阪口直人の「心にかける橋」

衆議院議員としての政治活動や、専門分野の平和構築活動、また、趣味や日常生活についてもメッセージを発信します。

世界自然遺産について環境委員会で質問

2013年04月27日 23時51分31秒 | 政治

「世界自然遺産」の保全と活用、そして新規登録の戦略と、国際協力の在り方について環境委員会で質疑を行いました。


環境委員会で世界自然遺産について質問-衆議院インターネット中継(4月26日)


現在、世界遺産は合計962件あります。文化遺産が745ヵ所、自然遺産が188ヵ所、複合遺産が29ヵ所です。そのうち日本の世界自然遺産は屋久島、白神山地、知床、小笠原の4か所のみです。世界的な視点から「顕著な普遍的価値」があり、真実性(オリジナルな状態を維持)、完全性(価値を表すもの全体が残っている)、将来にわたって保護する保護管理体制を有することが認められ、登録されるまでのハードルは高く、たとえば富士山は自然遺産での登録は叶いませんでした。現在、文化遺産としての登録を目指しています。

世界遺産の推薦が可能なのは、毎年、自然遺産、文化遺産のそれぞれ一か所ずつです。ユネスコは1000ヵ所を目途にこれ以上増やさない意向とも言われ、競争は苛烈になっています。また、世界遺産登録が、地域の活性化につながることもあって、特に文化遺産は現在日本国内の10ヵ所以上がリスト掲載待ちの状態です。

一方、政府は「奄美・琉球」をユネスコのリストに掲載し、2015年にも自然遺産として推薦する予定です。もっとも奄美・琉球は絶滅危惧種の生息地などの重要地域の一部が未だ十分に保護されていないことが指摘されています。

大きな障害になっているのはマングースの存在です。マングースは猛毒のハブを駆除するために持ち込まれましたが、ヤンバルクイナやアマミノクロウサギなどの絶滅危惧種の天敵でもあり、その根絶が大きな課題です。小笠原では、外来種のヤギが大量に繁殖し、固有種を脅かす存在になっていましたが、根絶作戦が大きな成果を挙げ、この取り組みがなければ数年で絶滅の可能性があるとされた固有種が回復したことが世界遺産登録のカギになりました。奄美・沖縄でもマングースの根絶に力を注いでおり、もっとも多く生息した時点に比べると、今は10%程度の生息に減少したと言われています。

私はエコ・ツーリズムの推進も大きな可能性を生み出すと考えています。自然を学び、保護する試みに参加する新しい観光の形態である「エコ・ツーリズム」という言葉が一般に知られる前から、このツーリズムの理念に着目していました。1995年にはNHKスペシャル(BS)のレポーターを務め、カンボジアにおける観光開発の問題点を指摘し、エコ・ツーイズムの可能性を指摘しました。また、エコ・ツーリズムを国策にしているコスタリカに調査に行き、エコ・ツーリズムの経済効果をテーマにして、カンボジアとコスタリカの比較研究をしています。環境や平和という普遍的な価値を守るエコ・ツーリズムの理念がさらに浸透することで、日本の世界遺産をさらに増やせる可能性が生まれると思います。

このような視点で質問しましたので、興味のある方がぜひ、ご覧ください。


写真上:昨日の質疑の様子です。



写真上:今月18日に立ち上げた超党派の「世界遺産議連」の事務局長としても、今回質問したテーマを形にすべく頑張っていきます。

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アウンサンスーチー氏との会談

2013年04月17日 03時36分52秒 | 政治

 今日は国会内でアウンサンスーチー氏と会談しました。私が事務局長を務める「ミャンマーの民主化を支援する議員連盟」と「日本・ミャンマー友好議連」が合同で意見交換会を実施。外務省からは参加者は合計14人までとのことでしたので、それぞれ7人ずつの少人数で会談しました。

 今回のスーチー氏の言葉で一番印象的だったことは、軍や与党との和解を進める強い意志を示したことです。言うまでもなく、彼女を15年以上軟禁状態に拘束し、自由を奪ってきたのは軍事政権です。また、軍事政権が、彼女が議長を務める国民民主連盟(NLD)を排除した選挙(2011年11月)で移行した今の政権は、民主化を進める一方で、カチン族などの少数民族を武力攻撃しています。内戦終結に強いリーダーシップを発揮することを期待されているにもかかわらず、十分に役割を果たしていないとの批判を内外で受けることも多くなった彼女にとっては不条理を感じる状況でしょう。しかし、本当の改革を行うためには、憲法の改正を行い、彼女自身が大統領になる必要があり、そのためにはいろんな思いを飲み込んで軍との連携が必要と思いを定めたのかもしれません。この点についてはじっくり聞いてみたかったのですが、時間が迫る中で後半は司会を務めたため、時間を取ることができませんでした。しかし、13日に参加したミャンマー人の方々との対話集会、そして今日、彼女の言葉の端々から、本当の民主化に向けて邁進する意思を感じました。ただ、少数民族との和平実現は彼女の公約のひとつ。この問題にどのように対処するのか注視しつつ、日本として仲介努力を行うこと、また、開発が環境破壊や人権侵害につながらないよう配慮するなどの対応を提案していきます。

 私はスーチー氏の来日にあたって、民主化議連と共に活動してきた多くの仲間の協力を頂きながら側近の方々と連絡を取り合っていたのですが、スーチー氏は「苦しい時にお世話になった方々にお礼を言いたい」との強い思いを持っているとのことを聞き、スーチー氏らしいと楽しみにしていました。今回スーチー氏を招聘した外務省はスーチー氏の意向を最大限尊重するとのことでしたから、国会議員団として迎えるのであれば1994年に鳩山由紀夫元総理が設立した「アウンサンスーチーさんの解放を求める議員連盟」が基盤になっている「ミャンマーの民主化を支援する議員連盟」が中心になるべきと思って準備をしてきました。

 しかし、外務省が窓口として連絡したのは、一貫して政権側に立ってきた「日本・ミャンマー友好議連」の方でした。従って、一緒に彼女を歓迎しつつも、議連としてのこれまでの民主化への取り組みも伝えたいと思い、民主化と平和への努力を讃える盾を渡すとともに、民主化への思いをスピーチして頂く機会を鳩山元総理にお願いするなどの交渉を続けました。結果として、和やかな中にも民主化議連としての積年の思いもいくらかは反映できたのではと思います。

 これまで民主化に向けての努力を続けてきた多くの議員、そして元議員が、彼女との面会を強く求めていたにも関わらず、参加人数の制限があり、少人数での会談になってしまったことは残念でしたが、真の民主化実現に向けたサポートや内戦終結を後押しする役割を果たすべく未来志向での活動を続けていく思いを新たにしました。


アウンサンスーチー氏を囲んでの写真撮影


民主化と平和への貢献を讃える盾を渡す鳩山元首相


スピーチを行う鳩山元首相


会合後半の司会とスピーチを行う私


13日のミャンマー人との会合で笑顔で質問に答えるスーチー氏。


この日を夢見ていたミャンマー人が約2000人詰めかけた会場は超満員でした
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アウンサンスーチー氏が来日

2013年04月13日 09時32分06秒 | 政治

 今朝、アウンサンスーチー氏が来日しました。崇高な信念を貫く姿勢がひとりでも多くの日本の方々の心に伝わることを願っています。

 ミャンマーでは民主化が進展しているように見える一方、少数民族問題や宗教問題が再燃し、彼女の対応への批判もあるようです。諸問題の解決について彼女がどのようなメッセージを発するのか、また日本としてどのように応えるのか、議会の立場からも注視、後押ししていきます。

 私自身はスーチー氏と会って直接お話するのは今回が4回目になります。96年に彼女の自宅前での対話集会で対話した後は、多くの民主化を支える方々の協力を頂き、軟禁が解除された後は、岡田克也幹事長(当時)や前原誠司前外相(当時)と4度にわたって電話対談する機会を頂いたりしました。しかし対話が佳境に入ると突然通話ができなくなることが度々あり、軍政による民主化運動抑圧の苛烈さ感じさせました。あれから2年足らず。日本で迎える機会がこんなに早く訪れるとは想像もできませんでした。

 本当はもっと多くの方々と対話して頂く機会を作りたかったのですが、外務省との交渉では野党議員としての限界も痛感しました。詳しくはまた報告します。

 今日は日本で民主化を支えてきたミャンマー人の方々との対話集会に出席する予定です。


 (写真は1996年3月、2012年1月、9月に撮影したものです) (写真4枚)








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紀の川市桃源郷マラソン

2013年04月07日 14時31分22秒 | スポーツ

 今日は紀の川市桃源郷マラソン(ハーフマラソン)を走りました。記録は1時間46分31秒でした。和歌山県は岡山県、福島県などと並ぶ桃の産地ですが、紀の川市は単独の市としては最大の桃の生産を誇っています。この時期は桜とともに、よりピンクの鮮やかな桃の花であたり一帯が桃色に染まり、本当に美しい農村風景が続きます。

 今日はあいにくレースの大半は激しい雨。そして約10キロ走る紀の川河川敷では台風並みの強風が正面から吹きつけて息をするのも苦しい悪コンディションでした。おまけに雨対策の帽子を飛ばされてなかなか拾えなかったりハプニング続きだったこともありますが、エクアドル出張や、委員会質問で全然練習できなかったことを考えれば想定通りの記録でした。

 最初の5キロはアップダウンが多かった割には23分06秒、10キロ地点は強風と帽子を飛ばした影響で49分12秒までペースが落ちたけど、15キロ時点では1時間12分20秒と持ち直して、久しぶりに1時間30分台で走れるかなと思ったのですが、練習は嘘をつかないものですね。いや、嘘をついてくれることを期待したけど甘か
ったです。最後は山の上の競技場まで坂道が続いたせいもあって20キロ地点では1時間38分台。ガクッとペースが落ちてしまいました。最後はコミュニケーション重視でハイタッチをしたりしたので、さらに落ちて結局1時間46分台の平凡なタイムでした。

 雨の中、大会の運営に携わった方々には心からお礼を申し上げます。来年は、何とか1時間30分台で走りたいと思います。そのためにはもう少し練習しなくてはなりませんが…。



ゴール直前の私


開会式で挨拶をする私


今日は来賓のバラをつけたまま走りました!


野球帽をかぶって走ったのですが、帽子を飛ばされてからはひさしを後ろにして走りました。


記録は1時間46分31秒。


いきつけのラーメン屋のご主人と。1時間34分台で走る快速ランナーです。来年は私も。





 
 
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