「被害者」至上主義。
「被害者」最強。
「被害者」ポジションを取る加害者。
上司にちょっと厳しく指導された部下が「鬱になりました」って言って病院の診断書を示す(いろんな「病名」が付く)。
そしたら上司はもう何も言えない。そんな、被害者最強の時代。
その「被害者至上主義」の誤謬を明らかにしたのが、林智裕さんの『「やさしさ」の免罪符 暴走する被害者意識と「社会正義」』。
被害者⇔加害者という二項対立に逃げるのはいけない。
「被害者ぶる」加害者、過失の多い被害者もいる。
この記事 こちら の最後にも書いていましたが、二項対立ではなくて、真ん中。右でも左でもない、真ん中。中間。妥協。
いわゆるジャーナリズムが取る中立的な位置。そこを保持したい。
そのためには、、、
私が思うのは、「レッテル貼り」をしないこと。
カルト、マインド・コントロール、ズブズブ、、、 これみんな、レッテル貼り。対立を煽る。定義ない言葉でレッテル貼りをするのはよくない。
だから私も、家庭連合に反対する人々を「左翼」「サヨク」「共産主義者」「唯物論者」とレッテル貼りをしたことはない。
「無神論者」の思考はどうなんだ、、、的に批判したことはあるけど、あれはレッテル貼りではない。問題提起と思考実験のつもり。
って考えると、Twitterでは140文字に縛られる人がほとんどだから、どうしても説明不足のレッテル貼りに堕しかねない。危険だ。
Twitterは、頒布性はあるけど、ともすれば言葉足らずでレッテル貼りの印象批判になる。
この危険性は改めて強く認識したい。