよ、アダムよ!」 

ああ、神様が、「あなたはどこにいるのか」(創世記3章9節)と彼を呼ばれた時から、こうして光輝の中で、再び彼の名を呼ぶようになるまで、神様がどれだけ忍耐して、待ち続けてこられたことか。