飲食居抜きソムリエ  山田 茂  飲食を辞める始めるときのブログ                 

飲食店を希望を持って始めたり順調に多店舗化したり、内装設備に費用がかなり掛かります。その投資を回収できます。

2.野菜コーディネーター17

2017-06-30 09:41:25 | アート

   

 

                                   プロフィール
             バックナンバー

 

  うどんの研究  
          連載中

  

   (10)うどんを初めて作る
 
    ③麺づくり(1)       new
 
     ・小麦粉をボールにあけ、散
      らす
     ・塩水1/3を縁を描くように
      に散らす
     ・手に水が付かないように
      まんべんなく粉に水がと
      るようにかき混ぜる、こ
      れが結構難しい、小さな
      粒状になる
                 (じかに続く)   
 
    ②材料と可能性       
 
     ・小麦粉(中力粉) 500g
     ・塩          30g(6%)
     ・水        250g(50%)
     素人ながらこれだけの材料で捏
     ねて踏んで寝かしてあのうどん
     が出来ると思うと、少し驚いた
     。この過程の中にうどんの可能
     があるかもしれない、何も足
     してないのに結構うまい。将来
     色々試してみて、創作うどんを
     作って世に問いたい新たな気持
     になった。
     (次回に続く)
 
 
    ①講習会受ける
 
     2017年2月12日(日)うどん講
     習会があり初めて参加して実際
     にうどんを作ってみました。一
     番大変と思ったのは粉に塩水を
     入れて捏ねる作業です。結構、
     力が必要で中々スムーズにいか
     ず、助けてもらいました。皆さ
     んの協力のもとに2時間で予定
     通り完成しその後、麺を茹て、
     汁も作り頂きました。作り立て
     なのでおいかったです。
     (次回に続く)
 
  
 
 
   (9)きしめんについて
 
    ⑥ 語源         

      「きしめん」の語源は、「原
      型は麺でなく碁石型だった故
      に、“碁子麺”が転じて“きしめ
      ん”となった」という説や、「
      紀州の者が作った“紀州麺”(
      きしゅうめん)から“きしめん
      ”となった」という説、「キジ
      の肉をめんの具にして藩主主
      に献上した“雉麺”から」など、
      諸説ある。
      (次回に続く)
     
    ⑤ 起源          
 
                 起源は各説あり、定かとはな
                 っていない。例えば、国学院
                 大学の加藤有次は、「江戸時
                 代、東海道・芋川(愛知県刈
                 谷市)名物だった平打ちうど
                 ん」がきしめんのルーツとの
                 説を唱えている。同地で作ら
                 れていた平らなうどんは「芋
                 川(いもかわ)うどん」と呼
                 ばれ、江戸時代初期から同地
                 の名物として知られており、
                 同時代に書かれた『嬉遊笑覧
                 』では、「江戸で言う“ひもか
                 わうどん”の起源か?」とも記
                 されている。だが「芋川」の
                 場所は、今川町、今岡町(そ
                 の事を記した木碑がある)、
                 一里山町と諸説ある。他方、
                 名古屋市教育委員会は、三
                 河池鯉鮒宿(現知立市)で雉
                 の肉を入れたうどんが好評で
                 雉麺(きしめん)と呼ばれ
                 て名古屋にまで伝わったとい
                 う説を主張、名古屋城内にあ
                 る「きしめん亭」前には教育
                 委員会による説明看板がある。
                 (次回に続く)
 
 
 
    ④ 歴史        
 
      江戸時代の『東海道名所記』
      には三河(三河国)芋川の名
      物だとされており、『好色一
      代男』でも触れられている。
      江戸時代後期には、江戸にお
      いて「ひもかわ」と呼んでい
      たが、『守貞謾稿』において
      「ひもかわ」は芋川の訛りで、
      名古屋では「きしめん」と呼
      ぶと記述されている。
      (次回に続く)
 
 
 
    ③ 料理        

      生地を薄く伸ばすのでうどん
      と比べると麺が長く、薄く平
      らなので茹でる時間が短い。
      水と小麦粉と塩を練って作る
      点はうどんと同じだが、うど
      んよりも平たく延ばすために
      途中で切れたり折れたりする
      場合があり、うどんと比較し
      てコシは非常に弱い。表面は
      滑らかでつるりとしている。
      茹でた麺にかけそばと同様な
      熱いつゆをかけ、油揚げや鶏
      肉などの具や、ネギ、削り節
      を載せるのが一般的な食べ方
      である。また、“カレーきし
      めん”(→カレーうどん)や“
      味噌煮込みきしめん”(→味
      噌煮込みうどん)、“力きし
      めん”(→力うどん)のよう
      に、うどんと同じように調
      理されたきしめんもあり、
      夏場には“ざるきしめん”(
      →ざるうどん)やきしころ
      などの冷やし麺としても食
      べられる。きしめんはうど
      んより水分を吸いやすいた
      め、うどんを用いる時より
      汁の水分を減らしたり、茹
      で時間を短縮したりするな
      どの工夫が必要ではあるも
      のの、うどんと類似した調
      理方法も多く、店でも販売
      されている。
      (次回続く)
 
 
        ② 規格        
      乾麺については、日本農林規
      格(JAS)の『乾めん類品質
      表示基準』にて「幅を4.5m
      m以上とし、かつ、厚さを2.
      0mm未満の帯状に成形した
       ものにあっては「干しひらめ
       ん」、「ひらめん」、「きし
       めん」又は「ひもかわ」と記
       載することができる。」と分
       類されている。
       生麺・茹で麺等(半生・冷凍
       麺等も含む)については製麺
       法を問わず『生めん類の表示
       に関する公正競争規約』にて、
      「きしめん、等一般消費者に
       誤認されない名称に替えるこ
       とができる(一部抜粋) 」と
       記載されており、具体的な数
       値や形状による基準は示され
       ていないため、製造・販売業
       者にて見た目が薄くて平たい
       形状の麺を「きしめん」と名
       付けて分類している。ただし、
       名古屋地域の名産・特産・本
       場・名物等として「名古屋
       しめん」と表示する場合のみ、
       同規約に記載されている詳細
       な基準を満たした麺にする必
       要がある。
      (次回に続く)
    

    ①きしめんとは     
     きしめんとは、幅が広く薄い日
     本の麺、ならびにその麺を使用
     した料理を指す。一般的なうど
     んとは形が異なり、平たい形状
     のうどんである。愛知県では「
     きしめん普及委員会」が発足す
     るなど、愛知県の名物となって
     いる。後述の基準を満たすもの
     は、特に「名古屋きしめん」と
     表示することが許されている。
     平たいうどんは平打ちうどん
     ひらうちうどん)とも呼ばれ、
     JASではうどんの一種とされる。
     群馬県の「ひもかわ」や岡山県
     の「しのうどん」など、さまざ
     まな名称の平打ちうどんが、日
     本の各所にある。
     (次回に続く)

 

  (8)五島うどんについて     

           日本の三大うどんのひとつ「五島う
           どん」は、五島の風土に育まれ、歴
           史と伝統に培われた自然食品です。
           遣唐使の時代に、五島列島に伝わっ
           たと言われる五島手延うどん。元寇
           の役に捕虜となり、五島に住みつい
           た中国人が教えたなど、数多くの伝
           承が残っており、起源は確かではあ
           りませんが大陸から伝わった事は、
           間違いないようです。
           五島列島は、その昔遣唐使の寄港地
           で、東西文化の重要な中継点でもあ
           ったのです。
           つまり、五島は中国をルーツとする
           麺伝来の路であり、日本の麺ロード
           の拠点でもあったのです。
           (次回に続く)

 

   (7)氷見(ひみ)うどんについて 

    氷見うどん(ひみうどん)は、富山
    県氷見市周辺の郷土料理である。作
    り方は稲庭うどんと同じで竹により
    ながらかける手縫いで、油を塗らな
    い。ルーツは輪島のそうめんで、1
    751年(宝暦元年)に「高岡屋」が
    輪島から技法を取り入れて作り始め
    たとされる。
    (次回に続く)

 

   (6)水沢うどんについて    

    水沢うどん(みずさわうどん)とは、
    群馬県渋川市伊香保町水沢付近で名
    物料理とされるうどんである。諸説
    あるが讃岐うどん・稲庭うどんと並
    んで、日本三大うどんの一つとされ
    る。水沢うどんは、水澤寺(水澤観
    音)付近で参拝客向けに提供された
    ことが始まりとされる手打ちうどん
    である。麺はコシと弾力があり、と
    ころどころ透き通るつるつるした白
    い麺である。冷たいざるうどんで提
    供される。つけ汁は、しょうゆだれ
    やゴマだれなど、店によって異なる。
    麺は、コネ・伸ばしと寝かせを繰り
    返し、切って麺にしたあと乾燥させ
    たものをお土産用として販売してい
    る。
           (次回に続く)

 

    (5)稲庭うどんについて

    2.歴史         

     稲庭古今事跡誌にもとづく史実に
     よれば、稲庭うどんは、羽後の国
     (秋田県)雄勝郡稲庭村の佐藤市
     兵衛に始まると伝えられています。
     市兵衛は陸奥の国(宮城県)の人
     でありましたが、稲庭村に移り住
     み、一族にその製法を伝えました。
     今を去ること三百余年、秋田藩主
     の御用を受けたと記録されていま
     す。稲庭うどんは、四国の讃岐う
     どん、名古屋のきしめんとともに
     日本三銘うどんに数えられるほど、
     おいしさには定評があります。お
     いしいうどんに共通するのは、コ
     シのある歯ごたえ、なめらかな舌
     ざわり、ツルツルした味わいです
     が、稲庭うどんには、さらに繊細
     な線の細い上品さが加わります。
     (次回に続く)

 

    1.三大うどんの一つ    

     稲庭うどん(いなにわうどん)は、
     秋田県南部の手延べ製法による干
     しうどんである。日本三大うどん
     のひとつに数えられる。ひやむぎ
     より若干太く、やや黄色味かかっ
     た色をしている。打ち粉としてで
     ん粉を使う点や、乾燥前につぶす
     事による平べったい形状が特徴。
     乾麺が一般的に流通しているが、
     地元および県外のアンテナショッ
     プ等では半生麺も入手できる。麺
     は気泡により中空になっており、
     そのために食感は滑らか。稲庭う
     どんについて記述のある「稲庭古
     今事蹟誌」によると、寛文年間以
     前に秋田藩稲庭村小沢集落(現:
     秋田県湯沢市稲庭町字小沢)の佐
     藤市兵衛によって始まると伝えら
     れている。また、秋田には同じ製
     法で作った「稲庭そうめん」もあ
     る。各地に伝わるふるさとの味と
     して、2007年(平成19年)、農
     林水産省により「農山漁村の郷
     土料理百選」として選ばれた。
     (次回に続く)

                 

 

     (4)桐生うどんについて

    7.現代の若者にも受け入れられる
       うどん         

                禅宗から広められた”うどん”は中
                国の醤(ジャン)から味噌、醤油
                のだし汁へと移り、味覚はさらに
                発展します。   古くから上州(桐
                生地方)の風習で、”うどん”が冠
                婚葬祭には必ず添えられる料理の
                一品でした。仏事ではお清めとし
                て用い、婚礼では食感を”綴る綴る
               (つるつる)=鶴々 噛め噛め(か
                めかめ)=亀々と、鶴は千年亀は
                万年”にたとえて、また”純白で細
                くても長く”と人生を訓じた料理と
                して用いられ、今日でもこの風習
                を見受けることができます。 今、
                世界の国々との交流が増す中各国
                の食文化に身近に接しられて、日
                本古来の食べ方はレパートリーを
                拡大し、カレー・スパゲティ・パ
                スタ料理の分野にも進行していま
                す。特に家庭料理の中にその発展
                 が著しく現れています。
      (次回に続く)

 

    6. 世界の麺類は醤(ひしお)文化の
      兄弟           
      
                 麦を製粉して麺を作る技術は中国
      から日本にきましたが、さらには、
      シルクロードの彼方ヨーロッパへ
      もゆき「パスタ」となりました。
      アジア諸国にもそれぞれの麺があ
      り、韓国の「冷麺」、タイ、マレ
      ーシアの「舟ソバ」などがあり、
      今日では日本人にもなじみ深く、
      これらは、それぞれ全く別の文化
      圏の中にあり、全く別の味覚をし
      ていますが、少し「科学の目」で
      観ると意外なことがわかります。
      スパゲティーやピザを食べるとき
      にタバスコをかけますね。このタ
      バスコはブラジル特産で、その製
      法はトウガラシを塩漬けして発酵
      させ、酢と一緒にすりつぶして濾
      したもので、これは「草醤」の一
      種なのです。タバスコの辛さの主
      成分の「カプサイシン」を除くと
      日本の「薄口醤油」とうま味成分
      がよく似ています。また「ニョク
      マム」
「ナンプラー」などは、
      エビや小魚を原料とした「魚醤」
      
で穀類や豆類を原料とする「ジャ
      ン(=醤)」
は日本の味噌の仲間
      です。世界各地の麺類は、皆、
      によって食べられ、それぞれの国
      の気候風土によって異なった味覚
      の文化を進めてきました。 この
      醤の味の頂点が日本で完成された
      醤油ではないでしょうか。今、ま
      さに世界中がこの醤油を用いた
      料理に舌鼓を打っているのも周知
      のとおりです。桐生の”うどん”が
      最高に美味と評価されている要因
      のひとつは、普段何気なく使って
      いる濃口醤油に秘められた究極の
      味のようです。
      
(次回に続く)

        5.日本の麺と味噌・醤油

     ⑤塩分補給の知恵     
      食塩や穀物の保存目的で作り出さ
      れた濃口の味噌・醤油は、やがて、
      関東地方の気候や風土性の影響を
      受けて定着します。特に上州(桐
      生周辺)は、寒さの厳しいところ
      で、からっ風によって体感温度は
      強烈に寒さを感じさせます。そこ
      で血液内の塩分量を高めると、燃
      焼作用が盛んになって体温が上昇
      します。つまり体温を高めるため
      に塩分の多量摂取をして寒さに耐
      えていたのです。また、夏の猛暑
      でたくさん汗を出し、体内塩分が
      失われた時に「冷たいうどん」を
      「濃口のだし汁」で食べることに
      より、塩分の補給ができ、心地よ
      く最適な暑気払いができ、一年中
      元気に働いてきました。
      (次回に続く)

 

     ④塩の保存と味噌・醤油   
      関東の山地地方の上州、甲州、信
      州などは、塩の輸送には不便なと
      ころで塩が断絶する可能性がある
      ために、塩の保存法として味噌や
      醤油の塩分を強くしました。昔、
      武田信玄と上杉謙信との戦いで武
      田軍への塩の供給が絶たれたため
      に、一時戦いを中断して上杉が武
      田に塩を送った話は有名です。 
      また、溜醤油の分布圏では有名な
      岡崎八丁味噌があり、これは黒系
      の味噌で塩分が強いものです。信
      玄味噌は、塩分が強く黄色系味噌
      ですが、これが濃口醤油の起源と
      いわれています。
      (次回にに続く)

 

     ③薄口醤油・溜醤油・濃口醤油
      さらに日本人は発酵を止めるため
      と塩自体を保存するために用いた
      塩分の量などを加減することによ
      って何種類もの品種をつくり目的
      に応じた醤油をつくりあげました。
      銘柄によっていろいろ複雑な種類
      がありますが、大雑把には三つの
      系統があります。関西を中心とす
      る薄口醤油、中部日本を中心とす
      る溜醤油、東日本を中心とする濃     
      口醤油の三つです。薄口は、大豆
      を炒らないで塩分を少なく、グル
      タミン酸ナトリウムとアミノ酸は
      同量にしてあります。溜は、大豆
      を炒って黒みをつけながら濃くし
      ぼったもので、濃口は、塩分を強
      くして黒みをとくに強めたもので
      す。これは風土の味覚、好みに合
      わせて作られたものですが、そこ
      には深い必然性がありました。
      (次回続く)

 

     ②魚醤・草醤・穀醬・醤油  
      日本の味と称される世界的調味料で
      ある醤油は、日本人の発明品です。
      東南アジアの照葉樹林帯文化が入っ
      て来たと同じ時期に、北から来た”
      そば”と南から来た発酵食品文化が
      日本で鉢合わせします。すると、日
      本人はそれを一緒にして”そば””う
      どん”などを醤油タレで食べ始めた
      のです。日本人の舌が最初にグルタ
      ミン酸ナトリウムとアミノ酸を探り
      当てたのは、魚から発酵抽出した調
      味料の魚醤
です。今日でも裏日本の
      一部、特に秋田、山形、新潟の一部
      の地方に限って使用されている「塩
      汁(しおっつる)」
はこの魚醤の系
      統で、魚の生肉を発酵させて抽出し
      たもので、秋田料理の”しょっつる”
      のうま味がこれです。今では使用さ
      れていませんが、草醤(くさびしお
      )という野菜類を発酵抽出した醤油
      がありました。 この草醤魚醤に対
      して、穀物を原料とする穀醤、これ
      が大豆を原料にした発酵抽出醤です。
      このタンパク質を発酵させるという
      アイデアの原形は、アジア照葉樹林
      帯文化のもたらした知恵ですが、そ
      れを利用して日本人は醤油を作り上
      げ、、ついには日本を代表する味と
      して定着させていきました。醤油の
      うま味は単なる味でなく、グルタミ
      ン酸ナトリウムとアミノ酸によるう
      ま味成分で、人間の成長発育にとっ
      て非常に重要な役割をもった調味料
      なのです。
      (次回に続く)

     

     ①索餅・素麺・うどん・そば
                 細い麺類で日本で一番古いものは索
      餅(さくぺい)といわれ、太い素麺
     (そうめん)のようなもので、麦粉で
      作ることもありますがだいたいは米
      粉で作ります。米粉を練って長いひ
      もにして、それを蒸して味噌のタレ
     (汁)をつけて食べます。素麺は、禅
      とともに日本に入ってきました。小
      麦粉に油・塩を練り込み引き伸ばし
      て細くし、乾燥して食べる保存用の
      麺です。これも古くは味噌タレで食
      べたといいます。江戸時代に入り、
      伸ばして刻んだいわゆる”切りそば”
      ,”切り饂飩(うどん)”が禅宗寺院
      の料理法から広まり、「素麺」「
      うどん」「そば」
ができました。こ
      の頃になって醤油タレで食べ始めま
      す。「そば」は日本人しか食べない
      食品のひとつと思われていますが、
      元々は中国の雲南省あたりから中国
      の北部を経て日本に入ってきたとい
      われます。因みに”饂飩”は中国の呼
      び名です。
      (次回に続く)

 

 

    4.うまいうどん粉の特産地群馬

              ②うまい「うどん粉」を育てた群馬
      の気候・風土(2)      

      また日本一を自称する「からっ風」
      も地形の影響が大きく、シベリア生
        まれの冬の寒気団から溢れ出し乾燥
      した季節風は、日本海で水蒸気を吸
      収し日本に上陸後、日本海側の山々
      にぶつかって大雪を降らせて再び乾
      燥します。谷川山系でしっかりと日
      本海側と隔てられながらも、山を越
      えた風は利根川の谷に沿って一気に
      吹き出してきます。榛名山と赤城山
      に挟まれた渋川から前橋までの地形
      は、ちょうどラッパの吹き出し口の
      役割を果たし、両山の広い裾野はか
      らっ風の滑り台となります。さらに
      碓氷峠、妙義山系を越えてくる西風
      も高崎で平野部に出ます。風は合流
      して勢いを増し、前橋から東毛一帯
      は最も強い「からっ風銀座」になり
      ます。この日本一を自認する「雷雨
      」
「からっ風」の二つの流れ道の
      平地部は、これまた日本一うまい「
      うどん」を作る小麦の生産地域と合
      致します。   火山活動の遺産は、
      ミネラルに富んだ土地を作り、風は
      有機物を運び雷雨は植物を育てます 
      (次回に続く)

 

 

              ②うまい「うどん粉」を育てた群馬
      の気候・風土(1)   
      
上州名物は古くから、「雷」
      からっ風」
それに「うまいうどん
      」
と言い伝えられてきました。こ
      の三つの名物は、お互いに深く関
      わり合っています。私たちが生活
      している上州(桐生周辺)は、太
      古火山の活動によって形成された
      土地柄です。平地は火山灰土で、
      その上で私たちは毎日生活してい
      ます。  火山地図を見ると、火山
      フロント(前線)が、北方領土か
      ら北海道・東北地方中部を南下し
      て群馬を通って長野県までほぼ一
      列に並んでいます。群馬はその火
      山フロントの上にあります。この
      火山によって形成された山々の位
      置が起因して雷雨が発生します。
      群馬特有の山地の地形が上昇気流
      を生み雷を誕生させます。特に夏
      の典型的な熱雷はこの地形的な要
      因による発雷の結果だといわれて
      います。県中央部には、新治村山
      地から発し、榛名山と赤城山の間
      を抜けて、前橋、伊勢崎、本庄方
      面に雷雲を流すライン。県西部に
      は、長野原、中之条から榛名西麓
      を抜けて、高崎から藤岡に出るラ
      イン。このラインは安中、富岡、
      甘楽方面からの「分流」が合流し
      ます。もうひとつは、県東部の栃
      木県境、足尾山系を源に勢多郡東
      村から大間々、桐生、太田と流れ
      ます。これら三つの雷ラインは
      国有数の雷銀座
で日本一と思われ
      ます。
      (次回に続く)

 

 

     ①新品種「群馬W2号」   
       北海道以外では、九州と北関東に
       産地が集約され、以前はあちこち
       にあった特徴ある品種のものはほ
       とんどなくなり、現存は農林61
       号が主要品種ですが、九州ではシ
       ロガネコムギやニシカゼコムギが
       増えています。地域によってタン
       パク量がかなり違い、北関東産の
       平均は10%台で九州産は9%台
       になる年が多いようですが、ばら
       つきが大きいといいます。タンパ
         ク質も地域によって差があり、九
       州産は軟質的なものが多く、北関
       東産は軟質と中間質の間です。北
       関東では群馬産が評価が高く、埼
       玉がこれに次ぎ、栃木および茨城
       産はばらつきが大きく、やや劣っ
       ています。うまい”うどん粉”の特
       産地”群馬県”が、今、更に優れた
       味覚と生産性の良い新品種「群馬
       W2号(仮称)」(=食味の良い
       カントウ107号x病害に強いバ
       ンドウワセの交配種)の開発に成
       功し、その小麦による「うどんの
       試験製造」が開始されると報道さ
       れました。その評価が楽しみでが、
       この開発のかげには群馬県農業試
       験場の改良技術の優秀性と、さら
       に製粉の特殊な技術の高さがあっ
       たことを忘れてはなりません。
      (次回に続く)

 

 

    3.うどん粉の種類を決める
      原料小麦

              ⑨国内産麦の性状

          ・銘柄      
       銘柄は、1987(昭
       和62)年から良質麦
       への生産誘導を図るた
       め、次の四つの銘柄区
       分が導入されました。

                     「銘柄区分Ⅳ」
                      
今後「銘柄区分Ⅳ」以
                       外への作付け転換が必
                       要なもの。

                     

                     「銘柄区分Ⅲ」
                     
「銘柄区分Ⅰ、Ⅱ、Ⅳ」
                       以外のもの。
                       (次回に続く)

 

                     「銘柄区分Ⅱ」 
                        次の要件をすべて満た
                        す小麦であること
                         ・
製粉および製めん適
          性の評価において国
          内産小麦の中では中
          位ランクのもので、
          需要度が高いもの。
        ・過去3年間の年平均
         出回り数量が各都
         道府県(各都道府県
           を二つ以上の区域に
           分けた場合にはその
         区域)別に500ト
         ン以上のもの。
        ・「銘柄区分Ⅰ」のc)
         およびd)を満たす
         もの。
         (次回に続く)

 

 

       「銘柄区分Ⅰ」 
        
次の要件をすべて満た
        す小麦であること。
        ・製粉および製めん適
         性の評価において国
         内産小麦の中では上
         位ランクのもので、 
         需要度が高いもの。
        ・過去3年間の年平均
         出回り数量が各都道
         府県(各都道府県を
         二つ以上の区域に分
         けた場合にはその区
         域)別に1,000トン
         以上のもの。
        ・原則として各都道府
         県の奨励品種。
        ・検査にあたって品種
         の判定が可能なもの。
        (次回に続く)  

 

    
      ・種類       
       種類は、「強力小麦」
      「普通小麦」および「種
       子小麦」とがあります。
       硬質系品種のハルヒカ
       リやアオバコムギに認
       定されると、「強力小
       麦」に格付けされます
       が、国内は、自然条件
       が強力小麦の生産にあ
       まり適さず、品質が中
       途半端なため、積極的
       な需要がなくごくわず
       かしか生産されていま
       せん。大部分は「普通
       小麦」で、農産物規格
       規定によって定められ
       た品種の小麦を定めら
       れた道府県で生産した
       ものは、産地銘柄に認
       定されます。
      (次回に続く)

     ⑧日本の小麦生産 
      1970(昭和45)年
      代の初めの頃までは、関
      東・九州を中心に比較的
      小麦作に適した土地では
      ほぼ全国的に生産されて
      いましたが、北海道での
      生産は多くありませんで
      した。しかし、現在では、
      国内生産量の半分強が北
      海道で、残りを主として
      北関東と九州で生産する
      パターンに変わっていま
      す。食糧用小麦中での国
      内産小麦の比率(内麦率)
      は15%強で、めん用に
      しかむかず、その適性も
      生産地によって異なり、
      満足できるレベルでない
      ものもあります。国内産
      小麦は、産地や品種で品
      質差が大きく製粉性がよ
      くありません。製めん性
      が劣る(消費者が望む”
      おいしいめん”を作りに
      くい)といった問題を抱
      えています。
      (次回に続く)

 

 

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