夕飯を食べ終えてけだるい眠気と戦っているとき、突然大きな音を立てて闖入した者がいた。アブラゼミだった。アブラゼミは目が悪いのか障子に何回かぶつかりながら灯火を目指していた。放っておくとうるさいので捕まえることにする。
アブラゼミは茶色い模様の翅だが、世界のセミは透明な翅であるのが普通だ。日本でも透明な翅のセミが多数派だ。オラの感覚では、セミというと茶色いアブラゼミがまずイメージされる。都会の覇者はアブラゼミだった。最近はその勢力地図も変わってくるほどにアブラゼミが少なくなりつつあるという。湿気を好むアブラゼミは、地球温暖化の影響か、広がる乾燥化に対応できなくなってきているのかもしれない。
その翌日だったか、庭にいた和宮様が「大変じゃぞ、セミが捕まっておるぞよ」と叫んでいる。まさか、昨日釈放したセミではないだろうなとは思いながら、現場に直行する。すると、メスらしきアブラゼミがカマキリに捕まった瞬間のようだった。オスなら大騒ぎするところだが、もう観念していたようだ。
翅をしっかり捉まえてこれから悩殺して頭から食べようとする直前だった。残念ながらそれを目撃する余裕を作れなかったが、一般的には野鳥による捕食が多いらしい。セミにとって地中にいる数年間が最も安定・安心な環境なのだが、地上で生きる現実はせちがらい。人間だっていまだにそうなのだ。
ちなみに、アブラゼミの名前の由来は、身体の油っぽさではなく、その鳴き声が揚げ物を揚げている音に似ているからという説の方が有力のようだ。メスは鳴かないから、メスを呼ぶオスの鳴き声の必死さがつらく聞こえてくる。いのちをリレーしていくのは日本人の現在では難しくなっている。それは昔より今日のほうが進歩していると言えるのだろうかと考えてしまう。