阪口直人の「心にかける橋」

衆議院議員としての政治活動や、専門分野の平和構築活動、また、趣味や日常生活についてもメッセージを発信します。

「紀の川万葉の里マラソン2011」

2011年11月27日 21時18分54秒 | スポーツ

 今日は「紀の川万葉の里マラソン2011」に参加しました。かつらぎ町の妹背山周辺には万葉集に詠まれた由緒ある場所が沢山あります。そのゆかりの場所を結び、アップダウンの激しい山の中を走る厳しいコースでした。記録は48分14秒(10キロ)でした。

 ひとつの歌枕で詠まれた妹背山の万葉歌15首は全国で2番目。富士山よりも多く詠われているそうです。万葉集は日本人の魂のふるさとでもあり、世界に誇る文化遺産でもあります。そんな万葉集ゆかりの地を、自分の足で走って感じる素敵なレースでした。


 「真木の葉のしなふ背の山しのはずで 我が越え行けば木の葉知りけむ」

 (何か急ぎの用事があったのか、真木の葉がたわむばかりに心地良く繁る背の山をゆっくりと賞美するいとまもなく越えていかなければならない。そのことを、木の葉に歌い掛け、許しを請う歌だそうです)

 ちょっと今日の私の心境に近かったかもしれません。タイムからすればさほど急いで走っていたとは言えないかもしれませんが・・・。


 この大会の大きな特徴は、「憩楽(いこら)クラブかつらぎ」というマラソンクラブが中心になって運営していることです。コースも美しく、手作り感がいっぱいの素晴らしい大会でした。私は一般参加だったのですが、トライアスロンの選手で高名な弁護士でもある藤井幹雄理事長に「ぜひ、挨拶を!」言って頂き、飛び入りのスピーチもさせて頂きました。

 今回は10キロレースでしたが、日々の活動が忙しく、事前の練習は、今週3回ジョギングしただけでした。さすがに記録を狙って走るのは無理だと思いました。最低目標を「50分以内」と定め、なるべく沿道の方々とコミュニケーションをして、風光明媚なコースを楽しむこと意識して走りました。坂道が続くコースに脚がパンパンになりましたが、楽しく走り切ることができました。今シーズンはこのレースを皮切りに、できるだけ多く、地域のマラソンを走りたいと思っています。

 

写真上:レース前の私。背景の「妹背山」を中心に走りました!



写真上:スタート直後の様子。「阪口さん、頑張れ!」と多くの声援を頂きました。


写真上:ゴール直前の私。最後の200メートルは全力疾走でした!



写真上:記録証を手に。
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鳩山vsアハティサーリ会談の意義-国際紛争の調停者としての日本を目指すために

2011年11月26日 22時54分09秒 | 政治

 昨日は、2008年のノーベル平和賞受賞者でフィンランド元大統領マルティ・アハティサーリ氏を囲んで国会内でふたつの勉強会を実施しました。

 アハティサーリ氏は、外交官として、また国連のミッションの代表としてナミビア、北アイルランド、イラク、コソボなどで紛争解決や平和構築に従事してきました。その中でも30年にわたって紛争が続いてきたインドネシア・スマトラ島アチェの紛争を解決に導いたことが最大の功績とされています。アチェの和平は、日本政府が野心的に取り組んだ稀な例なのですが、2003年に屈辱的な失敗に終わりました。それを、ひとりのフィンランド市民だったユハ・クリステンセン氏と調停役を引き受けたアハティサーリ氏のコンビが30年間の内戦を終結に導きました。その気概と戦略を日本の国会議員とシェアして頂きたいと思い、昨日の勉強会を企画しました。

 国会議員の中で、私が誰よりも会わせたかったのは、鳩山由紀夫元首相でした。昨年6月2日、まさに鳩山首相が辞任された日、私は「次は日本のアハティサーリを目指してください!」と紛争の調停者としての挑戦を提案しました。「そのためのシンクタンクとして鳩山平和財団を作っては如何でしょう?」と唐突に提案したところ、「では議員を辞めて協力してくれるかな?」と笑って返されましたが、私はすぐに「提案書」を持って行き、さらに迫りました。そして昨日、アハティサーリ氏と1時間にわたって会談の機会を作ることができたのでした。



写真上:左から川内博史衆議院議員、鳩山由紀夫元首相、アハティサーリ元大統領、私。


 私は国際協力における顔の見せ方としては「草の根」で顔を見せること、そして国際交渉で存在感を示すことの二つがあると思います。私は国際交渉の中でも多くの人々の命を救う「和平協定の締結」には特別な意味があると思っています。自民党政権下、一貫して米国追従の外交姿勢を取ってきた日本が、多くは米国が関与してきた紛争の「調停役」を務めることには無理がありました。しかし、鳩山元首相は、CO2削減や東アジア共同体構想など、より地球益の視点に立った外交姿勢を示したと思います。道半ばで辞任に追い込まれましたが、紛争調停役の資格を持った最初の日本のリーダーだと思い「前首相」になったその日に待ってましたとばかり働きかけたのでした。

 なぜ「元(前)首相」がいいのか。アチェを例に取ると、私は「内政不干渉」の立場を取る日本政府では、インドネシア政府と自由アチェ運動(GAM)の交渉の公正な仲介者になること自体無理があったと思うし、紛争当事者の、時に理不尽な要求を受け止める役割は政府にはそぐわないと思います。先週私の部屋を訪ねてきてくれたクリステンセンも言っていましたが、市民社会の中に豊富なアクターがいること、そして国際社会を動かせる政治的な力も持ったフェアな調停者が強力なリーダシップを発揮することが交渉を成功させる鍵だと思います。元イスラエル首相のペレス氏、元米国大統領のカーター氏、そしてアハティサーリ氏の3人のノーベル平和賞受賞者は、いずれも元国家リーダーとしての立場を活かして多くの紛争を和平に導きました。

 昨日の会談の最後に鳩山元総理がおっしゃった言葉が印象的でした。

「私は友愛の精神を掲げてきましたが、元大統領が、紛争当事者に人間としての尊厳を認めて接し、それぞれの主張の違いを認め合う中で解決の糸口を見出したこと、非常に参考になりました。この分野で日本の政治家として果たすべき役割を果たしていきたいと思います」

 その言葉に、会合をセッティングした大きな成果を感じました。鳩山さん! アハティサーリ氏の危機管理イニシアティブ(CMI)、カーター氏の「カーターセンター」に相当するチーム作りから始めましょう! 私もまだ議員は辞めませんが、微力を尽くす覚悟です!





写真上:第一部は超党派の国会議員を対象に行い、私がモデレーターを務めました。




写真上:まるでベテランの教育者ような穏やかな口ぶりで惜しみなく知見を披露してくださいました。




写真上:第一部に参加してくださった国会議員と。金曜の夕方だったので途中退席された方もいましたが、活発な意見交換ができました。

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今週の地元活動-和歌山の安心と魅力をつくるために

2011年11月20日 23時15分13秒 | 政治

 昨日は田辺市で台風12号の被害からの復興会議を実施。この日は特に農業被害の補償を中心に、農林水産省の方々と地元自治体やJA関係者などとの意見交換の機会を作りました。1市4町の市長・町長も参加してくださいました。2市8町1村の市町村長が参加された先月14日の会議に続き、民主党の立会いのもと、省庁と自治体の方々が向き合える機会を作れたことには大きな意義があったと思います。

 復興に向けて鬼気迫る表情で大車輪の活躍をされた玉置公良衆議院議員、大蔵省の人脈、経験を活かして尽力された岸本周平議員の力により、東日本大震災の第三次補正予算の中に台風12号からの復興予算を3000億円も組み込むことができたのは、そのスピードも額も大きな成果だと思います。




写真上:台風12号の民主党和歌山県災害対策本部長として挨拶。




写真上:今日も自転車で挨拶まわりをしました。午前中は「紀の川市産業まつり」に参加。多くの農業関係者などと意見交換。午後は一軒一軒を挨拶まわりし、その後自転車で活動。夕方からは街宣カーに乗って演説をしてまわりました。




写真上:火曜には連合和歌山の定期大会に出席。和歌山県連代表として挨拶しました。5年間にわたって会長として貢献された村上会長にお礼の挨拶がしたかったので、午前中国会で会議に出た後和歌山に飛びましたが、夜も東京で会議があったので、和歌山滞在は1時間でした。



写真上:今日の紀の川市の産業まつりにて。和歌山の名産のひとつ「あんぽ柿」を手に。



写真上:赤十字奉仕団のボランティアの方々と。多くの明るい笑顔で激励を受けました。


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ブータン国王の演説に想う-Gross National Happinessの精神への感動

2011年11月19日 23時12分05秒 | 政治

 11月17日、ブータンのジグメ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク国王とジェツン王妃をお招きしての衆議院本会議に出席しました。

 いつも通り普段の自分の席に座りましたが、当日は自由席だったので、少し前の席に移り、国王夫妻から2メートルぐらいの特等席に座りました。国王と王妃の表情を間近に見ながら演説を聴きました。

 演説(全文掲載します)は、日本人の世界に対する貢献、また、東日本大震災後の、他の国であれば大変な混乱に陥るであろう状況で、お互いを思いやり支えあう日本国民の精神の気高さへの深い尊敬を示す、素晴らしいものでした。また、目の前で見る、美しい王妃と作り出す温かいオーラが、何とも言えないやさしい空気を生み出していて、「一人の若者」でもある国王の謙虚な言葉は素直に私たちの心に伝わりました。

 本会議場で聴いた演説としては、鳩山由紀夫首相の所信表明演説を聴いた時と並ぶ感動を覚えました。その時は、国会議員としての初めて登院と、政権交代を実現した高揚感が議場にあふれていたことへの感動でしたが、最近はいつも殺伐とした議場を温かい空気に満たした今回の演説にはしみじみと心に響く感動がありました。

 ブータンはGross National Happiness。つまり経済発展よりも国民総幸福量の大きさを目指すことを憲法にも記している国として有名です。昨年カンボジアでの「アジア政党会議」に参加した時も、民族衣装「ゴ」を着込んだブータンからの参加者は、この点を何度も訴えていました。私はこの考え方は、成熟社会を目指すべき将来の日本、特に和歌山県のような自然と文化遺産に恵まれた県が進むべき方向性に一致すると強く感じています。

 私のブータンへの関心は、子どもの頃に始まりますが、最初に強い感銘を受けたのは、1989年2月24日、今の国王のお父様であるジグミ・シンゲ・ワンチュク国王が昭和天皇の大喪の礼に参列するため、来日した時のことです。他の国の首脳の多くが日本から経済的な協力を得るために、葬儀の前後に日本政府首脳と会談する弔問外交を行う中、ブータン国王はこうした弔問外交を一切行いませんでした。「昭和天皇への弔意を示しに来日したのであり、援助をもらうためではありません」と毅然とした態度と、1ヶ月間も喪に服してくださったことに感動しました。

 また、国王の権限を縮小し、王政でありながら民主的な機能を取り入れた議会への改革を行ったのも前国王です。同じ小さな山国でもあるキルギス共和国に私が関心を持った理由のひとつは、ブータンと同様に絶対的権力者による国民への権限の委譲を応援したいと思ったことでした。

 ブータンにも様々な問題はあります。民族の伝統を重んじることは、ネパール系住民にとっては住みにくい状況を生み出し、多くの難民を生み出しています。彼らにとっての幸せについても、国際社会は注視し、行動する必要があるでしょう。

 明日帰国されるブータン国王夫妻。ここ数日、日本のメディアは詳細に報道し、ブームが起きつつあるようにも思えます。あらゆるブームに乗ることを断固拒否する天邪鬼な私ですが、「幸せ」について考える機会を与えてくださった若い素敵なカップルには、心から感謝したいと思います。




国会演説全文

 天皇皇后両陛下、日本国民と皆さまに深い敬意を表しますとともにこのたび日本国国会で演説する機会を賜りましたことを謹んでお受けします。衆議院議長閣下、参議院議長閣下、内閣総理大臣閣下、国会議員の皆様、ご列席の皆様。世界史においてかくも傑出し、重要性を持つ機関である日本国国会のなかで、私は偉大なる叡智、経験および功績を持つ皆様の前に、ひとりの若者として立っております。皆様のお役に立てるようなことを私の口から多くを申しあげられるとは思いません。それどころか、この歴史的瞬間から多くを得ようとしているのは私のほうです。このことに対し、感謝いたします。

 妻ヅェチェンと私は、結婚のわずか1ヶ月後に日本にお招きいただき、ご厚情を賜りましたことに心から感謝申しあげます。ありがとうございます。これは両国間の長年の友情を支える皆さまの、寛大な精神の表れであり、特別のおもてなしであると認識しております。
 ご列席の皆様、演説を進める前に先代の国王ジグミ・シンゲ・ワンチュク陛下およびブータン政府およびブータン国民からの皆様への祈りと祝福の言葉をお伝えしなければなりません。ブータン国民は常に日本に強い愛着の心を持ち、何十年ものあいだ偉大な日本の成功を心情的に分かちあってまいりました。3月の壊滅的な地震と津波のあと、ブータンの至るところで大勢のブータン人が寺院や僧院を訪れ、日本国民になぐさめと支えを与えようと、供養のための灯明を捧げつつ、ささやかながらも心のこもった勤めを行うのを目にし、私は深く心を動かされました。

 私自身は押し寄せる津波のニュースをなすすべもなく見つめていたことをおぼえております。そのときからずっと、私は愛する人々を失くした家族の痛みと苦しみ、生活基盤を失った人々、人生が完全に変わってしまった若者たち、そして大災害から復興しなければならない日本国民に対する私の深い同情を、直接お伝えできる日を待ち望んでまいりました。いかなる国の国民も決してこのような苦難を経験すべきではありません。しかし仮にこのような不幸からより強く、より大きく立ち上がれる国があるとすれば、それは日本と日本国民であります。私はそう確信しています。

 皆様が生活を再建し復興に向け歩まれるなかで、我々ブータン人は皆様とともにあります。我々の物質的支援はつましいものですが、我々の友情、連帯、思いやりは心からの真実味のあるものです。ご列席の皆様、我々ブータンに暮らす者は常に日本国民を親愛なる兄弟・姉妹であると考えてまいりました。両国民を結びつけるものは家族、誠実さ。そして名誉を守り個人の希望よりも地域社会や国家の望みを優先し、また自己よりも公益を高く位置づける強い気持ちなどであります。2011年は両国の国交樹立25周年にあたる特別な年であります。しかしブータン国民は常に、公式な関係を超えた特別な愛着を日本に対し抱いてまいりました。私は若き父とその世代の者が何十年も前から、日本がアジアを近代化に導くのを誇らしく見ていたのを知っています。すなわち日本は当時開発途上地域であったアジアに自信と進むべき道の自覚をもたらし、以降日本のあとについて世界経済の最先端に躍り出た数々の国々に希望を与えてきました。日本は過去にも、そして現代もリーダーであり続けます。

 このグローバル化した世界において、日本は技術と確信の力、勤勉さと責任、強固な伝統的価値における模範であり、これまで以上にリーダーにふさわしいのです。世界は常に日本のことを大変な名誉と誇り、そして規律を重んじる国民、歴史に裏打ちされた誇り高き伝統を持つ国民、不屈の精神、断固たる決意、そして秀でることへ願望を持って何事にも取り組む国民。知行合一、兄弟愛や友人との揺るぎない強さと気丈さを併せ持つ国民であると認識してまいりました。これは神話ではなく現実であると謹んで申しあげたいと思います。それは近年の不幸な経済不況や、3月の自然災害への皆様の対応にも示されています。
 皆様、日本および日本国民は素晴らしい資質を示されました。他の国であれば国家を打ち砕き、無秩序、大混乱、そして悲嘆をもたらしたであろう事態に、日本国民の皆様は最悪の状況下でさえ静かな尊厳、自信、規律、心の強さを持って対処されました。文化、伝統および価値にしっかりと根付いたこのような卓越した資質の組み合わせは、我々の現代の世界で見出すことはほぼ不可能です。すべての国がそうありたいと切望しますが、これは日本人特有の特性であり、不可分の要素です。このような価値観や資質が、昨日生まれたものではなく、何世紀もの歴史から生まれてきたものなのです。それは数年数十年で失われることはありません。そうした力を備えた日本には、非常に素晴らしい未来が待っていることでしょう。この力を通じて日本はあらゆる逆境から繰り返し立ち直り、世界で最も成功した国のひとつとして地位を築いてきました。さらに注目に値すべきは、日本がためらうことなく世界中の人々と自国の成功を常に分かち合ってきたということです。

 ご列席の皆様。私はすべてのブータン人に代わり、心からいまお話をしています。私は専門家でも学者でもなく日本に深い親愛の情を抱くごく普通の人間に過ぎません。その私が申しあげたいのは、世界は日本から大きな恩恵を受けるであろうということです。卓越性や技術革新がなんたるかを体現する日本。偉大な決断と業績を成し遂げつつも、静かな尊厳と謙虚さとを兼ね備えた日本国民。他の国々の模範となるこの国から、世界は大きな恩恵を受けるでしょう。日本がアジアと世界を導き、また世界情勢における日本の存在が、日本国民の偉大な業績と歴史を反映するにつけ、ブータンは皆様を応援し支持してまいります。ブータンは国連安全保障理事会の議席拡大の必要性だけでなく、日本がそのなかで主導的な役割を果たさなければならないと確認しております。日本はブータンの全面的な約束と支持を得ております。

 ご列席の皆様、ブータンは人口約70万人の小さなヒマラヤの国です。国の魅力的な外形的特徴と、豊かで人の心をとらえて離さない歴史が、ブータン人の人格や性質を形作っています。ブータンは美しい国であり、面積が小さいながらも国土全体に拡がるさまざまな異なる地形に数々の寺院、僧院、城砦が点在し何世代ものブータン人の精神性を反映しています。手付かずの自然が残されており、我々の文化と伝統は今も強靭に活気を保っています。ブータン人は何世紀も続けてきたように人々のあいだに深い調和の精神を持ち、質素で謙虚な生活を続けています。「両国民の絆をより強め深めるため不断の努力を行う」 今日のめまぐるしく変化する世界において、国民が何よりも調和を重んじる社会、若者が優れた才能、勇気や品位を持ち先祖の価値観によって導かれる社会。そうした思いやりのある社会で生きている我々のあり方を、私は最も誇りに思います。我が国は有能な若きブータン人の手のなかに委ねられています。我々は歴史ある価値観を持つ若々しい現代的な国民です。小さな美しい国ではありますが、強い国でもあります。それゆえブータンの成長と開発における日本の役割は大変特別なものです。我々が独自の願望を満たすべく努力するなかで、日本からは貴重な援助や支援だけでなく力強い励ましをいただいてきました。ブータン国民の寛大さ、両国民のあいだを結ぶより次元の高い大きな自然の絆。言葉には言い表せない非常に深い精神的な絆によってブータンは常に日本の友人であり続けます。日本はかねてよりブータンの最も重大な開発パートナーのひとつです。それゆえに日本政府、およびブータンで暮らし、我々とともに働いてきてくれた日本人の方々の、ブータン国民のゆるぎない支援と善意に対し、感謝の意を伝えることができて大変嬉しく思います。私はここに、両国民のあいだの絆をより強め深めるために不断の努力を行うことを誓います。

 改めてここで、ブータン国民からの祈りと祝福をお伝えします。ご列席の皆様。簡単ではありますが、(英語ではなく)ゾンカ語、国の言葉でお話したいと思います。
「(ゾンカ語での祈りが捧げられる)」

 ご列席の皆様。いま私は祈りを捧げました。小さな祈りですけれど、日本そして日本国民が常に平和と安定、調和を経験しそしてこれからも繁栄を享受されますようにという祈りです。ありがとうございました。

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国際紛争解決の調停者としての日本を目指すために

2011年11月16日 21時44分02秒 | 政治

 国会議員として実現したいことは沢山ありますが、そのひとつは「国際紛争解決の調停者」としての日本の地位を築くことです。ひとりの議員が取り組むテーマにしては大きすぎるけれど、着実に準備を進めていると思っています。

 今日は、フィンランドの「国際紛争調停者」として世界的に有名なユハ・クリステンセン氏とフィンランド政府の「平和のための仲介」特別代表として、各国政府との連携を探るために世界中をリサーチしているキンモ・キルジュネン博士が議員会館の私の部屋を訪問。約1時間、意見交換をしました。テーマはずばり、「日本がその役割を果たすために何をすべきか」でした。ふたりは身を乗り出して我先にと語り続け、私たちは、この問題のために連携していくことを約束し合いました。また、具体的な次のアクションについても話し合いました。その中身はこのブログの中で、次第に明らかにできると思います。


写真上:キンモ氏の提案で「上着を脱いで」話し合いました。左から政策秘書の堀場明子、ユハ・クリステンセン氏、在フィンランド大使館公使参事官ヨハンナ・コトゥカヤルヴィ氏。右端がキンモキルジュネン博士。


 鳩山由紀夫総理が辞任した昨年6月2日、「元総理としてのステータスと平和国家としての日本の地位を国際紛争の仲介者として活かしましょう!」と本人に直接提案し、さらに数日後には「企画書」を持って行ったことはこのブログにも書きました。「日本のアハティサーリ、日本のカーターを目指しましょう!」と提案したノーベル賞平和賞受賞者、マルティ・アハティサーリ元フィンランド大統領のパートナーだったのが、今日私の部屋を訪ねてきたユハ・クリステンセンなのです。

 クリステンセン氏は、政治家でも外交官でも、NGOの活動家だったわけでもなく、インドネシアで医療機器などの販売に携わってきたビジネスマンでした。日本政府がインドネシア政府の大きな支援を得て東京で開かれた和平交渉が決裂。事実上の戒厳令が敷かれたスマトラ島・アチェの紛争解決に向け、一市民として紛争当事者を交渉テーブルに着かせ、アハティサーリ元大統領を引っ張り出して見事な成功を導いた張本人です。彼が紛争当事者のGAM(自由アチェ)の「首相」マリク・ムハマドら最高幹部と初めて会った時、パワーポイントを使い現地情勢の分析や提案などを、まるで製品を売り込むように話したと言われていますが、今日も、そんな伝説を彷彿させる熱のこもったやりとりでした。

 来週は、そのアハティサーリ氏が来日。議員会館で勉強会を実施しますが、鳩山元首相との会談もセッティングできそうです。

 「日本のソフトパワー外交」の提案書の中で、私は平和国家としての名声を活かし、「公正な仲介者」としての人材を育成すべきと提案しています。フィンランドの大きな優位性は、一般社会の中にもユハ・クリステンセン氏のような人材が存在することですが、日本にも潜在的には負けない人材があり、紛争を仲介した後、継続的に支援を実施できる経済力と経験もあります。このテーマについては積極的に役割を見出し、この分野に長年かかわってきた政策秘書とも力を合わせ、結果を追求していく決意です。




写真上:今日はスウェーデン人の日本のODA研究者とも意見交換。日本の紛争調停の力になり得るのがODAですが、来年度はさらに減額予定とのこと。外務部門会議では何としても阻止すべく申し入れを行うことを決めました。



写真上:今日はキルギス大統領選挙の報告会も行いました。キンモ氏はキルギス南部の騒乱解決にも寄与しています。




写真上:キルギス報告会の後で、お世話になった在日本キルギス大使、在日キルギス人学生協会会長、そして外務省の方々と。



写真上:先月行ったアフガニスタン勉強会にて。日本のNGOには紛争解決の調停者になり得る人材が沢山いると思います。



写真上:先週行った、元政治囚を招いてのビルマ情勢についての勉強会。ビルマの紛争解決、そして民主化支援には、日本は大きな役割を果たせる可能性があります。



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九度山町の大収穫祭に参加。その後は自転車で・・・!

2011年11月13日 00時42分19秒 | 政治

 今日は終日地元で活動しました。九度山町の大収穫祭に参加し、その後は和歌山市に戻り、民主党和歌山県連として、来年度の予算要望への対応を協議。その後、様々な陳情を受け、夕方からは自転車で紀の川市を中心に挨拶回りをしました。



写真下:九度山町の大収穫祭で挨拶。阪神ファンの私はオレンジ色のはっぴを着ることには抵抗がありますが、今日の舞台は柿色に染まりました! NHKの大河ドラマで九度山ゆかりの真田幸村をテーマにして頂くため、九度山町では64万を超える署名を集めています。私はできれば向井理氏に真田幸村を演じてもらいたく提案したいとお話しました。大収穫祭は今年が第五回ですが、候補者の時は外でビラ配りを行い、当選してからは毎年開会式に参加し、出店を回って挨拶&九度山の名産・富有柿などを買い物しています。柿は酸味がなく爽快感がないので若い人はあまり食べませんが、それは本当にもったいない!富有柿のまろやかな甘さは絶品です。外国からのお客さんに食べてもらおうと沢山買いました!







写真下:餅つきを手伝いました。渾身の力で打ち下ろしましたが、クリーンヒットはイチローの打率ぐらいかな。




写真下:自転車で街宣活動をしていたら「あんたに読んでもらいたくて持ってきた!」と、見知らぬ支援者が自筆の書を持って来てくださいました。






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がれきの中、一筋の光が救った命

2011年11月12日 21時29分33秒 | ボランティア

 一昨日朝、メコン5カ国からの研修生との会合に出席している間、私は気が気ではありませんでした。

 私の友人で、トルコ東部で地震の被災者救援にあたっている日本人ボランティア、近内みゆきさんが泊まっていたホテルが余震で崩れ、がれきの中に生き埋めになっているとのニュースに接していたからです。

 近内さんは読売新聞で5年半記者を務めましたが、一生の仕事として国際協力活動に取り組むことを決意。退社して「難民を助ける会」でラオス北部に派遣されることが決まっていました。私が「日本ラオス友好議連」の事務局長を務めていることもあり、挨拶に来てくれたので議員会館で1時間ほど話しました。


 会社を辞めて国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)のボランティアとして現地に赴いた19年前の自分自身の姿とも重なりましたが、彼女は当時の私とは比較にならないほど準備を重ねており、まさに満を持して新しい世界に飛び込む!そんな情熱と清清しさが全身にみなぎっていました。

 ところが、トルコで発生した地震の被災者を救援するため、現地に派遣されることになり、生き生きした活動の様子をメールで報告してくれたばかりでした。

 カンボジアでの活動中に銃撃され、この世を去った中田厚仁さんの姿が頭をよぎり、息をするのも苦しい気持ちでしたが、6時間後に救出され、幸いに大きな怪我もなく元気でいる報道に接し、心から安堵しました。一方、同じく4階に宿泊し、生き埋めになっていた仲間の男性は、帰らぬ人になりました。

 小さな偶然の積み重ねが二人の生死を分けたのだと思います。しかし、がれきの中に埋まった6時間、彼女は小さな偶然を引き寄せるべく、心を強く持ち、機転を利かせ、自分の命を救う可能性を広げていたことがわかってきました。目も鼻も口もがれきの塵で塞がれ、息もできない状況。実際に、同じ状況に遭遇した時、自分自身が同じように対応できるのかと思うと近内さんの勇気、聡明さには感服するばかりです。「この足で難民支援や緊急支援のフィールドを駆け回るんだ。やりたいことが沢山あるのに、こんなことでは死ねない!」本当にそんな思いの強さが奇跡を生み出したのですね。

 がれきの中、活動報告を書いていたパソコンが近くにあり、その光が彼女に希望を与え、様々な機転を生み出す力になったとのことです。希望を失いかけている人にとっての一筋の光。そんな役割、使命を果たしていける人生を目指したからこそ見出した光なのですね。きっと。



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今週の国会報告ー日本とアジアの未来のために

2011年11月11日 23時59分26秒 | 政治

 今週は何よりもTPP参加の是非を巡る議論に明け暮れました。議論の中では8割前後が反対、または慎重な対応を求める意見だったと思います。その結果を集約し、提言書を提出しました。

 野田総理は事実上、TPPへの交渉参加を表明したようですが、この闘いは国益を賭け、同時に地球社会にとって最善の経済連携の在り方を探る長い長い闘いです。より良い結果を勝ち取れるよう、これからも最善を尽くします。

 今週の、国会での活動を写真で紹介します。

写真下:11月28日、コンゴ共和国で大統領選挙が行われます。様々な不正行為が行われているとの声を受け、学者でタレントでもあるムペイ・ムペイ・カント氏から4度にわたって現地情勢のヒアリングを行っています。彼らの声は全て外務省に伝え、自由で公正な選挙に近づくための援助や選挙監視ミッション派遣を要望していますが、外務省も限られたリソースの中で努力を続けているところです。




写真下:昨日はミャンマーの元政治囚を招き、最近のミャンマー情勢について国会内で勉強会を実施しました。また、メコン五カ国の若手リーダーに対し、日本の政治情勢や日本が目指しているパッケージ型インフラ輸出について、また、被災地の復興を再生可能エネルギーを中心として新しいコンセプトで行うアイディアなどについてお話しました。

 




写真下:今週は和歌山県知事や各市町村長が、台風12号からの復興や、災害に強い地域をつくるためのインフラ整備などの要望に来訪。時間が許す限り、党本部や省庁に同行し、和歌山の状況を訴えました。日高川町長は大谷信盛議員に「髪型もよく似ていることですし、親しみを感じています。是非、お願いします!」とユニークな、そして必死の訴えでした。




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和歌山での典型的な一日(石川遼選手のエピソードも少し!)

2011年11月06日 01時00分14秒 | 政治

 この週末は地元での活動に専念しています。民主党和歌山県連の代表として挨拶まわりをしたり、TPPや災害対策などについて私の考えをお伝えしたり陳情を受けて過ごしています。

 今日は随行している秘書が私の活動の様子を撮影してくれたので、写真で活動を紹介します。


 
写真上:海南市での漆器まつりで挨拶する私。外国からの来客や海外出張した際に、いつも地元海南の漆器やアイディアにあふれた家庭用品をプレゼントしていて喜ばれること。少しでも地元産品のブランド化に協力するつもりで行っていることなどを話しました。



写真上:JR西日本の退職者の会合で挨拶。



写真上:浦口高典・民主党和歌山県連幹事長とともに、制度改正の陳情を受けているところです。現在和歌山県会議員の浦口氏は、学生時代日本拳法で全国制覇をした、早稲田大学の偉大な先輩でもあります。



写真上:かつらぎ町天野にて。一軒一軒挨拶回りをして、TPPについての私の考えなどをお話しました。



写真上:かつらぎ町天野の世界遺産・丹生都比売(にうつひめ)神社。石川遼選手が「中日クラウンズ」で最小ストロークの世界記録「58」で回った時には、この神社でもらったお札を持っていたそうです。この写真は先月半ばに撮ったものです。



写真:支援者が実施したゴルフコンペで挨拶する私。世界記録「58」でまわる前にこのゴルフクラブに来て練習と指導を行った石川遼選手の話などで盛り上がりました。私はゴルフはしませんが、小さな体を無駄なく使い、驚異的な飛距離を生み出す石川選手の美しいフォームには魅了されます。

 



 
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西岡武夫議長の思い出

2011年11月05日 23時45分40秒 | 政治

 西岡武夫参議院議長が逝去されました。

 西岡議長との一番の思い出は、実は今から18年前のことです。私は国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)の選挙部門の一員としてカンボジア・ラタナキリ州で活動していたのですが、1993年5月に1週間、テレビクルーが入り、山岳少数民族の村に住み込んで活動する私をニュース・ドキュメンタリー番組で紹介して頂きました。その番組のゲストだった西岡衆議院議員(当時)が、とても温かい言葉で現場での活動を評価してくださっていたこと、帰国後に番組を観て知りました。

 衆議院議員に当選後、そのことをお話したら「あなただったのですか?ああいう活動こそが真の国際貢献だと思っていますよ」といささか面映い言葉を頂いたことが記憶に残っています。

 心からご冥福をお祈りいたします。


 
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