そのころ、世に数まへられぬ古教授ありけり。

この翁 行方定めず ふらふらと 右へ左へ 往きつ戻りつ

8月27日(火)紙屑国文学

2019年08月27日 | 公開
  8月ももう終わりである。ブログの更新も、本当に億劫になってきた。

  上旬は京都へ行った。寺町通りのいつものお店で、古筆切を2葉と短冊を1枚いただく。室町中期の短冊は、相場の十分の一の値段だった。切のうちの1葉は、あららららと思ったシロモノで、極札も付いていなかったのでタダ同然の値段だったが、案の定、現在までに断簡が1葉しか知られていなかった、南北朝期の二条派の歌合であった。



  半月ほどで調べて、論文の下書きを仕上げる。尊守は勅撰入集歌人だが、『国書人名辞典』は大原西南院(三千院の南にあった寺院)に住んだ天台僧としている。そのあたりが、いささか疑問。本当に天台僧なのかなあ? 知心はまったく未詳とされていたが、1人だけほぼ同時代の同名人を見出すことができた。

  編集長みたいな仕事をさせられている雑誌の、10月発行号の入稿を終える。論文8本に書評2本掲載となった。結構、充実した号となりそうだ。

  秋の学会大会で表彰される、学会賞の発表があった。なんとK法師が受賞と決まったよし。機関誌掲載の若手の論文から選ばれる首尾なので、可能性があるようには思っていたが、指導教授としては面目、面目。昨年はK君が学内学会賞をもらって、女子大に就職できたし、長年の仕込みに、ようやく陽が当たってきた感じだ。