阪口直人の「心にかける橋」

衆議院議員としての政治活動や、専門分野の平和構築活動、また、趣味や日常生活についてもメッセージを発信します。

和歌山の果樹農家を元気にするために

2010年03月27日 23時03分49秒 | 政治
 今日は、郵便局長の方々との会合の後、紀の川市を中心に、桃の摘花作業をする方々に街頭演説をしながら自転車でまわりました。会合では、ゆうちょ、かんぽの預金を国債の購入から地域を循環する資金へと変えることを、そして街頭演説では、和歌山の果物需要の拡大を目指し、主に輸出政策を訴えました。


 さて、和歌山の果樹農家を元気にすることをテーマに「わかやま新報」に投稿した記事が掲載されましたので、そのまま引用します。


 和歌山の果樹農家を元気にするために

2月24日、衆議院予算委員会で初の質問に立ちました。和歌山県は日本有数の果物王国。販売価格が低迷する中、果樹農家が元気になる支援をどう行うか、政府側に迫りました。

植替え支援
戸別所得補償制度は今年からスタートします。生産費と販売価格の差が恒常的に発生しているものについて、その差額を埋め、自給率を上げることが目的です。まずは米を対象としたモデル事業で、早期に果樹も含まれるよう働きかけを強めていきますが、果樹については豊凶の変動、需給動向など経営を不安にさせる要素が多いので、これ以外でも特別な支援が必要です。そのひとつの柱は植替え支援です。
消費者に高品質で付加価値の高い農産品を提供するには、リスクを取って新しい品種の栽培に挑戦することも必要です。ただ、苗木が収穫可能に育つまで少なくとも数年間、その木に関しては収入がないわけです。改植の未収入期間をできるだけ短くすることが、農家の切実な願いであり、そのために政府は、果樹経営支援対策事業として大苗育苗圃を設置する施策をとっています。これは借り上げた農地で苗を二、三年育成して、大きな苗にしてから農家に渡す制度で、費用の半分を国が補助しています。鳩山政権は、平成22年度にこの事業の予算を32%も大幅に増やしました。

果物の輸出拡大
 日本の果物は、質もいいし安全性も高いということで、大変なブランド価値があり、戦略的にマーケティングを行えば、大幅な輸出拡大が可能です。ところが、農林水産品の輸出総額で見ると、平成20年度、輸入が八兆七千億円、輸出が概ね五千億円で、大幅な輸入超過です。香港、台湾さらに中国本土では中間層、あるいは富裕層が増えており、大消費地として魅力があります。今、鳩山政権は品目、地域を重点化して、輸出の場合には、検疫協議の問題や販売ルートの開拓を主眼に置き、成長戦略を取りまとめているところです。毎年8%の輸出増加を目指し、平成32年度には農林水産品の輸出総額が1兆円を突破できるように努力を続けます。

ターゲットは中国
その中でもターゲットとすべきは、経済発展を続ける中国に対する輸出の拡大でしょう。
中国に関しては、現在、リンゴとナシに関しては輸出可能ですが、それ以外の品目は、和歌山特産の柿や桃を含め、検疫上のさまざまな制約等があり輸出が不可能です。しかし、富有柿や桃は、海外でも人気を得るはずですから、こうした品目の輸出の可能性を徹底的に追求すべきです。検疫情報など科学的に判断する材料を提供し続けると同時に、オールジャパン、オール和歌山で、市場の開放を求めていきましょう。

食育の必要性
日本リサーチ総合研究所が実施したアンケートでは、60代以上の方々の6割以上が毎日のように果物を食べているのに対し、20代、30代で毎日果物を食べている方は2割を切っているそうです。果物を食べることは健康に良いのはもちろんのこと、消費が拡大すれば果樹農家が多い地方の経済活性化にもつながるので、特に若い世代の消費を拡大するための教育が必要です。
児童生徒を対象に作文コンクールを実施したり、コンビニエンス・ストアにおける試験販売や普及啓発、さらに企業関係者に対しても果物による生活習慣病の予防効果を伝え、普及に向けた取り組みをしていますが、家庭や学校における食育の推進に、今後は特に力を入れていきます。

スローライフの根本は農村
前回は、「スローライフ日本一の和歌山」を目指すと表明しました。果樹栽培が盛んな地域は風光明媚ですし、都会の人々を癒す古くからの農村文化、伝統が残っています。また農村は、太陽光やバイオマスを中心とした自然エネルギーの開発の拠点になりえます。エネルギーを都会から受け取る側だった農村地域が、エネルギーを供給する側になる。また、電力の需給を自動調整する機能を持ったスマートグリッドの開発によって、自然エネルギーが安定的に提供でき、農村のIT化が進むことで観光や環境分野での開発可能性も広がります。若い人々にとっても住みやすくなるでしょう。
全ての根本は農業の活性化です。果樹農家の方々が安心して働けてこそ、農村の可能性は広がるのです。その後押しをするのは政治。そんな強い使命感を持って頑張ってまいります。





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バングラデシュ・ハシナ首相との対話

2010年03月23日 21時50分02秒 | 政治
 今朝、バングラデシュから帰国しました。3連休の間に往復し、今日は成田空港から本会議に駆け付ける強行軍でした。

 今回の最大の成果は、3月21日、チッタゴン丘陵地帯の和平協定の完全実施を求める署名をシェイク・ハシナ首相に受け取って頂いたことです。ハシナ首相の中国訪問が入り、21日は帰国日でしたので100%会えるかどうか定かではありませんでした。当日午後にOKとの連絡があり、夜7時から8時までダッカの首相公邸で会うことができました。

 ハシナ首相は、和平協定の履行について、当初私が抱いていた印象よりも遥かに強い使命感を持っていました。

 「これは、私たちの問題です。誰よりも強く和平の推進を望んでいるのは私自身です!」

 そんな強い言葉を交え、私たちは、チッタゴン丘陵地帯の先住民族とベンガル人入植者の平和的共存の在り方について、そして、そのための地域経済の活性化について意見交換をしました。さらに、日本ができることは何か、真剣に話し合いました。当初10分程度と聞いていたので、1時間も首相と議論ができるとは想像もしていませんでした。最初は通訳をお願いしましたが、ハシナ首相が熱く語り始めた途中からは直接英語で話しましたので、大変密度の高い時間でした。

 バングラデシュはグラミン銀行をはじめ、利益ではなく社会貢献を最大化することを目的としたソーシャルビジネスの世界的発信地でもあります。そして、この新しい試みは、弱い立場の方々の自立や食の安全、衛生や健康管理、自然エネルギー開発、さらに持続可能な観光開発を進める最適の手段でもあります。私は、バングラデシュに投資意欲を持つ日本企業に働きかけること、特にチッタゴン丘陵地帯におけるビジネス展開の可能性を探ることを約束しました。

 今回の署名活動は、世界各地にネットワークを持つチッタゴン丘陵地帯委員会、とりわけ日本の「ジュマ・ネット」が中心になってキャンペーンを行いました。105ヶ国、35,757人の署名の中には、他国を圧倒する日本の62人の国会議員の署名もあります。田中美絵子衆議院議員にも協力を頂き、議員会館の部屋をまわって集めました。国会議員の署名には大きな責任が伴いますから、簡単に頂けるものではないと覚悟していましたが、62名全員が快諾して下さったことにはとても感動しました。田中美絵子議員の貢献は、本当に大きなものでした。

 当初は1976年のノーベル平和賞受賞者であるマイレッド・コリガン氏と一緒に渡す予定でしたが、私の日程を最優先して大役を託して頂くことになりました。このような機会を作って下さったジュマ・ネット、準備に奔走して下さった在バングラデシュ日本大使館、そして一介の新人議員に面会の機会を与えてくださったハシナ首相に心から感謝を申し上げます。
 
 署名を渡すことは決してゴールではありません。新たな出発点であることを強く認識し、これからも見守り、行動を続ける決意です。


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ビルマ訪問最終レポートと私の思い

2010年03月15日 19時20分01秒 | 政治
 写真:デモ行進をする僧侶たち(ビルマ情報ネットワークHP) より引用


 ビルマ情報ネットワークの秋元由紀さんのレポート(最終)を掲載します。掲載が遅くなってしまい、申し訳ありません。私自身のコメントと併せて紹介しようと思っていたら、すっかり遅くなってしまいました。

 外務委員会の質問でもビルマのことを質しましたが、この国の人権侵害は大変深刻なレベルにあり、「日本型人権外交」を突破口に、外交戦略を再構築すべきとの質問は、ビルマの現状を強く意識して考えたものです。

 しかしながら、アウンサンスーチー氏やNLD(国民民主連盟)を排除して選挙を行うための法整備が私が質問した同じ10日には軍事政権によって発表されるなど、とても健全な選挙の実施など期待できない状況が進んでいます。

 秋元さんのレポートの中に獄中で英語を勉強した青年が紹介されています。私がビルマで活動していた時も、民主化と自由を得た時に備えて熱心に学んでいる人が多いのに驚きました。地方のパゴダなどでは、少しでも日本を理解したくて学んでいるのです。と、流暢な日本語で話しかけてきた多くの若者に会いました。彼らが実際に日本に行って、その日本語を使える可能性を考えると胸が痛みましたが、私と会話したことで、日本語を勉強していて本当に良かったと喜ぶ姿を見て、いつかはそんな努力が報われるよう、サポートしたいと強く思ったものです。

 私は70ヶ国以上訪れた経験がありますが、私が知る限り、ビルマほど親切でやさしい国民性を感じた国はありません。そんな国民を暴力と恐怖で支配する軍事政権による人権蹂躙には、日本の責任として強い態度で臨まなくてはと思います。

 * * * * *

 さて、ここからが秋元由紀さんの最終レポートです。

今回の訪問では、難民や民族問題の調査をするだけでなく、ビルマ(ミャンマー)の民主化改革や政治に関わる団体にも会ってきました。例えば以下のような団体です。

・アウンサンスーチーさんが率いる政党「国民民主連盟(NLD)」の「解放地域」支部(ビルマ国外のことを「解放地域」と呼ぶのです。ちなみに日本には「国民民主連盟(NLD)解放地域・日本支部」があります)。ビルマ国内のNLDと連絡を密に取り、支えています。

・ビルマ民主化運動団体の連合体「ビルマ・パートナーシップ」

・ビルマ出身の法律家から成る「ビルマ法律家協会」。ビルマの紛争地域で起きているとされる人道に対する罪についての調査・記録作業を進め、調査委員会を設置するよう国連安保理に求めています。

・2100人以上いる政治囚やその家族を支える政治囚支援協会(AAPP)

・ASEANの国会議員によるミャンマー議連(AIPMC)のクライサック議長(タイの国会議員)

これらの団体とは、ビルマ軍政が今年実施を計画している総選挙をめぐる動きや、日本を含めた国際的なキャンペーンの計画などについて話し合ってきました。

このうち、政治囚支援協会(AAPP)では、16年近くを獄中で過ごした元政治囚の男性に話を聞くことができました。彼の話をご紹介します。

ラングーン(ヤンゴン)出身で現在46歳。1980年代半ば、ラングーン大学でジャーナリズムを専攻しているときに政治活動をするようになり、1988年の全国的な民主化デモ(2007年と同様、軍政は武力で応じ、3000人が亡くなったと言われています)にも積極的に関わりました。

政治活動が理由で1989年7月に逮捕され、1か月間、尋問所に収容。ひどい拷問を受けました。拷問は一晩中、あるいは一日中続くこともあったそうです。8月にインセイン刑務所に移され、11月に禁固20年の判決を受けました(投獄されてから判決が出るという順番、ビルマではよくあります)。数年してマンダレー刑務所に移送されます。

1993年に、禁固10年に減刑されました。この頃、父親が急に亡くなり、困窮した家族はマンダレーまで面会に来るお金や時間の余裕がなくなってしまいました。赤十字国際委員会が家族を支援し、1年後に面会が再開しましたが、それまで彼は父親が亡くなったことを知らなかったそうです。

さて、10年の刑期が終った1999年11月、彼はマンダレー刑務所の正門に連れて行かれました。ここでの出来事があまりにも衝撃的です。まず職員に、これから釈放する旨が書かれた「釈放書」を渡されました。しかし読んでいる途中に取り上げられ、今度は別の文書を渡されました。それには、「国家防御法10条a項により逮捕する」と書かれており、彼はそのまま、再び収容されてしまいました。(ちなみに、現在アウンサンスーチーさんが自宅軟禁されていますが、その根拠となっているのは同じ国家防御法10条の、b項です。)

普通の人だったら、これで解放されると思ってほっとした瞬間に再収容されるという仕打ちに、心が折れてしまいそうですが(軍政当局も当然、それを狙っていたのでしょう)、彼はちがいました。無論、私たちには想像もつかないほどの衝撃を受けたことでしょう。しかも、新しい刑期は5年半で、ずっと狭い独房にいたそうです。しかし彼は「精神的にとてもきつかったが、瞑想をしたので切り抜けることができた」と言っていました。

それだけではありません。収容中、彼は英語を学ぼうと思い、1日3つの単語を暗記することにしました。英語の文書が手に入るときはそれを見て、入らないときには周りにいる政治囚たちに教わりながら、1日3語を覚えたそうです。さらに2001年には5日間のハンストをして、英語の辞書を手に入れました。(ハンストでは、辞書と日記帳の差し入れのほかに、もっと広い房に移ること、適切な医療措置を得られること、という4つの要求をしたそうですが、辞書と日記帳の差し入れだけが認められたとのこと。)

ここで彼は私たちに言いました。「今日、こうやってあなたたちと英語で話ができるのも、牢屋でがんばって英語の勉強をしたからだよ。まだまだ下手だけどね」。

さらに。2005年4月27日に彼はとうとう解放されました。そして「長い間、刑務所にいたので、世界のことを知らない。早く社会に適応しなければいけない」と思い、解放から3週間後にはパソコン教室に通い始めました。(解放されてから初めてパソコンというものを見たのです。)そのうちレイアウトやデザインもできるようになりました。ここで彼は席を立って、「このレポートのレイアウトも僕がやったんだ」と、AAPPが出した報告書の一冊を見せてくれました。

解放後も当局に厳しく監視されて窮屈だったため、比較的自由に政治活動ができるタイに来ました。ガールフレンドも民主化運動家で、2007年に逮捕され、今も政治囚として収容されているそうです。

このガールフレンドも含め、ビルマには今、2100人以上の政治囚がいます(詳細は下記)。その一人一人に家族がいて、物語があります。獄中で肉体的・精神的に痛めつけられ、挫折してしまう人も多いことでしょう。

アウンサンスーチーさんが率いる政党、国民民主連盟(NLD)は、軍政が計画している総選挙に参加するための条件の一つに「すべての政治囚の解放」を挙げています。(NLDは、これを含む条件が満たされなければ、総選挙には参加しない、と宣言しています。)つまり、政治囚が参加できないようでは、総選挙は自由でも公正でもありえない、という考え方です。私が話をした元政治囚のような、エリートで、ビルマという国をよりよくするために考え、行動した人たちが多数、その思想を理由に長期間閉じ込められていることをふまえると、NLDの要求の重要さ、そして重大さが、よくわかります。ビルマという国が、民主化という形を含めて発展していくために欠かせない人材が2100人以上も、不当に囚われているのです。


* * * * *


以上で、タイ・ビルマ国境からのレポートは終ります。今回、レポートをブログに載せてくださった阪口さんには心から感謝しています。また、読んでくださった皆さま、どうもありがとうございました。

ビルマ(ミャンマー)問題について興味や関心をお持ちの方は、是非、ビルマ情報ネットワークのウェブサイト(http://www.burmainfo.org)やツイッター(http://twitter.com/BurmaInfoJapan)を見に来てください。メルマガもあります。ビルマの国内情勢についての最新情報のほか、新しい資料のお知らせや、日本各地でのイベント情報も掲載しています。


【背景】政治囚支援協会(AAPP)

ビルマの元政治囚たちによって設立され、タイ・ビルマ国境のメーソットに本部を置く。政治囚の人数や収容状態を調査・把握し、政治囚本人だけでなくその家族や、すでに釈放された政治囚に対しても支援を行っている。
http://www.aappb.org

AAPP:2009年年次報告書の主なポイント(日本語)
http://www.burmainfo.org/article/article.php?mode=1&articleid=504

・2009年12月31日の時点で、ビルマの政治囚は2,177人にのぼる。前年から15人増。

・燃料費の大幅値上げを機に反軍政デモが始まった2007年8月以降に逮捕され、今も拘束されている活動家は1,167人。

・2009年中、264人が政治囚として拘束された。129人の政治囚が判決を言い渡され、71人が当初収容された刑務所とは別の刑務所に移送された。遠隔地の刑務所に移送された場合、家族が面会に向かうのが困難となるため、刑務所の劣悪な環境で精神的・身体的健康を維持するのに重要な食料や医薬品の差し入れが受け取れなくなる場合がある。

・刑務所内で続く拷問、不十分な医療体制、長期間の拘束、移送による家族からの隔離を原因とする医薬品不足や精神的打撃などで、被拘束者の健康が害されている。2009年中、少なくとも48人の政治囚が新たな健康上の問題を報告した。2009年12月31日時点で129人の政治囚が健康上の問題を訴えている。

ちなみに鳩山首相は、2009年11月に行われたテインセイン・ビルマ首相との会談で、「政治囚の釈放について進展があったため、人道支援及び人材育成分野の支援を段階的に拡大することを考えている」と述べました。しかし、この報告書の数値を見ると、政治囚の数は減るどころか増加していることが分かります。


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海南市での国政報告会

2010年03月13日 23時16分37秒 | 政治
 海南市で国政報告会を行いました。約250名が参加。当選後の集会としては最大規模のものでしたが、今回も、ボランティアの方々による本当に温かい手作りの会になりました。

 当選後、できる限りの挨拶回りを行っていますが、それでも、お世話になった方々の全てを訪問することはできません。でも、何年かかっても、ひとりひとりへの感謝の意を伝えたい、そんな思いを込めてお話しました。予算委員会、外務委員会での質問内容や、私自身の独自の活動についてお話し、また、参議院選挙に立候補予定の島くみこ氏にも挨拶をして頂きました。

 皆さんのご協力に心から感謝を申し上げます。


 写真:今のところいい写真がないので、外務委員会で質問した時の写真です。大きな会場でしたので、小さなカメラのフラッシュが十分届かなかったようです。


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岡田克也大臣と、外務委員会で対峙して

2010年03月10日 17時13分22秒 | 政治
 今日は外務委員会での質問を行いました。岡田外務大臣と向き合い、国際情勢全般について質問しました。質問自体は予算委員会の分科会に続いて2度目ですが、今日の質問は、私が国会議員を目指した動機を含むものであり、より長い時間をかけて準備したものでした。

 衆議院インターネット放送


 岡田外務大臣とは、18年前にUNTAC(国連カンボジア暫定統治機構)が展開していたカンボジアでお会いして、日本の国際貢献の在り方について熱く議論をしたことがあります。当時私は国連ボランティア、大臣は自民党の新人議員でした。18年の時を超えて外務委員会で向き合ったことには大きな感慨がありました。岡田大臣も、中田厚仁さんと一緒に語り合った当時の状況に自分から言及してくださいました。また、全体として、大臣としての答弁に加え、個人的な思いも含めて応えてくれたように思います。普段よりも思いのこもった答弁を引き出した思いと、さらに建設的な方向で議論を深めたかった思いが交錯しています。

 私の質問の論点は、新しい政権が目指す日本外交の価値観についてが中心でした

 ① 日本政府の平和への取り組み、特に自衛隊の海外派遣の成果への評価

 ② カンボジア、イラクを中心に、対費用効果、国際社会や現地社会への効果の検証の必要性

 ③ 上記の自衛隊の海外派遣の成果に対する国民への説明責任の必要性

 ④ イラク戦争への関与の是非、また、当時の最高責任者であった小泉純一郎元首相の参考人招致   の意志について
  
  読売新聞記事    

  時事通信記事

 
 ⑤ 日本型人権外交を構築する必要性と、大臣の意志について


 ⑥ 人権を切り口にした外交で進めるミャンマーの民主化支援について


 さらに、公開されたばかりの日米間の「密約」についても、政権交代があってのことと、その評価と、今後の課題についても述べさせていただきました。

 
  岡田大臣は基本的には前向きな意志を表明してくれました。時に熱く自分自身の思いを語ってくれたため、10項目以上について用意していた質問は、上記の6項目だけで終わってしまいました。しかし、政権交代を果たした今だからこそできること、やらねばならないことをどうしても伝えたく、また、大臣の所見も確認したかったので、一定の達成感はありますが、質問のスキルの未熟さも同時に痛感しました。


 今後の課題も見えた有意義な時間でした。


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橋本市議会再選挙で松本健一氏が当選

2010年03月07日 23時36分13秒 | 政治
 今日公示された橋本市議会議員再選挙(補欠選挙)で、民主党公認の松本健一氏が当選を果たしました。

 結果的に無投票になりましたが、3人が立候補準備をする中、出馬断念に追い込んだ、気合い&作戦勝ちだったと思います。

 「橋本からやさしい社会へ」というキャッチフレーズのもと、昨年10月から一軒一軒歩き、毎朝駅や交差点に立ち、マイクで政策を訴えてきました。また、対抗馬擁立の動きが見えだしてからは、街宣カーをまわし、民主党和歌山2区総支部と一体の活動を行いました。その結果の勝利だったと思います。

 カヌーイストでもある松本さんは、スローライフの実現を目指す上でも貴重な人材です。瀧洋一市議と合わせて2人になった橋本市議会。お二人の活躍が楽しみです。


 写真:冷たい雨の中、一日だけの選挙活動を行いました。



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島久美子氏、松本健一氏とともに

2010年03月06日 23時51分18秒 | 政治
 今日は参議院選挙に民主党公認で立候補予定の島久美子さんと一緒にかつらぎ町、橋本市の支援者訪問を行いました。その後は、橋本市で阪口直人国政報告会を実施。明日告示される橋本市議会議員再選挙(補欠選挙)に同じく民主党公認で立候補予定の松本健一氏も合流し、主に、地域の特徴を生かした活性化について議論をしました。3時間近く、双方向のディスカッションができ、有意義なひとときでした。


 写真:左から島久美子氏、私、松本健一氏です。
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ラオス国家主席を招いての朝食会

2010年03月03日 15時35分49秒 | 政治

 今朝はラオスの国家主席・チェンマリー大統領を招いての朝食会に参加しました。先日は事務局長としてラオス議連の立ち上げを行いましたが、今回も実施する立場だったこと、また迎賓館での会合だったので、気を遣うことが多く、準備が大変でした。しかし、多くの皆さんのご尽力で、素晴らしい会になりました。参加者、そして、実施にあたりご協力くださった方々に感謝を申し上げます。

 ラオスはひとことで言えば「癒しの国」と言えるでしょう。インドシナ諸国の中でも控えめな存在ですが、人々の気質、そして温かいもてなしの心など、日本人と感性の似ている国だと思います。私が最初にカンボジアで仕事をしていた時、任地はラタナキリ州でしたが、カンボジア人たちはベトナム人に対しては反感を持っていたようですが、ラオスを悪く言う人はいませんでした。私たちUNTAC(国連カンボジア暫定行政機構)の外国人要員は国境を越えることはできませんでしたが、現地の人々は皆、ラオス側には美しい滝があることを口々に教えてくれました。チェンマリー国家主席は、その滝のあるアタプー県の出身だそうです。私がいたラタナキリ州からは国境の反対側、隣接した地域です。

 現地訪問や勉強会の実施など、活発な議連にしていきたいと思います。


 写真:全体での記念撮影。前列の赤いネクタイが首藤信彦会長、向かって右がチェンマリー国家主席です。


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