ひまわりさんより(2月28日)
今日読んだ日課の言葉に、「憎しみに対して愛で報いるのは神の聖霊だけである。感謝の気持ちのない者や悪しき者に親切をつくし、何もあてにしないで善をなすこと――これが天の王家の紋章であり・・・」とありました。ここを読んですごい言葉だなーと思っていたら、早速そのような場面に遭いました。感謝がなくて不平しか言わない、何かあるとすぐこちらのせいにする人の所へ訪問することになったのです。一瞬、戸惑いましたが、そういえば、王家の紋章は、「感謝のない者に親切をつくすことだったなー」と思い、気を取り直して、「王家の紋章、王家の紋章」と言いながら、「イエス様の動機と希望をお与えください」と祈って、平安のうちに出かけることができました。実際に行ってみると、いろいろなことがあり、1時間の予定が2時間になったりして、かなりダメージを受けてしまいました。「王家の紋章」は祈っていれば手に入るのではなく、このような訓練を通して身につけていくのだと思いました。
日曜休業令の切迫24 回勅の意味 2
④56ページで、教会は社会のあらゆる分野に影響力を発揮しなければならないと、法王は述べている。神は、公共の領域、とりわけその文化的、社会的、経済的、さらにその政治的範囲に関して場を占めなければならないから、というわけである
⑤3章において、新しい世界規模の政治権力は、政府が富を再配分するために、釈迦氏主義的政策を制定するであろうと、法王は述べている。またそこでは、労働組合が決定的役割を果たすことになるであろうとも述べている。
これも衝撃的ではないでしょうか。
⑥7ページで、この回勅は、「神の普遍都市」を建設するための人類家族の目標」に到達する手助けとなる者であると、法王ベネディクト16世は述べている。( 注:アウグスチヌスは『神の都』という本を書き、その中で、ローマ・カトリック教会による世界的神政支配をうたっており、以来それが、ローマ教会の目標になっている )
⑦9ページで、法王は、「いかなるやり方でも国政に干渉すべきでない」と主張しながら、『自由』という言葉を再定義し、それはローマ教会の霊的価値観によって形づくられた法律(律法)に世界が従う時に実現するものであると述べている。法王によると《ローマ》教会が諸国家に感化を及ぼして、自らの「真理」観を他者に強要するときに、民衆は『自由』になるというのである。「この真理の使命は、教会が決して放棄することのないものである」
宮沢賢治考
『雨ニモマケズ』には、実はモデルではないかと言われる人物がいる。岩手のトルストイとも言われた無教会派のクリスチャン斉藤宗次郎である。彼はお寺の子として生まれたが、師範学校在学中に内村鑑三の本を読んで感激し、信仰へ入り、内村を生涯の師としたのである。小学校の教師となった宗次郎は、赴任先で宗教を語ったということで転勤させられ、次の学校では休職を命じられ、教職を離れざるをえなくなった。明治30年代の岩手・花巻では、キリスト教に対する無理解、反発は大きく、人から石を投げられたり、刀でおどされたりしたこともあったという。また、長女愛子は、「ヤソの子」としていじめられ、8歳の時に級友の男の子に腹を蹴られたことが原因で亡くなってしまった。重なる悲しみにも負けず、新聞店を営むようになった宗次郎は、雨の日も、風の日も、新聞配達をしながら人々にキリストの福音を説いたのである。大正時代になると、新聞の集金を理由に、以前からの知り合いで、花巻農学校の教師となっていた宮沢賢治と、ベートーベンや、モーツアルトの音楽について、信仰について語りあっていた。大正14年2月の日記には、農学校の校長が、「近頃は寒気が厳しいから朝早く働くのはつらいでしょう」と聞いたのに対して、「目を覚ましたらまず、新生の喜びを感じ、希望と感謝をもって進むのです」と答え、居並ぶ校長、賢治ほかの先生たちと大笑いしたと書き記している。信仰のゆえに、いっさいを失ってもなお、人々に豊かな心を与え続けた宗次郎は、まさに賢治があこがれた「デクノボー」であったのかもしれない。