そのころ、世に数まへられぬ古教授ありけり。

この翁 行方定めず ふらふらと 右へ左へ 往きつ戻りつ

4月28日(金)要介護2だった

2017年04月28日 | 公開

  1月に老母の転入手続きを行い、すったもんだで「要介護・要支援認定」に漕ぎ着け、さりながら結果は半月遅れるとの通知をもらい、ずいぶん立て込んでいるのだろう…と思っていたのだが、本日、通知書が届いた。「要介護2」に認定されていた。せいぜい「要介護1」くらいかなと心積りをしていたのだが、一人で外出できないし、自活もできないわけだから、まあ、そんなものかなと得心した。

    砂時計 落ち行く砂の いつしかも 残り少なく なりにけるかも(右往左翁)

  こちらに連れて来た後のかかりつけの先生から、地域連携パスノートを持ってくるよう言われたが、本人には所持の記憶が無いという。松江の病院に尋ねまくって、結局、必要な検査経緯を提供していただける目途は立った。しかし、あとは死んで行くだけの人間に、それはいったい、どういう意味を持つのだろう? 荊妻も、意味がないのでは…と言う。ああ、自分は決して、「千代とも祈る」人の子では無いのだなあと、深く自覚した日であったよ。


4月27日(木)京都より遠来の学生さんと

2017年04月27日 | 公開

  卒論指導に博士の研究指導、修士の演習と、結局しゃべくりまくっていた。で、話はどんどん落ちて行って、やっぱり噺家のようなものだな、コウザに出ているからな、と思う。

  夕方の研究会は、京都から遠来の参加者があった。JA君がイントロの解説をしてくれて、その後、初心者講習?というので、HA君と「AMA」へ先行しワインボトルを空けた。しばらくして、新島大学のM君が合流。ワインは1人1本宛空けた格好だ。

  「AMA」の階段をのぼる際には、近所のW中高の先生方とすれ違う。HA君は同校で非常勤をやっているから、やあやあと挨拶を交わした。飲んでいるとほどなく、F教授一行が入って来られ、そのうち、長男学部のT教授が同僚と入って来られた。教授だらけの店内とあいなる。

  T教授はあなた、私を高校の校長に任命した御仁、もと大学の理事様で、ご尊父は右翼の大物だったという空手の名人。くわばら、くわばら。

  M君は0:00新宿バスタ発の夜行バスで帰るというので、神楽坂へ誘う。またまた、「十六公厘」へ行った(今週三度目!)。腸詰を2本注文すること、常のごとし。23:00過ぎに飯田橋で別れる、どうやらバスには、間に合ったらしい。


4月26日(水)委員長になる

2017年04月26日 | 公開

  副委員長を務めていた某委員会の、委員長がサバティカルに入ったため、なんだかんだで結局、副委員長が委員長昇格とあいなった。事前打ち合わせもそこそこに本委員会に臨んだが、あれこれ問題も出て、2時間15分もかかった。

  姑殿に電話し、ご飯を炊いてもらうようお願いする。お稽古事は失礼して直帰、老母の夕餉の支度を神速で行ったが、19:00過ぎになってしまった。(汗

  老母の介護は、人やりならず。実妹は、施設に預けたらどうかと提案するけれど、全く動けないわけでもないし、要介護、要支援の認定結果を見てから判断するしかない。長年、親不孝をしてきたしなという思いもある。

  徒然草に、「子ゆゑにこそ、よろづのあはれは思ひ知らるれ」という詞があるが、「老いたる親の介護ゆゑ、よろづのあはれは思ひ知らるる」ものだとも思う。行く道だからなあ。


4月24日(月)、25日(火)連夜の教授二人飲み

2017年04月25日 | 公開

  24日は院生の個別研究指導の後、25日は社会人向け講座の後、神楽坂で教授二人飲みを催行した。1日目はS教授、2日目はT教授がお相手だったが、なかなか面白かった。

  それで、それぞれ2軒梯子をしたのだけれど、24日は2軒目、25日は最初から「十六公厘」に入り、腸詰2本を平らげた。いやはや、こちらの腸詰は、世界一のお味である(当たり外れがあるけどね)。

  しかし、根回しした件は、果たしてうまく運ぶのだろうか?


4月22日(土)表参道で打ち合わせ

2017年04月22日 | 公開

  渋谷経由で表参道へ行く用事ができ、まずは五島美術館に行く。専門領域関連展観が行われているからね。自由が丘から学芸大学前で降り、陶器店を覗き、茶碗を1つ買う。渋谷へ戻り、レバーペーストを1本買って、青山学院前のファーマーズマーケットを冷やかし、待ち合わせ場所へ。ここは我慢のしどころで、何とかかんとか打ち合わせを果たすことができた。(汗

  帰宅して、19:00から自治会の総会に出る。これをもって、班長をお隣りへバトンタッチした。


4月20日(木)十文字はな子先生

2017年04月20日 | 公開

  午前中は卒論ゼミ。教育実習スケジュールを確認、各自作成の研究文献リストから、ピックアップして読むべき論文を指示した。

  結局、昼飯は食えず、博士課程の研究指導は、なかつよ文学会大会で研究発表するA君の資料をチェックする。寄ってたかって、ケチをつけて、月曜までに直してきてもらうことになった。

  「Cafe GOTO」へ走り、タルト・タタンとエスプレッソを流し込む。

  修士演習は、輪読テクストの解説を行う。そして、注釈の見本を示す。

  本日は18:30より、研究室の新歓懇親会である。演習は早めに切り上げさせてもらった。そして、18:15からの授業にご出講の、十文字はな子先生にご挨拶すべく、研究室受付で待つ。おいでになった先生に、予想通りハグされた。(汗

  十文字はな子先生は、ブルガリア人であらせられる。そして、先生の文章を、私は、編集委員を務める古典の高校教科書に収録させていただいているのだ。現在、古典の教科書には、近代以降の、古典関係の文章を載せなければならない。ふつう考えれば、小林秀雄だとか、竹西寛子だとかが浮かぶということになろうが(まあ、実際には使われないだろうし)、どうせなら行けるところまで行っちゃえばと、ハルオ・シラネ先生と、十文字はな子先生の文章を載せることに成功したのである。これはちょっと、自慢話。

  またお食事でもと申し上げると、飲みましょうとのお返事で、さすが女傑といふもさらなり。お菓子と、歓迎の腰折れを短冊にしたためたものを、お渡しした。

    敷島の 道をきはむる 十文字 はなこ先生 早稲田に来たる(右往左翁)

  メトロに1駅乗り、懇親会場へ。休学者が2名あるので、私を入れて12名、新入生は修士課程3名(うち留学生1名)、博士課程1名となった。昨日、講演でギャラをもらったので、会費は新入生はもちろん無料、その他は3000円ということにした。昨年は2000円だったかな。和食がよいということで、仕方なかった。夏の合宿は結局、鎌倉がいいというような雰囲気になった。


4月19日(水)麹町で茶道講座

2017年04月19日 | 公開

  麹町でお裏関係の茶道講座の講師をあい務める。大学教授はスイッチを入れると、自動的に90分喋れるのだが、120分の講座は正直しんどい。しかし、最初にギャラを現金で渡してくださり、お薄も一服、点ててくださるものだから、俄然やる気が出ますわなあ。これで、明日の大学院研究室の新歓の資金が出来たぞ。受講者は、会場の定員いっぱいの105名とのこと。この講座の講師は、かなり前にも1回務めたことがあったが、その時はすかすかだったがなあ…と思いつつ、反応を見ながら話を進める。事前に講義ノートは配布されているので、内容は逸脱できないがね。あと3名で煩悩になるはずですが・・・との摑みで始め、笑わせながら、結構高度な内容も盛り込んでおいた。淡交社の宣伝も、ふんだんに織り込んでおきましたからね。

  終了後、タクシーを拾って大学へ。教室会議にぎりぎり間に合う。U君の博士学位請求論文提出について承認を得、本人、仕事で大学へ来られないというから、元指導教授おん自ら事務所に提出にいくが、いろいろ不備があって、訂正印を捺しまくった。

  14:00から教授会。新任教員のご挨拶があり、イスラームご専門の先生方が、我々コース教員とロシア文学の先生方の間に着席されたから、卓のつなぎ目を示して、ここが樺太ですと申し上げたら、薄笑いされた。(汗 さて、名誉教授の推戴提案があったが、先月定年退職されたK教授のお名前が無い。学生部長に図書館長、理事までお務めの御方なれど、こはいかに?と訝しく思った。

  教授会はさくさく進み、業務手当の振込先口座を選択できるようにして!との、いつもの要望を虚しく叫んだが、虚しかった。

  神楽坂で野菜を買って、帰宅する。荊妻が先に帰って、老母の食事を作ってくれていた。そうしたら、某女史から電話がかかってきて、心配していたことについて延々と話をされた。こんなふうに感情的になっても、埒があかないがなあと思いつつ、降りかかった火の粉はどう払うかな?と、気が重くなった。乗り出した舟は、引き返せない。

  T社の原稿は、大型連休に執筆することにする。イレギュラーな講演や、オムニバスの講義が入って、それまでは落ち着かない。明日も大学院の演習で、キックオフのレクチャーをせにゃならん。だんだん、早く退職したい気がしてきた。


4月18日(火)狂言の夕べ

2017年04月18日 | 公開

  社会人向け講座、春学期2回目の前に、本日は「木挽町 湯津上屋」にてりんだもぢる。開店10分過ぎに暖簾をくぐると、カウンター席が1つだけ空いていた。つけ天そばを、大盛りでお願いする。左隣は、お銚子をきこしめしているが、当方、これから90分のレクチャーが待っているから、ぐっと我慢する。

  今回は「西行物語」を読んだ。終了後、大学へ。会議室の予約をしたら、借りていた教室の変更を申し渡される。慌てて関係者にメールした。

  大学主催の「狂言の夕べ」の抽選が当たったので、荊妻と17:00に待ち合わせて、鑑賞した。「柑子」と「業平餅」。どちらも食い物の演目だったな。終了後、神楽坂へ。「十六公厘」でしこたま飲んだが、二人で8000円だった。


4月17日(月)展観引率

2017年04月17日 | 公開

  私は「ゆるい」授業をする教授で、遅刻に対して極端に寛容なのだそうだが、まあ、確かにそうかな。朝いち演習は、DBの使い方を説明し、課題を出す。ふるほん講義は、図書館の展観を引率参観に行く。これが西鶴、あれが芭蕉、そして馬琴の自筆ですとか説明していると、一般参観者の方から、私にも説明してとリクエストされ、余計なことをしてしまいましたとさ。(汗

  昼飯を食ってから、帰宅する。荊妻、老母がバナナを欲しがっているというので、近所の八百屋で購入する。晩飯を作ったが、老母に要らないと言われ、いと、あへなし。まあ、勝手になされよ。

  今週は、火曜は社会人向け講座、水曜は茶道関係の講座、木曜には大学院演習でレクチャーと、喋くりが目白押し。来週も大学院のオムニバス講義の1回目が回ってくるし、なんだか落ち着きませんな。早く連休にならんかな。

  郡上の講演でお世話になった方々に、メールでお礼を送った。O先生から返信が来て、またよろしくとのこと。お酒も美味しかったし、鰻も美味だったから、お呼びが掛かればいつでも参りますとも。O先生は歌人であらせられるので、郡上八幡の春まつりを詠んだ愚詠を添えた。宗祇水のところで詠んで、投句ポスト?に入れてきた一首。未公開のものというわけだから、ここには記しません。


4月15日(土)~16日(日)郡上市で講演

2017年04月16日 | 公開

  古今伝授の里フィールドミュージアムで講演を頼まれたので、荊妻と岐阜へ。名古屋で新幹線を降り、尾張一宮でO先生にピックアップしていただく。どしゃぶりの雨だったが、いくつかトンネルを抜けると雨はあがって、まずまずのお天気とあいなった。

  ミュージアムへ直行して、打ち合わせをしたり、島津忠夫文庫を拝見したりした後、遅いお昼をいただく。荊妻は、ケイチャン定食を召し上がった。

  宿は郡上八幡の「吉田屋」で、15、16日は春祭りである。屋台がずらっと出て、大神楽や山車など、たいそうにぎやかだった。

  宿に荷物を置いて、街に出てみる。さて、晩飯はどうしようかと物色すれば、neighborhoodがお入りになっていく鰻屋を発見。ここは美味そうだ!とピンと来て、店に入った。赤白のまぶしを注文し、お酒は「母情」をいただく。花番さんお勧めの肝焼きをお願いすれば、これが、東京あたりのものとは全く違い、ぱりっと焼かれて甘辛く、独特の味わいだった。

  通りのお店でサイダーを買い、お婆さんに、この辺によい飲み屋はありませんか?とお尋ねすれば、裏にいくらでもあるとのこと。土曜日で、祭りだしなあと思いつつ行ってみたが、目星がつかない。途方に暮れていると、案内所の表示のあるお店があって、若いママさんが何軒かお薦めの飲み屋を教えてくださった。東京学芸大を出て、郷里にお帰りになったそうである。

  その、蕎麦屋だけれど酒だけでもOKというお店に入って、元文をいただく。外の通りを山車がどんどん通っていく。祝儀が渡されると、山車が回転して、まことに面白い。

  16日朝、朝食後に散歩して、宗祇水を汲む。大神楽が出て、見事である。しかし、観光客はまったく見えず、当地の人々のための祭りと知る。つまり、観光地ずれ皆無なのだ。見物していると、御神酒を振る舞われた。いい所だなあ。

  11:00に車で迎えに来ていただき、ミュージアムへ。昼食は、地元の方々が持ち寄りで召し上がる中に混ぜていただいた。天麩羅や、お漬け物、とにかく品々のお料理に、ヘボ(ジガバチ)入りの炊き込みご飯などなど、珍しいものだらけである。いや、講演がなければ、お酒がいただきたかった!

  13:30から1時間の講演は、5分ご挨拶とご紹介があったので、14:35ぴったりに終わる。大学教授は、なんでもかんでも時間通りなのだ。京都からお越しの、茶舗の女性ご主人のご呈茶を受け、O先生に尾張一宮までお送りいただく。名古屋へ移動して新幹線切符を買い、車中の飲食物を調達、赤ワインを一本空けたところで、東京に着いた。ああ、面白かった。



4月15日(土)トランプ、トランプ、トランプ

2017年04月15日 | 公開

  トランプがアメリカ大統領になって、予測不能の世界となった感があるが、3つ並べれば軍歌である。まあ、aとuが違うがな。

  木曜に京都のD大学の学生さんが東下りをして来られて、歓迎したが、D大学の有名な応援歌も、この米国軍歌の替え歌だ。歌詞の中に「紺碧の空」という語句が出てくるから、我が大学と同盟関係にあるのも、むべなるかな。

 そんなこと言えば、北の大地大学の校歌も、同じ軍歌の替え歌である。昔のドイツ共産党の歌もそう。

  こういうのは、面白いね。「むすんでひらいての謎」だ。


4月14日(土)やけのやんぱち

2017年04月14日 | 公開

  夕方、研究室で結構重要な用務を果たしたが、教育者としての自身の至らなさに、正直、深く深く落ち込むような仕儀とあいなった。昨秋、I 先輩がたいそう立腹なさっていたことなど、きちんと申し渡すべきだったのだが、またぞろ、あらぬ方向へ暴走されても困るので、我慢をした。我慢をすることが、よいことなのか、さっぱり分からない。

  縁無き衆生は、度しがたい。感謝する心を持たぬ者なんぞ、人間ではない。歯車の合わないことは、人生、いくらでもある。おいらだって、何度泣きたい思いになったことか。

  飯でも食おうかと、提案しようと思ったが、そんな風情、微塵も無かった。さよならだけが、人生か?

  我ながら虫の居所、機嫌が悪く、「十六公厘」へ行った。店は混んでいて、カウンターが2離れて席空いていたので、奥の方に回り込ませてもらう。ハイボールを立て続けに4~5杯あおって、腸詰はいつものように2人前を大人注文する。すると、左隣の女性客お2人連れに供されたの(1人前)を、自分のと間違えて手を伸ばしてしまい、汗顔一斗だった。私はニンニクスライスではなく、生姜を添えてもらうので、よく見れば分かるはずだったのに・・・

  それをきっかけに、左右のお客とたわいの無い会話を交わす。右隣のお兄さんは、これから香港へ赴任されるそうだ。左隣の女性は、ご主人がソウル勤務で、近々彼の地へ行かれるよし。私はピョンヤンに行きましたがね・・・と、らちも無い話をした。

  ハイボール飲み過ぎて、払いがいつもの倍になったから、マスターはにこにこしている。また、ご機嫌の悪い時に、ぜひ来てくださいと言われる。

  土日は岐阜へ講演旅行。火曜の社会人向け講座の教材の準備、水曜の講座のハンドアウト、木曜の大学院の講義準備・・・ああ、来週をしのげば、ひと息つけるかもしれない。

  やりたい研究は、全然、手に付かない。荊妻は、科研費の計算がうんぬんかんぬんとのたまっているが、凡慮の及ぶところに非ず。紅旗征戎も、吾が事に非ずだ。

  我孫子の事件の犯人が逮捕されたそうだが、なんともはや・・・。まったくもって、人は化け物、世に無いものは無い(西鶴諸国ばなし)のだな。(嘆

 


4月13日(木)東下りの学生さん現る

2017年04月13日 | 公開

  卒論ゼミのため大学へ向かう。FBで知り合いになった京都にある大学の学生さんが、東京へお越しだという。以前、研究会をやっているから、もしおついでがあって、顔を出してくれたら、歓迎しますよと申し上げてあったのだが、ホントにお出でましになるとは! よかったら研究室にお出でなさいと連絡し、卒論ゼミに混ざってもらった。4年生同士だしな。卒論の話を早めに切り上げ、「Cafe GOTO」へ行く。

  卒論指導の×××さんは、兄上が医大生とのことで、話をしているうちに、妹の倅、つまり甥っ子の通う同じ医大の、1学年下だということを知る。わ~、狭い世界だ。

  午後は大学院の研究指導と修士課程の演習である。A君の論文を皆で叩き、演習は、西行と式子内親王と今様が専門という新入生それぞれに関係したテクストとして、寂然の寿永百首家集を輪読することにした。

  研究会は百人一首古注を輪読することになって、担当をざっくり決めて、「かわうち」へ。東下り君を囲んでどんちゃん騒ぎ。一升瓶が3本ほど空いた。彼の大学名をお題に、当座歌会も催行する。深夜バスで上京し、新宿バスタからの深夜バスで帰って行かれたよ。


4月12日(水)会議日

2017年04月12日 | 公開

  学位委員なので、委員会に出席する。学位請求論文の承認が主たる役割だが、100万字、四百字詰め原稿用紙換算2500枚などという大冊もあれば、正味60ページほどで研究業績はすべて共著という御仁もおいでになる。貰える学位は同じなので、分野によって、ずいぶん得手勝手なものいだと感じたが、黙っていた。

  某コース、研究科紀要に毎年書いている院生がいて、驚く。ウチのコースは競争が激しく、なかなか載せてもらえない。正直、不公平だなと思うが、黙っておったよ(ちょこっと、皮肉は申しました)。