そのころ、世に数まへられぬ古教授ありけり。

この翁 行方定めず ふらふらと 右へ左へ 往きつ戻りつ

9月30日(月)母、死にたまふ

2019年09月30日 | 公開
九月二十七日、秋学期授業開始日。
「たててのむ つめのご銘は 祖母昔 (ばばむかし)ははつかはざる たわら茶盌に」
「病院の 案内ばかり はられをり さくらトラムの 車内広告」
「むべしこそ 庚申塚の ある路線 生病老死 南無阿弥陀仏」

九月二十九日(日)、母、死にたまひぬ。
「蟋蟀の よわるがごとく いきのねも ちからぬけゆく 死に支度かな」
「モニターの 数字の意味も ときがたく ただそのときを まつにぞありける」
「ありありと 死相みとめて まくらべに ただたらちねを みとるけふかな」
「しなむとする ははのみかほの いとしくて ひとさしゆびの はらをあてがふ」
「鷗外のごと いづもびと和顔妙喜として死せんと はた欲するや」

18:16心臓停止→18:43死亡確認
「心臓の うごきをしめす なみのかた なみうたずなりて ははしにたまふ」

「ははしにき よはひ相応 わづらひて 最期はすっと しにてゆきたり」
「ひとしぬる まぎはのかほを まぢかくも みとどけてけり こころしづけく」
「ははしにき こころのどこか わだかまる ことはおちゐて のどけかりけり」

「てぎはよく しびとのからだ きよむてふ あわててたのむ いればいれてよ」
「たらちねのいればをあらふ 呼吸器にあれたるくちのはたはいたまし」

「みとせたらず ははしたたむる いそぎして やしなひえたる ことぞうれしき」
「戒名も 位牌も墓も 帷子も かねてまうけの まけのまにまに」
「わがつまの 恩師におなじ 命日と なるもくすしき えににぞありける」

「火曜日の あさ一番の かまならば 予約可能と いへばうべなふ」
「ベリーレア レア ウェルダンと やきかたに 等級ありやと 冗談いへず」
「消費税 あがらぬさきに みまかりて 葬儀費用は みつぎ一割」

九月三十日
「ははのため おものつくらぬ つとめても まづはききよむ いへのまはりを」
「けふもまた のらねこラノは よりきたり ははしにたるを とぶらふがごと」
「きぞのうちに ははしにたれば けふのあさ 一時限めの 授業いそぎぬ」

9月26日(木)やや持ち直す

2019年09月26日 | 公開
二十五日未明
「いまかいま まつによびいだし こぬままに このあかときも あけなむとする」
「あたたかき ちのかよひたる つまのてを ともねのとこに にぎりしめたり」
「きかまほし つたへまほしき ことごとの あれこれのこる あれやこれやと」
「ひをかへす あふぎはあらず むべしこそ いまあかときの ひのいづるまへ」

つとめて
「たらちねの ははしにたまふ 期はちかく ホームページに 葬儀社をみる」
「論文の 査読とほると しらせこし 研究生は 僧侶なりしか」

「野良猫を ラノとよびはは ゑづけたり あさの散歩の 老いの諧謔」

すまじきものは…
「ひるまへに 会議 ひるより 教授会 よるは理事会 みをいかにせむ」
「いぶせくも こころやるべき さけのまず くるまうごかす まうけのために」

二十六日
「おいびとの しぬはなべてのことなれど なべてのことに ちがひなけれど」

「議ををへて ははのもとへと いそぐなり かほでわらひて こころでなきて」
「めをあけて うごかすあしを なづるとき きもちよさげに いろはみえつつ」
「酸素濃度 百パーセント いつしかも 三十パーに おちついてゐる」
「病室は 祇園精舎の 無常堂 かねのかはりに ブザーひびきをり」

「わがうたを よみてくやみを おくりくる ひとまたありて 可笑しかりけり」

9月24日(火)容態急変すと

2019年09月24日 | 公開
「三十分 以内にこよと いはるるも しぶとかりけり 昭和八年」
「ゆびさきは すでにつめたく なりぬれば おほぢの最期 おもひいでをり」
「研修医たるまごきたり 重篤と つれなきかほに いふもたのもし」
「安定す いまはのときは しらすべし なすこともなし いへにかへりぬ」
「もはやははの おものとならぬ 食材は やぬちふたりで たべてしまはう」

9月23日(月)母の入院つづく

2019年09月23日 | 公開
二十一日、ひとり母を見舞う。
「けふあすに しなむとおもひし たらちねも いま しましくは ながらふとみゆ」
「めはあきぬ 人工呼吸器はづさむと くすしのいへば たのまるるかな」
「ふるさとに をろがむふだも とどけたり かみやほとけの しるしぞとおもふ」


二十二日、愚娘見舞いに来る。
「まごむすめ しめすひまごの 写真みて めをほそめたり ベッドのははは」

9月20日(金)おもひゆるぶ

2019年09月20日 | 公開
木曜、主治医の説明を受く。
「こまごまと 経過不具合 うちしめす ただねむごろに いたつきたまへ]
「としたけて ひとあしづつに せまりくる さらぬわかれを おもひとけとか」
「主治医師は 甥御とおなじ 病院に 研修医の日々 すごせしといふ」
「くすしとは 学閥つよき ものならし いとにこやかに 名刺くれたり」
「いささかは こころをやりて おもひけり 信おくにたる くすしとぞみる」

売豆紀神社、病気平癒祈願玉串届く。
「やくもたつ いづもまつえゆ たまぐしは まもりたまへよ わづらふははを」
「なきちちの むまれたまひし よこやなり めづきやしろの みたまのふゆを」
「かみづかさ いとすみやかに わがははを ありがたきかな いのりたまふと 」
「ひさかたの あめのしたてる ひめがみよ はらへきよめて さきはへたまへ」

又の日、荊妻のみ病院へ
「けふあすに しなむとおもひし たらちねも いま しましくは ながらふとみゆ」
「めはあきぬ 人工呼吸器はづさむと くすしのいへば たのまるるかな」
「ふるさとに をろがむふだも とどけたり かみやほとけの しるしぞとおもふ」

9月19日(木)つづき

2019年09月19日 | 公開


「なりもよく あさげのたまご やきあげて ははゐぬいへの ひとひはじまる」
「ときはなるまつえびと ははめすべしと たくはふるしじみ かひなくなりぬか」

「かくのみに ありけむものを かくのみに ありけるものを かくのみにあり」

ひとり病院へ赴く



「ことわりや 入院病棟 一階に しつらへてあり 霊安室は」
「そのをりは はこびいだすに 便ありて 霊安室を この場所におく」

またの日
「たまきはる いのちつくつく 法師ぜみ よさむとなりて けさはきこえず」
「あれこれと ゆゆしきことの うかびくる われがこころの あさましや はた」
「香奠や ことぶきいはひ 電子マネー カードにはらふ ひもまぢかきか」

「月内の介護計画キャンセルの意向 ケアマネージャーにつたへつ」
「二時半に こよとの指示を 主治医より 看護師介し いひおこせくる」
「ただひとり ちもてつながる いもうとに ともにいかむと いざなひてみる」
「楽観も 悲観もいまは なしがたし なるにまかする ほかてだてなく」

「『死にたまふ母』のうたうた よみかへし むべむべむべと おもひやるけふ」
「たましひの わがみにそはぬ なげきとて 定家はははの 死をうたひけり」

右往左翁

9月18日(水)らちもあかず

2019年09月18日 | 公開
又のつとめて
「なぐさめの メールをおこす ふるきともも ふたりのみおや みとりきといふ」

「ひびのあさげ したためくれば ははゐずて てもち無沙汰の あきのつとめて」
「冷凍の やまとしじみの ストックも あはれむなしく ならむとするか」
「貧血に よきかとおもひ もとめこし レバーブルスト 二本のこれり」

「ちからなく法師ぜみなく くさむらはむしのねすだき あきふかくなる」
「いへまはり あさのつとめに はきをれば ははゑづけたる ねこはよりくる」

9月17日(火)とりこみはつづく

2019年09月17日 | 公開
またの日
「病棟の まどにみおろす をがはには かめおよぎをり 万劫のかめ」
「意識なく 人工呼吸器 とりつけて こを危篤とは いふにぞありける」
「こはしかし なべてのことと おもひなさむ なべてなべての ひとのいきしに」
「病室は 祇園精舎の 無常堂 寂滅為楽と ブザーなりひびく」
「すな時計の すなおちつくす そのまぎは 天地を逆に なさましものを」
「ベルトコンベアーのごとし 完全看護 しにゆくことも すべてシステム」

「心不全 呼吸不全と かかれたる 書面もらひて いへにかへりぬ」
「連休は主治医もゐねば あすまてといはれ むべしとかへりきたりぬ」

「わがおほぢ みまかりしよる うからやから 釈迦入滅の ごとくつどひき」
「さびしさの こみあげたれば わきにふす わぎものからだ いだきしめたり」

またの日
「まだしなぬ ははをうたへば はやばやと くやみをおこす ひとありてをかし」
「病院へ むかふ経路を いくたびも ゆきもどりつつ そらにおぼえぬ」
「肺臓に たまれるみづを ぬきたらば めざむることも あるのかしらん」
「かくて死に ちかくさまよひ こときれず しぶとかりけり 昭和八年」

9月15日(日)いささかとりこんでいる

2019年09月15日 | 公開
仲秋の夜、老母不予となる。
「腎臓が ぺらぺらといふ ぺらぺらの うす断面を くすしゆびさす」
「肺にみづ 心臓肥大 弁すでに 石灰化して みゆとつげらる」
「さまざまに 不具合ありと あがははは 上皇陛下に おなじよはひぞ」
「すみやかに いとおほきなる 病院へ てづからいれぬ しあはせたりや」
「よのなかに さらぬわかれの なくもがなと なべてのひとの こにはかはらず」
「病室に母置き 去りて 秋の月」
またの日
「しぬるまで ひといくるより ほかなしと なべてのことを おもひしりぬる」
「いつかゆく よみぢとぞおもふ ひととして おもむかざるは たれもなければ」
またの日
「てはつくす されどかぎりは あることと つれなきこゑに くすしかたれり」
「のどふかく くださしいれて めをとぢて いとくるしげに いきづくははは」
「かたはらに をるも詮なし はやかへれ しらせをまてと いふにしたがふ」
「たらちねの ははしにたりと つげくるを ただにきくべき スマートフォンか」
「かけをりし マナーモードを とりはづす ゆゆしきしらせ きかむがために」
「やそとせに むとせあまれる おいびとの いのちのほむら きえむとするか」
「よよの集 哀傷の部に あつめたる うたのこころを ありありとしる」
「まくらべに スマートフォンの 着信音 最大にして ねぶらむとする」
「かくしつつ ねぶりにおちて そのままに めざめざりせば こころやすきか」
「しらせなし ことなかるべし ひとのこは ひとへにいのる ほかてだてなし」


  業平も 茂吉もかくや おもひけむ するするうたは くちつきていづ(右往左翁)


9月5日(木)岡山集中講義

2019年09月05日 | 公開
  例年のこととて、岡山の女子大学へ集中講義に来た。かれこれ、30年近く通っていることになるんじゃないかな。もともと、指導教授がやっていた講義で、よくもまあ続けて、担当させてくださるものだ。考えてみれば稀有なことである。
  
  この時節、岡山は果物王国で、桃や葡萄が有名だけれども、私は日本無花果が好もしくて、奉還町の果物屋でついつい求めて、ホテルの部屋で食ってしまった。



  朝9:00に授業開始のため、日曜に岡山入りした。夜は第一回の集中講義を受講してくださった卒業生と食事をした。和食。もう50歳代になられたか? 同伴されたご同僚は、私が集中講義をしたことがあるNYの大学で学ばれた方で、NYの思い出話で盛り上がった。

  月曜は今春、出講先から母校へ転任されたK先生、それに私が研究指導を担当して博士号をとらせ、今は岡山に帰って母校(今回の出講先)の非常勤になっているEさんと会食。和食。主に学問上の話題で盛り上がる。

  火曜は出校先のT先生、それに地元国立大学の教員になった同門のM君らと会食。お寿司。バカ話で盛り上がる。

  若いころは1日5コマ(90分授業)×3日の強行軍を平気でやっていたが、老人となってからはきつくなり、昨今は4コマ×3日+3コマ×1日という日程にしてもらっている。お昼休みを挟んで、午前・午後のセッション、それぞれ前半・後半という割りで、17:00にはホテルでシャワーを浴びられるので、疲れない。

  水曜は大学学部時代の同期生夫妻と食事をした。地元新聞社に勤めておいでだったが、退職し、今は別の仕事をなさっている。ご夫君が同期で、夫人は一緒のサークルというか、研究会の後輩だったから、気が置ける。

  最終日の今日は、普通なら最終の講義を終えて上京するのだけれど、関西でちょっとした調査を思い立ったので、私費で延泊し、朝早く大阪へ向かうことにした。今夜は来月、学会の大会で研究発表することになっているEさんの、下発表につきあうことになっている。

  荊妻は岩手へ研究出張して帰宅、愚娘の家へ行って、そろそろ5ヶ月になる初孫と久しぶりに会ったそうだ。もううつ伏せで移動するようになったとかで、そんなに早いものだったかな。

  そうそう、さるお方が夫婦の似顔絵を描いてくださった。荊妻は変わらないが、私はだんだん、特徴の無い男になってきたかなあ…と思う。