今日こんなことが

山根一郎の極私的近況・雑感です。職場と実家以外はたいていソロ活です。

夢の中で想像したら

2022年09月30日 | 心理学

夢は、(私の「心の多重過程モデル」によると)システム2のイメージ表象能力の自律活動である。

今朝見た夢で、学生時代の友人と車でドライブ中、ある名所(実在しない)に達した時、道が以前訪れた時(という夢の中での記憶)と状態(道幅や舗装状態)が異なっている事に、困惑した。
※:夢には夢固有の記憶の世界があるのかもしれない。もしかしたら一つ前の夢(この夢によって記憶が上書きされた)の内容かも。

それでもその名所に達し、次に駐車スペースを探して、周囲を走行した。
その名所自体も様変わりしていて、以前とは違う状態だと思った(荘厳な雰囲気は変わらず、深い色彩に満ちていた)。

その途端、風景がその以前の状態に様変わりした。

そうなると駐車スペースも違う場所になり、さらに車の走行が続き、
この変化を幾度か繰り返し、車を止められないまま、夢から覚めた。

目覚めて実感したことは、夢の中でイメージ表象とすると、それが夢の情景として”実現”したということ。

イメージ表象(夢の中の記憶象の再生)が夢の中で世界化※する現象を目の当たりにしたのは初めてだ。
※:渡辺恒夫『人はなぜ、夢を見るのか』(化学同人)による。世界=自己の外界。

夢での風景の変転の様相が一般的に覚醒時と異なって、急激(非線形的)なのも、このようにイメージ表象が”世界”化するためかもしれない。
すなわち夢の中での”想像”も夢の”世界”も、ともにイメージ表象という同じ心理作業であるために、想像の世界化がたやすく実現するということか。

ただし、事はそう単純ではなく、この夢でも最初の道の状態については、以前の道は世界化しなかった。
それに、私がよく見る夢(回帰夢)で、使用したいトイレ(大用)を求めて、トイレがずらりと並んだ施設内を探し回るのだが、その時は使用したいトイレはまったく明確にイメージ表象していないためか、世界化してくれず、結局毎回、求めたトイレを見つけられずに、現状のトイレで妥協する結果で終る。

夢自体がシステム2のイメージ表象能力に依るものだが、夢の中でのイメージ表象が世界化する場合もあれば、しない場合もあることになる。
しかもそれを(夢を見る側の)自我は制御できない。

このシステム2(≒意識)における非自我部分(夢を見させる側)の正体を探っていきたい
※:今までシステム2を自我機能中心に説明してきたが、自我は心どころか、自らが属するシステム2の主人でもないようだ。
この非自我部分は、フロイトが”無意識”とした部分だが、自我主導の”意識”よりも発生的に原始的な心(無意識)はシステム1(動物と共通)であり、システム1にはこのような高度な創造(物語化)能力はない。
すなわち、意識/無意識の古典的2元論は単純すぎるのだ(意識以外の心の部分は複数存在する。ユングはこの方向性に進んだが、2元論からは脱せなかった)。
むしろこの部分の物語化能力が、自我の思考を背後から制御している可能性がある。


早稲田大学の博物館に行く

2022年09月24日 | 東京周辺

最近嵌(は)まっている”郷土博物館巡り”のバリエーションとして、大学の博物館も選択肢に入れたい。
特に東京都内は大学がひしめいているので、こうすると訪問先がぐっと増える。

大学の施設として一般公開している博物館は、大学が休みの休日(日曜)も開館し、さらに入館料も無料というのも嬉しい。

もちろん、このような博物館を運営できるのは、経営的にも学術レベル的にもハイレベルの大学に限られ、同業者として羨ましい限りだが(わが勤務先の大学にも自校の歴史館はある)、社会における知的情報の集積地であり発信地でもあるべき大学の事業の一環として可能な限り実現してほしいものだ。

その最初の訪問先になったのは、私学の雄・早稲田大学。
ここの会津八一記念博物館で、「下総龍角寺展」をやってるのを近所の区立図書館で知って、その寺の白鳳時代の薬師如来(重文)が展示されているということで、ぜひ見たいと思った。

早稲田大学へはわが家から都バス一本で行ける。
台風くずれの低気圧影響下なのでキャンパスも空いているだろうと思ったが、大学は秋期の入学式当日で、入学生は春よりはぐっと少ないはずながら、それなりに真新しいスーツ姿の新入生がかたまっている。
あと外国人留学生の姿も目に付く。
わが勤務先やその周辺の中規模大学と異なり、キャンパスは出入り自由で、私のような明らかに部外者風情でも誰に咎められることなく、校内を歩き回れる。

さて、建物自体に風格がある会津八一記念博物館に入ると、専門の職員が受付けばかりか、展示室ごとに配属されており、数カ国語の案内パンフレットも用意されている。
さらに、今回の特別展の図録まで販売されている。
実に本物の博物館と遜色ない。

次に、大隈記念タワーという高層ビルの10階に上がって、考古学・民族資料常設展示も見学する。
吉村作治元教授で有名な古代エジプトの資料のほか、この大学の野球場跡地で発掘された考古学資料も展示してある。

最後に、これまた風格がある1号館の早稲田大学歴史館(写真)に入る。
ここは大学の歴史についての展示で、早稲田大学を作った大隈重信(総理経験者)の葬儀は、国民からの支持を得ての国民葬だったという。
それと大学出身者の総理経験者の一覧には、まさに現岸田総理も名を連ねている。

この歴史館にはミュージアムショップ(早稲田グッズの販売)もあってやはり専属の職員がいる。
かように大学の博物館は、それなりの人件費もかかっているわけで、それでも運営できる財力に感心してしまう。

実は、私はこの大学にほんの短期間、学生として通ったことがある(自宅から都バス一本)。
あの会津八一記念博物館は、昔は図書館だったと記憶している。
大隈記念タワーの高層ビルになる前は学生会館で、サークルの部室がひしめいていた(私は短期間ながらその部室に通っていた)。
その時から風格のある1号館の瓦屋根は、校歌にある「聳ゆる甍(いらか)は、われらが母校」のイメージぴったりだった。

でも上のような感想を抱く私は、母校ではなく他校としての存在感に圧倒されたことになる。


易の心理学4:易が当たる本当の理由

2022年09月21日 | 心理学

易の原理についての心理学的説明は、ユングによるものが唯一であった。
なので易についてユングの「集合的無意識」、「共時性」、「元型」などの概念を使って理解されていたのは前述した通り。

では、これで「易の心理学」を終えていいのだろうか。
心理学に期待した説明として、ユングでいいのだろうか。

なぜなら、ユング心理学って、正統(アカデミック)な心理学においては、フロイト理論以上に、怪しげで、オカルト的とすら思われているから(ユング自体が心理学より占いに近い?)。

私自身、ユングは好きだが、彼の心理学理論を信じているわけではない。
私が彼の理論を扱うとすれば、学術的視点ではなく、あくまで面白半分によるものである。

なので、易が「中(あ)る」説明としても、共時性・集合的無意識などの概念を使わず、スピリチュアル臭を一切排除して、科学的心理学の視点で考えてみたい。
※:易では、当たることを「中」と記す。

昨年末の「冬至の年噬」で、私は2022年を占った。
すると「天水訟」の卦が出たので、2022年は「争いが起きる」と理解した。
果たして、2022年2月、ロシアがウクライナに侵攻し、その争いは今でも続いている。

これを「中たり」としてよいか。
当人はそうしたい気持ちで、やっぱり易はすごい!と思いたくなる。

易占を含めて、占い一般が当たったかどうか、どう判断するのか。
前回の説明にあったように、占いの宣託、例えば易経の記述は、メタファーとして解釈すべきものである。
易経の記述をメタファーとして理解するには、占的としている事象から、そのメタファーが当てはまるものを探してこなくてはならない。
すなわち、易占が中っているものを、占的の中からあえて探して当てはめる、というのが「解釈」なのである。
メタファーであるため、解釈の自由度が高く、大抵当てはまるものが見つかる。

つまり、「中たる」のではなく、メタファーを都合よく解釈して1対1対応にもっていって「中てる」のだ。

なので、ロシアのウクライナ侵攻がなくても、別の身辺の争いごとを探して、「ほら中たった」と言うことは大いに可能だ。

このメタファーの効果を、心理学の中から探せば、血液型性格論が流行している理由の説明に使われている「バーナム効果」に近い。
すなわち多義的に解釈できる言明(どの血液型の人間にも当てはまる内容)をすれば、人は「中たった」と思う。

ただ血液型は4通りしかないが、易は大成卦が64通りある。
当たる確率からして易の方が断然不利だ。
なのに易がその力を失わないのは、易経が優れているためだ。
すなわち64通りのどの結果であっても、生き方の指針として間違っていないので、結果的に「中たる」ことになる。
だから、昔の私がそうであったように、易占をせずとも易経を読むだけで生き方の指針を得た(易経は儒教経典”五経”の筆頭に挙げられているが、儒者は筮竹さばきの習得まで求められてはいない)。
すなわち、卦の数が多くても、そのいずれもがそれなりに効果がある内容という点が易固有のアドバンテージといえる。

なら易占は不要か。
以前、室内での失せ物が一向に見つからず、もう自分で探す場所がわからないので、易占に頼ったことがあった。
出た卦は「雷沢帰妹」で、今までのやり方を変えろと言うメッセージ。
それを受けて、頭を切り替えて、今まで探さなかった場所を探したら、すぐに失せ物が見つかった。

占いは、自分とは独立して別個の判断をしてくれる貴重な他者なのだ(ただし六曜のように機械的な判断しかできないものは不要)。

もっとも、荀子が「よく易をおさむる者は占わず」と述べたように、易経が頭に入っていれば、今どの卦の状態かがおのずと判り、あえて占筮する必要もなくなる。

以上、共時性も集合的無意識も使わずに、バーナム効果というアカデミックな心理学概念だけを使って説明してみた。
これで易の実際が説明できたなら、「共時性」をもってくる必要はない。


アクセルが踏まれたままとなる理由

2022年09月20日 | 防災・安全

11歳の子供が運転するゴーカートが暴走して、2歳の幼児が死亡した。
またしてもさまざまなミスによる(避ける事のできた)悲惨な事故だ。

きっちり事故原因を突き止めて2度とこういう事故を起こさないようにしたい。

まず、なぜアクセルが踏まれたままになったのか。
もちろん運転が未熟なため、ブレーキのつもりという操作ミスも考えられる。

だが、それ以上にありうるのは、直線でスピードを出したはいいものの、恐怖心が発生したかもしれないこと。
恐怖は、半ば本能的な反応(システム1)で対処するよう遺伝的にインプットされている。

恐怖という交感神経の興奮は「闘争か逃走か」という選択肢状態になるのだが、この正反対のベクトルの力が等しいと変な均衡点が実現する。
フリーズ(硬直)するのだ。
すなわちアクセルペダルを踏んだ足が硬直して離れなくなる。
「ブレーキとアクセルを踏み違えた」というよくある弁解も、本当はこの現象だったかもしれない。

すなわち管理者は、幼い運転手がこのようなパニック状態になることも充分想定した安全管理が必要。

そしてもう一つ。
車が最も速度が出る直線コースの延長上に、人は立ってはならない。
絶対にだ。
走る車は横または後ろから見るように。

主催者側は、本来なすべき対策を怠った、業務上過失致死に相当する。


易の心理学3:易は元型システム

2022年09月20日 | 心理学

占筮をして卦を得たら、『易経』を開いて、その卦に対応する箇所の説明(卦辞と爻辞)とその注釈(彖伝、象伝)を読む。

ただし、例えば「乾為天」の卦(6爻とも陽)の爻辞には竜がどうしたこうしたと書いてある。
別に竜について占ったわけではないのに…。
これをどう捉えればいいか。
これが今回のテーマ。

さて、前回のユング理論の「集合的無意識」(サイコイドを含む)の話の続きから始める。
ユングによれば、集合的無意識を構成しているのは、具体的事物の”本質”であるという。
それは事物を理解する枠組みであり、意識が未発達だった古代人は、集合的無意識によって事象を理解したようだ→意識は3000年前に誕生した?
この集合的無意識を構成するそれをユングは「元型」(アーキタイプ)と命名した。

元型は、意識においては特定のイメージとして表象される(ただし意識はその正体を知らない)。
古代人がよくイメージした元型としては、シャドウ(生きられなかったもう別の自己。自己の暗黒面)アニマ/アニムス(自己と統合されるべき内なる異性。男性内の女性がアニマ、女性内の男性がアニムス)老賢者(内なる知恵)グレートマザー(母なるもの:生産と保護、束縛と捕食)などがあり、これら元型は各地の神話の登場人物としてイメージされ、物語化されている(現代の神話「スターウォーズ」においても)。

そして易を「事物の本質を象徴的に呈示する元型イメージによってのみ構成されたシステム」であると言ったのは思想家(ユング心理学者ではない)の井筒俊彦である。
井筒によれば、八卦という状態の基本型はまさに元型であり、64卦は元型の組み合わせということになる。

集合的無意識は(意識のような)言語を持たず、シンボル(象徴)とそのイメージで構成される。
シンボルとは元型のメタファー(隠喩:比喩と明示せずに言い換える)として可視化されたものである。

なんと、易はユングに言われずとも、自らのシステムをシンボルとイメージからなっていることを表白している。
すなわち「易とは象(しょう)なり。象とは像なり」(繋辞下伝)と。

象はシンボルであり、像はイメージである(三浦)。
なので「易はとシンボルであり、シンボルとはイメージだ」と言っていることになる。

易における象(シンボル)は、陰陽の組み合わせ、すなわち卦(=元型)をいう。
そして像(イメージ)は、象(卦)の具体的な形象をいう。
例えば、「乾為天」という象(シンボル)においては、竜が像(イメージ)となっている。
※:実は竜は元々は天(乾)の気のイメージである。鯉が天に上がったのが竜である。

易占は、偶然に出た卦(象)と、占的となる偶然の事象との間に”意味ある一致(共時性)”を得たものである。

ということは、卦として説明されている象および像は、占的となる事象のメタファー、すなわち卦と占的の二つの偶然の一致する部分(共通性)の表現である。

ということなので、「乾為天」と出たら、そこで言われている”竜”は、占的(占いの対象)の何をイメージしたものかを読み解かなくてはならない(当然、竜が意味するものは個々の占的によって異なる)。
それが占者の仕事であり、能力を要する部分だ。

実用的に言えば、そのためには筮前の審事の段階で占的についての情報を幅広く収集しておいた方がよい。
また像が暗示するものを柔軟にとらえる連想力(一見無関係のものの間に共通点を見出す能力)が必要である。

ユング系の心理学者である定方は、占者は易の啓示を読み解くシャーマンとしての役割であるという。
ただ、そのための特別な修行は必要ないというが、私から見れば、自分のサイコイド(内気)による(外気との)共時性を引き出すパワーは必要と思えるので、占者の内気のパワーアップはやっておいて損はないと思っている→サイキック・パワー講座1

参考文献
三浦國雄 『易経』 東洋書院(易学研究側からユング理論を評価、また「易の元型イマージュ」(井筒俊彦)所収 )
定方昭夫 『「易」心理学入門—易・ユング・共時性—』 たにぐち書店

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易の心理学2:ユングの共時性

2022年09月19日 | 心理学

一般的に心理学と占い(易を含む)は水と油の関係だが、易と真剣に関わった心理学者がいる。
C.G.ユングである。

彼は生物学主義のフロイトと違って、ヨーロッパ伝統の”人文主義者”を彷彿とさせるほど歴史文化的知識が広く、さらに東洋思想にまで接近した。

その流れで、R.ヴィルヘルムによる欧州最初の易経翻訳本の序文をユングが担当し、そこにおいて易の原理を彼の心理学理論で説明した(ユング 『東洋的瞑想の心理学』(創元社)所収)。

言い換えれば、3000年の易の歴史において、著名な心理学者が易の原理を理論的に説明した唯一の例である。

そもそも、ユングがフロイトから継承した深層心理学のキーワードである「リビドー」について、ユングはフロイトの汎性欲主義を容認できず、より幅の広い、生命エネルギー的なものとみなした。
人の心の奥底にある生命エネルギーという発想は”気”そのものである(気の方がより心身一元論的)。
以上からも、ユングが気の思想に接近するのは当然といえる。

ただし鍼灸や漢方と違って、易が扱う”気”は内気(生命エネルギー)ではなく、外気である。
すなわちリビドーで説明できるものではない。

そもそも、易が3000年もの命脈を保っているのは(古代の他の卜占などはとうに廃れた)、それが占いとしての価値が色あせなかったからである。
要は当たるからだ。

なぜ易が当たるのか、それは易に携わる人たち、あるいは易を思想的に論じる儒者や道家にとっても、易の神(しん)※のなせる業としか言いようがなかった。
※:特定の人格神ではなく、易の神秘的な力そのもの。
易の卦の解釈は、鍼灸や漢方あるいは手相・顔相のように経験的な蓄積(帰納法的)によるものではなく、あくまで理論的(演繹法的)な説明でしかない。
何より、筮竹を手で分けた数の偶然によって卦が決まる。

そもそも、占いには、人の在り方は生まれた時から決まっているという宿命論と、偶然に作用されるという運命論とがある。
前者には星座(誕生月日)や手相などがあり、後者には易やタロット(オラクル)などがある。

宿命論は、人の運命を既定のものとみなし、運命論は、偶然に左右されるので、その時に見ないとわからないとする。

宿命については仮に星座や手相でわかるとしても、偶然の作用はどうやって知ればいいのか。

偶然は、通常の知性(確率論)にとってはランダムな事象なので、予測不能である。
人知を超えたレベルで接近するしかない。
人知(意識)を超えたレベルとは、ユングにとってはまずは個人的無意識。
だがそこは意識が抑圧した掃き溜めの場で、ドロドロした感情こそあれ、意識以上の知は存在しない。
個人的無意識のさらに深層にあるとユングが主張しているのは集合的無意識

集合的無意識は、個人を超えた共同的無意識の世界で、時空を超えた人類に普遍的な心の部分であるという。

個人を超えた心という点で、集合的無意識はトランスパーソナル心理学の理論モデルに取り入れられる(トランスパーソナル心理学を構想したのはマズローだが、理論に貢献しているのはユング)。

通常は集合的無意識が最深層として紹介されているが、ユングは晩年において、集合的無意識の奥に類心的レベル(サイコイド)というレベルを追加したという(プロゴフ『ユングと共時性』)。
そこは身心のみならず心と物質が未分化な状態だという。
中国の”気”はまさにこのレベルの現象で、気は身心一元どころか、世界を構成する宇宙エネルギーである。

人知を超えたもの(力)はここに存在しうる。
精神分析(深層心理学)の常として、人は自分の無意識に存在するものを内部に認めずに外に投影するという。
その力が外なるものに投影されて、例えば神(しん)、道(タオ)と概念化される。

サイコイドは、外界の物質世界とも関係するので、偶然の一致を引き合わせる共時性(シンクロ二シティ)は、このレベルの力において実現する。

すなわち運命という偶然は、占筮(筮竹を割って占う)という偶然によって(のみ)知ることができる。

これがユングだけが説明できる”易の原理”だ。

なので、私は占筮するとき、筮竹を右手で割る(卦が決まる)瞬間は、意識を無にして、無意識に任せることにしている
※:朱子は占筮する時の神に問うセリフ(問法)を制定したが、自己の無意識に向かってあえて問うことは不要といえる。

では、出た卦をどう解釈するのか。
易経に記されていることをどう読むか。
ユングによる易経の解釈は次の話で。


易の心理学1:易とは

2022年09月18日 | 心理学

我が勤務先の大学に「易学研究会」というクラブがある。
易学だけでなく、タロットを含めた「占い」を習得し、自校の大学祭だけでなく、他校にも出張して活動している。

私はそのクラブの2代目の顧問を担当しているのだが、このクラブを作った先代の顧問によると、このクラブは学部内の心理学教員からはすこぶる評判が悪かったという。

心理学側に立てば、科学を目指す心理学にとって、非科学的な占いは、近づきたくない相手である。
というのも、町の図書館では、図書分類の順番によって、心理学関係の本の隣に占いの本が並んでいるから。
心理学にとっては、占いと同一視されることは甚だ迷惑である。

ところが、その心理学者の一人である私は、占いには関心なかったが、岩波文庫の『易経』(上下二巻)を好んで読んでいて、易占をせずとも、易経から得るものを感じていた。
そういうこともあって、先代の顧問が退職する折、学部内で唯一「易」に肯定的な私が次の顧問を頼まれた。

実はちょうどその頃、私自身の心理学において「心の多重過程モデル」を構築していくうち、最高次の過程として、自我を超越したトランスパーソナルの領域が射程に入り、私は自分の心理学の方向として、易に接近しようとしていた(易がトランスパーソナルと繋がる話は後日)。

こういう”意味ある偶然の一致”(シンクロニシティ)こそ、運命のなせる技である。

ここでは表題通り、易を心理学的に解読したいのだが、その前に準備として、易そのものを説明しておく。

(えき)は、伝説によれば中国の古代王朝ごとに成立し、現存しているのは周の時代に整備された「周易」である(夏王朝の連山、殷王朝の帰蔵という易は伝わらず)。
それによれば周易(以後、易)は3000年前に成立したわけで、仏教や儒教よりも古い。
仏教を興したインドの釈迦は「諸行無常」を唱えたが、その500年前に、すでに易は世の中が固定ではなく変化することは前提としていて、問題はどう変化するかだ、ということで、その変化の様態をパターン化したのである(易経の英訳名は「Book of changes」(変化の書))。

周を理想とする孔子はもちろん易に親しんだという(易の注釈「十翼」を著したというのは伝説)。

易は、この世(宇宙)を構成する陰陽の2気(その起源は太極)の関係状態を見出し、その状態によって世の事象の動向を占うものである。
※:宇宙を構成する4つの力の1つである電磁気力のプラスとマイナス、 NとSは陰陽2気の現れといえる。
宇宙開闢という最初の現象(ビッグバンに相当)である陰・陽の2気(1ビット=2の1乗)の誕生(両儀)は、太極(元宇宙)が相反する性質に分化したのもので、陰陽は性質的には対立しながら、循環し和合する性向をもつ☯。
さらにその両儀が重層化、すなわちビット数を増やして複雑化し、四象(2ビット=2の2乗)を経て、八卦(3ビット=2の3乗)となって、事象の基本状態となる。
さらに八卦(か)が上下に重なった大成卦(6ビット=2の6乗)の64卦で、世の事象の変化状態を隈なく説明できるという(各卦の6爻位を含めると64×6=384状態)。
このようにデジタル・コンピュータと同じ原理によるこの世の変動理論が3000年前に成立したのである。
この易こそ中国思想の根源で、むしろここから儒教や道教が分化したともいえる。

易はその後、漢の時代に数合わせや五行思想と融合し、表面的な神秘化という通俗化(おみくじ化)が進んだが(この系譜は今でも続いている)、三国時代(魏)に王弼(おうひつ)が出て、漢易を批判し、易経を深く読んで、生き方として易を解釈する義理易を打ち立てた(この義理易は宋代の朱子に受け継がれる)。
日本でも、易を政治や生き方の指針とする人たちが輩出するのは、この義理易の系譜であり、私も当然、義理易に立つ(以後、説明は義理易に準拠)。

易の基本的態度を紹介する。
●「楽天知命」(天を楽しみ、命を知る。故に憂えず)
まず聞いたことある企業名を連想するが、実際企業名を易経から採用する所は他にもある(資生堂)。
運命を受容し、それに悩まず、与えられた状況でベストを尽くすにはどうしたらいいかを考えればよい。

●一陰一陽これを道と謂う。これを継ぐものは善なり。これを成すものは性なり。
※:道教の道(タオ)と理解してよい
陰陽の気が循環し合う道(卦)を知り、それに則ることが善であり、それを実現できる能力を人はもっている(易にとって善とは、不自然な作意ではなく、宇宙法則(道)に合致した自然なものである)。

●運は固定ではなく、変化する(同じ運は続かない)。その変化のタイミングを見極めることが大切。

●陰陽のバランスが最適。
・陰/陽の極端は良くない。
 陽に乗じて突き進むと、思わぬ落とし穴にはまる。
 陰に屈して何もしないと、運気が変わっても何もできない。
・陰陽相反するものを内包しておく(たいていの卦は陰陽どちらも含む)。
 言い換えれば、葛藤・矛盾があるのが本来的状態(存在は論理とは異なる)。
 どちらの変化にも対応できる。
・人間の内気(ないき)も陰陽のバランスが健康の素(覚醒と睡眠、運動と休息、交感神経と副交感神経、動脈と静脈)。
・そして易の思想態度においても儒教(陽)と道教(陰)のバランスを保ちたい。
 堂々と自分の意思を貫く陽徳と、自分を抑えて他者に譲る陰徳のバランス(易の徳)が必要である。


健康診断というプレッシャー

2022年09月17日 | 健康

※:9月17日は台風の特異日です。今年はやや日がずれますが、25−26日も特異日です。台風が接近する地域は暴風・大雨・高波にお気をつけください、

昨日(16日)、職場の健康診断を受けた。

健康診断で悪い結果が出ると、それなりの指導を受けなくてはならないので、数日前から怠りなく準備する(そういう作為はしない方がよいというご指摘を受けそうだが、たかが数日の作為で正常値になれば、それは慢性化していない、コントロール可能な状態といえる)。

まずは体重を増やさないため、食事を軽くし、運動を多めにする。

そして二日前から酒を断つ。
γ GTPの値が高いと、禁酒を迫られる恐れがあるから。

実はこれが一番のプレッシャー(ストレス)。

私は”この世”には小さい時からずっと違和感があったのだが、酒と出会うことでなんとかこの世で幸福感を感じることができている(日々の生活で実現できる些細な幸福こそ大事)。

というわけで、1年のうち363日は休肝日など設けずに連日酒を嗜むのだが、健康診断前の2日間だけは、晩酌の発泡酒も寝酒の焼酎も断つ。

最近は、嬉しいことにノンアルコールの発泡酒の味がいいので、晩酌気分だけは味わうことができる。

ただ寝酒は、つまみと映画がセットなので、寝酒を断つとつまみ(実はスナック菓子)も摂らないので、体重管理的にはむしろ好都合。
寝る前の飲酒と摂食は消化器系だけでなく口内環境にも良くないことはわかっているが、定期的な歯科検診では問題ないという結果。

寝酒を飲まないとつまみも食べないので、映画も見ない(映画はポップコーンを食べながら見たいタイプ)。

眠気を誘うのにアルコールの力を使わないとすれば(これが寝酒の目的)、別の方法を取るしかない。
読書だ。
しかも難しい本ほどよい(下手な、いや上手い小説だとかえって熱中してしまう)。
ということは、寝酒さえやめれば、消化器系と口内環境が改善され(身体に良く)、さらに勉強の読書も進むという、客観的には理想的な状態になる(ことはわかっている)。

実際、この二日間、確かに読書は進んだ(体重も減った)。
だが、1日中、すべきことだけをやって、最後に寝るだけ、という生活のなんと虚しいことか。
ワクワクとまではいかなくても、ホッとする楽しみ※、頭(精神的ストレッサー)を空っぽにできる楽しみがないまま1日を終わることのつまらなさは如何ともしがたい。
※:湯船に入った瞬間の心地よさに通じる快。

心身にとって嬉しいことって、心身にとって良くない場合が多い。
これが人間の業(ごう)だ。
その業をくまなく排除する潔癖さは、心身に苦行を強いるため、かえって害することなるかもしれない。
良くないことでも、実害が発生するには至らないレベルで抑える節度さえあれば、嬉しさだけを感じる段階で済ませられそう。
その方が結局は幸せなのではないか。

欲望(渇愛)が不幸(苦)の原因だとしても、欲望は本来自然発生的なものだから、100%の禁欲は不自然で、不満状態を維持する。
渇愛の地獄にも墜ちず、かといって禁欲に自縛されない、両極端の間の中道がいいと喝破したのがお釈迦様(といっても仏教の五戒の1つ「不飲酒戒」を守れない(守る意思がない)私は、正式な仏教徒にはなれない。他の四戒は問題ないのだが…。神道なら酒は神聖なものでOK)
我々は善悪混在の常在菌と共生しているように、清濁併せ吞んでも平気(ホルミシス効果)なのが本来の健康状態といえる。

健康診断が終わって、帰京の途に新幹線に乗る。
東京に帰るときは、発泡酒とつまみを買って、窓際の席でそれを開ける。
2日間の禁酒明けだから、嬉しさも格別。
5%のアルコール飲料350mlは、ちょうどいい”ほろ酔い”状態になれる。
車窓の景色を眺めながらこの気分に浸る時の幸福感、これが酒の効用(薬理効果)だ。

この幸福な習慣を維持するために、まずは飲みすぎない節度が必要。
そして定期的な肝臓(γ GTP)の検査と歯科検診も。


国葬ではなく国葬儀というらしい

2022年09月16日 | 時事

安倍元首相の葬儀は厳密には「国葬」ではなく、「国葬儀」というものだという。

国葬なら、休日となり、天皇陛下をはじめ内外の国家元首も参列し、国全体が喪に服する。

国葬儀※はそれではないので、平日で、国家元首の参列はないので、当然外国の元首も参列しない。
平日だから、国民は普通に過ごせばよい。
※:法的に内閣の決定で問題ないという。

私自身は、安倍元首相の在任中の業績を評価しており(もちろんすべてではない)、「反アベ」では毛頭ない。

なので実際、家族葬で霊柩車が都内を巡回している映像を名古屋の地からテレビで観ている時、テレビに向かって合掌をした。
私自身はその時に心から弔意を感じ表現したので、私にとっての故安倍氏の葬儀はそれで終わった。

だから、今の”国葬(儀)”騒ぎには今更感が強く、全く興味がない。
すなわち安倍氏を支持した者であっても、今月の行事の必要性は感じない。
もし当日に弔意を示せと強制されたら、私も反発する。

今月の葬儀をメインにしたかったら、あの家族葬は真に身内だけで極秘にやって、マスコミ(国民)には非公開にすべきだった。

今の状況では、エリザベス女王の真の国葬との落差だけが目立ってしまう。

岸田首相はこの件について、(いつものように)もっと慎重に”検討”すべきだった。


聖天堂開帳の高尾山に行く

2022年09月11日 | 東京周辺

週末の名古屋の用事がなくなったので、東京宅にいて、昨日は高崎観音、そして今日の日曜は、高尾山薬王院の年に一度(9月の第2土日の2日間)の聖天堂開帳に行ける。
これに行けるのは例年スケジュール上無理だったが、今年は職場の担当割当てのおかげで在京できるので、この機を逃すわけにはいかない。

聖天堂は薬王院本堂の左横、愛染明王堂の並びにあるのだが、明王堂と違っていつもは扉が閉じてある。
象頭人身の二者が抱き合っている聖天(別名、歓喜天)は、現生利益のパワーが強いと言われているので民間でも人気だが、その割に、その形態からか、基本的にはどこでも秘仏になっている。
また安易(プラベート)に像を祀るものではない(十一面観音とのペアが必要)とも言われていて、私も仏像フィギュアとして欲しかったが、あえて蓋のあるミニチュア像にして、蓋をしたまま(秘仏状態にして)名古屋宅の仏壇に(十一面観音のフィギュアを前立ちにして)置いてある。

高尾山といえども、久しぶりの"山"で、夏前に買った山靴の慣らしも兼ねたい。
ただし霊山のご開帳に行くので、登山・ハイクというより(修験道の)”峰入り”の気持ちで、頭には白ハチマキ、手首には数珠を巻き、三鈷杵もリュックに入れる。

11時の法要後に参拝ができるというので、自宅をゆっくり発てる。
月見団子1個(昨晩のお月見の余り)とヨーグルトだけ食べて、昼食は持たずに家を出る(普通の登山では考えられない)。
新宿10時発の高尾ライナーに乗って、11時ちょっと前に高尾山口に着き、ケーブルの登り口で山に向かって合掌し、いつも通りの琵琶滝道の直登ルートを登る。
この道は高尾山で一番山らしい傾斜なので、高尾山内で登山気分に浸れる貴重なルート。

静かな樹林の中、今時、ミンミンゼミが鳴いている。
ミンミンゼミは盛夏の印象で、晩夏の名残ならヒグラシがふさわしいが、最近ヒグラシの声を聞かない。

中腹の尾根上にある「かすみ台展望台」に上がるとケーブルからの一般客が歩く1号路と合流し、ここからは登山姿が逆に違和感を与える。

薬王院に達し、本堂の参拝は軽くすませて早速聖天堂に向かうと、すでに法要が終わって、管長の法話も終わるという(グッド)タイミング。
法螺貝の行列の後に、管長が法要に参加した左右の人々に挨拶しながら去って行く(聖天堂の扁額には「和合歓喜天」とあるので、以後は歓喜天と記す)。

そして堂内の供物が、人々に分配される(皆、奥ゆかしくて、殺到しない)。
私も白饅頭(歓喜天への供物は、甘い丸菓子)を頂いた。

そして改めて、開帳された堂内に目を向けると、歓喜天そのものは厨子内に入ったままの秘仏状態で、その前立ちとして十一面観音が3体立っている(写真は開帳された聖天堂)。
確か、浅草の待乳山聖天でもご開帳(12/8)は前立ちの十一面観音だけ。

堂前で賽銭を入れ、焼香をして、三鈷杵を両親指に挟みながら歓喜天の印を結び、その真言を唱える(歓喜天の真言は堂前に掲示されている)。

ついでに、隣の愛染明王堂に行き、こちらは常時開帳されている真っ赤な愛染明王に向かって印を結び、真言を唱える(真言を覚えきれなかったので、アンチョコを持参)
私は結局、煩悩を消すことができないので、愛染明王におすがりするしかないと思っている。

これで主目的は達し、高尾山の山頂に向かう。
奥の院である不動堂で不動の印を結んで真言を唱え(普通の人は合掌でよい。私は”峰入り”行なので)、その奥の浅間(あさま)社の祠では、神仏習合、いや富士講的に「南無浅間大菩薩」と唱える。

高尾山頂では、三角点は人が踏めない神聖な雰囲気の所に設置してあり、大抵の人は「高尾山頂」と記された大きな標識の前で記念撮影をする(この措置でいい)。

天気は悪くないが、富士が雲で見えにくいのが残念(写真)。

下りは、いつもならあえて長い山道の稲荷山コースを選ぶのだが、今日はほぼ往路を戻り、登り口に降り立って山に振り返って合掌し、蕎麦屋に直行した。

東京の蕎麦の名所といえば、まずは深大寺だが、ここ高尾山口も「とろろそば」の名所となっている。
なので、高尾山だけの(奥高尾に足を伸ばさない)場合は、朝も食べず、昼食も持参せず(非常食は持参)、早めに降りて山麓で蕎麦を食べることにしている(精進落し)。

頂いた供物の饅頭は、まずは家の仏壇に捧げ、夕食時に母と分けて食べた。


高崎観音に行く

2022年09月10日 | 

9月10日、高崎観音に行った。
なぜなら、夏に買った「青春18きっぷ」の使用期限が今日9月10日で、最後の5回目を帰名(名古屋に帰ること)に使おうと思っていたら、週末に帰名する用事がなくなってしまった。

そこで余った18きっぷの1回分を10日にどう使うか考えた。
18きっぷ1回分は2400円ほどだから、おおざっぱに言って片道100kmあれば往復して割安となる。
5回分まとめて買うので、使わないと2400円分が無駄になる。

東京から100kmというと、熱海・甲府・高崎・宇都宮・水戸など選択肢に不自由はない。
熱海(日帰り温泉?)はいつもの名古屋往復で通っているので、別の路線がいい。
第一候補は内房線の太海(安房鴨川と館山の間にある外房側)だったが、片道4時間すなわち往復8時間もかかるので断念。
※:”つげ義春”の聖地巡礼の地。ここには館山に泊まって訪れることにする。
甲府(武田神社に行きたい)も片道3時間かかる。
時間がかかる所はそれだけ早起きしなくてはならないのが、この歳でもつらい。

快速が走っていて距離の割に所要時間が短いのは、高崎と宇都宮(熱海も快速がなくなった)。
宇都宮(栃木)は以前行った(大谷観音・宇都宮城・餃子)ので、今回は素通りばかりしている高崎(群馬)にしよう。

高崎といえば、丘の上に屹立している高崎観音だ(写真)。
"(巨)大仏巡り"も趣味にしているので、ここに行けばいい。
※:すでに行ったのは鎌倉大仏、大船観音、鹿野大仏、東京大仏、牛久大仏。ただし見るに値するものに限定。
これで決まり。

前の晩にネットで高崎観音までのバスの時刻表を確認し、それに合わせて、快速高崎行きに乗る。
高崎駅に降り立ち、観光案内所でバスの時刻表と観光地図をもらって、小さめの「ぐるりんバス」に乗る。
この手のバスは運賃は定額(200円)だが、スイカには未対応なので、現金の用意が必要。

バスは高崎の西にある観音山を大回りし、白衣観音前でバスを降りる。

正式名称高崎白衣大観音は、昭和11年に井上保三郎という個人によって建立されたもので、高さ42mもあって、今でも高崎市のシンボルである。
300円払って胎内に入るが、戦前の造りなので、牛久大仏のようなエレベータ設備はなく、狭い階段を登る。
最上階の9階は像の肩ほどの位置で、窓から眼下の高崎市街や周辺の山が望める。

この大観音を護持(管理)しているのは慈眼院という真言宗の別格本山なので、胎内に弘法大師の像があるのはわかるが、なぜか日蓮上人の像もあった。
外に出て、まずは御姿を買い(300円)、周囲の堂を巡る。
慈眼院の本堂奥には小さなたくさんの観音像があるが遠目ではよく見えない。

本堂のお参りをする(賽銭箱の)正面に「ここはお寺ですので、柏手(かしわで)は必要ありません。静かに合掌してお参りください」と注意書きがあった(日本に仏教徒としての常識を持った人が減ってきていることは、私も実感している→お寺での参拝の仕方)。

改めて見上げる大観音は、数度の修復もあって、古びた様子もなく、何より基本的な造形がしっかりしている。
安っぽくなく、威厳があるのは確かだが、惜しいことに頰がもう少し細ければ現代的な美人に見えただろう(白衣観音は女尊)。
居並ぶ土産物屋にはこの像の様々な大きさのミニチュアが置いてあるが、大船観音と違って、求めることはなかった。

所々空き家となっている参道商店街を抜けて、山頂駐車場に達する。
ここからも高崎の市街地が一望。

ここから道が2つに分かれて、洞窟観音は遠く往復するとバスの便に間に合いそうもないので、近くの清水寺の道を選ぶ。
その清水寺の手前に田村堂というお堂があり(写真)、堂内には、幕末の下仁田戦争で水戸の天狗党と戦って死んだ高崎藩士31名と民間人5名の全員が、当時の衣装をまとった木像として作られて祀られている。
位牌ではなく、死者の姿を、しかも通りいっぺんではなく、各人の個性を表現して造られているのだ。
堂入口の説明板によれば、実際これら木像は本人の写真や遺族からの証言などを元に作られたという。
このように死者を木像にして祀るのは、青森で八甲田雪中行軍の遭難者について見ているが、あちらは一律な作りで、ここまで一人一人の姿にこだわっていない。

そういう珍しさに負けて、堂内で目の前の木像にカメラを向けて、電源スイッチを入れたら、なぜかカメラの動きが止まって操作不能になってしまった(スイッチを入れた時の電源エラーは度々あるが、その場合はファインダにエラーメッセージが出る。今回のようにそれすら出ずに作動が止まる現象は初めて)
これは「撮ってくれるな」という彼らからのメッセージだと思い、急いで堂から出て、外でカメラの電池を入れ直すと、今度は無事にスイッチが作動した。
もちろん、堂内でカメラを向けることは止め、改めて合掌して死者たちの冥福を祈った。
落ち着いて木像を見ていくと、15歳が1人、16歳が2人いる。
少年の身で戦死したのだ。
幕末は本当に、有為な人材たちがたくさん死んでいった。

坂野上田村麻呂にちなむ清水寺(京都の清水寺を勧進)も参拝し、長い石段を降りる(写真)。
この石段とそれに続く参道で、清水寺こそがこの地(観音山)の観音の元であることが実感できる。
馬頭観音堂(賽銭の代わりに「施餓鬼」とある)を過ぎて、518段を降り切ったところで観音山から降りたことになる。

ぐるりんバスのバス停があるが、待ち時間がたっぷりある。
スマホの地図で駅までの徒歩の所要時間を探ると、ここにいてバスに乗る頃に駅に着いてしまう。
駅までは2kmないので、駅まで続く「観音道」を歩くことにした。

駅ビルで、家の土産に、地元の漬物と地酒「高崎」を買い、今回最後の18きっぷを有人改札で提示して高崎始発の鈍行に乗った。


通園バスの中の園児を置き忘れない方法

2022年09月08日 | 防災・安全

登園中の園児をバス車内に忘れ、死亡させるという、起こしてはならない人為ミスがまたしても起きてしまった。
たった3歳の身で灼熱の車内で一人で苦しんでいった状況を思うと、それだけで許せない気持ちになる。

これは明らかに、下記の園側がやるべき事を怠ったがための、すなわち業務上過失致死による。

①送迎バスに乗っている大人によるタブルチェックが、”たまたま”臨時の”安全確認に不慣れな”職員(理事長を含む)が担当した事で、2人の間でシングルチェックを互いに暗黙の間に押しつける(自分がやらなくても、相手の方が、慣れている・上司だからやってくれるもの)という最悪レベルの業務意識状態になった。
※:ダブルチェックですら完璧でないことは、学校関係者なら、入試での出題ミスが0にならない事実で痛感している。
②さらに園児が降りた後の座席のアルコール消毒を怠った(実行していれば①があっても発見できた)。
③個別登録すべき登園管理の一括登録(点呼の不作為)。
④登園しているはずの園児が現実にいない事実に対しての無策。

①〜④のどれかが起きても、他のどれか1つでもきちんとなされていれば、少なくとも園児は死なずに済んだ。
すなわち、通常実行すべきことの複数の業務怠慢の連続によって、本来防げたはずの最悪の事態を招いてしまった。

園側に言われせれば、当日朝の運転手確保ができなかったため、臨時に理事長(兼園長)が代行せざるを得なかったということだが、逆に園側の最高責任者が担当するのだから、守るべき業務について知らなかったという言い訳は通用しない。

結局、職務怠慢という、人間的要素が原因である。
守らなくても実害がなかったという経験があると、どんどん手順が(勝手に)省略されていくのは人間が本来持っている、”習熟”というシステム2のシステム1化(自動化)の性向による(上層部からしてこの態度であれば、職場全体がそうなる)

この性向は人間行動の根源的要素であるため(誰に対しても例外なく作動する)、これに抵抗する(馴れても省略させない)には、強制的なシステムが必要である。
※:なので他人事ではなく、我が身に置き換えてみるべき。
もちろん法的義務化がその第一歩だが、この力は現場では強制力としては必ずしも作動しない。

アメリカのスクールバスでは、生徒が降りた後、バス内にアラーム音がなり、運転手がバス最後尾のスイッチを押しに行かないと止まらない仕組みにしているという。
すなわち強制的にバスの座席を往復で視認(視野の中に入る)をさせる、メカニックに搭載されたシステムだ。

このように法的にではなく、行動的に強制するシステムでないと、人間はいとも簡単にスルーしてしまう(この発想には行動科学が必要で、学問が社会と連携している羨ましい実例だ)。

すなわち、ダブルチェックなどの現場で省略できる行動を”法的に”強化するだけでは、再発を防げない。
②のように行動そのものが省略可能な場合はもとより、③のように情報入力レベルの行動でも、組織的に省略可能である(ことが実証されてしまった)。

もっともここのように箍(たが)が緩んでいる所は、アラーム装置を解除してしまう可能性すらありそうだが。


車のエンジンがかからない!

2022年09月06日 | 失敗・災難

昨日、約1ヶ月ぶりに名古屋宅に戻り、今朝これまた約1ヶ月ぶりに大学に出勤しようと、アパートの駐車場に置いていた我がFiat500s(ガソリン車でしかもマニュアル)に乗りこむ。

おっと、その前に、車のボンネットを開けて、長期間置きっ放しにする際に外しておいたバッテリーケーブルを差し込む(使わない間、盗難・無駄なバッテリ放電を防ぐため)。

運転席に戻って、キーを入れ、回す。
メーター類の表示が点灯する。
電気はちゃんと通っている(バッテリーOK)。

だが、エンジン回転数表示が動かない(耳を済ましてもエンジン音が聞こえない)。
エンジン音以前に”セルを回す”手応えがない。
エンジンが完全に無反応なのだ。

もちろん、ランプ類は点灯しているので”バッテリ上がり”ではない。
ガソリンは満タンにしてあり、実際表示もそうなっているから、”ガス欠”でもない。

電子メーター類を確認すると、見たこともないアラジンの魔法のランプのような記号と、電気回路のような記号が点灯している。
マニュアルを確認したが、残念ながらこの車種専用のものでないので、記号の説明がない。
症状から見ても、これら記号はオイル類と駆動系のような気がする。
言い換えると、私には手の施しようもない箇所。

幾度かキーを回したが、電気系が作動するだけで、エンジンは微動だにしない。
キーを回してばかりいると、今度はバッテリーに悪影響となる。

車がうんともすんとも言わないのだから、これでは出勤できない。
幸い、午前中の業務は、オンラインで研修会を受けることなので(コロナ以前は、対面での研修会に出席)、自宅のパソコンででき、対面の会議は午後3時からで、昼過ぎの学生との面談は、学生の方からキャンセルがあった。
すなわち、今日数時間は車の問題に関わることができる。

といっても車が動かない状態なので、修理できる所へ運ぶ必要がある。
そこで任意保険のロードサービスに連絡する。
この保険会社では初めての利用だが、30分までの現場での修理対応と100km以内のレッカー移動は無料だという。
 このFiatを買ったディーラーは車で5分ほどの近くにあって、修理工場もあるので、現場で解決できなければそこに運んでもらえばいい(幸い本日は営業日で明日は休み)。

10時からオンライン研修を受けるので、それが終わる11時半以降に来てもらう予約をした。

研修会が無事終わり、サービスがくる前にディーラーにも連絡しておこうかと思ったが(修理は予約制なので)、サービスからの電話とかち合っては困るので、サービスの電話を待つことにした。

11時45分になっても電話が来ない。
手持ち無沙汰なので、駐車場に向かうと、道路の先にレッカー車が止まっている。
私以外に近所でレッカー車を頼んだ人はいないと思うので、そこに向かうと、運転手はスマホをいじっていた。
私に気づいて、彼がいうには、いくら私に電話しても通じず、困っていたという。
そういえばアンドロイドのネットからの受信音がうるさく、しかもその解除法がわからず(スピーカの音量設定が効かない聞)、仕方なしに「サイレントモード」をオンにしていた(ただし通話は「全員」を指定したのだが…)。
このせいなのか。

彼に車の症状を見せようと、 Fiatのドアを開けて、キー差し込み回してみる。

すると、セルが回り、ゆっくりとだがエンジンがかかり出したではないか。
魔法のランプなどの記号も点灯していない。

あの研修会の1時間半の間に、固まったオイルがゆっくり車内の駆動系に行き渡ったというのか。
手持ち無沙汰のサービス員がそのように推測する。

でも、バッテリケーブルを外しての1ヶ月不使用は毎夏やっていて、
1ヶ月後にエンジンがかからなかったことは今までなかった。
オイルとエレメントは定期的に交換している。

ということは今年の夏だけ、車にとって特別な環境だったということか(8月なので異常に早かった梅雨明け宣言は影響ない)。
せっかくかかったエンジンなので、すぐには停めず、しばらく回転させる。
彼の指示に従って、車をバックで少し動かしてブレーキ(オイル)の確認もする。

ということで、結局レッカーのお世話どころか、現場での修理いやチェックすら不要で、書類に署名しただけで、丁寧にお礼を言ってサービス員には帰ってもらった。

その後はなんら問題なく車で出勤し会議をこなし、車での帰宅も問題なかった。

最初は顔面蒼白になる騒ぎだったが、仕事に差し障ることもなく、金銭的にも出費ゼロ。
こういうのを「空騒ぎ」というのかな。

でも”うっかりミス”などの人間側の要因でないトラブルだったので、こういう現象もあるものだと認識し、そしてその場合どうすればいいかということについてもいい経験になった。
失敗やトラブルは必ず客観的視点で反省し、繰り替えさないことを目指している。
そしてできたら皆さんと情報共有したい。
そのために恥を忍んで記事にしている。


鳩ヶ谷の川口市郷土資料館

2022年09月04日 | 東京周辺

図書館に行かない日曜は、郷土博物館巡りをする。
今回は都外に足を伸ばそうと、まずは東京に隣接する埼玉県川口市に目をつけた。
市内の鳩ヶ谷に川口市立の郷土資料館があり、そこなら最寄の地下鉄駅から乗り換えなしで行ける。
すなわち東京メトロ南北線は北上して埼玉高速鉄道(SR)になるのだ(ただし運賃がグッと上がる)。


地下から地上の鳩ヶ谷駅に出ると、まず地元産品が展示してある。
竹細工が伝統らしく、釣竿から尺八まである。
鉄路としては新しい駅の周囲は、いかにも新興住宅地的な雰囲気。
まずは昼食に、駅近くの「ぎょうざの満州」に寄り、焼きそばセット(餃子6個付き)を食べる。

駅の反対(東)側に行き、坂を登って挨拶として地元の鎮守・鳩ヶ谷氷川神社を参拝。
氷川神社の本社は大宮(さいたま市)にあり、支社は旧武蔵国のとりわけ埼玉県内に多い。
なので埼玉の町に行けば、たいてい氷川神社と「ぎょうざの満州」がある。
境内の摂社は浅間神社、三峰神社、古峰神社(いずれも山岳系)、それに弁天様。


神社の先の旧市街に目的の郷土資料館(川口市立文化財センター分館)がある。
資料館ながら単独の建物で、入館料100円払うと、特別展の資料とアンケート用紙を渡される。
2階に上がると、企画展の赤山陣屋跡遺跡と常設展示。

赤山陣屋跡というのは、江戸初期に「関東郡代」と称して活躍した伊奈忠治の陣屋跡で、その陣屋跡の下から縄文時代の「水場遺構」(周囲の集落が共同で栃の実などを加工した場所)が発掘されたのだという。
ということで、資料館では縄文時代から、江戸時代の伊奈氏、そして日光御成道(将軍様が日光社参に使う街道)の宿場としての鳩ヶ谷宿の歴史の展示が展開されている。
しかも体験コーナがあって土器や須恵器など(たぶんレプリカ)を手で触れる。

川口市というと、まずは川口の鋳物やキューポラが思い浮かぶが(あと風俗街?)、いわゆる川口とここ鳩ヶ谷は、御成街道上の別の宿場で、さらに明治以降、鳩ヶ谷は川口と合併したものの、一旦分離し、また合併したという複雑な関係の歴史がある。
すなわち、鳩ヶ谷は同じ市内ながら、”川口とは別!”という自負があるようだ。
何しろ、市内唯一の資料館でありながら、展示内容はほぼ鳩ヶ谷の紹介に終始している(川口の鋳物も紹介はしてある)。

例えば、私も愛用しているブルドッグソースは、鳩ヶ谷の工場が発祥で、「鳩ヶ谷焼うどん」という地域メニュー専用のソースもあるらしい(だたし私は焼うどんは醤油派)。

3階では、鳩ヶ谷生まれの小谷三志という人の展示がある。
彼は文化文政の頃、富士講を元に男女平等を唱える不二道という実践道徳的な宗教を創唱したという。
※:陰陽思想本来の陰陽対等な陰陽和合を旨とし、江戸時代に流布していた陽尊陰卑を論拠とする男尊女卑を否定。その実践として、女人禁制であった富士山に女性を連れて行って登頂させた。

そして二宮尊徳とも親交があり、尊徳の思想に影響を与えたとも。
富士講にはもともと興味があったので詳しく知りたいが、特集の冊子はなかった。

ローカルな博物館巡りには、こういう予想外の(一般書籍にはならない)ローカル情報と出会えるのが面白い。

別室には、近代彫刻の先駆者とされる鳩ヶ谷生まれの大熊氏広の展示がある。
靖国神社にある大村益次郎の銅像が有名らしいが、私にとっては八甲田山雪中行軍記念像の方(八甲田山入口の馬立場にある)が印象的。
これら二人が鳩ヶ谷が誇る郷土出身者ということだ。


赤山陣屋跡にも資料館があるというので、そこへの道を教えてもらって行くことにする。
宿場町の雰囲気が残る鳩ヶ谷の街道沿いの道(なんと古い円筒形の郵便ポストがある。さすが旧街道:写真)を進むと、地蔵院という寺があり立ち寄る(帰宅後資料を読むと、ここに小谷三志の墓があった)。
ここには、縁結びの優しい顔の地蔵石仏と、不動堂、本堂の後ろに椨(タブノキ)の神木がある(神木には鈴のついた紐がついていて、木に直接触れずにこの紐で木にお参りくださいとある。
神木に素手で触れるエゴイズムを排している正しい措置だ)。
私は、紐にも触れずに、柵の外から手をかざして神木と気の交流をする。

赤山陣屋跡近くのイイナパーク川口(赤山歴史自然公園)という自然豊かな公園内に歴史自然資料館(無料)があるが、建物は新しいが展示はごく小規模で伊奈氏の歴史については鳩ヶ谷の資料館の情報で足りて、蝶の標本に興味がなければあえて立ち寄るほどでない。
公園内には伊奈忠治の銅像がある(大熊氏広レベルの出来ではない)。


ついでなので、近くの赤山陣屋跡(広大な敷地)に向かう。
跡地を示す石碑には「赤山城址」と掘られているが、江戸時代の代官の居住地なので城ではない(なので”山城巡り”の対象とはしない)。

あたりは農村というより農園で、同じ市内の”安行”(あんぎょう)とともに植木の農園が盛んな様子(つまり都市部ではなくなっている)。
さらに北上して、西福寺という珍しくも三重塔がある寺(百観音と称されているが、本堂内にある百観音は拝観できない)を見て、戸塚安行駅から帰途についた。

以上、川口というより鳩ヶ谷を堪能した。


マイナンバーカード受け取った:追記

2022年09月02日 | 生活

なかなか踏ん切りがつかなかったマイナンバーカード申請を(→その理由)、8月半ばにネット経由で実行して、月が変わった昨日、受取り予約通知が来た。
さっそく区役所に電話して(パソコンで予約しようとしたが返信メールが来なかったので)、本日夕方を予約し、予定通りカードを受け取ってきた。

予約通知に示してあるが、カードを受け取る際、英(大文字のみ)数6桁以上と数字4桁(可能なら3種類)のパスワードを設定しなくてはならない。
それと以前にもらった「通知カード」、それに本人を証明できる運転免許証などを併せて持参する。

手渡されたカードには先日ネット画面に貼り付けた証明写真が印刷されていて、 ICチップが埋め込まれている。
有効期限は10年で、電子証明書の期限は5年という(期限の欄が空欄になっているが、書き込まなくても、事前に通知がくるという)
あと目立つ空欄があるが、それは運転免許証と同じく住所変更などの欄(「眼鏡等」は不要)。
もう一つ最下段に小さい空欄があるが、それは臓器提供の意思表示の欄。
すなわちこれらカードの空欄は、その場で書き込む必要はない。

本人確認とパスワードの入力の手続は受け取り窓口で簡単に終わるが、そもそもこのカードで何ができるのかなど詳しく知らないので説明の紙をもらった。
さらにポイント(マイナポイントという)がもらえるらしいので、それについて尋ねると、専用のパンフを渡してくれ、家でも申請登録ができるし、ここでも並び直すけど、登録の手伝いをしてくれるという。
パソコンではカード読み取り機が必要で、スマホだとアプリをダウンロードしてカメラでカードを撮影する手間がかかる(なぜか私のスマホはカードの撮影が困難)。
なのでこのついでに、登録を手伝ってもらうことにした。

並び直して、別の担当者が呼ぶところに行く。
マイナポイントは最大20000ポイント=2万円分つくという。
すなわち、新規取得で5000ポイント、健康保険証としての利用で7500ポイント、さらに公金受け取り口座登録で7500ポイント。
もちろん全部やる。
公金受け取り口座の登録作業は、私が口頭で金融機関の情報を言うと、担当者がパソコンで入力してくれる。
ただしこれらの手続きごとに、マイナンバーカードの4桁のパスワードを私の手で入力する場面がある。

最後にこのポイントを付与する決済サービス先を登録する。
そこまでは考えていなかったので、目の前で、チャージ回数の多いWAONを選んだが、
後になって、使い勝手のいい他のカードすればよかったと思ったが後の祭り。

決済サービスへのポイントの付与には数日かかるという。
また最初は全額ではなく、チャージを繰り返すことで残りが付与されるとのこと(WAONだけの話かは不明)。
以上の面倒な作業を、係りの人が親切にやってくれたので助かった。
保険証の代わりになるのはいいが、どうせなら運転免許証代わりにもなってくれたら嬉しい。

追記:作業は以上で終わりでなかった。マイナポータルアプリをスマホにダウンロードして、そこからポータルサイトにログインして、マイナポータルに届いたメッセージを確認する必要がある。そこにメッセージが届いたというメール(通知)は登録した id 宛に普通に届くのだが、そこからメッセージ本体には飛べない。何しろ自分のマイナポータルにログインするにはマイナンバーカードをカメラに密着して読ませる必要があるから(パソコンからだとカードリーダー必要)。