LOHASな感じ!

日頃、仕事やプライベートで感じた事をLOHASな感覚で書いています。

食卓の風景

2006-08-24 | lohas的情景
22日の朝日新聞生活欄に「会話乏しい食卓の風景」という見出しがあった。
そこには、家族で朝ごはんを食べているいつもの様子を 小学生に描いてもらった絵が数点載っていた。
テレビがドンと大きく描かれており、人物を円と一本線だけの記号のように表現されていた。
いま、そういった絵を描く小学生が増えているそうだ。

食卓でのコミュニケーションが少なく、楽しく話したことを思い出せないために、絵の中の家族の表情や存在感が乏しく、人物が「マーク」になってしまったのではないか?
という専門家の意見があった。

コミュニケーションが苦手な若者を生み出す原因の一つは、食卓の機能の低下とも言われているそうだ。

うーん。家族がマークで描かれててしまうとは...?
なんとも言えないなぁ。

果たして我が家ではどうか?
確かに、日頃より食卓でのコミュニケーションは、なかなか取れていないような気がする。
特に、朝食時などはまさにそうだ。
いろんな意味で余裕が無いのかなぁ。
そう言えば、以前家族で約束した食事中のTVは禁止ということも守られていないよなぁ。

よーし...。

マリアージュ フレール

2006-08-20 | 男の料理
たまにはシングルモルトのスコッチでも買ってみようと思い、ある洋酒専門店に入った。

スコッチについては、それなりに勉強していたので、陳列棚の下に添え書きしてあるコメントが多少なりとも理解できた。
しかし、こう何種類もあると実に迷うものである。
何が良いのかと思いを廻らせていて、一向に決まらない。
確かに、何が良いのかという自分自身の基準もないのだが。

何気なしに、店の奥へ進むと紅茶コーナーがあった。
FAUCHONぐらいは知っていたが、何やら初めて聞く銘柄が多数置いてあった。

その中でも、希少かつ人気NO.1とあったのが、マリアージュフレールのマルコポーロという銘柄だった。
店を出てくるときには、スコッチではなく、そのマリアージュフレールを手にしていた。

さっそく自宅でその紅茶を入れてもらった。
何やら甘い香りと微妙なフルーツ系の味わい...。
うーん。??
今までの感覚とは確かに違う。
どう表現したらよいものか?

その紅茶、その後も暫く気になっていた。
図書館で「紅茶事典」なるものを借りてきた。
紅茶のブランドもこんなにあるのかと感じながらも、マリアージュフレールを探していた。
なんと在るではないか。150年の歴史を誇るフランス流紅茶専門店だった。

紅茶のブランドは、トワイニング・リプトンを始め60社ほどのブランドが掲載されていた。
リプトンの紅茶は、我々庶民的というイメージがあるが、なんと1907年に初めて日本に輸入された紅茶だそうだ。
そう言えば、日東紅茶などもあったなと思い、ページをめくると、意外にも世界的に有名なブランドとして掲載されていた。

紅茶事典には、その他、紅茶の歴史や茶器など様々なことが書かれていた。
しかし、何事も本当に奥が深いものである。




戦争の惨禍

2006-08-14 | その他
読売新聞13日の朝刊に、「戦争の惨禍」と題し様々な検証記事が載っていた。
その中でも、インパール作戦に関する記述は感慨深いものがあった。

終戦間際、南方の戦地で玉砕が相次いだ。
太平洋の孤島で孤立する守備隊に対し、大本営は増援せず、撤退は認めず、降伏も許さないという態度を終戦まで変えようとしなかった。
そして、この無責任と人命軽視の象徴がインパール作戦だった。

戦闘に参加した10万人の兵士のうち、7万2500人が死傷した作戦の悲惨さと異常さは、
「第一線は撃つに弾なく、今や豪雨と泥ねいの中に、疾病と飢餓のために戦闘力を失うに至れり。
軍と牟田口の無能なり」
と、山内正文第十五師団長が発した電文に尽くされている。
部下の反論に耳を傾けず、執拗に作戦の実施を迫った牟田口司令官の責任は重いが、これを抑止しなかったビルマ方面軍司令官河辺正三、作戦を許可した南方軍や大本営も問題が多い。

と記されていた。

インパール作戦については、あるお客様から聞いて知っていた。
そのお客様は、実際にインパール作戦に参加し、戦後、自費出版した「少尉の手記」の中で、インパール作戦を取り上げていた。

著書の冒頭
「多くの人々に会い、別れ、
そして二度と会うことがなかった。」と始まる少尉の手記。
インパール退却時、蛆の湧いた餓死者の白骨遺体が横たわる有様を「白骨街道」と呼んでいたらしい。

もう、そのお客様もこの世にはいない。


納豆を食す

2006-08-05 | 男の料理
小生、どうにもやって見ないと気がすまない性分である。
魯山人気分でついにやって見た。
そう、納豆を徹底的に混ぜてみたのだ。

勿論、タレは程よく混ぜた後からだ。
さらに混ぜ続ける。

うーん、納豆がクリーミィな感じになって来た。
妻が脇で何をやっているの?と言わんばかりの視線を投げ掛けている。
小生そんな事には構っていられない。
こっちは真剣なのだ。

これが魯山人が推奨する納豆の食べ方かと思うと感慨深い。

まあ、途中箸は折れはしまいかと要らぬ心配はしてしまったが...。

さっそく食する事にした。
しばらく時間がたってしまったような気がするが?

しかし、魯山人、流石である。
是非一度お試しあれ!