阪口直人の「心にかける橋」

衆議院議員としての政治活動や、専門分野の平和構築活動、また、趣味や日常生活についてもメッセージを発信します。

『民進党三重県第4区総支部長』として最後の後援会会合

2017年06月25日 11時08分06秒 | 政治

 23日夜は『三重県第4区総支部長』としては最後の後援会の会合を行いました。事務所がいっぱいになるほどの方が熱心に意見交換に参加してくれました。

 安倍政権の民主主義を破壊するような国会運営や、隠微体質、不正や不公正に真っ当な批判を行う者を社会的に抹殺しようとする体質などが国民の一般認識になってきたこともあり、支持率が急落しています。ところが、それでもなお民進党よりはマシかなというのも一般認識として定着しているようです。

 私自身の現状報告、『党員・サポーター』の目標達成にご協力頂いたことへのお礼、松阪市議選における今村ひでやす候補への支援のお願いをするとともに、民進党としてどのような政党を目指すべきか等を議論してもらいました。

 何よりも『託せる』政党としての信頼を回復することが最重要。そのためには、

 ①政策力、②組織マネジメント力、③追及力④PR力

 がいずれも必要です。国会では批判や反対だけではなく、既得権を持った人々に近い自民党に対し、普通の人々、弱い立場の人々に寄り添う政策集団としての姿を見せるべきだと改めて認識しました。

 海外においては、台湾の民進党など、国民の支持を失った政党が、『ひまわり学生運動』などを契機に市民社会との連携によって支持の拡大、政権奪回に繋げた例もあります。価値観や状況が共通する海外の政党と連携したり、党として成功例から学ぶ徹底的な研究の機会もつくるべきでしょう。

 政治におけるPR戦略は、選挙指導員として私が活動していたボスニア・ヘルツェゴビナは、国家の存亡を懸けアメリカのPR会社『ルーダー・フィン』社を使って、当時戦争状態だったセルビアに悪のレッテルを貼るあらゆる方法を駆使したことが後に有名になりました。

 日本においても自民党は最新のPR戦略を導入し、自分たちのイメージアップを図るとともに、野党のイメージをダウンさせるため、メディアやSNSなどをコントロールする手法を編み出しているようです。ネットサポーターを使って政権に批判的な意見に誹謗中傷を浴びせる手法などを同じように導入すべきだとは思いませんが、市民社会との連携を進めるためのネット戦略をどのように進化させるのか、この点は、オバマ大統領やサンダース米国主党民大統領候補の陣営の手法などももっと研究すべきだと思います。単にテレビコマーシャルに大金を投入するやり方が効果があるとはどうしても思えません。


参加者の皆さんとは有意義な意見交換ができました。


松阪市議会議員選挙に立候補する『今村ひでやす』氏にも挨拶してもらいました。


現在は支援者の方の軽トラに乗せて頂き、各地で今村ひでやすの看板を設置しています。


もうひとつのメインの仕事は『引継ぎ』松阪市、津市の旧一志郡、久居市は三重1区に編入され、松田直久衆議院議員が総支部長になることをお伝えするため連日まわっています。



私のポスターはこの1年間で約700枚ありますが、松田直久衆議院議員、および多気郡については新4区総支部長になる藤田大助元衆議院議員のポスターに貼り替えて頂くよう、お願いを続けています。





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命の終焉を覚悟した瞬間からの学び

2017年06月19日 00時58分20秒 | ボランティア

命の終焉を覚悟した瞬間からの学び

「金を出せ。さもなければ撃つぞ!」車を止められた私は、荒々しくドアを開けた4人の兵士に銃口を突きつけられました。兵士たちの殺気立った様子、そして、引き金を引いた状態で私に突きつけられたAK47のゾッとする冷たさは、目的を遂げるための凶暴な決意を示していました。

自分の命もここで終焉か…? と背筋が凍りつきました。カンボジアPKOでの選挙支援活動中に銃撃され命を失ったかつての同僚、中田厚仁さんが襲われた状況と同じだったからです。しかし、座席に置いてあったバッグを奪い取った兵士は、「さっさと行け」とばかりドアを蹴るように閉めました。1995年10月1日。カンボジアで起こった一瞬の出来事でした…。

ちょうど、レポーターを務めたNHKのドキュメンタリー番組『新生カンボジア・3年目の現実』の取材を終え、支援していたNGOを訪ねた帰りでした。貴重な取材ノートも、カメラも、現金も全て失ってしまいましたが、命あることのよろこびは何物にも換え難いことを実感しました…。

彼らは政府軍の兵士たちでした。政府の財政難のため給料が支払われず、他の仕事を行う技術もないため生活に困窮し、強盗団として各地で暗躍していたのです。被害届を出しに行ったプノンペンの警察署で聞いたところ、何と警察署長も同じ目にあったそうです。もちろん、犯人を見つけることなど不可能とのことでした。

昨夜のNHKスペシャルはカンボジアでのPKO活動中に襲撃を受けて亡くなった日本人文民警察が置かれた状況を検証する特集でした。ポル・ポト派の支配地域に隣接する危険な地域での活動、そして襲撃の恐怖。CG映像で再現された様子は私が襲われた状況とほとんど同じでした。そして文民警察の方々が、自分の身を守るために15ドルで自動小銃を購入し、いざとなったらこれを使うしかないとの覚悟、私も理解できます。それではとても身を守ることはできないことも。もちろん『駆けつけ警護』を要請するなど全く不可能でしょう。

その後、私はポル・ポト派の元兵士を含む除隊兵士の社会復帰を支援する活動を数年間にわたって行っていました。ノーベル平和賞受賞者でもあるムハマド・ユヌス博士が開発した貧しい人びとに対する小規模融資を行う手法を応用して、元兵士たちが農村で自立するためのサポートを行いました。

幼い頃から銃を持って闘うことしか知らずに育った兵士にとって、戦争の終焉は失業を意味します。そして、食べていくことができなければ、また、社会の不公平や不条理に怒りを抑えられなくなった時には、再び銃を使って目的を遂げようとします。

このような状況から彼らを脱却させ、銃と未来を交換させるために支援を行うことも日本ができる大きな平和貢献と改めて感じています。










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がん研究を支援する『生命の駅伝』

2017年06月03日 10時49分52秒 | ボランティア

 今年は第23回『生命の駅伝』に参加し、合計63キロを走りました。がん研究を支援すること、がんを知り、がんと向き合うために三重県内を9日間で386キロ走るイベントで、2015年11月にミャンマー・カチン州で選挙支援活動を一緒に行った上村眞由氏が中心になって運営しています。

 私はファイナルイベントを含め、3回走りました。最初は5月14日。松阪市飯高町での開会式の後、松阪市の中部台公園までの56キロのコースを約30キロ走りました。ここ数か月は交差点での街頭活動中に走るぐらいでジョギングさえもしていなかったこと、また30度近い気温もあって過酷な状況でしたが、皆さんと会話もしながら楽しく走ることができました。沿道でサポートして下さったボランティアの方々にも感謝です。選挙区の区割り変更に関する取材が再三入り、走りながら電話取材を受けるなど忙しい一日でした。

 二度目は25日。叩きつけるような土砂降りの中、志摩から鳥羽までの23キロを走りました。23年前にモザンビークでPKO活動に従事していた時、Wet T-shirt contest(濡れたTシャツ姿を競い合うコンテスト)に飛び入り参加させられ、なぜか優勝したことがあるのですが、その時にも負けないほどびしょ濡れになりました!

 みんなで走りながら集めた募金は小児ガンへの取り組みや、分子遺伝学へのアプローチなど目新しい研究、未来を担う学生の研究支援などに使われます。
















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安倍政権の異常さと、それに慣れることの恐ろしさ

2017年06月03日 09時50分32秒 | 政治

 安倍政権のもと、日本は本当に恐ろしい国になってきたと実感する。

 加計学園の獣医学部新設に関して、『総理の意向』によって行政の在り方がゆがめられたとする勇気ある告発者、前川元文科次官に対しては、首相周辺が読売新聞などの大手メディアを使って人格攻撃を展開。一方、多くを知り得る立場にいた元次官によって提起された疑惑に正面から向き合う姿勢は皆無だ。

 一方、安倍総理の衆院解散演説のリハーサルに付き合うなど、安倍政権との異常な距離の近さで知られる山口敬之元TBSワシントン支局長は、睡眠薬を飲ませてレイプを行ったとして名前と顔を明らかにした女性から告発されている。逮捕状が発行されたにも拘わらず、突然『上からの指示により』逮捕が見送られ、不起訴処分になったという。あり得ないことだ。

 山口氏の逮捕を止めさせたのは、中村格・警視庁刑事部長(当時)だという。そして中村氏の現在の役職は、警察庁組織犯罪対策部長。つまり、共謀罪摘発を統括する予定の役職だ。共謀罪が成立することで、国民への監視がさらに強まり、今回の様な事件のもみ消しに使われる可能性もあると指摘されている。

 NSA(米国国家安全保障局)による大規模な個人情報収集を告発したエドワード・スノーデン氏が暴露した文書によると、NSAはメールや通話などの大規模監視システム『エックスキースコア』を日本政府に提供。安倍総理は参議院本会議で、出所不明としているが、この文書の存在は米国政府も認めている。日本だけが否定するのは異常だ。

 このような状況に懸念を表明した国連人権理事会の特別報告者に対し、安倍総理は、国連とは別の個人の資格で活動しておりその主張は国連の総意を反映するものではないとしたが、国連のトップであるアントニオ・グテーレス事務総長によって否定されている。外国メディア、また外国語報道は、このような安倍政権の異常さをより明確に伝えているが、日本政府は外国語の意図的な誤訳によって国民をミスリードする。これもいつもの手だ。

 総理に近い人びとは、森友学園、加計学園の例のように様々な便宜を図ってもらった上、犯罪のもみ消しまでしてもらえるのだろうか?一方、不条理を明らかにしようとすると社会的に抹殺しようとする。こんな政権は許せないし、こんな社会にするわけにはいかない。

 安倍政権のこの異常さに慣れてしまってはいけない。それが一番恐ろしいことだ。

http://www.japantimes.co.jp/…/former-tbs-reporter-close-a…/…
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衆議院の区割り変更に伴って、私の決意

2017年05月21日 22時42分07秒 | 政治

 昨日、民進党三重県連の常任幹事会が行われ、三重県の衆議院選挙区が5→4に削減される区割り変更に伴い、新たな三重4区は、現在の三重5区総支部長・藤田大助元衆議院議員が公認される方針が決まりました。4区に編入される多気郡に関しては、藤田さんにしっかり引き継ぎます。

 広大な三重5区に多気郡が統合される新たな三重4区については、三重5区で10年近く奮闘された藤田大助氏の方がより良い闘いができるとの総合判断です。松阪市と津市(旧久居市と旧一志郡)が編入される三重1区については現職を優先する方針があり、松田直久衆議院議員が公認される見込みです。こちらも、一年間の活動の成果を引き継いでいきます。

 ただし、実際に新たな区割りになるのは関連法が通常国会を通過した後です。それまでは三重4区総支部長として全力を尽くしつつ、引き続き国政に携わっていけるよう全力を尽くします。







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区割り変更を受けて、地域での活動

2017年04月21日 09時56分12秒 | 政治

 昨日は一日中、津市、松阪市で街頭演説。このふたつの選挙区は新三重1区に編入されることが昨日決まったのですが、新たに総支部長が決まるまでは私が責任を担う地域。予定通りボランティアの方々と一緒に活動しました。

 途中、テレビ局の方が追いかけてきて、街頭演説とインタビューを撮影。昨夜放映されました。今、任された場所で役割を果たすのは当然ですし、ここが仮に私の選挙区でなくなっても、民進党の政策をしっかり伝えることは、とても大切なことだと考えています。

 テレビのテロップが私の考えを簡潔に伝えてくれていると思うので、写メで撮ったものを載せたいと思います。

 今日は松阪市と津市での後援会看板の設置活動をします。









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衆議院の選挙区区割り変更

2017年04月20日 00時04分10秒 | 政治

今日、「0増6減」を基本とした衆議院選挙区区割り改定案が政府に提示されました。三重県は選挙区が5→4にひとつ減るのですが、今、三重4区として日々活動している津市(旧久居市と旧一志郡)と松阪市の全域が新たな三重1区に、多気郡が新たな三重4区に編入されます。

様々な取材を受けましたが、私がすべきは、今、自分に与えられている三重4区の衆議院候補予定者としてしっかり役割を果たすこと、これから示される党の方針、考え方に沿って行動すること以外にないと、それだけを話しました。

さて、今日は松阪の後援会の方々と一緒にミニ旅行に行きました。飯高地区の川俣小学校にある『日本の製茶王』大谷嘉兵衛の足跡や地域の文化を展示した資料館、また、1000本を超える枝垂れ桜で有名な東吉野村の高見の郷などに行き、伝統や歴史、また自然について学びました。本当に魅力的な地域だと改めて実感しました。

明日は松阪市と津市で一日街頭演説をしてまわります。









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浅田真央選手の引退に寄せて

2017年04月11日 23時59分00秒 | スポーツ

浅田真央選手が引退を表明しました。来年の平昌オリンピックでも、きっと奇跡を起こしてくれる!感動の演技を見せてくれる!と密かに期待していたので本当に残念です。しかし、世界を魅了した演技、そして生き方には、心からご苦労様と言わなけばなりません。彼女は女子スポーツ選手としては、史上もっとも愛された選手かもしれませんね。子供の頃から好きな女性芸能人は?などと聞かれても答えられた試しのない私ですが、その私が真央イストを自称する大ファンで、彼女の演技には本当に勇気をもらうことの連続でした。ソチ・オリンピックでのフリー演技や、2006年の世界選手権のフリー演技の映像は、本当に何度も観て、その都度力をもらいました。

多くの方が、天才少女としての鮮烈なデビューに驚いた一方で、体の急激な成長から以前のようにはトリプルアクセルが跳べなくなり、表現力を磨きながらもこの技にこだわるがゆえに多くの挫折を経験してきたことを長年見つめ、一喜一憂してきたことと思います。リスクを負いながらもあえてこの技に挑戦する姿に自分の人生や価値観を投影しながら応援していた人も多いのではないでしょうか。こんな思いがもうできなくなってしまうとは、あぁ、冬の楽しみがひとつなくなってしまいました。

ファンとしての幸せだったことは、天才少女として世に出る直前に偶然新幹線の中で一緒になったこと。それ以来、特別な感情移入をして応援してきました。そして2014年3月に行われた世界フィギュアスケート選手権のショートプログラムで78.88点の世界最高記録を出した演技を目前で観られたこと。浅田真央選手や羽生結弦選手が出場するフィギュアスケートの試合は、おそらく最も入手が困難なチケット。いつも秒殺、瞬殺の世界なのですが、一番行きたかったこの試合は抽選が当たったのでした。私のフィギュアスケート観戦は、その一試合だけなのですが、ソチ・オリンピックでの感動的な演技の興奮が冷めやまぬ中、彼女にとって最後の世界選手権での最高の演技を目前で観られたことは、本当に幸運でした。

私、浅田真央選手についてはブログにもこんな文章を書いていました!

http://blog.goo.ne.jp/xd…/e/a949328b084926ccb18032ccced4e7da

http://blog.goo.ne.jp/xd…/e/9ae8ae4213736cb5011ec99f8082b908

http://blog.goo.ne.jp/xd…/e/bdb86863b6c2c7e69a0a45171f606d70

http://blog.goo.ne.jp/xd…/e/dcedddc41f1a3e069566455ba9e3c1f8

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『逃げ帰った』との国際社会の評価、信頼の失墜をどう回復するか-南スーダンPKO自衛隊撤退

2017年03月22日 17時03分21秒 | 政治

 安倍総理は3月10日、南スーダンPKOに派遣していた自衛隊の『撤収』を発表した。世界最悪の人道危機と言われ、人道的な見地から63か国が派遣しているUNMISS(国連南スーダン共和国ミッション)は、1万3500人の要員がなお困難な任務を続けている一方、安保理は治安改善のために4000人の増員を決めている。

 「道路を造り終えた」「治安も安定している」との理由で任務終了とするのは日本国内向けの詭弁であり、到底国際社会に通じるものでない。

 各国が住民保護を目的とした活動を続ける中での撤退は、治安が悪化したから逃げ帰ったとの印象を与えかねず、日本への信頼の失墜は免れない。国連においてPKOは最重要ミッションだ。常任理事国を目指す日本の立場を大きく後退させることは疑いがない。

1.現地住民ではなく、自らの保身のために図っていた撤退のタイミング

 昨年7月以降、首都ジュバ周辺で大規模な戦闘が勃発。派遣部隊の日報には緊迫した現地の状況が度々戦闘と表現されていた。ところが政府は、日報はすでに破棄と虚偽の説明を行い、『法的な意味での戦闘はない』と国会で強弁を続けた。しかし、『死傷者が出れば総理を辞任する覚悟』と国会で答弁した安倍総理は、自衛隊員ではなく、ましてや南スーダンの人々でもなく、自分を守るために撤退のタイミングを図っていたと思われる。
今、国会は安倍総理自身の関与が焦点になっている森友学園の問題で大荒れである。安保法制の議論が沸騰している中での撤退は野党に屈した印象になり難しいが、政局の焦点が森友学園に移った今こそ、撤退のマイナス効果と自身への疑念を最小にするベストタイミングと考えたのではないか。森友学園の籠池理事長の記者会見が始まった同じタイミングで発表するとはきわめて姑息なやり方だと思わざるを得ない。

 これまで治安に問題はないと言い続けたこととの辻褄を合わせるための安倍総理の説明は、現地で活動を続ける他国の部隊には到底説得力を持ちえない。いったんPKOに派遣されれば、各国部隊は国連の指揮下に入る。各国が協力し合うミッションから自己都合で撤退したことによる信頼の失墜は、今後、国連、そしてアフリカにおける日本の発言力の低下に如実に表れるであろう。本来は外交の視点からも、中国が大きな影響力を持つアフリカにおいては、今回のPKOによって影響力をアップさせたかったはずだが。

 厳しい環境の中、任務を続けてきた自衛隊員の方々が非常に気の毒でもある。

2.自衛隊海外派遣の検証が必要
 
 1992~3年にかけて展開されたカンボジアPKOにおける自分の経験を思い出す。国論を二分した議論の末、初めて海外派遣された自衛隊。日本政府は最も安全な地域とされたタケオ州を拠点に施設大隊を展開し、1200人の陸上自衛隊員が道路補修などを行っていた。一方、文民警察や選挙の円滑な準備のために地方に展開していた私たち国連ボランティアなどは、和平プロセスが完全に崩壊し、日々戦闘が続く状況の中での活動であった。そんな中、同僚であった国連ボランティア・中田厚仁氏が選挙実施の支援活動中に射殺され、文民警察も襲撃を受け高田晴行氏が殉職。自衛隊も一日も早く撤退すべきと世論は沸騰した。

 当時のUNTAC(国連カンボジア暫定統治機構)は、国連が一国の統治を暫定的に担う史上初めてのミッションだった。湾岸戦争で140億ドルを投じながら人的貢献がなかったがゆえに十分な評価を受けなかった日本は、国運を賭けてカンボジア和平に主導的な役割を果たそうとしていた。PKO協力法を成立させて自衛隊を派遣したことはその大きな柱であり、撤退は極めて高いハードルだった。万一自衛隊にも死者が出たなら内閣は吹っ飛ぶとされながらも、撤退は避けたい。その結果、より現地のニーズに応える貢献をすることよりも、とにかく無事任務を終えること自体が目的化しているように見えた。カンボジア、さらに続いて派遣されたモザンビークでも、現地で自衛隊の方々と意見交換をする機会があったが、自衛隊が本来持っている能力、隊員の高い士気を思うと、非常にもったいないと痛感した。

 南スーダンにおける自衛隊は350人の施設部隊。南スーダンPKO全体の中で特別大きな役割を果たしているわけではない。一方、安倍政権は2016年、米国が提案した南スーダンに対する武器禁輸決議案に中国やロシアとともに反対するという信じがたい対応をしている。まさに南スーダンの和平プロセスに対する背信だが、その理由は南スーダン政府が反発する決議に賛成することで自衛隊に危害が及ぶ可能性があると危惧したことだ。ただ、自衛隊が撤退すれば、日本政府として武器禁輸決議に反対する理由もなくなる。

 このような状況を総括し、今後何をもって平和への貢献を果たしていくのか、自衛隊をPKOに派遣する上での参加5条件をいかに現実に即したものに変えていくかなど、あらゆる面から検証することが必要だ。
 
 私自身、過去の自衛隊海外派遣が十分に検証されていないことを危惧し、2010年に外務委員会、2013年には衆議院本会議において、カンボジアやイラクへの自衛隊派遣の在り方についての検証の必要性と、その結果について質問をした。ところが、国会議員に対しても十数ページの報告書が出てきただけであり、その大半は現地の地図や派遣概要などの一般情報であり、次回以降の派遣に活かせるような情報や分析は皆無であった。派遣、撤退の際には大騒ぎをするが、その教訓が全く生かされていないことを実感した。この姿勢は貴重な記録であり、自分たちの行動の正統性を示す根拠でもある日報を隠蔽・破棄せよとする行為ともつながっていることを痛感する。

3.平和執行型に変容した国連PKOへの対応が不可欠

 国連PKOは、1994年のルワンダにおいて100万人の大虐殺を目の前に何もできなかった教訓から、1999年以降、目的が平和執行型に大きく変わった。国際人道法に基づき、紛争の当事者になってでも、積極的に住民の保護を行うようになったのである。当然、装備もより殺傷能力が高いものを使用することになる。

 カンボジアPKOでは、紛争4派が停戦に合意したことを受け、中立であることを前提とした軽装備のPKOであったが、その後内戦が再開し、ポル・ポト派に住民が攻撃され、国連PKO要員自体がターゲットにされても、自分たちの身を守ることさえできなかった。

 しかし、PKOが平和執行型になった現在、そもそも、日本のPKO派遣5原則が成り立っている状況で派遣することなど考えにくい。従って、戦闘行為が続いているにもかかわらず「発砲事案である」「治安は安定している」と、嘘の上塗りを行わざるを得ない状況は、本質的にはPKOの変貌とPKO参加5原則が全く相いれないものになっていることが原因だ。

 東ティモールやアフガニスタンなどで長年平和構築の現場に携わった東京外大の伊勢崎賢治教授が重要な問題提起をしている。自衛隊は現地では国連の指揮下に入るにもかかわらず、憲法9条のもと、交戦する前提がない日本には軍法がなく、軍事法廷もないもないため、軍事的過失を犯した自衛隊員をどのように裁くのか法的根拠がない。例えば、駆けつけ警護によって現地の武装勢力と戦闘になり、民間人を巻き添えに殺傷した時にどうするのか、根拠になる法律がないのだ。つまり、日本にはPKOを派遣する資格がそもそもないということだ。現実に合った法整備の在り方を根本から国会で議論・決定することなしに派遣を続けるのでは、今後も矛盾した対応は免れようがない。自衛隊の能力を活かすことは困難であり、現場の自衛官が真摯な活動をしても、PKOにおけるお客さん的な立場から脱却することは困難であろう。

4.日本独自の貢献の在り方-国際紛争の仲介役を積極的に担うべき
 
 今後、どのような視点に立てば日本の特性を活かした貢献が可能なのだろうか?

 あまり知られていないが、カンボジアPKOでは、自衛隊からは施設大隊以外にも停戦監視員が派遣されており、幹部自衛官が各国の幹部要員とともに任務に就いていた。私の任地はベトナム国境に近いラタナキリ州だったが、ベトナムとの国境地帯に派遣されていた停戦監視員の自衛官がよく立ち寄って下さり、様々な意見交換も行うことができた。他国の要員と共同で任務にあたるこの役割は、国際社会と共同で平和を構築する上での貴重なネットワーク作りにもつながる。私は、自衛隊を派遣するなら、この任務をもっと積極的に担うべきと考えている。

 また、文民職員としてPKOミッションに携わる要員を派遣するための人材育成にも尽力すべきだ。現場の草の根レベルで活動する専門家から司令部で采配を振るう幹部職員まで、紛争地の平和構築のために貢献できる人材を育て活用することは、自衛隊の派遣が困難な時にも日本の貢献を行う上で大きな意味がある。私は自分自身の経験から、特にこのようなミッションにおける幹部職員は、官僚よりも現場での経験が豊富な人材であるべきだと思う。リスクはあっても若い人材に積極的に紛争地域で経験を積ませる枠組みを作っていくべきだと思う。

 日本だからこそ果たしうる役割は、このような人材を幅広く活用し、平和国家であることの信頼を元に、国際紛争の仲介役を積極的に担うことだ。この試みは、インドネシア・スマトラ島の紛争地・アチェの紛争解決を行ったフィンランドの例がひとつの参考になるだろう。元大統領であるアハティサーリ氏と市民社会がタッグを組んでの紛争仲介外交は、日本の可能性を示している。また、これは日本の安全保障政策の根幹のひとつにもなり得る。ただし、アメリカの『間違った戦争』の下請けをするために集団的自衛権を行使するようなことがあれば、国際社会の信頼を得ることは不可能で、紛争の仲介など到底不可能であろう。

 鳩山vsアハティサーリ会談の意義-国際紛争の調停者としての日本を目指すために

 南スーダンPKOへの自衛隊の派遣は民主党政権時代に行われたものである。したがって、今回の撤退は政局にするのではなく、与野党が日本の国際貢献の在り方について建設的に議論するきっかけにすべきと強く問題提起したい。



私の任地・カンボジア・ラタナキリ州ボケオ村に選挙監視活動に来たフランス人の国連職員と


選挙実施を実施するための準備活動を行う私


ウルグアイから派遣されてきた兵士と


停戦監視員として派遣されていた自衛隊の方々と


同僚だった中田厚仁さんの遺影を持つ、国連ボランティア終身名誉大使を務めた中田武仁氏





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原爆投下をめぐる真実について考えるーNHK特集と米国人との対話をもとに

2017年01月15日 22時53分42秒 | 政治

 昨夜は原爆投下の意志決定がどのようになされたのかを迫るNHKのBSドキュメンタリーを観た。これは昨年8月5日に放送された『決断なき原爆投下 米大統領 71年目の真実』のロングバージョンでもある。https://www.youtube.com/watch?v=35Z1JUx3jQc

 原爆投下に関しては数えきれないほど米国人と意見交換をしてきた。米国では学校で『トルーマン大統領は、より多くの命を救うために原爆投下を決断した』と教えられている。第2次世界大戦における原爆投下に対する意識調査のアンケートでは、未だ米国民の5割が「原爆投下が間違っていなかった」とする回答したという。

 しかし、この特集ではこの定説を根本から揺るがす資料や証言が明らかにされている。すなわち、22億ドルもの予算をつぎ込んだ軍は、開発の成果を知らしめるため、なるべく多くの犠牲者を生み出して原爆の破壊効果を最大限アピールしようとしていた。急死したルーズベルト大統領から十分な引継ぎを受けていないトルーマン大統領は、投下計画を軍が綿密に進める中、それに異議を唱える余裕も知識もなく、黙認するしかなかった。そして、『より多くの命を救うために原爆投下を決断した』というフレーズは世論対策として後から書き加えられたことなどだ。

 原爆の開発は、軍の原爆投下責任者グローブスに全ての権限が委ねられ、彼は巧妙に科学者たちに役割分担をさせることで、科学者は大量殺りく兵器を作る意識を強く持たないようになっていく。また、17発の原爆を、まだ空爆が行われていない都市に投下すべく具体的な計画を練り上げていく。一方、急遽大統領の重責がまわってきたトルーマンには、対処すべき課題が多過ぎて、原爆はそのひとつに過ぎなかったため、軍主導の計画を止めることができない。これらの事実が、アメリカ人の学者による公開された資料の分析や、グローブスへのインタビュー、トルーマンの日記、当時の状況を研究する科学者、歴史学者への膨大な聞き取りをもとに明らかにされていく。

 軍は最大の破壊効果をアピールするため、爆風が広がりやすい地形であることから広島と京都、特に執拗に京都をターゲットに定め、京都駅や紡績工場を軍事施設と偽りの報告を行う。一方、スティムソン陸軍長官は、京都への投下は国際的な非難を受けると反対。断念した軍は、広島は軍の大規模施設が集まる陸軍都市と強調、市民をターゲットにすることを巧妙に隠微する。トルーマンは広島に原爆を投下しても一般市民の犠牲はほとんどないと思い込み、広島が最初のターゲット決められた。そのまま長崎にも投下。報告を受けたトルーマンは想定とは違うことを知って愕然とし、これ以上の投下は中止する。

 一方、トルーマンは、世論を操作するための都合のいい大義として『多くのアメリカ兵の命を救うため』という物語を後付けで作ったと研究者は指摘する。これは最初のラジオ演説の原稿にはなかった文言だった。トルーマンは1963年に日本の被爆者に会った時、50万人の日本人の命を救うためというストーリーを新たに加えた。

 歴史は博物館に展示されるだけではなく、常に検証し、修正する勇気を持ち続けなくてはならない。イラク戦争も、後に明らかにされた『大量破壊兵器はなかった』と事実に基づいて位置づけが変わってきている。17発も投下する可能性があったということ自体、犠牲者を少なくするために原爆を使ったという説明とは完全に矛盾する。

 一方、日本側は原爆の惨状を正確に伝える努力をしていない。広島でのセレモニーでオバマ大統領が語った「死が空から降ってきた(death fell from the sky)」という演説はまさに茶番だ。それは、日米が昨年10月、核兵器禁止条約に反対したことでも実証されている。安倍総理は「核兵器のない世界を必ず実現する」と世界に向けて宣言したが、条約への反対は、明らかにこの宣言と矛盾する。唯一の戦争被爆国のリーダーが発したメッセージは本気ではなかった、単なる人気取りだったと国際社会から受け止められても仕方ない。

 明らかにされた事実が不都合なものであった場合、正面から向き合い、自らの立ち位置を変える勇気を持つことは難しい。しかし常に自らを振り返り、ご都合主義や思考停止になることを戒め、必要であれば新しい考えを受け入れる勇気を持ってこそ信頼を得られるのだと改めて思う。
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新年に想うー公正な社会の実現のために

2017年01月01日 10時52分50秒 | 日常

 新年、おめでとうございます。

 昨年は世界が大きく動き出した1年だったのではないでしょうか。

 私にとって一番印象的だったのは、昨年の3月、ミャンマーの民主化についての日米協力というテーマで講演する機会を頂いた米国ワシントンD.C.で接した民主党大統領候補バーニー・サンダース氏に対する若者たちの熱狂です。公正な社会の実現を目指し、1%のための政治ではなく、置き去りにされた99%のための政治を!との訴えは若者を中心に米国人の価値観を大きく変え、それが世界にも波及していくようなうねりを感じました。

 一方、同様の格差社会への反発と反グローバル主義・保護主義の台頭によって、結果はトランプ大統領が誕生。また、欧州をはじめ、世界各国で排外主義を訴える勢力が大きな力を持つようになっています。

 わが国においては、政治が緊張感を失い、安倍政権は民意を無視した危険な方向に向かっているように思えてなりません。今年こそは、国民の皆さまに信頼される野党としての民進党を再建し、緊張感のある政治を取り戻さなければなりません。

 日本、そして世界が多様性を尊重し、違いを受け入れ認め合ってそこから新しい価値を生み出せるように、その上で政治が役割を果たせるようにしなければと強く感じています。

 私自身は三重県で新たなチャンスを頂き、日々、地域を歩いて草の根活動を続けています。今年は酉年。羽ばたく鳥のような飛躍の1年にしたいと思います。今年もどうぞ宜しくお願いいたします。

 新しい一年が皆さまにとって素晴らしい年となりますよう、お祈りしております。







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24年目の再会ー山岳少数民族の村から届いたメッセージ

2016年12月06日 19時36分45秒 | ボランティア

 昨日は嬉しいことがありました。1992~3年にかけて私が国連の一員として活動していたカンボジア・ラタナキリ州の山岳少数民族の村で先生をしている女性からメールが届いたのです。

 私は選挙を実施するための地域の責任者でしたが、内戦で破壊された村には電気も水道もなく、首都プノンペンからは国連のヘリコプターでしか行けない陸の孤島でした。彼女は当時生まれたばかりの赤ちゃんで、私の記憶はないそうです。でも、私が撮った写真は家に宝物のように大切に飾られていて、この写真を見て、両親に私のことを沢山質問したそうです。そして、いつか私に会ってみたいと思い続けてくれていたそうです。

 山岳少数民族の言葉には文字もなく、教育の機会も十分ではありません。しかし、彼女は努力を続けてプノンペン大学を卒業し、少しでも村の発展の力になりたい!と先生として村に戻ってきました。Facebookで私を発見し、英語でメッセージを送ってきてくれました。これからは、24年前に1年間過ごした村の様子を彼女を通して知ることができます!


 I want to inspire people. I want someone to look at me and say " Because of U I didn't give up" .

 彼女のこの言葉、私もしっかり受け止めて頑張らなくては!と改めて思いました。 



1992年のボケオ村の様子。後方が村のマーケットです。当時は村には食べ物があまりなく、私もかなり痩せて見えます。


私の著書『心にかける橋』に、いつも彼女を抱っこして遊びに来る少年と一緒に撮った写真も載っています。


左端が彼女の父親です。一緒に仕事をした仲間ですが、亡くなってしまったそうです。


プノンペン大学で学ぶ彼女


プノンペン大学を卒業する彼女
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『駆けつけ警護』が生み出すリスクと、紛争地の現実を踏まえたPKOでの貢献のために

2016年11月30日 23時55分46秒 | 政治
『駆けつけ警護』が生み出すリスクと、紛争地の現実を踏まえたPKOでの貢献のために

 11月15日、南スーダンの国連平和維持活動(PKO)に参加する陸上自衛隊に新たに「駆け付け警護」を任務に加えることが閣議決定された。今日、主力部隊が、青森空港から現地に向けて出発した。

 『駆けつけ警護』が運用される南スーダンは、7月に大規模な戦闘が発生。約270人が死亡するなど深刻な衝突が続発し、政府軍兵士による市民の殺害も頻発しているとされる。PKOの現場(1992~1993年カンボジア、1994~1995年モザンビーク)や、パキスタン、東ティモールなど様々な紛争地域で平和構築活動に関わった経験から言うと、紛争の現場では自分たちがどのような理由で誰に攻撃を受けているかわからないことも多い。攻撃対象を混乱させるため、兵士たちは所属とは異なる軍服を着ていることがあり、誰が攻撃して来たのか容易に判断できないからだ。さらに南スーダンにおいては政府側・反政府側のどちらにも、武装勢力の民兵が戦闘に参加している。

 このような状況では、駆けつけ警護を行う自衛隊員も混乱する。確かに襲撃を受けている民間人や国連職員を見殺しにせざるを得ない現状の改善になる可能性はある。しかし、私の経験では、軍と一体化して見られることは、むしろ状況が危うくなる可能性が高い。また、例えば人質の救出は、米国の特殊部隊でさえも成功させるのは至難の業だ。現地の民間人が襲撃された現場に駆け付け、救出できる状況は非常に限定的だ。また、一瞬の躊躇が自衛隊員の命を危うくする局面も起こり得る。自衛隊は憲法上他国軍とは交戦できない。しかし、交戦相手の特定は難しく、図らずも政府軍兵士と交戦になる可能性はある。

 意義とリスクを比較した時に、リスクの方が遥かに大きいのではと考えざるを得ない。

 そもそも派遣する前提が間違っている。

 安倍政権は南スーダンでは『紛争は発生していない』と強弁し、現地の武力衝突はあくまで『発砲事案』であると説明している。日本の自衛隊派遣はPKO5原則が守られ、戦闘当事者の間で停戦合意が行われていることが条件となっているので、現実とはかけ離れた解釈をしているのだ。しかし、現在行われている戦闘が、どうして『紛争』ではないのか。戦闘しているのが誰かもわからないところで、どうやって『軍』と『軍以外』を分けるのか。

 南スーダンで政府軍と戦闘を続ける反政府勢力のトップ、マシェル前副大統領は、朝日新聞のインタビューに対し「7月に起きた戦闘で、和平合意と統一政権は崩壊した」と語っている。稲田朋美防衛大臣は10月8日に陸上自衛隊施設部隊の活動状況を視察するため、南スーダンを訪れている。しかし、首都ジュバ市内を防弾仕様の車で移動し、国連南スーダン派遣団のトップと会談するなど、会談中心にわずか7時間滞在しただけであった。現場視察は、国連施設内で避難民向けの退避壕を整備している自衛隊員の活動を、写真撮影などを含めて約5分間見ただけとのこと。とても、現地の治安について判断を下せる視察ではなかったようだ。

 紛争地であっても、人々の生活があり、子供たちの無邪気な笑顔に癒されることも多い。しかし、そんな平穏なひとときがいつ、銃声や爆撃によって破られるのかわからないのが紛争地だ。

 私は、現地が危険だから自衛隊は行くべきではないとは考えていない。PKOの現場に危険が存在しうるのは当たり前であり、ひとたび現地に派遣されれば、自分たちだけ安全な場所で活動したいという論理は通用しない。世界のPKOの現状は、部隊を送ることで外貨稼ぎをしたい発展途上国と、紛争の拡大を何としても食い止めたい周辺国が中心だ。そして、1994年のルワンダで虐殺を防げなかった苦い経験から、PKO部隊は中立であるよりも平和執行型、つまり、紛争の当事者になっても人道的措置を行うことが主流になっている。そこに無理やり自衛隊を派遣することのメリットとデメリットをもっと冷徹に判断すべきだ。安全であると国内向けには説明し、現地では危険なところには行きたくないとゴリ押しするのでは滑稽な存在と見られるだけだ。安倍総理は撤退を躊躇しないと言っているが、各国が一体化して活動を行っている時に、自分たちだけが危険だからという理由で撤退など簡単にできるはずがない。そんなことなら最初から行かないことだ。平和的な方法での貢献はいくらでもある。アフリカのPKO部隊の能力構築などもひとつの方法であろう。


 1992~3年にかけて展開されたUNTAC(国連カンボジア暫定統治機構)においては、紛争4派の和平合意が崩壊し、完全に紛争状態になっていたにも関わらず、政府はPKO5原則は崩れていないと現実とは異なる答弁をしていた。日本の自衛隊は士気も高く、現地では正確な仕事ぶりで信頼を得ていた。現場の実情を知らない政治家による判断が、活躍できる可能性を奪うのみならず、命のリスクを高めている。

 カンボジアPKOにおいては、自衛隊は当時もっとも安全と言われたタケオ州で施設大隊が活動し、国連の指揮下で活動していた文民警察や私たち国連ボランティアなどの文民要員は最前線で活動していた。実際に、文民警察の高田晴行氏、私の同僚だった中田厚仁さんは待ち伏せ攻撃によって殺害された。現地では駆けつけてくるのを悠長に待っている余裕などない。私たちは『軍』とは一体化しないことで攻撃されるリスクを回避させようとしていた。現地の言葉を覚え、ともに生活をすることで信頼関係を構築し、彼らからの情報に基づいて安全対策を講じていた。従って、状況を把握しない自衛隊が突入することで、より危険な状況を招く可能性もある。そこで交戦になって民間人に被害を与えた場合、部隊全体、また現地にいる私たち文民の活動がさらなるターゲットになる可能性が生まれる。

 政府軍が反政府武装勢力に扮して活動をしていることも多々ある。私が1995年10月、私はカンボジア・カンポット州で武装グループに襲撃を受けたことがあるが、給料が十分に支払われず、強盗団として暗躍していた政府軍の兵士であった。
 
 PKOの多くは安全だから活動するのではなく、危険だからこそ局面を打開するのが現地の期待だ。日本側の都合に合わせた現地情勢の解釈をし、日本側の都合に合わせた活動を要請し、日本側の都合次第で撤退するのでは、本当の信頼を得ることはできない。

 今後、自衛隊をPKOなどで海外派遣を検討する際には、事前、そして活動中の情報収集と分析のために前線に国会議員を駐留させてはどうか? 事前の情報収集に基づいて日本が可能な活動を提案する。国会が安全として派遣を決定した以上は、前線で活動を見守り、検証する。稲田大臣のようにまるでアリバイ作りのごとく駆け足で視察をするのでは意味がない。現地の状況を総合的に判断すべく、自衛隊やピアソンPKO訓練センター(カナダ)のような場所で一定の訓練を受けた上で情報収集・分析を任務とする役割を与える。最低でも数週間から数か月のローテーションを組み、自衛隊が任務を行う間、現地の宿営地に滞在する。各国部隊、難民キャンプや国内避難民キャンプ、またNGOの活動現場にも滞在し、現地の一次情報を自ら収集し、日本が可能な貢献について提案・報告を行うのだ。国会議員にはこのような能力に長けた人材もいるし、このことは日本がインテリジェンス能力を高める上での財産にもなるだろう。そもそも、危険かどうかの判断は国会にいてもわかるわけがない。自分の命が危険に晒されて初めて可能になると私は思う。


自衛隊から派遣された停戦監視員の方々と。他国軍の幹部クラスとともに治安情勢について情報収集と分析を担当していました


選挙実施の指導をしていた私とスタッフ


有権者教育を行う私


選挙当日、投票所の監視を務めた国連文民要員、現地スタッフ、文民警察とともに


モザンビークのPKOにおける選挙キャンペーンの視察時に


政治評論家だった舛添要一氏が研修中の私たちを現地取材に。より長期間、より現場に入って情報収集活動を行うことで、より良いPKO活動を行う問題提起は可能だ
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日本にとっての好機にするしかないートランプ大統領が現実に

2016年11月10日 00時01分13秒 | 政治

 ドナルド・トランプ候補が圧勝した。ウォール街や巨大エネルギー企業、軍産複合体、製薬会社などの巨大企業が巨額の政治献金を行い、戦争を含めた政策を『買う』システム。1%の既得権益者に利益供与する代わりに残りの人々を置き去りにする政治。多くの人がこの現実に目覚め、ヒラリー・クリントン候補では何も変わらないと考えた人々が、どれほど個人的には嫌いであっても、トランプ候補に変化へのいちるの望みを託した結果であったと思う。そもそも大富豪であるトランプ氏自体が既得権者なのに、どうしてこれを壊してくれると考えるのか私には理解できないが、ヒラリー・クリントン候補があまりにも既得権の権化のようなイメージを持たれていることも大きな要因だろう。

 堤未果氏によるとクリントン夫妻が2001年以降に受け取った講演料は5300万ドル(53億円)になるそうだ。これが純粋な講演料であるはずもなく、政策をお金で買う政治を象徴している。トランプになってこれが変わるとも思わないが、とにかく現状を変えて欲しいという切羽詰まった人々の声を託すのがヒラリーでは有り得なかったことがトランプ大統領を生んでしまったのだと考えざるを得ない。

 私はバーニー・サンダース民主党大統領候補が火をつけたこの問題意識が結果的にトランプ候補を後押ししたと感じている。この3月にワシントンD.C.で講演した時、ちょうど大統領選挙の予備選がワシントンで開催されていた。私が対話した市民社会の中で、バーニー・サンダース氏の圧倒的な支持に比較してヒラリー・クリントンは全く人気がなく、今日の結果を予感させた。

http://blog.goo.ne.jp/xd…/e/73e096b0b6f3f4d1022aad1728642fbe

 世界の多くの国で、このシステムを壊したいと考える人々が異議申し立てをしている。しかし、もっとも変化が必要な日本は変わらない。変われない。その危機感を改めて感じた投票結果でもあった。

 しかし、トランプ大統領では、安倍総理といえども米国追従一辺倒というわけにもいかない。日本が初めて主体的な外交を行い、自立度の高い日米関係を構築する契機になれば、トランプ大統領の存在が日本の新たな状況を生み出す結果になるかもしれない。

 
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ここから必要なのは一致結束して代表を支え、ともに闘うこと

2016年09月15日 23時31分06秒 | 政治

 今日は臨時党大会に参加。蓮舫候補が代表に選出されました。闘いが終わればノーサイド。まず私たち全員が、全力で新しい代表を支えていかなくてはなりません。

 蓮舫候補、前原誠司候補、そして玉木雄一郎候補の訴え。それぞれに魂を込めてのスピーチは素晴らしいものでした。本物の危機感と、今こそ絶対に党を再生させる本気が滲み出ていたと思います。

 蓮舫議員が唱える、提案、対案を示すことで政権担当能力を示し、国民に選択肢を提供する路線。前原誠司候補が訴えたAll for All。つまり全ての人が負担をして、全ての人が受益者となることで分断を乗り越え希望を分かち合える社会の実現。そして玉木雄一郎候補が示した『こども国債』を通して子育て・教育予算の完全無償化を実現させる決意。それらは矛盾するものではなく、一致して取り組むべき課題だと思います。

 代表に選ばれた蓮舫候補の話で印象的だったのは彼女の名前の由来です。蓮は平和の象徴。戒厳令と白色テロの時代の台湾に生きてきたお祖母さんが、平和な世の中で生きてほしい。泥沼の中できれいな花を咲かせる蓮の舟(舫)のような女の子になって欲しいという思いを込めて名付けてくれたそうです。今の民進党の代表になることは泥舟の船頭になることかもしれません。しかし、まさに泥舟を蓮舫(蓮の舟)に、きらりと輝く、そして力強く進む大きな船にしなくてはならない。その使命を全員で担うのが私たちの役割だと思います。

 ただし、嵐の中の船出です。二重国籍に関する彼女の説明がブレた印象、それは私も同じです。この点については、より踏み込んだ説明が必要だと思います。一方で、世界的に国境や人種の壁や低くなる中、国境を超えた結婚により二重国籍を持つことはますます増えていくでしょう。そんな人々をヒステリックに糾弾する日本であれば、多くの外国人が日本で働き、生活することに躊躇するでしょう。私自身は岡田前代表が言うように多様性を象徴する蓮舫氏が代表になることは素晴らしいと思うし、いつか日本のリーダーになった時、それを誇りに思う日本でありたいと思います。

 批判・反対から提案を明示し、安倍政権に論戦を挑む政党に。政権与党がさまざまなしがらみゆえに実現が難しい政策を国民目線で作り上げ、国会で議論する。政治によって生み出された不公正を政治の力で変えていく。そんな役割を果たすことができれば必ず支持を回復できると確信しています。

 広島カープが25年ぶりの優勝を遂げました。圧倒的に資金力では不利な状況で長年低迷しましたが、無名の選手を鍛え上げ、粘り強く闘っての優勝。この姿こそ我々が見習わなくてはなりません。一朝一夕に信頼回復はできませんが、生まれ変わる勇気を持ち、地道な努力を一歩一歩積み重ねることが唯一の方法だと思います。今回の代表選、そんな党に生まれ変わる転換点にしなくてはなりません。


代表選挙の討論会で


臨時党大会での蓮舫新代表決定後。


私自身は路上で、駅頭でひたすらファイトを続けるだけです。


まずは少しでも知ってもらうこと。ポスター掲示へのご協力は本当にありがたいです。


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